「赤岩駅 (福島県)」の版間の差分
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|画像説明 = 構内(2006年8月) |
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|よみがな = あかいわ |
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2020年2月15日 (土) 00:33時点における版
赤岩駅 | |
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構内(2006年8月) | |
あかいわ Akaiwa | |
◄庭坂 (7.7 km) (6.6 km) 板谷► | |
所在地 |
福島県福島市大笹生字赤岩32 北緯37度48分20.67秒 東経140度20分6.94秒 / 北緯37.8057417度 東経140.3352611度 座標: 座標オプションが認識できません 座標: 北緯37度48分20.67秒 東経140度20分6.94秒 / 北緯37.8057417度 東経140.3352611度 座標: 座標オプションが認識できません |
所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
所属路線 | ■奥羽本線(山形線) |
キロ程 | 14.6 km(福島起点) |
電報略号 | アイ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面2線 |
乗車人員 -統計年度- |
0人/日(降車客含まず) -2004年- |
開業年月日 | 1910年(明治43年)10月13日 |
備考 |
休止中 2016年12月1日より全列車が通過(通年)。 2012年から2015年までは冬期間(12月1日から翌年3月25日まで)通過。 |
赤岩駅(あかいわえき)は、福島県福島市大笹生(おおざそう)字赤岩にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)奥羽本線の駅(休止駅)である。「山形線」の愛称区間に含まれている。2016年12月1日以降、すべての列車が通過している[1][2]。
歴史
- 1899年(明治32年)5月15日:奥羽南線福島 - 米沢間開通と共に赤岩信号場設置。
- 1909年(明治42年)6月12日:信号場構内で煙害による列車脱線転覆事故発生(のちに米沢駅構内に慰霊碑建立)。
- 1910年(明治43年)
- 1911年(明治44年)9月5日:崩落トンネルを迂回する新ルートが完成し復旧する。東赤岩仮乗降場が廃止。
- 1958年(昭和33年)3月:駅舎改築[3]。
- 1984年(昭和59年)12月1日:無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
- 1990年(平成2年)3月10日:山形新幹線の運行にあたり標準軌化工事を行う。スイッチバックを廃止。現在地に移転。
- 2012年(平成24年)12月1日:この日から2013年(平成25年)3月25日まで全列車通過[4]。以降も毎年この期間は全列車通過となる。
- 2016年(平成28年)
- 2017年(平成29年)3月4日:同日のダイヤ改正で「通年通過駅」となり、停車列車が正式に消滅[1][2]、営業休止。
駅構造
島式ホーム1面2線を持つ地上駅。ホームへは構内踏切を利用する。郡山駅管理の無人駅。
山形新幹線の開業前は赤岩、板谷、峠、大沢の4駅連続スイッチバックで有名であったが、新在直通運転のための改軌工事が施され、他駅と合わせスイッチバックが撤去され、本線上に移設された。なお他の3駅と異なり、当駅には分岐器部分のスノーシェルターは当時から設置されていない。
のりば
※営業当時のもの。案内上の番線番号は最後まで割り当てられなかった。
ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
入口側 | ■山形線 | 上り | 福島方面 |
反対側 | 下り | 米沢方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
利用状況
2004年度の乗車人員は、1日平均0人[5]。
乗車人員推移 | |
---|---|
年度 | 1日平均人数 |
2000 | 3 |
2001 | 3 |
2002 | 0 |
2003 | 0 |
2004 | 0 |
駅周辺
かつては駅の直下を流れる松川に沿って赤岩、人道橋を渡った対岸にイラ窪(伊良窪)の集落が存在していた。しかしあまりにも山深い地であったことから、1980年代の半ばには相次いで無人となった。有人駅だった当時には、プラットホーム北側にある植林地に、鉄道関係者用の住宅も見られた。しかしこれも駅の無人化と共に廃止され、取り壊された。
また以前には、隣接してスイッチバック時代の遺構がよく残っている事でも有名だった。しかし当駅周辺が板谷峠越えの急勾配地である事から、その対策として一部を壊し、電圧安定のための変電所が設置された。
駅の利用者以外の姿はこの地でほとんど見られず、鉄道関係の施設以外には、古い集落の跡だけが周辺唯一の人工物となっている。また、駅から徒歩30分ほどの所に大平集落があるが、数世帯しか住んでおらず限界集落と化している。
その他の特徴
奥羽本線の福島 - 米沢間に存在する各駅は、峠駅を除いて米沢街道の宿場町に接する形で作られた。当駅も、かつて街道に存在していた李平(すももだいら)宿との連絡が可能な場所に設置されている。トンネル崩落という事故対応によって駅となったが、修復後に再び信号所へと降格されなかった理由の一つとして、当時は周辺にこの集落が存在していたということが挙げられる。
しかし、米沢街道は難路としても知られていたため、奥羽本線の開通を含む交通体系の変化の影響を受け、早くから衰退を強める事となった。「散歩コース、駅構内から松川を越えて旧米沢街道まで一時間」[6]と記述された資料も存在するが、李平宿は大正時代には廃村となっており、駅と宿場町との連絡道も自然に還りつつある。松川を渡る橋も現存しない。
この様に近在する宿場町を失い、駅名の元となった赤岩集落や隣接するイラ窪集落などが全て無住となった後、大平地区のみが当駅の利用者を擁する唯一の集落となっていた。しかし大平地区もまた他集落との交通手段に乏しく激しい過疎状態にあるため、年々利用者の減少が続いていた。駅と大平地区との連絡も林道に限られているが、徒歩でたどりつくのは容易ではない[注釈 1]。また冬季には積雪により林道の通行が事実上不可能となり、外界との連絡手段はほとんどなくなる。そのためJR東日本仙台支社は、2012年以降冬期(12月~翌年3月)の間は全列車が当駅を通過することにした[7]。その後2017年3月4日のダイヤ改正から、全期間全列車が通過する「通年通過駅」となった[注釈 2]。
これらの理由のため、当駅は秘境駅の一つとして、一部の鉄道ファンなどから人気が高い[8]。
隣の駅
脚注
注釈
出典
- ^ a b c “2017年3月ダイヤ改正および新駅開業等について”. 東日本旅客鉄道仙台支社 (2016年12月16日). 2016年12月16日閲覧。
- ^ a b c “【2017年3月JRダイヤ改正】仙台空港線や磐越西線で増発…赤岩駅は通年休止に”. Respons (2016年12月17日). 2017年5月12日閲覧。
- ^ 『仙台鉄道管理局40年史』仙台鉄道管理局、1960年、216頁
- ^ 「奥羽本線 赤岩駅冬期間の普通列車通過についてのお知らせ (PDF) 」
- ^ 第120回福島県統計年鑑
- ^ 青木雄千代 『ふくしま各駅停車』(1977)
- ^ 朝日新聞 福島版『開拓の地支えた玄関口』(2015年5月5日)
- ^ 菊池直恵 『鉄子の旅』第3巻第22旅。