擬ハロゲン
擬ハロゲン(ぎハロゲン、英: pseudohalogen)またはプソイドハロゲンは、ハロゲン原子に類似した性質を持つ原子団である。Ps と表される。擬ハロゲンの二量体分子は擬ハロゲン分子 Ps2 と言われる。
擬ハロゲン分子
[編集]擬ハロゲンは、ハロゲンと同様に擬ハロゲン化物イオン Ps−と、二量体分子である擬ハロゲン分子 Ps2 が存在し、互いに酸化還元反応により変換しあう。ただし、アジ化物のように擬ハロゲン化物イオン N3− が存在するものの二量体分子が安定に存在しないものもある。二量体分子は一般的に揮発性が高く、酸化力は電位が示す通り一般的にハロゲンより弱い。
- Ps2 + 2 e− → 2 Ps−(aq)
- (CN)2 + 2 e− → 2 CN−(aq), E°= 0.375 V
二量体である擬ハロゲン分子は、ハロゲンと同様に塩基性水溶液中で不均化するものもある[1]。
- (CN)2 + 2 OH− → CN− + OCN− + H2O
対称的な擬ハロゲン分子 (Ps-Ps) にはジシアン (CN)2、チオシアン (SCN)2、セレノシアン (SeCN)2、アジドジチオ炭酸 (N3CS2)2 などがあり、対称的な擬ハロゲン錯体にはジコバルトオクタカルボニル Co2(CO)8 がある。これは、仮想的なテトラカルボニルコバルト Co(CO)4 の二量体であると考えることができる。対称的でない擬ハロゲン (Ps-X) にはハロゲン化シアン (ClCN, BrCN, ICN) などがある。しばしば塩化ニトロシル NOCl も擬ハロゲンであると言われることがある。
トリフルオロメチル基も擬ハロゲンと言われ、例えばジメチル水銀は油状液体であるのに対し、ビス(トリフルオロメチル)水銀は水溶性の固体であり、水溶液は電導性を示す[2]。
また、超原子であるアルミニウムのナノクラスターは振る舞いがハロゲンによく似ており、I3− のアナログである Al13I2− のようなイオンを形成するため、擬ハロゲンであると考えられる。これは極小スケールでの金属結合の効果に起因している。
擬ハロゲン化物
[編集]擬ハロゲン化物(ぎハロゲンかぶつ、英: pseudohalide)は、擬ハロゲンがそれ以外の原子団や原子と結合した化合物である。シアン化物、イソシアン化物、チオシアン化物などがある。対応するアニオンは擬ハロゲン化物イオンと言う。
錯体擬ハロゲン化物にはテトラカルボニルヒドリドコバルト(I) CoH(CO)4 がある。これは溶解度の低さにより、真のハロゲン化水素ほどではないが、十分強い酸である。
擬ハロゲン化物の挙動と化学的特性は、真のハロゲン化物とほとんど同じである。その内部の多重結合は擬ハロゲンの挙動に影響しない。強酸の擬ハロゲン化水素 HPs や、金属と反応して擬ハロゲン化物塩 MPs も形成する。
銀(I)塩 AgPs、鉛(II)塩 PbPs2、水銀(I)塩 Hg2Ps2 などは一般的に水に難溶であり、これらの軟らかい金属イオンと配位結合して錯体を形成しやすい[3]。
- PsX H+ + Ps−
- Ag+ + 2 Ps− [AgPs2]−
有機化合物中において、擬ハロゲノ基は一般的に強力な電子求引基として働く。
擬ハロゲンおよび対応するアニオンと酸
[編集]ハロゲン | |||||
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ハロゲン | アニオン | E °[4] | ハロゲン化水素 | pKa | |
フッ素 | F2 | F− | 2.87 V | HF | 3.17 |
塩素 | Cl2 | Cl− | 1.35828 V | HCl | −7 |
臭素 | Br2 | Br− | 1.0652 V | HBr | −9 |
ヨウ素 | I2 | I− | 0.5355 V | HI | −10 |
擬ハロゲン | |||||
擬ハロゲン | アニオン | E ° | 擬ハロゲン化水素 | pKa | |
ジシアン | (CN)2 | CN− | 0.375 V | HCN | 9.21 |
オキソシアン | (OCN)2(未知) | OCN− | HNCO | 3.48 | |
チオシアン | (SCN)2 | SCN− | 0.77 V | HNCS | −1.32 |
セレノシアン | (NCSe)2 | SeCN− | HNCSe | − | |
雷酸塩 | (CNO)2(未知) | CNO− | HCNO | − | |
アジド | (N3)2(未知) | N3− | HN3 | 4.65 | |
ジコバルトオクタカルボニル | [Co(CO)4]2 | [Co(CO)4]− | −0.4 V | H[Co(CO)4] | − |