向井豊昭
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向井 豊昭(むかい とよあき、1933年 - 2008年)は、日本の小説家。
略歴
[編集]- 1933年、東京都生まれ。祖父の向井夷希微は詩人で、石川啄木との交友があった。
- 下北半島の川内町(現むつ市)で育ち、鉱山で働きながら青森県立大湊高等学校定時制川内分校に通う。在学中は陸上競技部で活躍するも、結核にかかり闘病生活に入る。
- 玉川大学文学部通信教育課程で教員免許を取得し、「アイヌ・モシリ」(初任は静内町)の小学校で25年間働いた後、東京へ「逃亡」する。
- 同人誌での活動を経て、1995年『BARABARA』で第12回早稲田文学新人賞受賞。以後、『早稲田文学』を中心に小説、エッセーなど精力的な執筆活動を続けた。
- 1999年、『BARABARA』で第2回四谷ラウンド文学賞を受賞。
- 2002年、photographer's galleryの若手写真家とのコラボレーションで行なった自作朗読が伝説として語り継がれている。
- 2006年、BARABARA書房を設立。『怪道をゆく』、麻田圭子との共作『みづはなけれどふねはしる』を、「0円+冗費税」という脅威の価格にて刊行した。
- 2007年、手書きの個人誌『Mortos』発刊(限定30部)。第4号(2008年6月)を終刊号とした。
- 2008年、7年ぶりに商業ベースでの単行本『怪道をゆく』が、早稲田文学会/太田出版より出版された。
- 2008年6月30日朝、肝臓癌のために死去。最後の作品は、口述筆記で残した「島本コウヘイは円空だった」。
作風・エピソードなど
[編集]- 奇妙な文体とシュールな物語、真摯な問題意識のアンバランスが特徴的。笙野頼子らのマジック・リアリズム、町田康・中原昌也らのパンク文学に比べる向きもある。
- アイヌを扱うことが多く、政治的マイノリティを題材とした文学としても知られる。「BARABARA」には、知里真志保からの引用がみられる。
- 批評意識の強い作風。デビュー作の「BARABARA」は蓮實重彦、絓秀実、小森陽一、高橋源一郎、荒川洋治らに評価され、当時の『早稲田文学』掲載作品では異例なことに、新聞の文芸時評の対象となった[1]。
- 自身、エッセーにて、平岡篤頼がクロード・シモン『三枚つづきの絵』を解説した評論「フランス小説の現在」(『早稲田文学』1984年9月号)に影響されたと語るとおり、ヌーヴォー・ロマン以降の文学的遺産をよく吸収し、独自に換骨奪胎した作風。
- 柄谷行人が『早稲田文学』誌上に講演録「近代文学の終わり」を発表した際、自身の「文学を教える」教員としての経験に基づき、異議を表明した(「アイデンティティへの道」『早稲田文学』2004年9月号)。同時期に「近代文学への終わり」へ反論を提示した作家として、笙野頼子がいる[1]。
- 小熊秀雄が持つ「北海道の風土が生んだ反逆と諧謔の精神」の賛同者として知られる。大塚英志が『WB』誌上にて小熊転向説を打ち出した際、『文藝にいかっぷ』に「小熊秀雄への助太刀レポート」、「続・小熊秀雄への助太刀レポート」を著し、反論した。
- エスペランティストであり、エスペラント文学作品の翻訳も行った。
作品リスト
[編集]単行本
[編集]- 鳩笛(1974年5月、北の街社)
- ここにも(1976年、私家版)
- 北海道―詩集(向井夷希微、向井恵子との共著、1982年5月、文林堂印刷)
- BARABARA(1999年3月、四谷ラウンド)
- DOVADOVA(2001年7月、四谷ラウンド)
- 怪道をゆく(2006年8月、BARABARA書房)
- みづはなけれどふねはしる(麻田圭子との共作、2006年12月、BARABARA書房)
- 怪道をゆく(2008年4月、早稲田文学会[発行]・太田出版[発売])
- 向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ(2014年1月、未來社)
- 骨踊り 向井豊昭小説選(2019年1月、幻戯書房)
単行本未収録作品
[編集]- うた詠み(小笠原克ほか[編]『北海道文学全集 第21巻 さまざまな座標2』、立風書房、1981年9月) ※『文学界』同人雑誌推薦作。
- ええじゃないか(『早稲田文学』1996年9月号)
- まむし半島のピジン語(『早稲田文学』1997年2月号)
- 新たなるわれら迷信探偵団(『早稲田文学』1997年4月号)
- 武蔵国豊島郡練馬城パノラマ大写真(『早稲田文学』1998年1月号)
- あゝうつくしや(『早稲田文学』2000年3月号)
- エロちゃんのアート・レポート(『早稲田文学』2002年1月号、3月号、5月号、7月号、9月号、11月号に連載) ※艶かしくも憎めないコールガールの一人称で書かれた異色の散文。
- モッコ憑き(『ユリイカ』2002年5月号) ※「エロちゃんのアート・レポート」の系譜に位置づけられる。
- 箱庭(『ユリイカ』2002年12月号) ※「エロちゃんのアート・レポート」の系譜に位置づけられる。
- ゴドーを尋ねながら(池澤夏樹ほか[編]『21世紀文学の創造 9 ことばのたくらみ―実作集―』 p.155-182、岩波書店、2003年1月)
- ト!(『早稲田文学』2004年5月号)
- アイデンティティへの道(『早稲田文学』2004年9月号) ※柄谷行人「近代文学の終わり」への反論。
- ゲ!(『早稲田文学』2005年3月号)
- ドレミの外(『早稲田文学0』、2007年5月)
- やあ、向井さん(『Mortos』創刊号、2007年10月) ※平岡篤頼の想い出が主題となっているエッセー。
- 日本国憲法第二十一条(『Mortos』2号、2007年11月)
- 飛ぶくしゃみ(『Mortos』3号、2007年11月) ※小熊秀雄「飛ぶ橇」を下敷きとした小説。
- バカヤロー(『Mortos』3号、2007年11月)
- 日本国憲法第二十一条(『WB』vol.11_2007_winter) ※『Mortos』2号よりの転載。
- 続・小熊秀雄への助太刀レポート(『文芸にいかっぷ』第25号、2007年12月)
- 青之扉漏(『早稲田文学1』、2008年4月)
- 新説国境論(『Mortos』4号、2008年6月)
- いのちの学校ごっこ(『Mortos』4号、2008年6月)
- 思想は地べたから(『Mortos』4号、2008年6月)
- わっはっはっはっはっは!(『WB』vol.13_2008_summer)
- 島本コウヘイは円空だった(『Mortos』補遺)
- 島本コウヘイは円空だった(『早稲田文学2』、2008年12月) ※『Mortos』4号よりの転載。解説は池田雄一。
- ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ(『新ひだか文藝』第3号、2008年12月)
- 飛ぶくしゃみ(『文藝にいかっぷ』第26号、2008年12月) ※『Mortos』3号の改稿版。
- パパはゴミだった。(『幻視社』4号、2009年12月)※有志が未発表作品を、遺族と『早稲田文学』の許可を得て同人誌に収録したもの。
- 四〇代バンバンザイアットホームカウンセリングコーポレーション(1)(『幻視社』4号、2009年12月) ※有志が未発表作品を、遺族と『早稲田文学』の許可を得て同人誌に収録したもの。
- 六花(『幻視社』4号、2009年12月) ※有志が未発表作品を、遺族と『早稲田文学』の許可を得て同人誌に収録したもの。
- ト書きのない戯曲(『文藝にいかっぷ』第27号、2009年12月) ※編集部に預けられていた遺稿。戯曲形式。
研究論文
[編集]- 林浩治「棒ほど願って針ほど叶う―向井豊昭の反逆―」(『戦後非日文学論』 p.204-214、新幹社、1997年11月)
- 林浩治「向井豊昭とBARABARAな価値観」(『まにまに』 p.173-182、新日本文学会出版部、2001年2月)
- 中山昭彦「〈アイヌ〉と〈沖縄〉をめぐる文学の現在―向井豊昭と目取真俊―」(小森陽一ほか[編]『岩波講座 文学 13 ネイションを超えて』 p.165-188 、岩波書店、2003年3月)
- 嵐大樹「わっはっはっはっは 向井豊昭さんを悼む」(『新ひだか文藝』第3号)
- 原田照子「旧邸の夏」(『文藝にいかっぷ』第26号)※向井豊昭の訃報をテーマにした小説。
- 東條慎生「見えないものこそ、見つめなければならないのだ――向井豊昭メモ」(『幻視社』4号<向井豊昭特集>)
- 岡和田晃『向井豊昭の闘争 異種混交性(ハイブリディティ)の世界文学』(未來社、2014年7月)
- 山城むつみ「カイセイエ――向井豊昭と鳩沢佐美夫](「すばる」2018年3月号)