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1950年、姫路リエ子の芸名で映画『恋しかるらん』で女優デビュー。翌1951年、[[大映]]に入る。以降、1955年まで映画出演を続けた。 |
1950年、姫路リエ子の芸名で映画『恋しかるらん』で女優デビュー。翌1951年、[[大映]]に入る。以降、1955年まで映画出演を続けた。 |
2020年7月24日 (金) 07:00時点における版
築地 容子(つきじ ようこ、1931年7月12日 - 2013年12月15日)は日本の歌手、女優。本名は西原利枝。東京府東京市(現在の東京都区部(東京23区)に相当)出身。旧芸名は姫路リエ子。
来歴
鷗友学園高等女学校在学中、戦争のため、静岡県榛原郡に疎開。榛原高等女学校(現・静岡県立榛原高等学校)を卒業後、東京に戻り、ムーラン・ルージュの歌手になる。
1950年、姫路リエ子の芸名で映画『恋しかるらん』で女優デビュー。翌1951年、大映に入る。以降、1955年まで映画出演を続けた。
その間の1954年、ビクターレコードに入社。翌1955年、「金色仮面(ゴールデンマスク)」(漢字は「黄金仮面」としている資料もある)の芸名で覆面歌手として『ジャニー・ギター』でデビュー。同年の映画『東京暴力団』を最後に映画界を去り、以降、歌手活動に専念。歌手としての芸名はその後、ファンに公募して築地容子の名前で活躍。
1958年12月31日、新宿コマ劇場で開催された第9回NHK紅白歌合戦に初出場し、『青い月夜のランデブー』を歌唱した。この第9回紅白の築地の歌のラジオ中継の音声が現存する[要出典]。
晩年まで歌手活動を続けており、2010年10月27日には一般社団法人日本歌手協会主催の「第37回一般社団法人日本歌手協会歌謡祭戦後65年歌とともに生きたニッポン地球環境保護・宮崎口蹄疫被災地支援チャリティーコンサート」に出演[1]。2013年2月17日には大阪府大阪市内のライブハウス[2]で「〜シャンソンをあなたに〜築地容子ライブショー」を開催した。
2013年12月15日に死去していたことが2020年4月21日分かった[3]。82歳没。
主なディスコグラフィー
邦楽・洋楽カヴァーとも「金色仮面(ゴールデンマスク)」(もしくは「黄金仮面」)名義も含む
邦楽曲
- ニッポン・トウキョー・ケ・サラ・サラ(1955年) - with 高島忠夫
- 夜霧のためいき(1955年)
- モスコウの花売り娘(1955年)
- 作詞:井田誠一/作曲:吉田正
- 拳銃ブルース(1955年)
- 作詞:宮川哲夫/作曲:利根一郎
- ピンク・マンボ・ブルース(1955年)
- 空の港は霧ふかく(1956年) - with 高島忠夫
- 作詞:佐伯孝夫/作曲:渡久地政信
- 銀座のミチル(1956年)
- 作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信
- 霧の夜の終電車(1956年)
- 作詞:佐伯孝夫/作曲:渡久地政信
- 青い月夜のランデブー(1956年) ※第9回NHK紅白歌合戦(1958年)出場曲
- 作詞:和田隆夫/作曲:清水保雄
- 慕情の港町(1956年)
- 作詞:長浦ひでお/作曲:渡久地政信
- ヌードのブルース(1956年)
- 東京の女(1957年)
- 作詞:佐伯孝夫/作曲:渡久地政信
- アンコさん(1960年)
- 作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信
洋楽カヴァー曲
すべて1955年
- ジャニー・ギター
- アイ・アンダースタンド
- 雨の朝巴里に死す
- パパはマンボがお好き - with 高島忠夫
- マンボ・ジェラシー
- セレソ・ローサ
- 荒野の貴婦人
- アンチェインド・メロディー
- 昔のことはいわないで
- グリスビーのブルース
- ドリーム
NHK紅白歌合戦出場歴
- 第9回(1958年12月31日、新宿コマ劇場)『青い月夜のランデブー』
主な映画出演
- 恋しかるらん(1950年、東宝)
- 鉄の爪(1951年、大映)
- 馬喰一代(1951年、大映)
- 十代の性典(1953年、大映)
- 雁(1953年、大映) - キネマ旬報ベストテン第8位
- 母の湖(1953年、大映)
- 妻恋黒田節(1954年、大映)
- 愛染かつら(1954年、大映)
- こんな美男子見たことない(1954年、大映)
- こんな奥様見たことない(1954年、大映)
- 新しき天(1954年、大映)
- 馬賊芸者(1954年、大映)
- 浪曲天狗道場(1955年、大映)
- 花ざかり男一代(1955年、大映)
- 風雪講道館(1955年、大映)
- 楊貴妃(1955年、大映) - 溝口健二監督。カラー映画
- 東京暴力団(1955年、大映)
- ムーランルージュの青春(2011年)
主なテレビ出演
歌番組
ドラマ
- 特別機動捜査隊 第157話「女の歩道」(1964年、NET(現・テレビ朝日)) - ※映像が現存する
- 第7の男 第10話「夜の罠」(1964年、フジテレビ) - ※映像が現存する
- 乗っていたのは二十七人 第6話「女狂い」(1965年、NET(現・テレビ朝日))
バラエティー
- ジェスチャー(NHK)
その他の出演
脚注
- ^ 第37回一般社団法人日本歌手協会歌謡祭~戦後65年!歌とともに生きたニッポン~日本歌手協会公式HP(2020.4.22 last access)
- ^ ロイヤルホース公式サイト
- ^ 築地容子さん13年に死去していた 歌手、女優で活躍、関係者の連絡で判明 - デイリースポーツ 2020年4月22日