妖蛆の秘密
妖蛆の秘密(ようしゅのひみつ、ようそのひみつ、英:Mysteries of the Worm、羅:De Vermis Mysteriis)は、クトゥルフ神話作品に登場する架空の書籍。
概要
[編集]ロバート・ブロックが創造した魔道書。初出は、『ウィアード・テイルズ』1935年5月号掲載の『納骨所の秘密』。
本アイテムを有名にした作品は、同年9月号掲載の『The Shambler from the Stars』(邦題が複数あり、そのうちの一つが意訳で『妖蛆の秘密』とされ、書物と同名になっている)。当作品はロバート・ブロックと、クトゥルフ神話の創生者であるハワード・フィリップス・ラヴクラフトとの交流から生まれた。
ラヴクラフトの「ネクロノミコン」に相当する、ブロックが創造した魔導書。主に創造者であるブロックの作品に登場し、加えて他作家の作品でも使用される。
邦訳名
[編集]「妖蛆の秘密」という邦訳は荒俣宏によるもの。当初は読み方は特になかった。捻らずに音読みでは「ようそ」である。
しかし「ようしゅのひみつ」と読むのが通例となっている。大瀧啓裕が1982年に青心社単行本『クトゥルー3』「暗黒の儀式第一章・ビリントンの森」にて、「ようしゅのひみつ」とルビを振り、以降の創元推理文庫の『ラヴクラフト全集』や青心社の『クトゥルー』にて広まる。読みの由来は、先行で翻訳されていたスミスの『白蛆の襲来』(びゃくしゅのしゅうらい)からの影響が指摘されている。[1]
内容・来歴
[編集]基本設定
[編集]著者はルートヴィヒ・プリン(Ludwig Prinn、ルドウィク等の表記もある)。原題はラテン語の『デ・ウェルミス・ミステリイス』(De Vermis Mysteriis)。
著者のプリンはフランドル出身の錬金術師、降霊術師、魔術師で、第九回十字軍の唯一の生き残りを自称していた。十字軍参加時に、捕虜として拘留されていたシリアで魔術を学び、異端審問によりブリュッセルで焚刑に処せられる直前に、獄中で本書を執筆した。
プリンの死の翌年、1542年にケルンで出版された初版本は、鉄製の表紙をした黒く分厚い本。出版直後に教会から出版禁止処分を受け、後に内容を大幅に減らした検閲済削除版が出版される。市場に出回ったのは無害な検閲済版であり、危険な初版本は入手難となった。
特に、「サラセン人の儀式」という章にて古代エジプトの(異端的)信仰が詳しく解説されており、創造者ブロックのエジプト作品にて頻出する。『The Shambler from the Stars』では表題の生物=星の精の召喚方法が書かれていた。
エジプトの神や蛇神(Worm=蛆/爬虫類)にも詳しい。例:父なるイグ(蛇神)、暗きハン(蛇神)、蛇の髪持つバイアティス[注 1]。エジプト神話でよく知られている鰐神セベク、猫神ブバスティス(エジプト神話のバステト)、アヌビスなどについても描かれるが、異端の邪神としての側面が大きい。エジプト史から抹消されたナイアーラトテップ信仰や暗黒のファラオたるネフレン=カ王についても書かれている。
ラヴクラフトはメインには使用していないが2度自作に登場させており、ミスカトニック大学付属図書館に1冊[2]と、<星の智慧派>教会跡地に1冊[3]あると設定している[注 2]。またヘンリー・カットナーも使用した。
派生設定
[編集]ブライアン・ラムレイ著『妖蛆の王』によると、1820年にチャールズ・レゲットによる英語版が刊行されたが、これは初版本を翻訳したものだという[4]。またラムレイ作品ではアザトース召喚の方法が記されているとされ、意味を読み解くと、核爆発の起こし方であるという[5]。大英博物館には3つの版(ラテン語版[注 3]、古ドイツ語版、僧Xなる人物による一部英訳)が収蔵され、また魔術師ジュリアン・カーステアズはレゲットの英語版を所有する[4]。
スティーブン・キングの短編『呪われた村』において、物語のキーアイテムとして登場する。この本はラテン語とルーン文字の混成版[6]。また『心霊電流』においては、カトリック教会指定の6禁書のうち2冊「ピカトリクスのグリモワール」「妖蛆の秘密」を参考に、ラヴクラフトは架空のネクロノミコンを創作したと噂されている[7][8]。「妖蛆の秘密」が書かれた時代や、著者プリンの生涯も従来説と異なる[7]。
登場作品
[編集]- ハワード・フィリップス・ラヴクラフト:時間からの影(1936)、闇をさまようもの(1937)
- ヘンリー・カットナー:狩りたてるもの(1939)、侵入者(1939)
- ラムジー・キャンベル:城の部屋(1964)
- スティーブン・キング:呪われた村(執筆1967)、心霊電流(2014)
- ブライアン・ラムレイ:地を穿つ魔(1975)、妖蛆の王(1983)
- 朝松健:ギガントマキア1945(1998)
- 松殿理央:蛇蜜(2002)
- ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト:キーパー・コンパニオン(2017)
関連項目
[編集]脚注
[編集]【凡例】
- 全集:創元推理文庫『ラヴクラフト全集』、全7巻+別巻上下
- クト:青心社文庫『暗黒神話大系クトゥルー』、全13巻
- 定本:国書刊行会『定本ラヴクラフト全集』、全10巻
- 真ク:国書刊行会『真ク・リトル・リトル神話大系』、全10巻
- 新ク:国書刊行会『新編真ク・リトル・リトル神話大系』、全7巻
- 事典四:学研『クトゥルー神話事典第四版』(東雅夫編、2013年版)
注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 新紀元社『図解クトゥルフ神話』森瀬繚 妖蛆の秘密 61ページ。
- ^ 定本6/全集3/新潮2など『時間からの影』ラヴクラフト。
- ^ 全集3/クト7/定本6/新潮1など『闇をさまようもの』ラヴクラフト
- ^ a b 創元推理文庫「タイタス・クロウの事件簿」収録『妖蛆の王』ブライアン・ラムレイ
- ^ 創元推理文庫『タイタス・クロウ・サーガ1 地を穿つ魔』ブライアン・ラムレイ
- ^ 扶桑社ミステリー「ナイトシフト1 深夜勤務」収録『呪われた村』スティーブン・キング
- ^ a b 文藝春秋『心霊電流』スティーヴン・キング、9章・12章
- ^ 扶桑社海外文庫「闇のシャイニング リリヤの恐怖図書館」収録『キーパー・コンパニオン』ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト