飯田駅 (石川県)
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(珠洲飯田駅から転送)
飯田駅* | |
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駅舎(2013年8月) | |
いいだ IIDA | |
◄上戸 (1.7 km) (1.2 km) 珠洲► | |
所在地 | 石川県珠洲市上戸町北方 |
所属事業者 | のと鉄道 |
所属路線 | 能登線(廃止時) |
キロ程 | 56.2 km(穴水起点) |
電報略号 | スイ(転換前) |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
開業年月日 | 1964年(昭和39年)9月21日[1] |
廃止年月日 | 2005年(平成17年)4月1日 |
備考 | 路線廃止に伴う廃駅 |
* 開業時の駅名は「珠洲飯田」、1988年に「飯田」へ改称 |
飯田駅(いいだえき)は、かつて石川県珠洲市上戸町北方にあったのと鉄道能登線の駅。
概要
[編集]珠洲市中心部に最も近い鉄道駅で、かつての急行停車駅。2005年(平成17年)の能登線の廃止に伴い廃駅となった。
歴史
[編集]当駅開業時点で長野県に飯田駅があり、本来旧国名を冠して能登飯田となるべきところであるが、国鉄バス能登飯田駅との区別をつける必要もあったため珠洲飯田駅とした。のと鉄道転換時に飯田駅と改称したが、ホームの駅名標は珠洲飯田表記のままのものが残っていた。
年表
[編集]- 1964年(昭和39年)9月21日:日本国有鉄道(国鉄)能登線の珠洲飯田駅(すずいいだえき)として開業[1][2](業務委託駅)。
- 1985年(昭和60年)4月1日:無人駅化[3](簡易委託駅化)。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる[1]。
- 1988年(昭和63年)3月25日:のと鉄道転換とともに飯田駅に改称[1]。同時に簡易委託による乗車券発売を中止。
- 2005年(平成17年)4月1日:能登線廃止に伴い廃駅。
駅構造
[編集]単式ホーム1面1線を持つ地上駅。駅舎はあるが無人駅である。なお、ホームは駅舎より高い位置にあるため、階段で連絡している。
廃止後
[編集]- 2017年(平成29年)9月から10月にかけて開催された「奥能登国際芸術祭2017」で、アート作品の展示に使われた[4]。飯田駅では河口龍夫が作品を手掛け「小さい忘れもの美術館」を出展した[4][5][6]。
駅周辺
[編集]珠洲市中心部に近い場所にあったが、駅自体は小高い丘にあり、駅前にはあまり建物がなかった。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 II(初版)、JTB、1998年10月1日、157頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 「日本国有鉄道公示第415号」『官報』1964年9月18日。
- ^ “「通報」身延線甲斐常葉駅ほか36駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 3. (1985年3月27日)
- ^ a b 乗りものニュース編集部. “廃線の駅舎が現代アート美術館に 石川・珠洲で「奥能登国際芸術祭」今秋開催”. 乗りものニュース. メディア・ヴァーグ. 2024年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月16日閲覧。
- ^ “作品No.13 『小さい忘れもの美術館』 河口龍夫〈日本〉”. 奥能登国際芸術祭実行委員会. 2024年8月16日閲覧。
- ^ “2 開催結果に対する検証:2-(1) 会期中の推計来場者数について、2-(1)-1 作品来場者数” (PDF). 奥能登国際芸術祭2017 総括報告書. 奥能登国際芸術祭実行委員会. p. 14. 2019年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月16日閲覧。