斗母元君
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斗母元君[注 1]あるいは斗姆元君、斗姥元君(とぼげんくん)と太一元君[1][注 2](たいいつげんくん)は、 中国の民俗宗教と道教における女神であり、仏教の摩利支天が道教化された神とも言われている。司命の神で大梵天に住んで、日・月・星辰を統治し、北斗衆星の母ともいわれる[2]。あらゆる障難を除き、利益を賦与する職能でもある[3]。海の女神である媽祖と同じく「天后(天の女王)」の尊号を持つ。周御国王斗父天尊(先天盤古周御国王天尊・斗父龍漢盤古祖劫周御国王天尊とも)に対応する。
その名前は「北斗七星の母」を意味する。全名は「九天雷祖大梵先天斗母紫光金尊聖徳巨光天后摩利支天大聖円明道姥天尊」[4]・「中天梵炁明哲聖徳道母熾盛東華慈救天医普済元君紫虚金容玉相天尊」[5]・「北陰乾元聖母日月登明慶華紫光聖徳天后救苦護生摩利支天大聖」[6]・「聖慧先天斗母紫光金尊聖徳奎光天后摩利支天正法王」[7]・「瑶天紫極摩利支天上帝円明道姥天尊」[8]・「梵炁法主斗罡天后摩利支天大聖」[9]・「摩利支天九皇斗姥金輪開泰天尊」[10]など。彼女の別号は「道母」と「天母」がある[11]。「斗母娘々」といわれることがある[12]。
容姿
[編集]像形は、天青雲錦法服と瓔珞を身に着けた、花飾りのついた宝冠をかぶった荘厳な姿として表現される。4つの頭(正面に慈悲の菩薩相、左方にはイノシシ相、右方は憤怒の夜叉相、そして、後方にはライオンの相)と3つの目を持っており、額の中央に1つの目がある。8本の腕にそれぞれ日、月、鈴、璽、弓矢、戟(あるいは剣・縄や降魔杵)を持ち、内2本の腕には印を結ぶ。蓮華座上に坐っている。または7頭の豚が引く二輪戦車に乗った。道教の神々の中ではとても珍しい容姿である。
この容姿は「道の体」を象徴している。両手に捧げ持つ太陽と月、および2つの車輪は陰と陽の2つの気(両儀)に反応して、太極の意味である。4つの頭が直立し、四象を生じ、8つの腕が垂れ下がって、八卦を生ず。そのため、斗母元君は道母、道姥や先天道后とも呼ばれている。
道書『道法会元』においては、「法主九天雷祖大帝斗母紫光金尊聖徳天后円明道姥天尊は、三頭六臂にて両手に日月を捧げ持ち、また別の両手には弓箭、また別の両手には降魔鈴杵を持ち、身に雷電をまとい、七頭の黒い猪の牽く金色の輦に乗る」という形象である[13]。
概要
[編集]彼女は元始天王の女性的化身である[1]。中国古代の道書(道教の典籍)である『霊宝領教済度金書』においては、太上元始天尊は昼に先天の陽の気で玉皇大帝を化生し、夜に先天の陰の気で斗母元君を化生した。元始天王の陰と陽の2面性を表現した。
道書『玉清無上霊宝自然北斗本生真経』においては、昔、龍漢に周御王(しゅうごおう)がいたが、彼の妃である紫光夫人(斗母元君の別名)には早くから聖子を産んで天地を補佐するという大願を持っていた。ある春の日、金の蓮華の咲き満ちた玉池の畔で裸で沐浴していた所、突然に不思議な感覚を覚え、やがて9つの蓮華から9人の子供を生んだ。最初に生まれた2人の子供が天皇大帝、紫微大帝(北極星)となり、残りの7人が北斗七星(貪狼星、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍)になったのだという[14]。紫光夫人に「北斗九真聖徳天后」という称号が付与されたり、そのため、彼女は天帝の妻であり、母でもあることになった[15][16]。
道書『太上玄霊斗姆大聖元君本命延生心経』においては、斗母元君に「九霊太妙白玉亀台夜光金精祖母元君」という称号を与え、彼女の地位を高め、しばしば生と死を掌る西王母と混同される。彼女の尊号はいろいろあるが、どれもむやみに長たらしい。その他の称号は「中天梵炁斗母元君」・「紫光明哲慈恵太素[17]元后金真聖徳天尊」・「大円満月光王」・「東華慈救皇君天医大聖」など、応号一ならずとある[18]。
道書『斗母元尊九皇真経』においては、「太初[19]神后」と「天竺聖人」と称される。魁罡(かいごう)を主宰し、インドを往来している。彼女は高上の境に居て、大中の天を極建していた。万霊を統率し、三界を遊ぶことができる。「一炁梵王先天神后摩利支天斗母無上元君」の尊号が付与される。[20]道蔵輯要『九皇新経註序』においては、彼女は西洲天竺国へ転生以来、「元始大道」[注 3]を修し、9つの金蓮で9人の子に化生し、造化と陰陽を司り、其は天の枢紐、人の司命と言及される[21]。
道書『先天神后斗姆元尊大道九皇真経』においては、天皇の前に、彼女は世に出で、地皇の先に、彼女は西洲天竺国に住み、大神通を運び、インドを往来している。北洲鬱単越[22]の周御国王・辰祭従に出会い、彼との間に9人の子(奇門遁甲の九星:天英、天任、天柱、天心、天禽、天輔、天冲、天芮、天蓬)をもうけたとある。元始天王は彼女を「先天道后」と称し、九皇の養育の徳を示している。[23]
徐道『歴代神仙通鑑』においては、摩利支天は、西洲天竺国人で、大きな神通力があり、出て行けば陽炎となり、四海を遊行し、インド(「日・月」を指す)に往来することができる。彼女は周御国王・辰祭従が良いことを知っていて、彼との間に9人の子をもうけている。摩利支天は万を姓とし、泰陽と号した。彼女は三界の中を遊行して衆生の苦しみを救済する。[24]
道書『玉清賛化九天演政心印集経』においては、摩利支天母は大神力を有し、昔の龍漢初年に、浮黎元始天尊[注 4]の后妃・玉清神母元君[注 5]となり、彼との間に9人の子[注 6]をもうけたとされる。その後、彼女は元始祖劫に、玄明真浄摩利支天に現れ、大円満月光王となり、九曲華池の中に沐浴して、9つの金蓮に化生して9人の子を生み、北斗衆星の母になる。
道書『崆峒問答』第二五七問においては、三教同源であり、元始天王(道祖)は仏の毘盧遮那聖主、先天斗姥(道姥)は仏の摩利支天。道姥は「元始陰神」で、その法相が「道の体」を象徴することから道家の法主とされている。
また明代の神怪小説『封神演義』では、易姓革命の際に殷に加勢し周に討たれた金霊聖母が姜子牙(太公望)によって「坎宮斗母正神」に封じられたとされている。
四川省成都市にある青羊宮の斗姥殿(明代に設立)で奉納された斗母元君の神像は4つの頭と8本の臂を持っており、后土の像は左側に、西王母の像は右側にいる。周囲には北斗七星、南斗六星と南極長生星君の神像が祀られている。また、北京市白雲観の元辰殿、西安市八仙宮の斗姥殿などでは斗母元君の神像が祀られている。大抵の神像と画像には、三面八臂で左第一手に日、右第一手に月を執っている。
脇侍と配下
[編集]玉梵尊天嘍囉王・妙梵尊天伽囉王や密迹金剛(左輔)・那羅延金剛(右弼)などは斗母元君の脇侍として付き従う。また、太歳星君、太陽星君と太陰星君もあった。
そして配下の神将は雷部三天君(鄧伯温・辛漢臣・張元伯)である。
宗教の教義
[編集]道教の秘儀
[編集]道教の深く教義においては、彼女は九天玄女や西王母と同じく、不朽を代表する「赤子」の母であり、「道」は人体の中心として奉られる[25]。これは、老子[25]と黄帝の誕生と起源についての神話と関連付けられている(例えば、黄帝の母である附宝は、北斗七星の稲妻を見て目覚めさせられ、そこで彼女は黄帝を身籠もった[26])。葛洪もそれを証明している[27]。
仏教の解釈
[編集]斗母元君は少なくとも唐代に仏教の摩利支天(まりしてん、マリーチ)と習合し、同一視されている。摩利支天は、梵天の原初的なエネルギーの中心にある北斗七星や道の母としても描かれている。摩利支天の戦車は7頭の豚が引いていた[1]。皮肉なことに、斗母元君に捧げる道家の経文には、摩利支天に捧げる仏教の陀羅尼と同じような長い呪文が使われているのだが、冒頭に八段の漢文で賛美されている。
ギャラリー
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c Wells 2013, p. 10.
- ^ 原田禹雄「琉球を守護する神」『人文學報』第86巻、京都大学人文科学研究所、2002年3月、204頁、CRID 1390853649773902080、doi:10.14989/48582、ISSN 0449-0274。
- ^ 学習研究社『道教の本 : 不老不死をめざす仙道呪術の世界』学習研究社〈New sight mook〉、1992年、70頁。ISBN 405600031X。
- ^ “『梵音斗科』巻上 三十六”. ウィキソース. 2023年9月9日閲覧。
- ^ “大清同治四年刊『斗姆璇璣謝罪法懺』”. 孔夫子旧書网. 2023年9月16日閲覧。
- ^ “『道法会元』巻八十五”. 知識図譜. 2023年9月16日閲覧。
- ^ “道蔵輯要『斗姥懺』九”. 知識図譜. 2023年9月16日閲覧。
- ^ “道蔵輯要『斗姥懺』八”. 知識図譜. 2023年9月16日閲覧。
- ^ “『道法会元』巻八十三”. 知識図譜. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “道蔵輯要『九皇斗姥説戒殺延生真経』三十八”. 知識図譜. 2023年9月16日閲覧。
- ^ Fowler 2005, p. 213.
- ^ 窪徳忠『道教の神々』平河出版社、1986年、216頁。doi:10.11501/12279580。国立国会図書館書誌ID:000001782898 。
- ^ “『道法会元』巻二百一十四”. 知識図譜. 2023年9月16日閲覧。
- ^ 森下章司「華西系鏡群と五斗米道」『東方學報』第87巻、京都大學人文科學研究所、2012年12月、467頁、CRID 1390572174796354816、doi:10.14989/176364、hdl:2433/176364、ISSN 0304-2448。
- ^ Cheu, Hock Tong (1988). The Nine Emperor Gods: A Study of Chinese Spirit-medium Cults. Time Books International. ISBN 9971653850 p. 19.
- ^ DeBernardi, Jean (2007). “Commodifying Blessings: Celebrating the Double-Yang Festival in Penang, Malaysia and Wudang Mountain, China”. In Kitiarsa, Pattana. Religious Commodifications in Asia: Marketing Gods. Routledge. ISBN 978-1134074457
- ^ “太素(たいそ)とは”. コトバンク. 2023年9月10日閲覧。
- ^ 澤田瑞穂『中国の民間信仰』(工作舎、1982年)p.50。
- ^ “太初(たいしょ)とは”. コトバンク. 2023年9月10日閲覧。
- ^ “『斗母元尊九皇真経』”. ウィキソース. 2023年9月10日閲覧。
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- ^ “北倶盧洲(ほっくるしゅう)とは”. コトバンク. 2023年9月10日閲覧。
- ^ “『先天神后斗姆元尊大道九皇真経』”. ウィキソース. 2023年9月10日閲覧。
- ^ “徐道『歴代神仙通鑑』巻一”. Google ブックス. 2023年9月17日閲覧。
- ^ a b Pregadio 2013, p. 1207.
- ^ Bonnefoy, Yves (1993). Asian Mythologies. University of Chicago Press. ISBN 0226064565 pp. 241, 246.
- ^ 抱朴子曰:復有太清神丹,其法出於元君。元君者,老子之師也。太清觀天經有九篇,云其上三篇不可教授,其中三篇世無足傳,常瀋之三泉之下,下三篇者,正是丹經上中下,凡三卷也。元君者,大神仙之人也,能調和陰陽,役使鬼神風雨,驂駕九龍十二白虎,天下衆仙皆隸焉,猶自言亦本學道服丹之所致也,非自然也。ctext.org. See translation in "Humans, Spirits, and Sages in Chinese Late Antiquity: Ge Hong's Master Who Embraces Simplicity (Baopuzi)", in Extrême-Orient, Extrême-Occident, 2007, N°29, pp. 95-119. Academia.edu.
参考文献
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- Fowler, Jeanine D. (2005). An Introduction to the Philosophy and Religion of Taoism: Pathways to Immortality. Sussex Academic Press. ISBN 1845190866
- Pregadio, Fabrizio (2013). The Encyclopedia of Taoism. Routledge. ISBN 978-1135796341 Two volumes: 1) A-L; 2) L-Z.
- Wells, Marnix (2013). The Pheasant Cap Master and the End of History: Linking Religion to Philosophy in Early China. Lulu.com. ISBN 978-1931483261