橋川健
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基本情報 | ||||
本名 |
橋川 健 はしかわ けん | |||
生年月日 | 1970年5月8日(54歳) | |||
国籍 | 日本 | |||
身長 | 180cm | |||
体重 | 68kg | |||
選手情報 | ||||
所属 | チームユーラシア | |||
分野 | ロードレース | |||
役割 | 監督 | |||
プロ経歴 | ||||
1991-1994 1995-1998 1999-? 2004-2005 2006-2008 2009- |
Motorola Tonissteiner ブリヂストンアンカー キナンCCD マトリックス・パワーダグ NIPPOコルナゴ | |||
主要レース勝利 | ||||
ツール・ド・おきなわ 1996 ツール・ド・北海道 1999 | ||||
最終更新日 2009年3月5日 |
橋川 健(はしかわ けん、1970年5月8日 - )は、千葉県流山市出身の自転車プロロードレース選手・指導者である。1990年代に欧州で活躍。現在はチームNIPPO-デローザのコーチを務める傍ら、チームユーラシアの監督としてベルギーを中心に活動している
経歴
[編集]中学生時に自転車の機材としての興味を持ち、高校生時からロードレースを始める。早くから日本トップクラスのレースに出場し活躍する。
1990年に全日本アマチュア選手権で2位になり、世界選手権の出場資格を得るがこれを断って欧州へ渡る。ベルギーを拠点としてクラブチームに所属しレース活動を行う。
1991年にプロチームのモトローラと契約するが、あくまでスポット契約だったため、まだ主な出場レースはアマチュアレースだった。
1995年にTonissteinerと契約を結び本格的にプロ選手としての活動をスタートさせる。この年、全日本プロフェッショナル選手権で優勝。
1996年はツール・ド・おきなわで優勝。
1998年にも全日本プロフェッショナル選手権で優勝するが、この年体調を大きく崩して入院。以後は日本に活動拠点を移すことになる。
1999年にチームブリヂストン・アンカーに移籍。体調を少しずつ取り戻し、ツール・ド・北海道において第3ステージ勝利、さらに個人総合優勝を飾った。
2000年のツール・ド・北海道第3ステージでも勝利を飾る。海外活動も短期ながら再開をする。
2006年にはマトリックス・パワータグに移籍。2008年の全日本選手権個人タイムトライアルで3位入賞。健在ぶりを示している。
2009年にチームNIPPOコルナゴにコーチ兼任という形で移籍する。
2010年にはチームユーラシアの監督に就任した。
人物
[編集]自身のバイクブランド「Vlaams(ブラームス)-Bike」を創設。フレームやハンドルバーなどを販売している。
また、自転車ロードレース初心者からアマチュア上位クラスの選手を対象とした「クラブ ブラームス」も設立している。