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: 著者自らが[[ローマ]]で見たという動物マンティコラについて言及している。インド人はこの獣を mantichora と呼ぶが、この名は androphagos(人を喰う者)を意味している。著者は目撃したマンティコラを[[トラ|虎]]と見做しており、伝説は恐怖に駆られたインド人たちの口々から発せられた根拠の無い言葉の集約ではないかという懐疑論を展開した。 |
: 著者自らが[[ローマ]]で見たという動物マンティコラについて言及している。インド人はこの獣を mantichora と呼ぶが、この名は androphagos(人を喰う者)を意味している。著者は目撃したマンティコラを[[トラ|虎]]と見做しており、伝説は恐怖に駆られたインド人たちの口々から発せられた根拠の無い言葉の集約ではないかという懐疑論を展開した。 |
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* [[160年]]頃~[[176年]]頃(推定)- [[2世紀]]の[[パウサニアス (地理学者)|パウサニアス]](2世紀ギリシアの[[旅行家]]で[[地理学者]]のパウサニアス)が[[パウサニアス (地理学者)#『ギリシア案内記』|『ギリシア案内記』]]を著す。[[ローマ]]で見たという動物マンティコラについて記述あり。インド人はこの獣を mantichora と呼ぶが、androphagos(人を喰う者)の意味である。著者は目撃したマンティコラを[[トラ|虎]]と見做しており、伝説は恐怖に駆られたインド人たちの口々から発せられた根拠の無い言葉の集約ではないかという懐疑論を展開した。 |
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* [[3世紀]]頃 - 古代ギリシアの[[アイリアノス]]が『{{lang|grc|Περὶ ζῴων ἰδιότητος}}({{small|[[ラテン語|羅]]題}}: {{lang|la|[[:en:Claudius Aelianus#De Natura Animalium|''De Natura Animalium'']]}})』を著す。同書にマンティコラの記述あり。インドに棲む動物であり、[[辰砂]]のような赤い色の人面ライオンである。蠍のような尾に毒の無い長い[[棘]]があり、これで刺すことによって獣や人を殺して喰らう。特に人の肉を好むがゆえにその名がある。 |
* [[3世紀]]頃 - 古代ギリシアの[[アイリアノス]]が『{{lang|grc|Περὶ ζῴων ἰδιότητος}}({{small|[[ラテン語|羅]]題}}: {{lang|la|[[:en:Claudius Aelianus#De Natura Animalium|''De Natura Animalium'']]}})』を著す。同書にマンティコラの記述あり。インドに棲む動物であり、[[辰砂]]のような赤い色の人面ライオンである。蠍のような尾に毒の無い長い[[棘]]があり、これで刺すことによって獣や人を殺して喰らう。特に人の肉を好むがゆえにその名がある。 |
2021年11月15日 (月) 10:30時点における版
マンティコラ(羅: manticōra)は、伝説の生物の一種。ライオンのような胴と人のような顔をもつ怪物で、怖ろしい人喰い(マンイーター)と伝えられる。それ以外の特徴についても様々に語られているが、文献によってかなりの違いがある。原産地(繁殖地)はインドとされるが、他の地域に棲むともいう。森に棲むとされる[5]。
名称
日本語名「マンティコラ(ラテン翻字: mantikora)」の直接の由来語はラテン語名 manticōra(日本語音写例:マンティコーラ)であると考えられる。イタリア語名 manticora(日本語音写例:マンティコラ)や、スペイン語名およびポルトガル語名である mantícora(日本語音写例:マンティコラ)も、綴りと発音は近いものの、直接には関係しない。一方、英語名は第一に manticore(日本語音写例:マンティコーァ、同慣習読み:マンティコア)で、英語から引用している日本語表現についてはこちらに由来している(例:ELPとマンティコア)。英語(原題英語)には別名として manticora もあるが、前者に比して用いられていない。
英語の系統におけるこの怪物を表す語の初出は、ラテン語名 manticōra(日本語音写例:マンティコーラ)に由来して派生した中英語 "manticore" で、1300年頃のことであった[6]。他の語形はそれよりずっと遅れて、17世紀イングランドの劇作家ジョージ・ウィルキンズ(?-1618) が1607年に著した "The Miseries of Enforced Marriage"(en) の中に現れた中英語 "Mantichoras" が確認し得る早期のものである。
ヨーロッパ諸言語での名称は、この怪物を意味しつつ語構成の上では "man-eater"「人を喰う者(マンイーター)」を意する古代ギリシャ語 μαρτιχόρας(ラテン翻字: martikhórās、日本語音写例:マルティコラース)に由来しており[6]、ここでのマンイーターは現在でもインドにおいて人食いの猛獣として被害の止まない虎と連想上の繋がりがあると考えられている。しかし、語源はさらなる過去に求めることが可能で、"man"「人」"human being"「(動物や霊的存在ではない)人間」"mortal"「死を免れない」「死ぬ運命にある」「死を免れぬ運命の」などを意する古代ペルシア語の 𐎶𐎼𐎫𐎡𐎹(ラテン翻字: m-r-t-i-y [/martiya/]、日本語音写例:マルティヤ)にまで遡れる[6]。また、学術的推定ではあるが、語源学や比較言語学の知見に基づいて、上述の語には "man-eater"「人を喰う者(マンイーター)」を意する 𐎶𐎼𐎫𐎹-𐎧𐎺𐎠𐎼(ラテン翻字: [/martya-χvāra/]、日本語音写例:マルティヤ クスヴァーラ)という用法があったと推定されており、この語が同じ意味をもつ上述の古代ギリシア語を派生させたと考えられている。さらにはまた、ここからも学術的推定ではあるが、語源学や比較言語学の知見に基づいて源流を究極まで遡れば、"to die"「死ぬこと」を意するインド・ヨーロッパ祖語の語根 mer-(日本語音写例:メル…)に辿り着ける[6][7]。
中国語では、「サソリ」を意する「蝎」と「獅子」の「獅」の組み合わせて「蝎獅(拼音: héshī ; 日本語音写例:フゥーシィー)」といい、簡体字では「蝎狮」と記す。
特徴
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地中海世界ではマンティコラのことは古くから知られており、紀元前5世紀の古代ギリシアの医師で歴史家のクテシアスが著した『インド誌』や、紀元前4世紀の古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『動物誌』、古代ローマの博物学者で政治家・軍人のガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)が77年頃に著した『博物誌』(同書ではエチオピアに生息していることになっており、人語を真似るとしている)などに紹介され、やがてはヨーロッパ世界でも語り継がれるようになった[8]。
中世盛期にあたる12世紀から13世紀にかけてのヨーロッパで盛んに作られた動物寓意集(ベスティアリ)にもマンティコラはしばしば登場し(■右列上段に3つの画像あり)、恐るべき速さで人間に襲いかかって食い殺すと考えられていた。キリスト教の教義では悪魔を象徴するものとされた[9]。
定義文で触れたように、この怪物の姿形はライオン様の胴と人間様の顔が固定されたイメージとしてあり、それ以外は語る者によってかなりの相違がある。そのような条件があることを前提として、現代の一般人がイメージするマンティコラは以下のような特徴をもつのが通例と言えよう。
毛色は赤く、尾は蠍(さそり)のそれに似た形状で、そこに毒針があり(毒が無い代わりに矢のように飛び散る24本の棘と数がはっきりしているものや、太い1本というものもある)[10]、それで相手を刺したり[11]相手に槍のように投げつける[12]。3列に並ぶ鋭い牙を持つが、顔と耳は人間に似ている。大きさはライオンぐらいである。走るのが非常に速く、人間を好んで食べる[13]。
古典
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ここでは、古典の基本情報や詳細情報を記載する。
- 紀元前4世紀中に成立。使用言語は古代ギリシア語。
- 古代ローマのガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)が著した『博物誌(原題: Naturalis Historia)』
- 2世紀のパウサニアス(2世紀ギリシアの旅行家で地理学者のパウサニアス)が著した『ギリシア案内記(原題: Ελλάδος περιήγησις)』
- 160年頃から176年頃までの間に成立。使用言語は古代ギリシア語。
- 著者自らがローマで見たという動物マンティコラについて言及している。インド人はこの獣を mantichora と呼ぶが、この名は androphagos(人を喰う者)を意味している。著者は目撃したマンティコラを虎と見做しており、伝説は恐怖に駆られたインド人たちの口々から発せられた根拠の無い言葉の集約ではないかという懐疑論を展開した。
- ローマ帝国のピロストラトス(フラウィウス・ピロストラトゥス)が著した『ティアナのアポロニウスの生涯(原題: Τὰ ἐς τὸν Τυανέα Ἀπολλώνιον)』
- 170年頃から247年までの間に成立。使用言語は古代ギリシア語。
- 1世紀に実在したローマ人哲学者ティアナのアポロニウス(生没年:15年頃 - 100年頃)を主人公としている同書では、本当にいるのかさえ疑わしい動物マンティコラについて、作中の登場人物たちに語り合わせている。主人公はマンティコラの伝説に半信半疑であるが、彼が聞き手を務めた証言者イアルカス (Iarchas) の言うには、蠍(さそり)のような尾の先には長さ1キュビット(約46センチメートル)ほどの鋭い棘の束があり、その棘を矢のように撃ってくるという。
- 古代ギリシアのアイリアノス(175年頃 - 235年頃)が著した『Περὶ ζῴων ἰδιότητος(羅題: De Natura Animalium)』
- 3世紀頃に成立。使用言語は古代ギリシア語。
- マンティコラはインドに棲む動物であり、辰砂のような赤い色の人面ライオンである。蠍のような尾に毒の無い長い棘があり、これで刺すことによって獣や人を殺して喰らう。特に人の肉を好むがゆえにその名がある。大人になりきらないマンティコラは人に敵わないので、インド人はマンティコラがまだ若いうちであれば逃げたりせずに立ち向かい、石でもって打ち殺そうとする。著者はペルシア帝国を訪れた際にインドからシャーハンシャー(大王)に贈られた個体を実際に見たという。
- スイスの医師フェリクス・プラッター(生没年:1536年 - 1614年)が著した『動物誌(原題: Historiae animalium)』(その第2版)
- 1546年から1558年までの間に成立。使用言語は未確認。
- 実在する動物のほか、ユニコーンなどとともにマンティコラが掲載されている。マンティコラは、インドにいるともエチオピアにいるともいわれる邪悪で凶暴な伝説の犬狼 (dog-wolf) クロコッタと1ページを分け合う形で掲載されているが、名称は表記されていない。クロコッタ (Crocotta) はブチハイエナの学名 Crocuta crocuta の語源になっている[14]"動物"であるから、ここでもマンティコラはハイエナのグループか近縁という扱いで紹介されていることが分かる。ハイエナの生態とクロコッタの伝説を照らし合わせた時、人の笑い声に似た発声を頻用するハイエナと人語を話すというクロコッタがこの点でも繋がっていることに気付くが、エチオピアが原産地であると主張される時のマンティコラにも同じ特徴が具わっていることは、偶然か必然か、いずれにしても興味深い事実である。
- 同書は博物学的現実性を旨に動物を描いており、実在しないかも知れない未知の動物についても可能な限り虚飾を取り除いて描こうという姿勢が見える。そのような書にあって、マンティコラもまた、リアルさを重視した描かれ方をされており、現実に生きている生物であれば具えているであろう無駄の無さが表されている。なお、これら同書に掲載されている生態図は無名の絵描きたちによるものである。
- イングランドの牧師エドワード・トプセル(生没年:1572年頃 - 1625年)が著した『四足獣誌(原題:The History of Four-footed Beasts)』
- 1607年刊行。使用言語は中英語。後世には、1658年に刊行された『四足獣誌および蛇の話(原題:The History of Four-Footed Beasts and Serpents)』として伝わっている[15]。こちらの書は著者の死の33年後に刊行されたもので[15]、1607年刊行の "The History of Four-footed Beasts" に明くる1608年刊行の "The History of Serpents" を合わせて構成し直した再編本である[15]。マンティコア(※マンティコラの英語名)は『四足獣誌』のほうに掲載されている。
- “344” (English). Biodiversity Heritage Library (BHL). 2020年11月11日閲覧。※原書のデジタルアーカイブより、344ページ目。
- スコットランド出身のポーランドの博物学者であるヨハネス・ヨンストン(生没年:1603年 - 1675年)が著した "A description of the nature of four-footed beasts"
ギャラリー
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- これらの石刻がある石は中世初期にスコットランドのピクト人が作った石碑や墓石で、ピクティッシュストーンと呼ばれている。画像の1点は、所蔵する博物館の管理コードで Meigle 26 と呼ばれる横臥墓石の、表面に刻まれた様々な浅いレリーフのうち、最後の面に描かれたマンティコラと人であり、後ろから忍び寄るマンティコラとそれに気付いて振り返った人が目を合わせてしまったシーンを描いたものと解釈されている。なお、同じ石の他の面には、とぐろを巻いた3匹の蛇の文様、文様化された向かい合うシーホース(two sea-horses. 造形は四肢が魚の鰭になっている馬)、狩猟する人、グリフォン、人々の死体と獣たち、獣たちに喰われる人の死体、その他が描かれている。メイグル彫刻石博物館所蔵。
- 3. 同じ教会堂の別のマンティコラ
- 4. 同じ教会堂のまた別のマンティコラ
年表
先史時代
- 先史時代 - インド・ヨーロッパ祖語に "to die"「死ぬこと」を意する語根 "mer-" があった(学術的推定)。
古代
- 紀元前6世紀半ば - アケメネス朝ペルシアが興り、隆盛し始める。同国の公用語である古代ペルシア語は国際的知名度を高める。その言語に "man"「人」"human being"「(動物や霊的存在ではない)人間」"mortal"「死を免れない」「死ぬ運命にある」「死を免れぬ運命の」などを意する "𐎶𐎼𐎫𐎡𐎹" あり。
- また、学術的推定として "man-eater"「人を喰う者(マンイーター)」を意する語 "𐎶𐎼𐎫𐎹-𐎧𐎺𐎠𐎼" があり、同じ意味をもつ古代ギリシア語の語源になったという。
- 紀元前5世紀 - "man-eater"「人を喰う者(マンイーター)」を意する古代ギリシャ語 "μαρτιχόρας" が成立(時期は学術的推定)。
- 紀元前5世紀 - 古代ギリシアのクテシアスが『インド誌』を著す。同書にてマンティコラについて歴史上初めての記述あり。インドに棲む人面ライオンで、人を喰らう者。
- 紀元前4世紀 - 古代ギリシアのアリストテレスが『動物誌』を著す。同書にマンティコラの記述あり。
- 77年頃 - 古代ローマのガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)が『博物誌』を著す。同書にマンティコラの記述あり。エチオピアに棲むライオンで、人語を真似るとのこと。
- 160年頃~176年頃(推定)- 2世紀のパウサニアス(2世紀ギリシアの旅行家で地理学者のパウサニアス)が『ギリシア案内記』を著す。ローマで見たという動物マンティコラについて記述あり。インド人はこの獣を mantichora と呼ぶが、androphagos(人を喰う者)の意味である。著者は目撃したマンティコラを虎と見做しており、伝説は恐怖に駆られたインド人たちの口々から発せられた根拠の無い言葉の集約ではないかという懐疑論を展開した。
- 170年頃~247年 - ローマ帝国のピロストラトス(フラウィウス・ピロストラトゥス)が『ティアナのアポロニウスの生涯』を著す。同書ではマンティコラについて作中の登場人物たちが語り合っている。同書の主人公で1世紀に実在したローマ人哲学者ティアナのアポロニウス (c15-c100) は、マンティコラの伝説に半信半疑であるが、彼が聞き手を務めた証言者の言うには、蠍のような尾の先には長さ1キュビット(約46センチメートル)ほどの鋭い棘の束があり、その棘を矢のように撃ってくるという。
- 3世紀頃 - 古代ギリシアのアイリアノスが『Περὶ ζῴων ἰδιότητος(羅題: De Natura Animalium)』を著す。同書にマンティコラの記述あり。インドに棲む動物であり、辰砂のような赤い色の人面ライオンである。蠍のような尾に毒の無い長い棘があり、これで刺すことによって獣や人を殺して喰らう。特に人の肉を好むがゆえにその名がある。
中世
- 中世初期 - スコットランドのピクト人がピクティッシュストーンの墓石にマンティコラと人の姿を刻む(■上段に画像と詳説あり)。
- 1200年頃~1210年頃 - イングランドの北部か中部(一説にはダラム)にて装飾写本の動物寓意集 "Bestiary with theological texts"(大英図書館管理コード: Royal MS 12 C XIX)が編まれる。同書にマンティコラの記載あり(■右列に画像と詳説あり)。古代オリエント風のとんがり頭巾をかぶった人面ライオン。
- 1230年頃から(14世紀にかけて) - イングランドの南部か東部(おそらくロチェスター)にて装飾写本『ロチェスター動物寓意集』(大英図書館管理コード: Royal MS 12 F.xiii)が編まれる。同書にマンティコラの記載あり(■右列に画像と詳説あり)。貴族顔で黒豹のごとき体付きをしている人面ライオン。
- 1236年~1250年頃 - ペラルドゥス (Peraldus) ことフランス人のウィリアム・ペローがイングランドにて装飾写本の動物寓意集 "Theological miscellany"(大英図書館管理コード: Harley MS 3244)を制作する。同書にマンティコラの記載あり(■右列に画像と詳説あり)。人を襲う血生臭い人面ライオン(蠍の尾もあり)。
- 1300年頃 - 中英語 "manticore" の初出 / この怪物の名称の、英語系統語における初出と考えられる。英語圏におけるそれ以前のものはラテン語(一部、フランス語系統[2])で記されていた。
近世
- 15世紀半ば - ドイツ騎士団領時代のポーランド西ポンメルン地方(西ポメラニア、現・西ポモージェ)の村(現・ドラフスコ・ポモルスキエ村)でカトリック教会堂が建設され、赤煉瓦の壁にマンティコラの像が刻まれる(現存)(■上段に画像と詳説あり)。
- 15世紀後期 - 初代ヘイスティングス男爵ウィリアム・ヘイスティングスが紋章の図案にマンティコラを用いる。1466年頃から1470年までの間に作成されたと見られる下絵が今に遺る(■右列に画像と詳説あり)。
- 1546年~1558年中 - スイスのフェリクス・プラッターが『動物誌』を著す。その第2版にマンティコラの記載あり。動物としてのリアルさを重視した描かれ方がされている(■右列に画像と詳説あり)。
- 1589年 - ドイツの画家アントン・アイゼンホイトが銅版画 "Haeresis Dea" を発表。ここでのマンティコラは異端の女神の足元にはべっている(■右列に画像と詳説あり)。
- 1607年 - "manticore" 以外の英語系統語でのこの怪物の名称の初出あり。その語は中英語 "mantichora"。
- 1607年 - エドワード・トプセル『四足獣誌』の刊行[15]。ハイエナの類としてマンティコラの記載あり(■右列に画像と詳説あり)。
- 1678年 - ヨハネス・ヨンストン "A description of the nature of four-footed beasts" の刊行。マンティコラの記載あり(■右列に画像あり)。
近現代
- 1971年 - イギリスのロックグループであるエマーソン・レイク・アンド・パーマーが、アルバム『タルカス』をリリース。そのアートワークでマンティコア(マンティコラ)を大きく取り上げる。
- 1973年 - エマーソン・レイク・アンド・パーマーが自主レーベルを立ち上げ、名義を「マンティコア・レコード」とし、ロゴタイプをマンティコアのシルエットとする。
- 1974年 - 世界初のロールプレイングゲーム (RPG) であるテーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D) が発売される。これ以降、伝説上の怪物や精霊などはファンタジーワールドのキャラクターとして一般知名度を高めるようになる。マンティコラも例外ではない。また、この作品以降、ファンタジーワールドのキャラクターとしてのマンティコラに限っては、蝙蝠(こうもり)様の皮膜状の翼を具えたものが増え始め、やがてそれはこの分野に限っては主流となっていった。。
1974年以降の大衆文化
世界初のロールプレイングゲーム (RPG) であるテーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D) が1974年に発売されて以降、ドラゴンは「商業的ファンタジー世界」に欠くべからざるキャラクターとして以前にも勝るような多様性と存在感を獲得していったが、D&Dに牽引されたRPGの世界観が一般に広く普及してゆくなかで、マンティコラという怪物もそれ以前との比較においては広く知られるキャラクターになっていった。
なお、D&Dに登場するマンティコラは蝙蝠(こうもり)が持つような皮膜状の大きな翼を具えており(■右に画像あり)、伝承から著しく逸脱しているという言い方もできる。この D&D版を嚆矢として、商業的ファンタジー世界のマンティコラは見栄えのする蝙蝠様の翼を具えたものが多くなってゆき、ついにはむしろ有翼タイプこそが主流というところまで来た。画像検索キーワードを[ manticore picture ]などと設定してインターネット上で調べるだけでも、係る状況は確認することができる。この傾向はデフォルメを利かせたキャラクターでも同様で、マンティコラというえば有翼という方向で推移している。画像検索キーワードは[ manticore character ]を推奨。
そうは言っても、都市文明と対峙する自然の中にある強力な存在で悪の権化という古来のイメージが大きく変化を来したドラゴンに比べれば、マンティコラは本質的イメージに大きな変化が見られず、姿形は「合成獣」とでも言うべきキメラで、気味が悪いか怖ろしいかする人面とネコ科の猛獣の体躯を具えた恐怖のキャラクターであり続けている。
関連事象
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ELPとマンティコア
画像外部リンク | |
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en:File:Emerson, Lake & Palmer - Tarkus (1971) front cover.jpg 『タルカス』のディスクジャケット オオアルマジロと戦車の合成獣のような怪物タルカスが描かれている。 |
画像外部リンク | |
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en:File:ELPROTM.gif 『リターン・オブ・ザ・マンティコア』のディスクジャケット ELPのバンド用ロゴタイプであるアルファベット3文字に、レーベル用ロゴタイプであるマンティコアの蠍の尾が絡んでいる。 |
イギリスのロックグループであるエマーソン・レイク・アンド・パーマーは、1971年発売のセカンド・アルバム『タルカス』のアルバム・アートワークとして、本作のテーマである組曲「タルカス」の物語をビジュアル化したパネル作品をディスクジャケット内側のゲートフォード(観音開き)部分に収録しているのであるが、その中に怪物マンティコア(※マンティコラの英語名)を登場させている[16][17]。火を噴く山で卵から孵ったアルマジロ型の怪物タルカス(※本作のために創作された、伝説に無いクリーチャー)の行く手には数々の怖ろしい怪物が現れ、最後にマンティコアがラストボスとして立ち塞がる[17][注 1]。タルカスとマンティコアは闘い、最後にはマンティコアが蠍の尾の棘でタルカスの眼を刺して後退させる[17]。本作で描かれたマンティコアの姿形は、顔付きや体付きから「人面ライオン」と言うよりは「バタ臭い男の顔をした狒々(ひひ)」といった感じで、しかもどこかコミカルである[17][注 1]。その体にリアルな蠍の尾が付いている[注 1]。ただ、ブラッシュアップされたイラストレーションなどでは、打って変わって格好良い怪物として描かれているものもある[注 1]。グラフィックデザインを担当したのは、同グループのアートワークを一手に手掛けていたウィリアム・ニール[17]。
1973年には、同グループは自ら興したレコードレーベルの名称を「マンティコア・レコード」とし、ロゴタイプにはマンティコアのシルエットを採用した[18][19]。また、代表曲集の一つであるCDボックスセットとして1993年に発売された『リターン・オブ・ザ・マンティコア』には、レーベルのほうではあるが、「マンティコア」の名が含まれている。
Manticore Games Inc.
Manticore Games Inc.(マンティコア・ゲームス株式会社)はコンピューターゲームの開発企業[20][21][22]。企業ロゴタイプもマンティコラを図案化したもので、雄ライオンの横顔を中核に周辺で円を描く蠍の尾がライオンの眼前まで回り込んでいるデザインになっている[23]。独自の Core (en:Core (video game platform)) である Manticore' s Core Platform を開発する[22]。2016年創業[20]。本社所在地は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンマテオ[20]。CEO:Frederic Descamps(フレデリック・デカン)(創業時-2020年時)[22]。非上場[20]。社員数:51-200名(2020年時)[20]。
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d Royal 12 C XIX.
- ^ a b c d e Royal 12 F XIII.
- ^ a b c d e Harley 3244.
- ^ a b BHL Topsell (1608).
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参考文献
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- Macan, Edward (1997) (English). Rocking the Classics: English Progressive Rock and the Counterculture. New York City: Oxford University Press. p. 88. ISBN 0-19-509887-0, ISBN 978-0-19-509887-7, OCLC 925231482.
関連項目
外部リンク
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