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ピンクウォッシング (LGBT)

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ピンクウォッシング (英語: pinkwashing) とは、実際は完全に無関係であるにも関わらず、ある政策や商品などがあたかもレズビアンゲイバイセクシュアルトランスジェンダークィア (LGBTQ) の性的マイノリティに属する人々に恩恵を与えるものであるという印象付けを行う行為[1]。しばしば組織や国、政府による問題行為や政策から目を逸らすのに使用され[2]LGBTの権利の観点からは、商品や国家などの様々な媒体のマーケティングにおいて、ゲイフレンドリーであるという印象を与えることにより、その媒体の出所が現代社会の流れに寛容であることをアピールするためにも用いられる[2]

移民

2013年ヒューマン・ライツ・キャンペーン (英語: Human Rights Campaign、HRC) は、移民の人々が医療保障や安全保障、亡命権、市民権などを求めるにあたって、現状の体制の改善や改革によりこれを支援していく姿勢を公的に示した[3]。この動きは、同性愛者の移民活動家が最高裁判所の集会で法的権利を求めた際に、HRCが事実上これを妨害してしまった直後に起きたものであり、公式に謝罪もされている。ハフポストは、この一連の騒動をピンクウォッシングと見做しており、実際は性的マイノリティと移民改革は全くの無関係であるにも関わらず、これを支持するような印象を社会に与えることによって、法執行や国外追放、米国の軍備に対する資金援助などの孕む法的問題を、LGBTコミュニティを味方につけることで隠匿しようとするものであるとして非難している[4]

2012年カナダの市民権移民省長官のジェイソン・ケニーが、『イランからのLGBT難民』 (英語: LGBT Refugees from Iran) というタイトルのEメールを数千の国民に送信し、ピンクウォッシングに問われた[5]。このメールは、その題名から難民に関する内容であることが示唆されるが、ゲイ、レズビアン、女性の迫害に対するカナダの姿勢についての記述が含まれていた[5][注 1]。複数の活動家がこれを、対イラン戦争を政府が奨励する方向性にあることを、LGBT関連の話題を出すことで曖昧化・ピンクウォッシュするものであると非難している[5]

ホモナショナリズム

ホモナショナリズム英語版とは、ジャスビア・プアー英語版2007年の著書『テロリスト軍団: クィア時代のホモナショナリズム』(英語: Terrorist Assemblages: Homonationalism in Queer Times) において発展させた造語で、移民は同性愛嫌悪である一方、西洋社会は平等主義であるという偏見に基づき、一部の権力がLGBTコミュニティの主張に選択的に同調し、特にイスラム教徒に対する人種差別や、ゼノフォビア (外国人を拒絶すること) の立場及びアポロフォビア英語版 (貧困層を拒絶すること) の立場を正当化するプロセスを指す[6][7][8]。これは端的に述べると、ゲイアイデンティティナショナリストイデオロギーが交わったものであり、例としてイスラム教信者は同性愛嫌悪であるという固定観念から、LGBTコミュニティはこれと水と油の関係にあるという社会的印象を、愛国運動に不当に拡張し、利用するものである[9]。よって、ホモナショナリズムはピンクウォッシングと密接に関連しており、しばしばこの2つの用語は国家の政策などを説明する際に共に用いられる。ただし、その後出版された『ホモナショナリズム再考』(英語: Rethinking Homonationalism) という論文において、プアーは当該二語は並列的な用語なのではなく、ホモナショナリズムが存在する故にピンクウォッシングが存在すると議論している[10]

アメリカ合衆国

バード大学政治学部教授のオマール・エンカルナシオンは、オバマ政権は数百万人の移民の強制送還や、ブッシュ政権時代の対テロ戦争における人権侵害問題などから注意を逸らすために、ピンクウォッシングを行っていたと指摘している[11][注 2]

ハル大学に所属していたステファン・ダール英語版によると、アメリカにおけるピンクウォッシングは、性的マイノリティとは脈絡のない企業により作成・販売されているプライド商品による影響が大きい[12]。これは「大企業」という一種の大きな権力と「少数派」との間にパイプができるような構図であり、一見すると後者に対して有益な関係のように思えるものの、実際はこのような関係構築にあたり後者が法的な後ろ盾や利益を得ることは一切ない[12]

また、一部の学者は、アメリカではピンクウォッシングが開拓者植民地主義英語版原住民の主権問題にまで波及してしまっている問題にも言及している[8]

イスラエル政府の広報戦略

LGBT人権活動派の一種であるクィア無政府主義英語版団体『マッシュプリッツォット』 (Mashpritzot) が、イスラエルのピンクウォッシングと、テル・アビブのLGBTサポートセンターによるホモ・ノーマティビティ[注 3]ダイ・イン形式の抗議活動をする様子。

ニューヨーク市立大学教授兼作家のサラ・シュルマン英語版は、イスラエル政府はその広報戦略においてLGBTフレンドリーの概念を利用し、イスラエルへの投資や観光の促進、および「時代の流れに沿う民主主義国家である」という印象付けを行っていると述べている[14]。当政府は、イスラエルは性的マイノリティの人々の自由を尊重しており、差別などの心配がなく、休暇を過ごすのに理想的な場所であると主張している[14]。この広報戦略は主に18歳から34歳のゲイ男性をターゲットとしている[14]

シュルマンは、イスラエルは他国と比べてもLGBTの人々が恩恵を受けられるような法律が整備されておらず、さらに一部の政治家は同性愛を嫌悪していると述べている[14]。他にも、LGBTの人権問題を話題としピンクウォッシングにより国の宣伝を行うことは、LGBTの権利関係に注力しすぎるあまりに他の人権問題を度外視したものになりえるという問題があることや、LGBTコミュニティだけではなく、政治的変革を求めるパレスチナ人に対しても悪影響を及ぼす可能性があることを指摘している[2]2011年8月、エルサレム・ポスト紙は、イスラエルの外務省は国外の自由主義陣営が抱いている負の印象を払拭するために、LGBT関連の問題を持ちあげているとも報じている[15]

ラトガーズ大学女性学ジェンダー学准教授であるジャスビア・プアー英語版をはじめとするイスラエル批評家は、イスラエル政府が国内におけるLGBTの権利とパレスチナ領域におけるLGBTの権利を天秤にかけ比較している事実を、ピンクウォッシングの一例として挙げている。プアーは、2006年にエルサレムが主催したワールドプライド英語版を引き合いに出し、「グローバルな観点から、ゲイフレンドリーであることは近代的、包摂的、先進的、かつ第一世界的であり、そしてなにより民主的である」と綴っている[16][注 4]コロンビア大学近代アラブ政治学・歴史学准教授のジョセフ・マサド英語版は、「イスラエル政府は、パレスチナ人への権利侵害に関する国外からの非難をかわす目的で、LGBTの権利関係における国の業績を誇張宣伝している」と綴っている[17][18][注 5]

イスラエルの反応

イスラエル側は、国の政策をピンクウォッシングと見做す諸外国の声明はかかし論法であり、LBGTコミュニティの包摂政策が、パレスチナ占領の正当化や逃げ口上として用いられた事実はないと反論している。加えて、アラブやイスラムのグループはLGBTの人々に対して差別的で残忍な扱いをしているという主張もしており、イスラエルはこれらとは全く対照的であり、国家レベルでも個人レベルでも、LGBTの個人や団体に対して寛容であるという見解を示している[19][20]ブランド・イスラエル英語版プロジェクトの元代表であるイド・アハロニ英語版は、ピンクウォッシング関連の批判に対して、「我々は問題を秘匿しようとしているのではなく、議論を広めようとしている。より多くのコミュニティにLGBT関連の問題を認識してもらうことに意味があるのだ」[注 6]と述べている[17]ハーバード大学法学教授のアラン・ダーショウィッツは、「ピンクウォッシングという語をイスラエルに向けて使うのは、反ユダヤ主義の偏屈的な思想をもつ右翼ゲイ活動家のみである」と述べており[21]、「これは反ユダヤ勢力によるLGBT擁護に他ならない」とも続けている[22][23]

同性愛者イスラエル人であり、公民権活動家のヤエア・ケダー英語版は、「イスラエルはLGBTの権利およびその他の権利関係において殊勝な業績をあげており、これを非難することは、究極的に同性愛嫌悪と大差ないものだ」と述べており、ピンクウォッシングの嫌疑を掛ける勢力を批判している[17]。イスラエルに拠点を置くLGBT権利活動組織『アグーダ英語版』に属するショール・ガノンは、「イスラエルの政策にピンクウォッシング疑惑を掛けて利を得るのは、パレスチナの同性愛者だけだ」と述べている[24]

アンチ・ピンクウォッシング

アンチ・ピンクウォッシング (英語: anti-pinkwashing) とは、ピンクウォッシングの嫌疑が掛けられた事案に対するLGBT組織側の対応を指す。 『アンチ・ピンクウォッシングからパレスチナ脱植民地化への道』(英語: The Road from Antipinkwashing Activism to the Decolonization of Palestine) という論文の著者であるリン・ダーウィッチとハンネン・メイカイは、パレスチナ支配化にある地域ではLGBTの人々に対する差別や虐待行為があるにも関わらず、イスラエルのピンクウォッシング疑惑が、本来別問題として議論すべきLGBT権利運動とパレスチナ権利運動の境界線を曖昧にしてしまっていると議論しており[25]、別々の権利運動団体が1つの問題を解決するために団結すればそれ相応のメリットはあるものの、個々が究極的に注力すべき問題から視線が逸れる懸念があると述べている。これを受け、ダーウィッチとメイカイは、アンチ・ピンクウォッシング運動はピンクウォッシング関連のみに注力するのではなく、ホモナショナリズム英語版植民地問題帝国主義問題にも視野を広げるべきだと述べている[26]

フランスの極右政党

2017年AP通信・パリは、フランス極右政党ナショナル・フロントの党首マリーヌ・ル・ペンのピンクウォッシング疑惑を報じた。ル・ペンは大統領選挙において、実の父である政党創設者のジャン=マリー・ル・ペンが一時期「同性愛は生物学的にも社会的にも異端」と発言した事実があるにも関わらず、LGBTコミュニティからの票を集めていた[27]。フランスは2013年同性婚を合法化し[28]、世界で13番目の同性婚容認国となったが、その後もLGBTの人々は自身の権利について危機感を抱いていた。例として、2016年には24,000人もの群衆が同性婚に関する法律の撤廃を求めデモ行進を行ったり[29]ヘイトクライムの可能性の高いオーランド銃乱射事件により複数の同性愛者が犠牲になったことなどが挙げられ、この事件の後にル・ペンは「どれほど多くの同性愛者の方々が過激派イスラム勢力の脅威を感じながら生きなければならないのか」と発言している[27]。このような脅威への直面や、ル・ペンからの「同情」の声を受け、LGBTコミュニティは「このままでは私たちが野蛮人の最初に犠牲になりかねず、革新的な打開策を打ち出しているのはル・ペンだけだ」とし、当極右政党は同性愛者有権投票者から多くの票を獲得した[27]

企業マーケティング

カナダアメリカを結ぶ石油輸送システムであるキーストーン・パイプラインは、その広報活動において、「カナダのLGBT権に関する業績を他の石油産出国の業績を比較すると、このプロジェクトは支持に値するものだ」という旨の主張を行い、石油関連の話題とLGBT権の話題は全くの無関係であることから、ピンクウォッシングに問われた[30]。このキャンペーンの本山として機能しているOpecHatesgays.comでは、「カナダの純白な石油と、OPECの紛争で穢れた石油を比較してみてください」という見出しも見受けられた[31]

他方、2014年BPは『LGBTキャリアイベント』と呼ばれるキャンペーンを開始したが、これは「アメリカ史上未曾有の環境災害」と形容されたメキシコ湾原油流出事故をピンクウォッシュする試みであるとして非難を浴びた[32]

また、オーストラリアでは、LGBT権を強調した、大企業による商品マーケティングが懸念の声を呼んでいる[33]

反イスラム声明

イングランド防衛同盟 (EDL) などの、ヨーロッパ草の根運動を展開する連合団体が、2012年の7月から8月にかけて行われたヘルシンキストックホルムでのLGBTプライド・ウィークに合わせて、反イスラムデモを行った[34][35]。しかしながら、この動きはLGBT権利活動団体『Queers against Pinkwashing』の反感を買い、「イスラム教徒が同性愛者嫌悪であるという固定観念につけ込みこのようなデモ活動を行うことは明確なピンクウォッシングであり、性的マイノリティを支持するというフェイク・イメージを生み出すものに他ならない」という批判を浴びた[35]スウェーデン・ラジオのインタビューにおいて、ジャーナリストリサ・ビューワルド英語版は、『Queers against Pinkwashing』は実質的に「1つの事柄を全ての問題の根源と見做して言及することはLGBTQコミュニティに何の恩恵も与えない」という立場を取っていることに言及し、LGBTの権利問題と反イスラム問題を同列に扱おうとしたEDLを批判した[35]フェミニスト活動家のローリー・ペニー英語版は、このような一連の性差別問題とイスラム教との関連付けが、特定の活動団体が勢力を強めるための道具にされていることに警告を発している[36][37][38]

国家間情勢

経済・政策研究センター英語版のステファン・ラフェヴ (英語: Stephan Lefebvre) は、オバマ政権がLGBTコミュニティに対する法整備が進んでいないことを理由にロシアを批判しているが、同様の問題が見られる友好国ホンジュラスサウジアラビアアラブ首長国連邦は批判の対象としていないことを問題視している[39]。ラフェヴは、同政府のロシアに対する動きはピンクウォッシングであると述べており、意図的にLGBTの権利に注意を向け、他の人権問題をないがしろにするものであると非難している[39]Laurie Penny英語版は、ソチオリンピックの際にロシアのLGBT政策を批判した人々とその批判者側の国の実情を比較し、以下のように綴っている[40][注 7]

西洋諸国はロシアに対してレインボーフラッグを振りかざしているが、実際は安全を求め国境に訪れるLGBTの人々を無下に扱い、虐待的な行為まで見られる。LGBTの人々の権利獲得を後押ししようとする動きは称賛に値するが、それがピンクウォッシングではなく本意であるならば、まずは自国の現状からそれを証明すべきだ。

注釈

  1. ^ 具体的には、カナダの外相ジョン・ラッセル・ベアード英語版による、直近の会見内での発言内容であった。[5]
  2. ^ 原文: There is even the cynical charge that Obama engaged in “pink washing,” or the use of the gay rights issue to distract from other unsavory policies such as the deportation of millions of undocumented immigrants and the failure to prosecute those responsible for the human rights abuses of the Bush administration’s War on Terror.[11]
  3. ^ ホモ・ノーマティビティ英語版とは、同性愛 (英語: homosexuality) を「普通」(英語: normative) と認識することに関連する用語である。異性愛が「普通」であるという認識が根付いた社会において、性的マイノリティも「普通」として包摂するための概念であるが、社会的階級や人種、犯罪歴の有無などによって、LGBTコミュニティの中でも包摂対象となる人々とそうでない人々という格差が生まれるという問題とともに言及されることが多い[13]
  4. ^ 原文: Within global gay and lesbian organising circuits, to be gay friendly is to be modern, cosmopolitan, developed, first-world, global north, and, most significantly, democratic.[16]
  5. ^ 原文: The Israeli government and its propaganda organs ... insist on advertising and exaggerating its recent record on LGBT rights ... to fend off international condemnation of its violations of the rights of the Palestinian people[.][17]
  6. ^ 原文: We are not trying to hide the conflict but broaden the conversation. We want to create a sense of relevance with other communities.[17]
  7. ^ 原文: While western nations flap the rainbow flag defiantly in Russia's face, actual lesbian, gay, bisexual and transgender people are being harassed and abused at their borders when they arrive seeking safety. Supporting the rights of LGBT people worldwide is to be commended, but if that sentiment is more than pinkwashing, it should be backed up by action at home.[40]

出典

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関連文献

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関連項目