いただきます
いただきます(頂きます、戴きます)は、食事を始める際の日本語の挨拶である。「いただく」(「もらう」の謙譲語、または「食べる」「飲む」の謙譲語・丁寧語[1])から派生したもので、「ます」をつけないと挨拶として機能しない連語である[2][3]。広辞苑は「出された料理を食べ始めるとき」と限定しているが[4]、単純な食前の挨拶になっている面があるため、自分で作った料理でも言うことがある。また食事だけでなく、物をもらうときにも言うことがある[5]。
後述するように、挨拶として広く慣習化されたのは恐らく昭和時代からであり、古くからの伝統であるか疑問視される[6]。
語誌
「いただく」という語の語源は諸説唱えられてきたものの[7]、いまだ定説はない。この語は、元来、頭上に載せる動作を指す普通語であったが、目上の人から物を賜る時に、それを高く掲げ、謹み(つつしみ)や感謝を表現して受け取ったことから、やがて「もらう」「買い受ける」を意味する謙譲語となっていった[3][8][7]。食べ物を「いただく」という場合、改まった式の日の食事で、神の前か貴人の前で、同時に同じものを食するときに言ったもので、もともとは食物を頭か額にまで掲げていたと考えられる[8][9][5]。中世に位階が細かくなると、人と会えばどちらかが目上であるということになり、また、相手を目上と思って尊ぶことを礼儀とするようになってからは、「いただく」機会は激増し[8]、この謙譲用法は確立されていった[3]。「食う・飲む」の謙譲語としての「いただく」は、室町末以後に成立した狂言に使用例がみられる[3]。したがって本来は、飲食物を与えてくれる人、または神に対しての感謝の念が込められていたと考えられる[5]。
後述するように、挨拶語として「いただきます」が日本全国に広く広まったのは戦前・戦中のことと考えられるが、そのころの道徳教本には、食事を無事にいただけるのは天地、太陽、慈雨、百姓、母親、女中等々の恩であり、それに感謝して「いただきます」「ごちそうさま」を言うよう説いている[10]。
食材となった命への感謝説
近年(おそらく昭和後期~平成以降)、道徳やマナー教育などにおいて、食材となった動植物の命への感謝であると説明されることがある。これによれば、食材の命を「いただい」て、自分の命を養わせてもらう、その感謝を意味しているという[11][12][13]。この説は特に食育と結びついて2000年代から広く流布することとなった。しかし、そのような語史を文献から辿ることはできない。この説は語史的には俗説に過ぎず、その道徳的価値はともかくとして、歴史的観点から言葉の由来を説明するものではない。
「食材への感謝」説の淵源のひとつは、浄土真宗の近年の活動にあるとみられる[14][15]。それは、2009年以降の食前の言葉「多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。深くご恩を喜び、ありがたくいただきます」、そして食後の言葉「尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます。おかげで、ごちそうさまでした」にもはっきりと表れている。しかし、この改定以前の言葉は「み仏と、みなさまのおかげにより(後略)」「尊いおめぐみによりおいしくいただきました」であった。食材の命を「いただく」といった考えを強調するのは最近の傾向とみられる。
歴史
食前の挨拶「いただきます」の発声がいつ頃始まったか関しては定かでない。1983年から始められた国立民族学博物館の共同研究「現代日本における家庭と食卓 ── 銘々膳からチャブ台へ ── 」[16]では、当時70歳以上(1913年前後以前の生まれ)の計284人(女性259人、男性25人)にアンケートを行っており、貴重な証言を得ている。これによれば、対象者らが若かったころ、箱膳で食していた時代には、「いただきます」は決して一般的とは言い難いものであった。ほとんどの家庭において食前に神仏へのお供えがあった一方で、食前の挨拶はないことが非常に多く、またあったとしても様々な挨拶の言葉が存在した。それがやがて必ず言うようなものとなり、その文句(「いただきます」に限らない)も統一されてきたのは、軍国主義化していった時代ごろからのしつけや教育によるものであると推測されている[17][6]。柳田も1946年に出版された著書に、「いただきます」が近頃普及したものだと言及している[8]。
比較的古い文献に食前の挨拶として現れる例を挙げる。
- 1934年 「御飯はいただきますで始め、ごちそうさまで終わりましょう。」[10]
- 1937年 「(前略) お膳の前へ坐ると、頂きますとお辞儀をするし、お終いになると、御馳走さまといったり (後略)」[18]
- 1939年 「そして、その一味の婆さんが一緒に弁当をたべるとき、きっと私に向っていただきます、とあいさつをしたという世にも滑稽な話。」[19]
Jタウンネットが2015年に実施したネット上のアンケートによれば、食前に「いただきます」と言うと回答した人は合計して9割を超えている[20]。
外国語
食前の挨拶としては、例えば Bon appétit!(仏、英), Buon appetito! (伊), Guten Appetit! (独)(いずれも直訳は「良い食欲を」)、Eet smakelijk!(蘭、「おいしく召し上がれ」の意) などがある。これらは、本来的にはこれから食べようとする相手へかける言葉であり、「いただきます」とはやや性格を異にする。日本語だと「召し上がれ」に近く、たとえばレストランなどでは給仕が客にこのように声をかけることがある。大抵の場合は「いただきます」と同様の使い方をしてコミュニケーションに齟齬をきたすことはないが、意味の違いに注意が必要である。
関連項目
- 名称に「いただきます」を含む作品又は番組
- ライオンのいただきます - 小堺一機進行によるフジテレビの番組。
- いただきます! (オランダ) - オランダの民間放送局「RTL」で放送されている番組。
- いただきます (漫画) - 山田貴敏の漫画。
脚注
- ^ 松村明(編)(2006), 『大辞林』 第3版 電子版, 三省堂.
- ^ 松村明(編)(2006), 『大辞林』 第3版 電子版, 三省堂.
- ^ a b c d 小学館国語辞典編集部(編)(2006), 『精選版 日本国語大辞典』, 小学館.
- ^ 新村出(編著)(2008), 『広辞苑』 第6版, 岩波書店.
- ^ a b c 山口佳紀(編著)(2008)『暮らしのことば 新 語源辞典』, 講談社, 80頁.
- ^ a b 熊倉功夫 (1999), 『文化としてのマナー』, 岩波書店, 47-49頁.
- ^ a b 前田富祺(編) (2005), 『日本語源大辞典』, 小学館, 126頁.
- ^ a b c d 柳田国男 (1946), 「毎日の言葉」, 『柳田国男全集 第15巻』(1998) に再収, 筑摩書房, 249-250頁.
- ^ 堀井令以知(編著)(1997), 『決まり文句語源辞典』, 東京堂出版, 32頁.
- ^ a b 西川文子 (1934), 『ハイハイ学校提唱講話』, 子供の道話社, 41-44頁
- ^ 「肉や魚はもちろんのこと、野菜や果物にも命があると考え、「○○の命を私の命にさせていただきます」とそれぞれの食材に感謝しており (後略)」 All About Japan. そうだったのか!「いただきます」本当の意味
- ^ 「「いただきます」には、すべての食材には生命があり、その命をいただいて、「生かさせていただいています」という意味があるといわれています」 小倉朋子 (2008年8月10日). “「いただきます」を忘れた日本人” (日本語). アスキー・メディアワークス ISBN 978-4-04-867287-0. p. 69
- ^ 「本来「いただきます」の前には「いのちを」という言葉が隠されているのです。(中略)「いただきます」と口にして思うべきことは、「申しわけない」という他のいのちへの懺悔)なのです」「いただきます」の日本語に隠された深い真意
- ^ 浄土真宗本願寺派 本願寺(西本願寺) 新「食事のことば」解説
- ^ 浄土真宗本願寺派 築地本願寺 「浄土真宗とお料理」
- ^ その成果は、石毛直道, 井上忠司編 (1991), 『国立民族学博物館研究報告別冊 16号』にまとめられている。
- ^ 熊倉功夫 (1991), 「食卓生活史の調査と分析 : 食卓生活史の質的分析(その2) ―食べものと食べかた―」, 『国立民族学博物館研究報告別冊 16号』所収, 国立民族学博物館, 111-112頁.
- ^ 長谷川時雨 (1937), 『日本橋あたり』
- ^ 宮本百合子 (1939), 『十二年の手紙』 1939年2月19日 - 宮本百合子が1939年に獄中の夫へ宛てた手紙。
- ^ Jタウンネット - いただきますの「合掌」、全国共通のマナーじゃなかった! 東北人は...?
外部リンク
いただきますする。 - 「いただきます」という挨拶の起源や広がりに関する先行研究をまとめ、さらに新たな独自調査を加えたもの。『日本人はいつから「いただきます」するようになったのか』という題で電子書籍化もされている。