網川原
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網川原 | |
---|---|
北緯37度53分39.14秒 東経139度1分12.59秒 / 北緯37.8942056度 東経139.0201639度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 新潟県 |
市町村 | 新潟市 |
区 | ■ 中央区 |
人口 | |
• 合計 | 2,347人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
950-0964[2] |
市外局番 | 025 (新潟MA)[3] |
ナンバープレート | 新潟 |
網川原(あみがわら)は、新潟県新潟市中央区の町字。現行行政地名は網川原一丁目及び網川原二丁目と大字網川原。住居表示は一丁目及び二丁目が実施済み区域、大字が未実施区域[4]。郵便番号は950-0964[2]。
概要
[編集]1889年(明治22年)から現在の大字。及び1985年(昭和60年)から現在の町名。信濃川下流右岸の自然堤防上に位置する[5]。
もとは江戸時代から1889年(明治22年)まであった網川原新田の区域の一部で、地名の由来は魚沼郡早川村から移住した漁師、早川幾平が漁の最中に阿弥陀の石像を引き上げたことによる[5]。
隣接する町字
[編集]北から東回り順に、以下の町字と隣接する。
歴史
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
開発は1626年(寛永3年)。はじめは阿弥陀川原新田と称したが、1678年(延宝6年)の新発田藩の検地を受けて網川原新田に改称した[6]。
1889年(明治22年)4月1日に鳥屋王村の大字となり、1923年(大正12年)まで網川原新田と称した[5]。1948年(昭和23年)以後、人口が急増した[5]。
年表
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 : 合併により鳥屋王村の大字となる。
- 1901年(明治34年)11月1日 : 鳥屋王村が改称し、鳥屋野村の大字となる。
- 1943年(昭和18年)5月3日 : 合併により新潟市の大字となる。
- 2007年(平成19年)4月1日 : 新潟市の政令指定都市移行により、中央区の大字となる。
世帯数と人口
[編集]2018年(平成30年)1月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
丁目 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
網川原一丁目 | 419世帯 | 921人 |
網川原二丁目 | 603世帯 | 1,426人 |
計 | 1,022世帯 | 2,347人 |
小・中学校の学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
大字・丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
網川原 | 全域 | 新潟市立鳥屋野小学校 | 新潟市立上山中学校 |
網川原一丁目 | 全域 | ||
網川原二丁目 | 全域 |
交通
[編集]脚注
[編集]注釈
出典
参考文献
[編集]- 角川日本地名大辞典 編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(株)角川書店、1989年10月8日。ISBN 4-04-001150-3。
- 『新潟歴史双書 8 新潟の地名と歴史』新潟市、2004年3月31日。