富松正安
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富松 正安(とまつ まさやす、嘉永2年9月13日(1849年10月28日) - 1886年(明治19年)10月5日)は、明治時代の自由民権運動家。常陸国下館(現・茨城県筑西市)出身。
来歴
[編集]- 嘉永2年9月13日(1849年10月28日)、下館藩士の富松正惇(まさあつ)の息子として生まれる。後に小学校の教員となるが辞職し、国会開設運動に関係する。1881年(明治14年)に自由党に入党する。
- 1884年(明治17年)になると地元・下館に自由党員の研修道場である有為館が建設され、その館長として人材の育成にあたった。この年の9月になると加波山事件の実行グループに加わるが敗れて逃走。同年11月2日に逃走先の千葉県市原郡姉崎(現・市原市姉崎)にて逮捕される。そして、1886年(明治19年)の8月に大審院で死刑が確定し、10月5日に千葉県の寒川監獄にて処刑された。享年38。
関連項目
[編集]- 鯉沼九八郎 - 栃木県の自由民権運動家・政治家。加波山事件に加担したとして逮捕された。
- 保多駒吉 - 下館出身の自由民権運動家。富松と同じく加波山事件に参加。
- 平尾八十吉 - 栃木県出身の自由民権運動家。富松と同じく加波山事件に参加。
- 玉水嘉一 - 下館出身の自由民権運動家。富松と同じく加波山事件に参加。
- 下館音頭 - 西條八十作詞。11番に加波山事件が歌われている。