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「ラダメル・ファルカオ」の版間の差分

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2021年8月8日 (日) 11:23時点における版

ラダメル・ファルカオ
コロンビア代表でのファルカオ (2018年)
名前
本名 ラダメル・ファルカオ・ガルシア・サラテ
Radamel Falcao García Zárate
愛称 El Tigre (エル・ティグレ、虎)
ラテン文字 Radamel FALCAO
基本情報
国籍  コロンビア
生年月日 (1986-02-10) 1986年2月10日(38歳)
出身地 サンタ・マルタ
身長 178cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム トルコの旗 ガラタサライ
ポジション FW (CF)
背番号 9
利き足 右足
ユース
1999-2001 コロンビアの旗 ランセロス・ボヤカ
2001-2005 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2009 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート 90 (34)
2009-2011 ポルトガルの旗 ポルト 51 (41)
2011-2013 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 68 (52)
2013-2019 モナコの旗 モナコ 108 (65)
2014-2015 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド (loan) 26 (4)
2015-2016 イングランドの旗 チェルシー (loan) 10 (1)
2019- トルコの旗 ガラタサライ 24 (15)
代表歴2
2001-2005 コロンビアの旗 コロンビア U-17 4 (1)
2005-2007 コロンビアの旗 コロンビア U-20 3 (2)
2007- コロンビアの旗 コロンビア 92 (36)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年10月4日現在。
2. 2020年10月13日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ラダメル・ファルカオ・ガルシア・サラテRadamel Falcao García Zárate, 1986年2月10日 - )は、コロンビアサンタ・マルタ出身のサッカー選手スュペル・リグガラタサライ所属。コロンビア代表。ポジションはフォワード

UEFAヨーロッパリーグで2度の得点王に輝き、コロンビア代表の歴代通算最多得点記録を保持するストライカーである。

クラブ経歴

リーベル・プレート

幼少期はファイル・プライというサッカーチームでプレーし、その後トゥンハにあるランセロス・ボヤカスペイン語版の下部組織に入団。U-17コロンビア代表でプレーしていた15歳の時にアルゼンチンのリーベル・プレートに引き抜かれた。プロデビュー前にブエノスアイレスにあるパレルモ大学に入学し、ジャーナリズムを専攻した。

19歳だった2005年3月6日、レイナルド・メルロ監督率いるトップチームで出場機会が訪れ、インスティトゥート・デ・コルドバ戦でデビューしてその試合で2得点を決める順調なスタートを切ると、アペルトゥーラ2005シーズンは7試合で7得点を挙げて高評価を得た。2005年シーズンは11試合に出場して7得点し、そのうちの4得点はレオナルド・アストラーダに代わって途中出場してからの得点であった。しかし、サン・ロレンソとの試合中に右足靭帯を負傷し、2006年1月にもプレシーズンの練習中に同じ箇所を負傷して怪我を悪化させた。長期離脱を余儀なくされ、2006年いっぱいと2007年の前半は以前のコンディションに戻すのに苦しんだ。この時期は彼のキャリアの中で最も困難な時期であり、2006-07シーズンは25試合に出場して3得点しか挙げられなかった。2007年後半には先発メンバーに復帰し、9月27日のコパ・スダメリカーナボタフォゴ戦ではハットトリックを達成した。2人が退場処分を受けて劣勢だったが、彼の得点で息を吹き返し、準々決勝進出を決めた。同大会準々決勝・デフェンソール・スポルティング戦ではロングシュートを決め、準決勝進出を決めた。10月7日には、ボカ・ジュニアーズとのスーペルクラシコで初めての得点を決めた。この年の特筆すべきパフォーマンスから、エル・パイス紙による南米年間ベストイレブンに選ばれ[1]南米年間最優秀選手投票でも5位に入った。

2008年1月にはスペインのデポルティーボ・ラ・コルーニャが800万ユーロ(1250万ドル)と報道されている移籍金で獲得を試みたが、クラブがこのオファーを拒否した[2]。ファルカオはディエゴ・シメオネ監督の下でプレーを続け、クラウスーラ2008では初めてのリーグ優勝を果たした。本来のポジションはセンターフォワードであるが、シメオネ監督が採用した4-2-3-1フォーメーションでは攻撃的ミッドフィールダー3人の中央にも適合した。このポジションでは得点機会が減少したが、チームの中心としてボールに絡む回数が多くなった。それでもアペルトゥーラ2008期間中にはリーグ戦で6得点・コパ・リベルタドーレスで4得点の計10得点を挙げてチーム内得点王となった。2007-08シーズンの通算では全公式戦を通じて35試合に出場して19得点し、やはりチーム内得点王となった。シメオネ監督の2シーズン目はクラブ史上初めて最下位に終わり、長い歴史の中でも最悪のシーズンとなった。できの悪いチームの中では最も堅実な選手のひとりであったが、わずか6得点しか挙げることができなかった。シメオネ監督が退いてネストル・ゴロシート監督が就任すると、ファルカオは調子を取り戻し、公式戦21試合で10得点を挙げた。2008-09シーズンを通じて38試合に出場して16得点を挙げ、再びチーム内得点王となった。

ポルト

2009-10シーズン

2009年7月15日、リサンドロ・ロペスリヨンに放出したことで前線が手薄になっていた[3]スーペル・リーガFCポルトに移籍した[4]。ポルトのライバルのベンフィカも彼の獲得を狙っており、契約間近でライバルチームにファルカオをさらわれたため、ベンフィカの衝撃は大きかった[5][6]。8月16日、シーズン開幕戦のパソス・デ・フェレイラ戦でデビューし、その試合で初得点も決めて1-1の引き分けに持ち込んだ[7]。2節のナシオナル戦、3節のナヴァル戦、4節のレイションイス戦と開幕から4戦連続得点した。9月15日、UEFAチャンピオンズリーグチェルシー戦(アウェー、0-1)で同大会初出場を果たした[8]。6節のベンフィカとの重要な一戦(ホーム)ではヘディングで決勝点を決め、1-0での勝利に貢献した[9]。ベンフィカ戦の4日後の9月30日には、UEFAチャンピオンズリーグのアトレティコ・マドリード戦(ホーム)で同大会初得点を決め[10]、アウェーでのAPOEL[11] やアウェーでのアトレティコ・マドリード戦[12] と合わせてグループリーグで計3得点している。

2010年2月2日、タッサ・デ・ポルトガル準々決勝のベンフィカ戦では2得点を挙げた[13]。同月に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦アーセナル戦1stレグではGKウカシュ・ファビアンスキのミスからフリーキックを得て、早いリスタートから決勝点を決めたが[14][15]、これは彼の大会通算4点目だった。4月3日、マリティモ戦では2得点し、20得点で得点ランキングの首位に立った[16]。その後の試合で5点を加え、25得点でシーズンを終えたが、ベンフィカのオスカル・カルドソに1得点差で得点王を逃した。シーズン最終戦となったタッサ・デ・ポルトガル決勝のGDチャベス戦でも得点し、2-1の勝利で優勝を飾った[17]。公式戦を通じてシーズン34得点を決め、シーズン終了後にはリヴァプールバレンシアミラントッテナムなどのクラブから興味を持たれた[18][19]

ポルトでプレーするファルカオ (2011年)

2010-11シーズン

2010年8月8日のスーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラベンフィカ戦 (2-0) で1得点を挙げてタイトルを獲得した[20]。8月22日のベイラ・マル戦ではリーグ戦シーズン初得点を含む2得点を挙げ[21]、11月7日のベンフィカ戦 (5-0) でも2点を奪った[22]。12月2日のUEFAヨーロッパリーグラピード・ウィーン戦ではポルト移籍後初のハットトリックを達成し、得点ランキング首位に浮上した。2011年4月7日、同大会準々決勝のスパルタク・モスクワ戦 (5-1) でもハットトリックを達成し、二桁得点に乗せて得点ランキング首位を堅持した。リーグ戦では25節のベンフィカ戦 (1-1) で早々とリーグ優勝を決め、ファルカオはその試合でペナルティキックを獲得した。その後ヨーロッパリーグでは準決勝1stレグのビジャレアル戦で自身初の4得点を挙げ、大会通算15得点とし、UEFAカップ時代の1995-96シーズンユルゲン・クリンスマンが記録した大会記録に並んだ[23]。続く2ndレグでも1得点を挙げ、大会記録を更新した[24]。決勝のブラガ戦でも得点し[25]、最終的に17得点という記録を樹立した[26]

アトレティコ・マドリード

アトレティコ時代(2012年)

2011-12シーズン

2011年8月にセルヒオ・アグエロの後釜を探すアトレティコ・マドリードにクラブ史上最高額となる移籍金4000万ユーロ、5年契約で移籍[27]。9月10日、バレンシア戦 (0-1) でデビューを果たし、2012年1月21日、レアル・ソシエダ戦 (4-0) でハットトリックを記録した。

2月16日、UEFAヨーロッパリーグラツィオ戦 (3-1) では2得点を記録しチームのラウンド16進出に貢献した。ラウンド16、ベシクタシュ戦 (3-0) のセカンドレグでは1ゴールを記録し、トータルスコア (6-1) で勝利した。 3月21日、アスレティック・ビルバオ戦 (2-1) で2ゴールを記録した。ヨーロッパリーグ準々決勝のハノーファー96戦ではファースト、セカンドレグ共に得点しチームの準決勝進出に貢献した。

4月11日、レアル・マドリードとのマドリードダービーに初出場し、チーム唯一の得点を記録したが (1-4) で敗戦した。ヨーロッパリーグ準決勝のバレンシア戦 (4-2) で2得点を記録し、決勝進出に貢献。2012年5月9日、決勝戦のアスレティック・ビルバオ戦 (3-0) で先制の2ゴールを記録し、ポルト時代に続いての2季連続のヨーロッパリーグ制覇を成し遂げ、また自身も2季連続得点王に輝いた[28]。リーグ戦ではリオネル・メッシクリスティアーノ・ロナウドに次ぐ得点ランキング3位となる24得点を記録した。

2012-13シーズン

2012-13シーズンのリーグ戦第2節、ヨーロッパリーグ決勝の相手となったアスレティック・ビルバオ戦 (4-0) でハットトリックを記録[29]。8月31日、UEFAスーパーカップチェルシー戦 (4-1) でもハットトリックを記録しチームのタイトル獲得に大きく貢献した[30]。12月9日、デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦 (6-0) では1試合5得点を記録した。UEFAヨーロッパリーグはラウンド32まで進出したが、ルビン・カザンにトータルスコア (1-2) で敗れ大会を去ることとなった。コパ・デル・レイでは決勝まで進出し、決勝戦のレアル・マドリードとのマドリードダービーではジエゴ・コスタのゴールをアシストし、延長戦の末14年ぶりとなるダービー勝利 (2-1) を果たし優勝した[31][32][33][34]

モナコ

レアル・マドリードチェルシーマンチェスター・シティマンチェスター・ユナイテッドといったスペイン国内外の強豪が獲得に動いたが、2013年5月31日にモナコに5年契約で移籍決定。移籍金は6000万ユーロともいわれる[35]

2014年1月22日、対モンドール・アゼルグ・フット戦(○3-0、フランス杯)でラフプレーを受けて左膝前十字靭帯を損傷する重症を負った[36]。その試合から三日後の25日に行なわれた手術が成功したものの、全治6ヶ月から7ヶ月の重傷であったため、2014年ブラジルワールドカップまでの復帰に間に合わず、最終登録期限において選出外となった[37]

マンチェスター・ユナイテッド

2014年9月2日、2014-2015シーズンのモナコからの期限付き移籍マンチェスター・ユナイテッドへの加入が決まった。シーズン終了後の完全移籍への移行が可能なオプションが付与されている。背番号は9番である。しかし、マンチェスター・ユナイテッドでは負傷の影響もありまったくと言っていいほど活躍できず、2014-15シーズン終了後の完全移籍のオプションを行使しないことをマンチェスター・ユナイテッドは発表した[38]

チェルシー

2015年7月3日、ASモナコからの期限付き移籍チェルシーへの加入が決まった[39][40]。背番号は9番。シーズン序盤は交代出場で出場機会を得ていたが、2015年10月末のリヴァプール戦を最後に負傷離脱を強いられた。2016年4月9日のスウォンジー・シティ戦では約5カ月ぶりの復帰を果たしたものの、それがチェルシーでの最後の出場となった。合計ではリーグ戦10試合に出場して1ゴールを記録。まったくと言っていいほど活躍できず、2016年7月1日に契約満了に伴い退団したことをクラブ公式サイトで発表した。

モナコ復帰

2016-17シーズンはモナコへ復帰した[41]。2016年12月のボルドー戦でハットトリックを達成した[42]。2017年2月21日のチャンピオンズリーグ・ラウンド8のマンチェスター・シティFC戦ではPkを失敗したが、2得点を決めた[43][44]。2017年4月19日のチャンピオンズリーグ準々決勝のボルシア・ドルトムント戦では、チームを2004年以来の準決勝に導くゴールを決めた[45]。2016-17シーズンはリーグ戦29試合21得点とモナコのリーグ・アン優勝に貢献、チャンピオンズリーグでは10試合7得点、トータルでは43試合30得点を挙げた。

2017-18シーズン、開幕節のデジョン戦でいきなりハットトリックの活躍をみせた[46]

ガラタサライ

2019年9月2日、ガラタサライSKと3年契約を締結したことが発表された[47]

代表経歴

2005年にコロンビア代表デビューした。2007年のキリンカップで来日し、日本戦に途中出場した[48]モンテネグロ戦 (1-0) ではこの大会チーム唯一の得点となる代表初得点を決めた。CAリーベル・プレートでの好調からコロンビア代表でも一定の地位を確保し、2010 FIFAワールドカップ・南米予選全試合に招集された。2009年6月10日、2010 FIFAワールドカップ・南米予選ペルー戦 (1-0) で決勝点を挙げた。

2013年10月11日の2014 FIFAワールドカップ・南米予選チリ戦では、後半30分1-3のビハインドから2得点を挙げて引き分けとし、コロンビアの4大会ぶりのワールドカップ出場決定に大きく貢献した。しかし、2014年、負傷の完治が最終登録期限に間に合わずワールドカップ本戦には選出外となった。キャプテンを務めることもある。

2017年6月7日のスペインとの親善試合で代表通算26得点目を挙げ、コロンビア代表の最多得点記録を更新した[49]

2018年FIFAワールドカップロシア大会、一次リーグ第1戦日本戦でワールドカップ初出場を果たし、第2戦ポーランド戦ではゴールを決める活躍を見せた。

プレースタイル

左右両足から非常に高い精度のシュートを放つことができる[50]。ファルカオ本人は自らの長所をポジショニングと瞬発力であると考えており、またヘディングに関しては「大の得意」と自信を持っている[51]

イバン・サモラーノは、リオネル・メッシクリスティアーノ・ロナウドウェイン・ルーニーらを「新時代のストライカー」と表現したのに対し、ファルカオを「世界で最後の偉大な典型的センターフォワード」と評した[52]パウロ・フットレもまた、メッシやロナウドとは違う、よりクラシックなストライカーであると語っている[53]

人物

  • ミドルネームのファルカオと呼ばれることを好む。この名前は1980年代に活躍したブラジル代表MFファルカンからとって名づけられた。El Tigre(エル・ティグレ、虎)というニックネームで呼ばれることもある[27]
  • キリスト教徒であり[54]、暇な時間には聖書を読むことを欠かさない[51]
  • サッカーへの真摯な姿勢とプロ精神を学んだとして、リーベル・プレート時代とアトレティコ時代に指導を受けたディエゴ・シメオネを自身の人生に大きな影響を与えた人物に挙げている[55]
  • 父親のラダメル・ガルシアもサッカー選手であり、コロンビアでディフェンダーとしてプレーした。
  • 2014年6月、アメリカの経済誌フォーブス世界のアスリートの年収を公表した。ファルカオの年収は3540万ドル(約36億円)であり、世界のアスリートの中で15位。サッカー選手の中ではロナウドメッシイブラヒモビッチベイルに次ぐ5位[56]
  • 幼少期はベネズエラに住んでいたこともあり、野球もプレーしていた。本人は「ベネズエラにいたら、サッカーではなく野球を選んでいただろう」と語っている[57]
  • 2017年5月、ESPN世界で最も有名なアスリート100人を発表し、46位に選出された。サッカー選手としては17位[58]

個人成績

2015-16シーズン終了時点
クラブ リーグ シーズン 国内リーグ 国内カップ 国内リーグカップ 国外カップ 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ランセロス・ボヤカ カテゴリア・プリメーラB 1999 1 0 1 0
2000 7 1 7 1
通算 8 1 8 1
リーベル・プレート プリメーラ・ディビシオン 2004-05 4 0 4 0
2005-06 7 7 7 7
2006-07 20 3 3 0 23 3
2007-08 27 11 12 8 39 19
2008-09 32 13 6 3 38 16
通算 90 34 21 11 111 45
ポルト スーペル・リーガ 2009-10 28 25 5 5 2 0 8 4 43 34
2010-11 22 16 3 3 1 1 16 18 42 38
2011-12 1 0 0 0 1 0 2 0
通算 51 41 8 8 4 1 24 22 87 72
アトレティコ・マドリード リーガ・エスパニョーラ 2011-12 34 24 1 0 15 12 50 36
2012-13 34 28 4 2 3 4 41 34
通算 68 52 5 2 18 16 91 70
ASモナコ リーグ・アン 2013-14 17 9 2 2 0 0 19 11
2014-15 3 2 0 0 0 0 3 2
マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 2014-15 26 4 3 0 0 0 29 4
通算 26 4 3 0 0 0 29 4
チェルシー 2015-16 10 1 0 0 2 0 12 1
通算 10 1 0 0 2 0 12 1
ASモナコ リーグ・アン 2016-17 29 21 2 1 2 1 10 7 43 30
2017-18 26 18 1 0 3 3 6 3 36 24
2018-19 33 15 1 1 0 0 5 0 39 16
通算 108 65 6 4 5 4 21 10 140 83
ガラタサライ スュペル・リグ 2019-20 16 10 3 1 3 0 22 11
2020-21 8 5 0 0 1 0 9 5
通算 24 15 3 1 4 0 31 16
総通算 385 214 25 15 8 4 91 60 509 293

代表歴

出場大会

試合数

国際Aマッチ 91試合 35得点 (2007年 - )


コロンビア代表国際Aマッチ
出場得点
2007 8 2
2008 5 1
2009 9 2
2010 4 1
2011 8 4
2012 7 5
2013 9 5
2014 3 1
2015 9 4
2016 2 0
2017 6 3
2018 11 4
2019 8 2
2020 2 1
通算 91 35

ゴール

# 開催年月日 開催地 対戦国 スコア 結果 試合概要
1. 2007年6月3日 日本の旗 松本 モンテネグロの旗 モンテネグロ 0-1 0-1 キリンカップ
2. 2007年9月8日 ペルーの旗 リマ ペルーの旗 ペルー 1-1 2-2 親善試合
3. 2008年11月19日 コロンビアの旗 カリ ナイジェリアの旗 ナイジェリア 1-0 1-0
4. 2009年6月10日 コロンビアの旗 メデジン ペルーの旗 ペルー 1-0 1-0 2010 FIFAワールドカップ・南米予選
5. 2009年8月12日 アメリカ合衆国の旗 イーストラザフォード ベネズエラの旗 ベネズエラ 1-1 2-1 親善試合
6. 2010年10月9日 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州, ハリソン エクアドルの旗 エクアドル 0-1 0-1
7. 2011年3月26日 スペインの旗 マドリード 0-1 0-2
8. 2011年7月10日 アルゼンチンの旗 サンタフェ ボリビアの旗 ボリビア 1-0 2-0 コパ・アメリカ2011
9. 2-0
10. 2011年10月11日 ボリビアの旗 ラパス 1-2 1-2 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
11. 2012年2月29日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ メキシコの旗 メキシコ 0-1 0-2 親善試合
12. 2012年9月7日 コロンビアの旗 バランキージャ ウルグアイの旗 ウルグアイ 1-0 4-0 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
13. 2012年9月11日 チリの旗 サンティアゴ チリの旗 チリ 1-2 1-3
14. 2012年10月12日 コロンビアの旗 バランキージャ パラグアイの旗 パラグアイ 1-0 2-0
15. 2-0
16. 2013年3月22日 ボリビアの旗 ボリビア 4-0 5-0
17. 2013年6月11日 ペルーの旗 ペルー 1-0 2-0
18. 2013年10月11日 チリの旗 チリ 2-3 3-3
19. 3-3
20. 2013年11月14日 ベルギーの旗 ブリュッセル ベルギーの旗 ベルギー 0-1 0-2 親善試合
21. 2014年10月10日 アメリカ合衆国の旗 ハリソン エルサルバドルの旗 エルサルバドル 1-0 3-0
22. 2015年3月26日 バーレーンの旗 リファー バーレーンの旗 バーレーン 0-2 0-6
23. 0-3
24. 2015年3月30日 アラブ首長国連邦の旗 アブダビ クウェートの旗 クウェート 3-1 3-1
25. 2015年6月6日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス コスタリカの旗 コスタリカ 1-0 1-0
26. 2017年6月7日 スペインの旗 ムルシア スペインの旗 スペイン 1-2 2-2
27. 2017年9月5日 コロンビアの旗 バランキージャ ブラジルの旗 ブラジル 1-1 1-1 2018 FIFAワールドカップ・南米予選
28. 2017年10月6日 パラグアイの旗 パラグアイ 1-0 1-2
29. 2018年3月23日 フランスの旗 サン=ドニ フランスの旗 フランス 2-2 2-3 親善試合

タイトル

クラブ

UEFAヨーロッパリーグ 2011-12での優勝を祝うファルカオ
CAリーベル・プレート
FCポルト
アトレティコ・マドリード
ASモナコ

個人

脚注

  1. ^ Diario EL PAIS – Montevideo – Uruguay
  2. ^ Goles, no millones
  3. ^ Acordo com o Lyon para a transferência de Lisandro” (Portuguese). FC Porto (2010年7月7日). 2009年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年12月12日閲覧。
  4. ^ COMUNICADO”. FC Porto Official Website (2009年7月15日). 2009年7月15日閲覧。
  5. ^ Águias já sabem como podem contratar Falcao” (Portuguese). Record (2008年8月13日). 2010年12月12日閲覧。
  6. ^ FC Porto announces agreement for Falcao”. FC Porto (2008年8月16日). 2010年12月12日閲覧。
  7. ^ P. Ferreira 1-1 FC Porto”. zerozerofootball.com (2008年8月16日). 2010年12月12日閲覧。
  8. ^ Match details / line-up: Chelsea FC - FC Porto (Champions League 2009/2010)”. World Football.net (2009年9月15日). 2010年12月15日閲覧。
  9. ^ FC Porto 1-0 Sporting”. zerozerofootball.com (2009年9月26日). 2010年12月12日閲覧。
  10. ^ Match details / line-up: FC Porto - Atlético Madrid (Champions League 2009/2010)”. worldfootball.net (2009年9月30日). 2010年12月15日閲覧。
  11. ^ ポルト、ファルカオの決勝点で勝ち抜け uefa.com、2009年11月3日
  12. ^ アトレティコ、大敗も3位確保 uefa.com、2009年12月8日
  13. ^ FC Porto 5-2 Sporting”. zerozerofootball.com (2010年2月2日). 2010年12月12日閲覧。
  14. ^ Match details / line-up: FC Porto - Arsenal FC (Champions League 2009/2010)”. worldfootball.net (2010年2月17日). 2010年12月15日閲覧。
  15. ^ ファルカオの決勝点でポルトが先勝 uefa.com、2010年2月17日
  16. ^ Doblete de Falcao García en la victoria del Porto contra Marítimo en el fútbol portugués” (Spanish). El Tiempo (2009年4月3日). 2010年12月15日閲覧。
  17. ^ Chaves 1-2 FC Porto”. Zerozerofootball.com (2010年5月16日). 2010年12月12日閲覧。
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外部リンク