左経記
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(糸束記から転送)
『左経記』(さけいき)とは、平安時代中期の公卿・源経頼の日記。題名は経頼が参議兼左大弁の地位にあった事に由来する。また、「経頼」の文字の偏の部分より『糸束記』(しそくき)という別称もある[1]。
寛弘6年(1009年)から経頼が死去する長暦3年(1039年)まで記されていたことが逸文によって確認でき、長和5年(1016年)から長元8年(1035年)までの期間は日次記が伝存している[1]。また、別個に後世の人が長元2年(1029年)から同9年(1036年)までの災異記事を抽出した『類聚雑例(るいじゅうざつれい)』という書物もある[1]。
藤原実資の『小右記』と比較して簡略ではあるものの、両者の比較研究によって11世紀前半の政治・社会情勢の研究に資するところが大きいとされている。
読み下し文は国際日本文化研究センター「摂関期古記録データベース」で公開されている。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 倉本, 一宏『平安時代の男の日記』株式会社KADOKAWA〈角川選書〉、2024年7月31日。ISBN 978-4-04-703728-1。