コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

桑絹町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
桑絹村から転送)
くわきぬまち
桑絹町
廃止日 1965年9月30日
廃止理由 編入合併
桑絹町小山市
現在の自治体 小山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 栃木県
下都賀郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 16,905
(1960年10月1日)
隣接自治体 栃木県小山市栃木市下都賀郡国分寺町河内郡南河内村芳賀郡二宮町
茨城県結城市下館市
桑絹町役場
所在地 栃木県下都賀郡桑絹町大字羽川139-2
座標 北緯36度21分11秒 東経139度49分43秒 / 北緯36.35317度 東経139.82864度 / 36.35317; 139.82864座標: 北緯36度21分11秒 東経139度49分43秒 / 北緯36.35317度 東経139.82864度 / 36.35317; 139.82864
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

桑絹町(くわきぬまち)は栃木県の南部、下都賀郡に属していたである。茨城県と境を接する。

地理

[編集]

歴史

[編集]
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行
    • 羽川宿、南半田村、飯塚新田、三拝川岸村、喜沢村、荒井村、出井村、鉢形村、東山田村、北飯田村、萱橋村、向野村が合併し桑村が成立する。
    • 福良村、高椅村、簗村、中河原村、中島村、延島村、延島新田、田川村が合併し絹村が成立する。
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 桑村と絹村が合併し桑絹村となる。
  • 1960年(昭和35年)4月27日 - 村長選挙で202人が立候補する事態が発生。これは分村を巡って村長派と対立した陣営が大量立候補を行ったことによるもので、一家4人全員が立候補するなどのケースもあった。84歳の老婆から25歳2ヶ月の青年までが立候補した。まともな得票をしたのは1位の菅沼良太(4036票、当選)、2位候補(2454票)、3位候補(1156票)だけであり、9人が1票から3票、残りの190人は0票であった[1]。なお、この当時町村の首長選挙においては供託金は不要であった[2]
  • 1961年(昭和36年)7月1日 - 町制施行し桑絹町となる。
  • 1965年(昭和40年)9月30日 - 小山市へ編入される。

脚注

[編集]
  1. ^ 「ヤバい選挙」第2章 267人もの立候補者が出た村長選 (新潮新書、2020年、宮澤暁)
  2. ^ 1962年公職選挙法改正で町村の長の選挙も供託金が必要になった。

関連項目

[編集]