池辺村
表示
いけべむら 池辺村 | |
---|---|
廃止日 | 1954年11月3日 |
廃止理由 |
分割合併・編入 養老村、高田町、広幡村、上多度村、池辺村(一部)、笠郷村、小畑村、多芸村、日吉村、合原村(一部) → 養老町 池辺村(一部) → 海津郡城山町 |
現在の自治体 | 養老郡養老町・海津市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 岐阜県 |
郡 | 養老郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 10.29 km2. |
総人口 |
3,781人 (1950年) |
隣接自治体 | 岐阜県養老郡上多度村、下多度村、笠郷村、海津郡今尾町、城山町、安八郡福束村 |
池辺村役場 | |
所在地 | 岐阜県養老郡池辺村大巻612-211 |
座標 | 北緯35度14分52秒 東経136度36分55秒 / 北緯35.24789度 東経136.61522度座標: 北緯35度14分52秒 東経136度36分55秒 / 北緯35.24789度 東経136.61522度 |
ウィキプロジェクト |
池辺村(いけべむら)は、かつて岐阜県養老郡に存在した村である。
現在の養老郡養老町の南部に該当するが、海津市の一部[1]となった地区もある。揖斐川、牧田川の西岸であるが、一部揖斐川東岸の箇所もある。
村名は、下池[2]のほとりに位置する村を意味する。
歴史
[編集]- 江戸時代末期、この地域は、多芸郡と石津郡であった。
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編制法施行に伴い、石津郡は上石津郡と下石津郡に分割される。
- 1887年(明治20年) - 多芸郡大場村と大場新田が合併し、町村制による大場村が発足。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 郡制に基づき多芸郡の一部と上石津郡が合併し、養老郡となる[3]。大巻村、根古地村、根古地新田、大場村、釜段村、駒野新田が合併し発足。
- 1954年(昭和29年)11月3日 - 分割合併により消滅。
小字
[編集]- 大字大巻
- イノ割、ロノ割、ハノ割、ニノ割、ホノ割、東ヘノ割、西ヘノ割、トノ割、道上トノ割、道下チノ割、東リノ割、西リノ割、ヌノ割、ルノ割、ヲノ割、ワノ割、カノ割、大割、四段割、下西葭野、下東葭野、上東葭野、上西葭野、西川並、東川並、吉田
- 大字瑞穂(1924年 (大正13年) 4月1日に大字根古地新田より改称)
- 枠池、柳原、大代、志津、和名田、神代、西条、富貴、旭、大前、垂穂
- 大字根古地
- 大場東、一町割、南苅又、北寺西、南三間丁場、北三間丁場苅又、池田、小曲輪、城屋敷、又掛、圦切、苗代、南寺西、菖蒲原、五段割、西五段割、一番割、南町、三ノ割、江ノ橋前、江ノ橋、大野
- 大字大場
- 外池、大豆田、宮屋敷、椋ヶ原、屋敷割、植伏場、橋西、大桐道下、上土取、下土取、池田、島南、東一町地、中一町地、西一町地、一番割、下割、二段割、堀割、南屋敷
- 大字釜段
- 吉田、吉田西割、宮前、替地南、菖蒲原、新開、亀井屋敷割、中島、徳崎、宮方、亀井島崎、新田、福角、野税場、徳田新田、飛地
- 大字駒野新田
- 苗代割、六段地、江西、五畝割、台所地、竜骨、三軒屋
学校
[編集]- 池辺村立池辺小学校(現・養老町立池辺小学校)
- 池辺村立池辺小学校駒野新田分校
- 学校組合立今尾中学校
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 養老郡誌 岐阜日日新聞社 岐阜県郷土資料刊行会 出版 大正14年5月25日初版発行 昭和45年2月6日刊