山本亮 (政治家)
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山本 亮 やまもと りょう | |
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生年月日 | 1894年12月14日 |
出生地 |
鳥取県西伯郡境町栄町 (現境港市) |
没年月日 | 1973年2月18日(78歳没) |
出身校 |
島根県立松江農林学校 (現島根県立松江農林高等学校) |
前職 | 醤油醸造業 |
親族 | 父・山本熊吉(第3代境町長) |
境町会議員 | |
在任期間 | 1925年 - |
第17代境町長 | |
在任期間 | 1941年9月 - 1946年11月 |
山本 亮(やまもと りょう、明治27年(1894年)12月14日 - 昭和48年(1973年)2月18日)は、日本の実業家、漢詩人、政治家。鳥取県西伯郡境町長(17代)、町会議員。号大麓。鳥取県平民[1]。
経歴
[編集]鳥取県西伯郡境町栄町(いまの境港市)出身。山本熊吉の長男[2]。
松江農林学校を卒業後、家業(醤油醸造)を継いだ[2]。境電気会社設立等、実業界で活躍した[2]。
昭和20年(1945年)4月23日、軍用船玉栄丸爆発事故が発生[2]。山本町長は昼夜にわたる救援活動を指揮する一方で、軍に対して罹災者補償を請求、自ら現地調査に当たる等の尽力によってこの問題を解決した[3]。
人物像
[編集]趣味
[編集]漢詩人として
[編集]村上松村(本名龍)の「第二次鷗社」に参加[4]。大正10年(1921年)には父碧湾に代わって「剪淞吟社(せんしょうぎんしゃ)」に加盟して活躍[4]。
家族・親族
[編集]山本家
[編集]親戚
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『境港市史 上巻』(昭和61年 540-541頁)
- 『境港市史 下巻』(昭和61年 296-297頁)