野呂川
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野呂川 | |
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中流 - 下流域の地図(オープンストリートマップ)。左のマーカーは野呂川ダムの位置を示す。 | |
水系 | 二級水系 野呂川[1] |
種別 | 二級河川[1] |
延長 | 10.5[1] km |
流域面積 | 43.2[1] km2 |
水源 | 野呂山[1] |
河口・合流先 | 瀬戸内海[1] |
流路 | 広島県呉市 |
流域 | 広島県呉市 |
野呂川(のろがわ)は、広島県呉市を流れる川で、二級河川。野呂川水系の本流[1]。
地理
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安浦町中心市街地を流れる野呂川とその支流(オープンストリートマップ)
呉市安浦町の西にそびえる野呂山(瀬戸内海国立公園内)を水源とする。上流端は安浦町中畑の田之原・川向である。支流の中畑川および中切川を合わせ、瀬戸内海へ注ぐ。長さは10.5キロメートル、流域面積は43.2平方キロメートルである[1]。
支流
[編集]- 中畑川(なかはたがわ) - 安浦町を流れる野呂川水系の二級河川。前平山を水源とする。上流端は安浦町内海の鍬畑・中原で、野呂川に注ぐ。長さは2キロメートル、流域面積は12.2平方キロメートルである[2]。平成30年7月豪雨(後述)では氾濫して浸水被害が生じたため、野呂川との合流地点から上流側1400m区間において川底の掘削、川幅の拡幅が計画されている[3]。
- 中切川(なかぎりがわ) - 安浦町を流れる野呂川水系の二級河川。上流端は安浦町安登の岡谷・源道尻で、野呂川に注ぐ。長さは4.1キロメートル、流域面積は10.8平方キロメートルである[6]。
歴史
[編集]- 1952年(昭和27年)から1958年(昭和33年)度 - 下流部において計画高水流量を175立方メートル毎秒に設定し、河川改修を実施[9]。
- 1967年(昭和42年)7月 - 集中豪雨(昭和42年7月豪雨)により甚大な被害[9]。
- 1967年から1968年(昭和43年)度 - 計画高水流量を233立方メートル毎秒に引き上げ、河川改修を実施。ただし、部分的なものにとどまる[9]。
- 1969年(昭和44年)度から1976年(昭和51年)3月 - 野呂川ダム建設。計画高水流量を400立方メートル毎秒に引き上げ、190立方メートル毎秒をダムで調節する[9]。
- 2018年(平成30年)7月 - 集中豪雨(平成30年7月豪雨)により約58ヘクタールが浸水、被災住宅戸数は760に上った[10]。
河川施設
[編集]- 野呂川ダム - 安浦町中畑字市原、野呂川に建設されたダム。高さ44.8メートルの重力式コンクリートダムで、洪水調節・不特定利水を目的とする、広島県営の治水ダムである。1975年(昭和50年)度竣工。施工は西松建設。ダム湖(人造湖)の名は「野呂峡やすらぎ湖」(のろきょうやすらぎこ)という[11]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h 『河川大事典』779ページ。
- ^ 『河川大事典』716ページ。
- ^ 「野呂川・支流掘り下げ 西日本豪雨受け対策案」『中国新聞』2020年(令和2年)11月10日、16版、27面
- ^ a b c 『河川大事典』20ページ。
- ^ 『河川大事典』860ページ。
- ^ 『河川大事典』695ページ。
- ^ 『河川大事典』33ページ。
- ^ 『河川大事典』1014ページ。
- ^ a b c d “野呂川ダム” (PDF). 広島県呉地域事務所建設局野呂川ダム管理事務所. 2018年8月12日閲覧。
- ^ “【西日本豪雨】災害対応2部会で検証 広島県、10委員が12月集約”. 中国新聞アルファ (中国新聞社). (2018年8月10日) 2018年8月11日閲覧。
- ^ “ダム便覧 野呂川ダム”. 日本ダム協会 (2009年). 2018年8月12日閲覧。
参考文献
[編集]- 日外アソシエーツ編集『河川大事典』日外アソシエーツ、1991年2月21日。ISBN 4816910174