化学物質の和名
今日では、新しく化学物質の和名をつける場合、学術的には化学構造に基づいてIUPAC命名法に従って英語名を与え、これを日本化学会化合物命名小委員会が制定する命名規則[1]にしたがって日本語に字訳する。ただし、IUPAC名は長く複雑で、一般には分かりにくいため、研究者や企業が自由に命名した名称が一般に通用することも多い。
一方、IUPAC命名法が広まる以前には、化学物質には多様な和名が使われており、一部は現在でも普通に使われている。IUPAC以前の化学物質の和名も大部分は外国語に由来するが、命名方法としては、原語をそのまま利用したもの、原語の意味を翻訳したもの、原語を音や綴りを字訳したものなど、多様な方法がとられている。
無機化合物は古来から顔料や漢方薬として使われていたため、「鉛丹」や「甘汞」などのように、中国などから伝来した際の漢名をそのまま、あるいは多少変更して和名とされたものも多い。
日本で考案された和名としては、江戸時代後期の蘭学者宇田川榕菴による「水素」「酸素」などが知られる。これらは原語の意味から翻訳したものである。
明治以降では、外国語名を音写して漢字名称としたものが多く用いられた。これらの多くは現在では使用されていないが、「硫酸安母紐謨」(硫酸アンモニウム)を省略した「硫安」などは現在でもよく使われている。
例
[編集]実際には純物質を示していない場合がある。外国語名の当て字を含む。
和名または慣用名 | よみ | 現在の一般名 |
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亜鉛華 | あえんか | 酸化亜鉛 |
亞篤魯必涅 | あとろぴん | アトロピン |
亞剥莫兒比涅 | あぽもるひね | アポモルヒネ |
亞爾加里 | あるかり | アルカリ |
亞爾加魯乙度 | あるかろいど | アルカロイド |
亞爾基爾 | あるきる | アルキル |
亞爾箇保爾(亞爾箇保兒) | あるこほる | アルコール |
亞爾密紐謨 | あるみにゅうむ | アルミニウム |
安知必林 | あんちぴりん | アンチピリン |
安知歇貌林 | あんちへぶりん | アセトアニリド |
安質母尼 | あんちもに | アンチモン |
安知母紐謨 | あんちもにゅうむ | アンチモン |
安母尼亞 | あんもにあ | アンモニア |
安母紐謨 | あんもにゅうむ | アンモニウム |
依斯的爾 | えすてる | エステル |
依的兒 | えてる | エーテル |
塩安 | えんあん | 塩化アンモニウム |
塩加 | えんか | 塩化カリウム |
鹽酸(塩酸) | えんさん | 塩酸 |
鉛丹 | えんたん | 四酸化三鉛 |
塩剥 | えんぽつ | 塩素酸カリウム |
黄鉛 | おうえん | クロム酸鉛 |
黄血塩 | おうけつえん | ヘキサシアノ鉄(II)酸カリウム |
黄降汞 | おうこうこう | 酸化水銀 |
苛性加里 | かせいかり | 水酸化カリウム |
苛性曹達 | かせいそうだ | 水酸化ナトリウム |
羯布羅 | かつふら | カンファー |
果糖 | かとう | フルクトース |
咖啡涅 | かふぇいん | カフェイン |
加𠌃[2]謨 | かりゅうむ | カリウム |
加爾基 | かるき | さらし粉 |
加爾叟謨 | かるしゅうむ | カルシウム |
甘汞 | かんこう | 塩化水銀(I) |
規尼涅 | きにね | キニーネ |
枸櫞酸 | くえんさん | クエン酸 |
倔里設林 | ぐりせりん | グリセリン |
結麗阿曹篤 | くれあそと | クレオソート |
格羅謨 | くろむ | クロム |
格魯刺爾(格魯拉爾) | くろらる | クロラール |
格魯兒 | くろる | 塩素 |
纈草酸 | けっそうさん | 吉草酸 |
黒降汞 | こくごうこう | 酸化水銀 |
古加乙涅 | こかいん | コカイン |
𠹭[3]囉仿謨 | ころろほるむ | クロロホルム |
醋酸(酢酸) | さくさん | 酢酸 |
薩葛林 | さっかりん | サッカリン |
撒里失爾酸 | さりちるさん | サリチル酸 |
三酸素 | さんさんそ | オゾン |
酸素 | さんそ | 酸素 |
酒精 | しゅせい | エタノール |
酒石酸 | しゅせきさん | 酒石酸 |
蓚酸 | しゅうさん | シュウ酸 |
重曹 | じゅうそう | 炭酸水素ナトリウム |
硝安 | しょうあん | 硝酸アンモニウム |
沼気 | しょうき | メタン |
笑気 | しょうき | 亜酸化窒素 |
昇汞 | しょうこう | 塩化水銀(II) |
硝酸 | しょうさん | 硝酸 |
硝石 | しょうせき | 硝酸カリウム |
消石灰 | しょうせっかい | 水酸化カルシウム |
樟脳 | しょうのう | カンファー |
蔗糖 | しょとう | スクロース |
水素 | すいそ | 水素 |
青酸 | せいさん | シアン化水素 |
生石灰 | せいせっかい | 酸化カルシウム |
青素 | せいそ | ジシアン |
石蝋 | せきろう | パラフィン |
赤血塩 | せっけつえん | ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム |
石膏 | せっこう | 硫酸カルシウム |
石炭酸 | せきたんさん | フェノール |
赤礬 | せきばん | 硫酸コバルト |
蒼鉛 | そうえん | ビスマス |
曹達 | そうだ | ナトリウム |
曹達灰 | そうだばい | 炭酸ナトリウム |
爹兒 | たーる | タール |
炭安 | たんあん | 炭酸アンモニウム |
胆礬 | たんばん | 硫酸銅(II)五水和物 |
窒素 | ちっそ | 窒素 |
知母爾 | ちもる | チモール |
那篤𠌃[2]謨 | なとりゅうむ | ナトリウム |
那兒古質涅 | なるこちん | ナルコチン |
乳糖 | にゅうとう | ラクトース |
尿酸 | にょうさん | 尿酸 |
尿素 | にょうそ | 尿素 |
麦芽糖 | ばくがとう | マルトース |
薄荷脳 | はっかのう | メントール |
白降汞 | はっこうこう | アミノ塩化第二水銀 |
拔𠌃[2]謨 | ばりゅうむ | バリウム |
拔爾撒謨 | ばるさむ | バルサム |
礬土 | ばんど | 酸化アルミニウム |
菲沃斯質亞密涅 | ひよすちあみん | ヒヨスチアミン |
菲沃斯質涅 | ひよすちん | ヒヨスチン |
弗素 | ふっそ | フッ素 |
葡萄糖 | ぶどうとう | グルコース |
貌羅謨 | ぶらむ | 臭素 |
別利𠌃[2]謨 | べりりゅうむ | ベリリウム |
偏蘇兒 | べんぞる | ベンゼン |
硼砂 | ほうしゃ | 四ホウ酸ナトリウム10水和物 |
芒硝 | ぼうしょう | 硫酸ナトリウム |
麻倔涅失亞 | まぐねしあ | 酸化マグネシウム |
麻倔涅叟謨 | まぐねしゅうむ | マグネシウム |
満俺 | まんがん | マンガン |
満那 | まんな | マンニトール |
密陀僧 | みつだそう | 一酸化鉛 |
明礬 | みょうばん | 硫酸アルミニウムカリウムなど |
木精 | もくせい | メタノール |
没食子酸 | もっしょくしさん | 没食子酸 |
母里貌電(莫利貌電) | もりぶでん | モリブデン |
莫爾比涅 | もるひね | モルヒネ |
油酸 | ゆさん | オレイン酸 |
沃素 | ようそ | ヨウ素 |
沃度 | ようど | ヨウ素またはヨウ化物 |
沃度仿謨 | ようどほるむ | ヨードホルム |
沃剥 | ようぽつ | ヨウ化カリウム |
雷汞 | らいこう | 雷酸水銀 |
利丟謨 | りちゅうむ | リチウム |
硫安 | りゅうあん | 硫酸アンモニウム |
硫加 | りゅうか | 硫酸カリウム |
硫酸 | りゅうさん | 硫酸 |
竜脳 | りゅうのう | ボルネオール |
緑礬 | りょくばん | 硫酸鉄(II) |
燐安 | りんあん | リン酸アンモニウム |
燐酸 | りんさん | リン酸 |
歴青 | れきせい | 炭化水素混合物 |
鹿角塩 | ろっかくえん | 炭酸アンモニウム |
宇田川榕菴による翻訳語例
[編集]水素、ホウ素(蓬素)、炭素、窒素、酸素、フッ素(弗耳乙)、ナトリウム(曹達・ソーダ)、マグネシウム(苦土・クド)、アルミニウム(礬土・バンド)、ケイ素(珪土)、燐、硫黄、塩素、カリウム(加里・カリ)、カルシウム(加爾基・カルキ)、マンガン(満俺)、鉄(銕)、コバルト(箇抜爾多)、銅、亜鉛、ヒ素(砒素)、ストロンチウム(斯多侖知安土)、銀、錫、アンチモン(安質没尼)、バリウム(重土)、白金、金(黄金)、水銀、鉛、ビスマス(蒼鉛)
脚注
[編集]- ^ 日本化学会標準化専門委員会化合物命名小委員会『化合物命名法』(補訂7版)日本化学会、2000年。 NCID BA60926266 。
日本化学会命名法専門委員会『化合物命名法 : IUPAC勧告に準拠』東京化学同人、2011年。ISBN 9784807907557。 NCID BB05569416 。 - ^ a b c d 人偏に「留」の字
- ^ 口偏に「哥」の字