深きものども
深きものども(ふかきものども、英語:Deep Ones、ディープ・ワンズ)とは、クトゥルフ神話作品に登場する架空の生物・クリーチャーである。
半人半魚の生物、亜人である。四肢と鰓があり、海中や海底都市で生活している。知性と宗教を持つ。また、ヒトと交配して子供を作ることができる。混血個体は地上で人間として生まれ、加齢に伴い姿が変化する不完全変態を行う。
初登場作品はハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説『インスマウスの影』。だが先行作品『ダゴン』において存在が暗示されていた。オーガスト・ダーレスの諸作品にて、主要な敵陣営とされたことで、クトゥルフ神話の悪役として、また邪神に仕える奉仕種族として知られるようになっている。クトゥルフ神話内では主に「インスマス物語」「クトゥルフ物語」の2ジャンルに登場する[1][2]。
なお第二世代のクトゥルフ神話作家ジェイムズ・ウエイドの作品に、そのまま『深きものども』というタイトルの作品がある。
作中の描写
[編集]ゾス星系から地球に飛来した旧支配者クトゥルフの眷属(奉仕種族)。彼らの長である父なるダゴンと母なるヒュドラと海底に沈んだ古代都市ルルイエに封印されたクトゥルフに奉仕するために活動する。彼らは、主に海底で生活している。その理由は、あらゆる水棲動物の支配者、大いなるクトゥルフを崇拝すると同時に彼に仕え、必要とあらば、どんな用向きにもすぐに応じるためである。この信仰は、「ダゴン秘密教団」と言われ組織化されている。
生物的特徴
[編集]まず、ほぼ人間と同じ体型をしている。人間との差異として表情は、ほとんど変化せず、眼窩から大きく隆起した眼球のため瞼が下がらず、まばたきできない。多くは、二足歩行が可能だが、四つん這いでなければ歩行できない個体もいる。歩き方は、ガニ股で身体を左右に振り、頭を上下させ、カエルのようにピョコピョコと跳ねるように行う。頭部や顔の様子は、魚かカエル、主に水棲生物に似た姿である。鼻や耳は、低く広がり目立たない。頭髪はない。肌は、鮫肌のようにザラザラ、ゴワゴワした状態になり、カサブタのような質感になる。肌の色は、薄灰色、青白い色、薄い緑色、暗緑色などである。特に腹部は、魚やカエルをモチーフとし、白くぬめぬめと光沢があって輝いている。対する背中には、魚鱗があり背鰭がある。臀部・尾骨辺りから魚の尾びれやサンショウウオのような尻尾が生えている個体もいる。首には、肉の垂れ下がったシワのような状態が出来、肩とアゴの間が完全に埋まって、この間に鰓がある。手足の指の間には、水かきのようなものがある。唸るような鳴き声で会話する。老化で死ぬ事が無く、暴力的手段、外的要因でしか命を落とす事がない。
これらの醜い容姿、歩き方、話し方により近隣の住民からは、酷く嫌われており、インスマスに近寄る者はほとんどいない。
なおラヴクラフトは、性的な言及を避ける傾向にある為、外性器および性行為の様子に関しては、不明である[4]。また黒人[5]、黄色人種と混血した深きものどもも『インスマウスの影』で言及されない為、明らかになっていない。
人間との混血児は、生まれてから一定の年齢までは、全く人間と同じ姿で成長する。その後、同族との接触あるいは、過度のストレスなどによって「インスマス面」と呼ばれる深きもの特有の顔に近づいて行く。速度や度合には個体差があり、変異せず天寿を全うする者もいれば、隔世遺伝で目覚める者もいる。
活動・社会
[編集]クトゥルフを神と戴いて崇拝・奉仕し、また種族の長老でありほぼ神にもなっている父なるダゴンと母なるヒュドラに仕える。
地上では衣類や帽子などを身に着ける。家族・親族とは親しくし、愛情を抱いている様子が描写されている。
人間と契約し、生贄と引換に、黄金や豊漁を与える。人間と交配することによって地上侵略を目論んでいる。また敵対者を暴力で排除することが、『インスマウスの影』や『永劫の探究』などでたびたび描写されている。
オーベッド・マーシュ船長の一族であるマーシュ家をはじめとするインスマウスの住人は、深きものどもの血を引いている。
海底都市イハ=ントレイ
[編集]「イハ=ントレイ」(Y'ha-nthlei)ないし「イハ=ンスレイ」は、ラヴクラフトによって著された唯一の深き者の海底都市である。この都市は、港町インスマスの海岸から約1マイル半(約2.4km)沖にある悪魔の岩礁の下に位置する。1927年にアメリカ海軍の爆発物によって破壊されたとされている。
この名前は、ラヴクラフトがダンセイニのキャラクター「Yoharneth-Lahai」からアイディアを得たとも言われる。
他の作者は、北大西洋上のトゥーレ(Thule 、アイスランドの火山島スルツェイ)とアルビオン(Albion 、コンウォール海岸)沖の中間に「G'll-Hoo」と「Ahu-Y'hloa」を設定した。この位置は、ラヴクラフトと違い伝説の地名を結んだ場所が基準になっている。
アンダース・ファーガー(Anders Fager)は、ストックホルム沖の岩礁の中に「Ya'Dich-Gho」を設定した。1982年
敵
[編集]ラヴクラフトの初期設定の頃から、混血による地上侵略を妨げようとする者は敵となる。後にクトゥルフ神話大系が成立して以降は、クトゥルフ復活を妨げる者も敵となる。主クトゥルフとハスターの対立から、陣営同士の対立もある(四大霊の水に属し、風と敵対するとも)。
生物として、海から離れることを嫌う。炎で焼き殺されることも多い。また「旧神の護り石」のパワーを嫌い、接触を避けようとする。
解説
[編集]ラヴクラフトは、『インスマウスの影』で深き者の血を引く主人公が偶然にインスマスを訪れ、はじめ嫌悪感を抱きながらも物語の最後では、喜んで同族のもとに向かう決心をする姿を描いた。ここから逆の選民意識、嫌悪する対象と自分たちが同一であるカタストロフィを描いた。
ロバート・プライスは、『ダーレスが使った魚類人と両生類人という単語 by カーミット・マーシュ3世(Derleth's Use of the Words "Ichthic" and "Batrachian" by Kermit Marsh III)』で、もしラヴクラフトが「Deep ones」をフラッシュゴードンの「hawk-men」、「clay-men」のような名前を付けていたら、ここまでイメージが膨らまなかったと主張している。ラヴクラフトは、深き者を魚人、カエル人と書かず「the blasphemous fish-frogs(冒涜的な魚蛙)」などの表現もしているが分厚い唇、広がった顔、歩き方や身振りなど映像や臭いの描写に頼った。ダーレスが「Ichthic(魚類人)」や「Batrachian(両生類人)」という表現をしたことに対しては「ダーレスは、インスマスの影を読んでないのでは?」とまで酷評している。
またプライスは、『The Innsmouth Cycle』でダゴンとクトゥルフが実際には、同一の存在ではないかと考えたと書いている。
関連
[編集]マルケサス諸島でお守りとして身につけられているティキの偶像は、両生類の頭部を持った人間の姿をしている。またニュージーランドのマオリ族が使用する彫刻入りの天井石等も物語の中では、これは深きものどもをかたどったものとして登場する。さらにダーレスの小説『永劫の探究』では、ある人物が深きものどもを見てジョン・テニエルが『不思議の国のアリス』で描いた挿絵(蛙男)を連想した。
登場作品
[編集]- ハワード・フィリップス・ラヴクラフト:インスマウスの影
- オーガスト・ダーレス:サンドウィン館の怪、戸口の彼方へ、永劫の探究、ルルイエの印
- 第二世代作家:深きものども(ジェイムズ・ウェイド)、けがれ(ブライアン・ラムレイ)
- 「インスマス年代記」:プリスクスの墓(ブライアン・ムーニイ)、インスマスの遺産(ブライアン・ステイプルフォード)、大物(ジャック・ヨーヴィル)、ダゴンの鐘(ブライアン・ラムレイ)
- 「ラヴクラフトの怪物たち」:ともに海の深みへ(ブライアン・ホッジ)、禁じられた愛に私たちは啼き、吠える(ケイトリン・R・キアナン)、世界が再び終わる日[6](ニール・ゲイマン)
- その他:蔭洲升を覆う影(TBSドラマ、小中千昭小説版)、DAGON(スペイン映画)
脚注
[編集]【凡例】
- 全集:創元推理文庫『ラヴクラフト全集』、全7巻+別巻上下
- クト:青心社文庫『暗黒神話大系クトゥルー』、全13巻
- 真ク:国書刊行会『真ク・リトル・リトル神話大系』、全10巻
- 新ク:国書刊行会『新編真ク・リトル・リトル神話大系』、全7巻
- 新潮:新潮文庫『クトゥルー神話傑作選』、2022年既刊3巻
- 新訳:星海社FICTIONS『新訳クトゥルー神話コレクション』、2020年既刊5巻
- 事典四:東雅夫『クトゥルー神話事典』(第四版、2013年、学研)