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大塚俊二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大塚俊二(おおつか しゅんじ、1922年2月9日 - )は日本大蔵官僚大臣官房日本専売公社監理官、国税不服審判所次長大光相互銀行社長日本専売公社監事、プロミス副社長、同社長、同会長などを務めた。

来歴

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新潟県出身。1947年4月 高等試験行政科を合格[1]。同年9月 東京商科大学(現一橋大学商学部卒業[1]。同年12月 大蔵省入省。主税局[1]1950年5月 海南税務署長1955年4月 造幣局東京支局総務課長。1956年2月 造幣局東京支局総務課長兼造幣局東京支局長心得。同年7月 造幣局東京支局総務課長。1963年10月 関東財務局東京証券取引所監理官。1964年7月 東京国税局調査第一部長。1966年8月 国税庁直税部審理課長。1968年6月25日 高松国税局長1969年5月8日 広島国税局長1970年9月2日 大臣官房日本専売公社監理官。1971年6月18日 国税不服審判所次長1973年6月25日 退官。同年9月:海外石油開発取締役[2]1974年10月 サハリン石油開発協力取締役[2]1975年10月 サハリン石油開発協力常務(〜1975年11月)[2]。同年12月 大光相互銀行専務[2]1978年11月 大光相互銀行取締役社長[2]1979年6月 大光相互銀行顧問[2]1980年6月 日本専売公社監事[2]1983年6月 プロミス代表取締役副社長[2]1984年12月 プロミス代表取締役社長[2]1989年6月 プロミス代表取締役会長[2]1992年4月 勲三等受章[2]

略歴

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脚注

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  1. ^ a b c d 『大蔵省人名録:明治・大正・昭和』大蔵財務協会、1973年発行、36頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k 『人事興信録 第38版 上巻』1995年2月発行、189頁
先代
小田寛
大蔵省東京証券取引所監理官
1963年 - 1964年
次代
近藤清彦
先代
村井国彦
国税庁東京国税局調査第一部長
1964年 - 1966年
次代
山内宏
先代
藪田辰夫
国税庁高松国税局長
1968年 - 1969年
次代
奈良武衛
先代
小林政雄
国税庁広島国税局長
1969年 - 1970年
次代
福冨知
先代
熊田淳一郎
大蔵省日本専売公社監理官
1970年 - 1971年
次代
福間威
先代
大島隆夫
国税庁国税不服審判所次長
1971年 - 1973年
次代
箸本弘吉