Wikipedia‐ノート:管理者解任の投票/Koba-chan 20090823

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コメント[編集]

解任賛成[編集]

  • Wikipedia:コメント依頼/Koba-chan 20090816を参照し投票しました。管理者が独断で行える権限行使については、最終的な判断が他の利用者のそれと必ずしも一致する事まで求められないと思いますが、最終的な判断の前に必要なガイドラインに定められた各要件を無視して独善による判断が為された疑いが強いと判断し解任票を投じました。--hal* 2009年8月25日 (火) 08:37 (UTC)[返信]
  • 同じくコメント依頼の議論に参加した者です。かなり前からウィキペディアの発展に貢献されておられる方なのに、今回の管理者権限の濫用は非常に残念に思います。これからはウィキペディアの一執筆者として記事の発展に努めてもらいたいと思いたく、解任に賛成票を投じました。--Kingofclub13 2009年8月25日 (火) 09:07 (UTC)--Kingofclub13 2009年8月25日 (火) 09:12 (UTC)[返信]
  • 既に解任動議提出後でしたので、コメント依頼の議論は参照のみですが、前回のコメント依頼のケースも含めて投稿ブロック措置について措置の妥当性への判断過程も含め手続きの不足は否めず、また利用者:Koba-chan氏の弁明には長文のわりには納得すべき合理性は見出せず、むしろ本件については素直に行き過ぎを認めるべきを、いたずらに自己弁護に終始した感は否めず、これでは残念ながら解任賛成に投票せざるを得ません。--故城一片之月 2009年8月25日 (火) 11:17 (UTC)[返信]
  • コメント依頼でも申し上げたことの繰り返しになりますが、「自ら信を問うべく解任/再信任動議を提出し、自らの1票によって投票フェイズに移行し投票が行われる」のと、「誰かに解任動議を提出され、必要とされる票数が集まって投票フェイズに移行し投票が行われる」のとでは、行うことになる投票自体は同じでも、意味合いが大きく異なります。
    私がくだんのコメント依頼で最初にコメントした段階では、本管理者は何が何でも解任されなければならないとは私は思っておらず、むしろ、自ら動議を提出して投票を行わせることによって、「現状の方針による運用のされ方や解釈、得られるコンセンサス、重要視している要素」に対する、コミュニティとご自分とのギャップをよりハッキリと、定量的に見える形で知っていただきたかっただけでした。直近ではつい3ヶ月前に、特にこれといった問題を起こしていたわけではなかった管理者によって、自ら信を問うために動議が提出され、解任/再信任投票が行われた(そして信任された)という例もある以上、その提案が不自然であるとは特に思いませんでした。従って、もし本管理者が自分で動議を提出し、自らの1票によってこの投票が行われることになったのであれば、私は解任賛成/反対のいずれの票も投じず、中立を通すつもりでした(後出しジャンケンのようで申し訳ないですが)。
    管理者も人間である以上、過ちを犯すのは当然であるとも言えますが、過ちは過ちとして認め、次の活動への糧とすれば良いのです。しかしながら、今年3月に5年の裁量ブロックを行い、トラブルを起こして以降の本管理者はそれをせず、半年も経たないうちに(ブロック期間こそ24時間とも短いものの)同種の過ちを繰り返し、言い訳に次ぐ言い訳を繰り返しただけでした。貧すれば鈍するがごとく、志の低い方たちや民度の低い方たちと共に協同(ママ)作業をしても全然面白くないと本管理者は述べていますが[1]、私に言わせれば、これだけ多くの方に自分の過ちを指摘されても頑として認めず、口先だけで自己正当化を繰り返し、行動の改善につなげるということをしなかった本管理者のほうが、よっぽど志が低く、民度が低いように思えてなりません。これまで各所で何度も申し上げていることですが、私は、口先だけで行動の伴わない人間を信用しません。私は、少なくとも昨年までは、本管理者は日本語版Wikipediaに対し大きな貢献をしてきた利用者であると認めますが、それだけに今年3月以降の、2度の裁量ブロックをめぐるトラブルに際しての本管理者の言動には失望が大きかった、というのが正直なところです。従いまして、本管理者の解任に対し、賛成票を投じることに致しました。Yassie 2009年8月25日 (火) 13:07 (UTC)[返信]
  • Wikipedia:コメント依頼/Koba-chan 20090816におけるこの程度のことでブロックされたら堪ったもんじゃない、というご意見もあると思います。ならば「この程度」に気付いた時点で改めれば良いのです。この程度という個々人ごとに異なる価値観があるのなら、その価値観の幅を議論を費やして追いかけることなく単に改めれば済むことに気付いて欲しいのです。[2])という被依頼者コメントですが、この発言の「ブロック」を「管理者解任」に置き換えれば、「この程度」に気付いた時点で改めれば良いのです単に改めれば済むことに気付いて欲しいのですという言葉は被依頼者自身にこそ最もよく当てはまると思います。「この程度」に気付こうとも改めようともせず意味不明な自己正当化に終始なさっていたKoba-chan氏の姿勢には管理者としても一利用者としても深刻な問題があるのではないでしょうか。以上の理由から賛成票を投じた次第です。--Keysrapid 2009年8月25日 (火) 15:22 (UTC)[返信]
  • Wikipedia:コメント依頼/Koba-chan 20090816の依頼者です。当該コメント依頼はWikipedia:投稿ブロックの方針#即時投稿ブロック手続きに定められた要件を満たさない即時投稿ブロック手続きが行われたのではないかという疑問に基づくものです。Koba-chan氏には非常に長文のコメントを頂きましたが、結局のところ、「対象者の行動に問題があると管理者が判断しさえすれば、定められた要件を満たさない即時投稿ブロック手続きを行ってよい」というお考えなのだと判断いたしました。しかし対象者の行動に問題があるかどうかということと、即時投稿ブロックを行ってよいかどうかということは全く別の問題であると思われます。仮に対象者の行動に問題があるとしても、定められた要件を満たさない即時投稿ブロック手続きを行うことは許されるべきではありません。Koba-chan氏を今後も管理者とすることは公式な基本方針に反する恣意的な権限行使が行われる危険性を放置することに他ならず、コミュニティにおける公正さを害する結果をもたらしかねないと判断し、賛成票を投じました。-- 2009年8月25日 (火) 22:51 (UTC)(追記)-- 2009年8月25日 (火) 22:59 (UTC)[返信]
  • あなたが行ったような権限行使を受け入れる事はできない、その意思表示として、解任に票を投じました。周囲から共感されない信念を持つことは自由です。しかしそれをブロック権限の行使という形で発露することはとても擁護可能なものではありません。シスオペの中には様々な道徳観、倫理観、信念、思想、信条、信仰をもった人がいます。そうしたそれぞれのシスオペが、周囲からの理解の有無関係なしに、独自の信念のみに従って権限行使を行う、という事が可能であったのか、そこを一度考えて欲しかったと思います。ウィキペディアのシスオペ権限には管轄というものがありません。つまりあなたはウィキペディア上の全ての領域に介入することができます。ですからあなたが、多くの人が「理解しにくい」と思う権限行使について「あなたたちが分かってないだけで、私は間違ってない」という形の主張してしまうというのは、「ただの失敗」という話にとどまらず、あなたの権限行使が可能な対象となる人、つまりウィキペディア日本語版にいる全てのユーザーに対して「今後あなたが理解も予測もできない理由で、私はあなたも突如ブロックするかもしれません」とメッセージを送ることとそう変わりなかったのではないかと思います。つまり人々に不安と恐怖、そしてそれに伴う怒り、を呼び起こしたのではないかと思います。そうした点についてあまり考えたことがなかったかもしれませんが、これはウィキペディアにおける権限行使の際に注意しなければならない点ではないかと私は思います。--was a bee 2009年8月26日 (水) 07:21 (UTC)[返信]
  • 発端となったブロック行為は全く酷い内容でした。koba-chan氏自身の信頼を失墜させただけではなく、管理行為全般に対する信頼性をも損ないかねない愚挙であったと思います。was a bee氏も言うように、≪ウィキペディア日本語版にいる全てのユーザーに対して「今後あなたが理解も予測もできない理由で、私はあなたも突如ブロックするかもしれません」とメッセージを送ることとそう変わりなかった≫と私も思いますし、こういう行為こそ正に「コミュニティを疲弊させている」と形容されるべきところでしょう。
    さらにWikipedia:コメント依頼/Koba-chan 20090816#被依頼者コメントの内容も絶望的に酷い。特に目を疑ったのは、≪この程度のことでブロックされたら(中略)改めれば良いのです。≫とか、≪今回の管理者裁量のブロックに対して異論があるようでしたら(中略)明文化してください。≫とかいったコメントです。ここからは、「自分の判断は常に必ず正しい。故に全ての人間は自分の考えを無批判に受け入れるべきである。」という独裁者志向の考え方しか見えません。そんな管理者はウィキペディアには不要です。--Kojidoi 2009年8月27日 (木) 11:39 (UTC)[返信]
  • 投稿ブロックに関してはほとんど従事せず、先輩諸氏の決定にある程度、一任してきました。しかし、今回のブロック作業は、同じ管理者としてまったく納得がいくものではないです。何一つ警告をすることなく、投稿ブロックをすること自体、荒らしでないのであれば、回避すべきことだと思いますし、氷鷺さんは当然、その対象外だったはずです。人間ですから、過ちをすることはあります。過ちを犯した場合は、その場で反省すべき点は反省すればすむはずです。誰にでも出来ることを出来ないということであれば、皆様との協調作業という信頼関係で成立している百科事典作成に不向きと思います。しばらくは自らの意見を控えて、記事の充実等で皆様が考えていることを咀嚼されてみられたらいかがでしょうか。--Tantal 2009年8月27日 (木) 13:26 (UTC)[返信]
  • がっかりしました。正直言うと当初は辞任を考えるべきとは言いましたが、解任投票には中立を通すつもりでした。しかし、コメント依頼での追記コメントを見て反省していないどころか、なぜ自分がここまで言われているかわかっていらっしゃらないようでした。この様子では仮に今回解任依頼が通らなくてもまた将来同じようなことが起こるでしょう。長い間管理者を勤め、ちゃんとした理論を持っていらっしゃっただけに、自己弁護のみに走ってしまわれたことは非常に残念です…--TYSGCFAN (会話) 2009年8月28日 (金) 07:16 (UTC)[返信]
  • これまでに多くの意見が出ており、繰り返しになってしまうかもしれませんが少しコメントさせていただきます。今回の件に関しては、会話ページで話しかけるという手間を省き、いきなり投稿ブロックという権限を行使されたことに非常に残念に思いました。今回の案件は緊急性もありませんでしたし、問題だと思われるのならば、会話ページで指摘して対話を行えば良かったのではないでしょうか。そもそも、今回の案件は荒らしではないうえに、投稿ブロックが必要なほどの問題がある行為だったとは到底思えませんでした。個人的には、3RR違反のような案件であってもいきなり投稿ブロックするのではなく、ひとことでもいいから事前に注意をいれるべきと思っています。特に初心者の方はルールを知らないわけですから、いきなり投稿ブロックされると驚いて去ってしまうかもしれませんし、新たな荒らしを生み出してしまうかもしれません。今回は初心者ではなく元管理者の方が投稿ブロック対象でしたが、投稿ブロックは利用者の活動を封じるうえ、重大な結果を生むこともあるということを考慮して、慎重に運用してほしかったです。
    今回、管理者の方がルールを軽視して行動されたのを目の当たりにして、潔癖だと笑われるかもしれませんが、非常に驚き、残念に思っています。私はウィキペディアの方針類があらかた整備された後に参加した新参者であり、かつてのウィキペディアの実態やKoba-chanさんの実績も知らないうえ、たいした貢献もしていませんから、こういったことを偉そうに言える立場ではないかもしれません。今回の件に対してコメントや投票を行うか非常に迷いました。しかし、今回のような投稿ブロック運用は到底容認できないと感じ、賛成票を投じさせていただきました。
    Koba-chanさんの活動履歴や他の方のコメントから推測するに、Koba-chanさんはこれまでに膨大な貴重な時間を管理に費やし、ウィキペディアの発展に多大な貢献されてきたのだと思います。そのような方にこそ、日々増大する未処理案件をどんどん処理し、これからのウィキペディアの発展にも貢献してほしかったです。今回のような案件で自身の主張にこだわってしまい、解任されようとしていることがとても残念です。--Mugu-shisai 2009年8月28日 (金) 15:17 (UTC)[返信]
  • 私は発端となった氷鷺さんの行動については全面的に肯定するものではなく、せめて本文だけでも敬称をつけていただきたかった、と思っています。しかし、Koba-chanさんのご対応は、これまでコメントされた皆さんも仰っているように完全に誤りであったと思います。私からKoba-chanさんにお願いしたいことは、一刻も早く謙虚な心を取り戻していただきたい、その一点です。--Ziman-JAPAN 2009年9月1日 (火) 02:27 (UTC)[返信]

解任反対[編集]

中立[編集]

その他[編集]

投票終了後投票ページに書き込まれたコメント[編集]

Wikipedia:管理者解任の投票/Koba-chan 20090823#報告と推薦を受けて)

最後っ屁のように「全員 co-sysop に推薦してやっからな」みたいな捨て台詞を吐いたことに、強い失望を表明します。
まあなんだね。おれ的には「権力は持たない者」として、しかしそれなりに寄与しようという志を持ち、文書整備などをやってきたわけです。文書整備なんか「どうでもいいこと」であると断じ、「おまえはWikipediaに何も寄与していない」と非難し、おれの努力を軽んじてきた方々がたくさんいましたが、おれはそういう人々には「取り合わない」という選択をしてきました。これまでは「取り合わない」という意思表示はしないで単に無視してきましたが、今回は「Koba-chan、あんたは、おれが取り合う価値がない者なんだ」という侮蔑的言辞を明確に書いておこうと思います。ああ、これを暴言だとか断じておれをブロックするばかんりしゃがいるんだったら、やってくれ(ぎろっと睨む)。
でだ。以下マジ。
今回、Koba-chan の解任に同意したひとはたくさんいるわけですが、その投票者は、はっきし言って玉石混交です。中には確かに「管理者になってもいいんじゃないすか」という方もおられます。しかし中には、おれが見る限りでは「こいつは尻馬に乗っただけでしょ」ってやつもいます。co-sysop に推薦するのが相当なひともいるし、相当ではないひともいます(と、おれは思います)。そこらへんの判断をせずに全員を推薦するというのは、Sysop-Vandalでしょうよ。いいかげんにしろなおまい。反省しろと言われ続けたにもかかわらず、誰一人として管理者続投に同意しなかったくらいに顰蹙を買っていたにもかかわらずまだそういう馬鹿をやるのかこの外道、とかおれは思うわけですよ。
この「co-sysop への大量推薦」というのは、ある意味、逆襲なんだと思います。この期に及んで逆襲しようとか思わないでほしいんですよ。それって、本格的に、たつ鳥跡を濁す愚行だったんじゃないすか。ほんともう、これ以上失望させないでほしいんですよね(ふっ)。--Nekosuki600 2009年9月1日 (火) 14:43 (UTC)[返信]
Koba-chanさん。あなたのやるべきはコミュニティから寄せられたコメントを良く理解し、真摯に反省し態度を改めることです。これ以上コミュニティを疲弊させるようなことはおやめください。あなたの主張に賛同者が無く、解任というこのような結果が出て焦燥されているのかもしれませんが、まずは気持ちが落ち着くまでWikipediaから離れられてはいかがでしょうか?--はまくん 2009年9月1日 (火) 14:59 (UTC)[返信]

本件続きは「Wikipedia‐ノート:管理者解任の投票/Koba-chan 20090823#投票終了後でどうぞ」ってことみたいです。しかし、あまりにこの報復的依頼宣言はひどいんで、表ページからの削除には強く反対します。編集合戦になることを、おれは望んでいません。--Nekosuki600 2009年9月1日 (火) 15:13 (UTC)[返信]

コメント依頼への誘導[編集]

確認[編集]

名称とかかわる小さなことではありますが、確認の節について、議論がある場合、こちらでお願いします。--was a bee 2009年9月2日 (水) 04:02 (UTC)[返信]

Was a beeさんは何がしたいのでしょうか?「Koba-chanさんは2009年9月1日 (火) 14:02 (UTC)に辞任した」ということであり、それ以上でも以下でもありません。--あるふぁるふぁ 2009年9月2日 (水) 04:12 (UTC)[返信]
was a bee さんのコメントはmiyaさんの確認宣言に対する異議申し立てであり、was a beeさんのコメントのみをノートに移動することは不適切だと考えます。なお、当該事案につきましては単なる解任より解任投票確定後辞任の方がよりみっともないかとは思っております。--Himetv 2009年9月2日 (水) 04:20 (UTC)[返信]
自らは表ページで異議を申し立てておきながら、自らに対する異議申し立ては表ページでは認めないとする宣言が適切とは思えませんが…。ともかく「ご本人から主張がなければ上の文言に変わり、『本人によるmetaへの申請を経て、解任手続きが完了した』という旨、ここに明確に再表示します。最後の確認は、現在より24時間後をひとつの目処として行うつもりです。」については明確に反対しておきます。--あるふぁるふぁ 2009年9月2日 (水) 16:06 (UTC)[返信]
Miyaさんの「確認」というのは、Koba-chanさんがdesysop手続きをmetaで申請したという「報告と推薦」節での書き込みを受けて、利用者権限の変更が行われたことを確認した、ということだと思われます。
解任の手続き上は、異議申し立ては、解任を問われている管理者のみが行なうものではないですから、今後も異議申立期間は継続します。極端ですが、全員が多重アカウントの不正利用と判明したら「解任」とはならない。本人によるmetaへの申請や、その受諾では、解任手続きは完了しません。投票が終了した時点で、解任を問われている管理者本人の意思に拠らず、異議や不正などの瑕疵がなければ、「確定」に至るのだけれど、一定の期間がもうけられている、ということになります。
Wikipedia:管理者の解任冒頭部は、「投票によってコミュニティの意思を確認し、解任すべきとの意思が示された場合その管理者は自発的に辞任するか、解任されます。」という記述になっています。実際的には、辞任であれ解任であれ、管理者権限を失うということでは変わりありませんが、Wikipedia:管理者の辞任#過去ログでの記述をめぐって、「辞任」と「解任」の区別が問題として顕在化したということになるのでしょう。
現時点では、「投票によって示されたコミュニティの意思を最終的に確認・確定するプロセス中の自発的な辞任」であり、異議申し立て期間を経て、「解任すべきとの意思が示された」ということが確定します。
解任の文書で想定されている、「解任」が確定した後に「自発的辞任」という形の前例はまだありません。Wikipedia:管理者の辞任#過去ログでは、解任が確定した後に他者がmetaで権限除去依頼をしたものは「解任」と書かれています。ただ、確定後早い段階で依頼されることもあり、自発的辞任と他者による権限除去依頼を区別の理由とするには、解任手続きにある「自ら辞任手続きをすることが望ましいですが、そうでない場合は、」というステップが十分踏まえられているかどうかという問題は残ると思われます。
今回は投票終了後のプロセスを踏んでいる途中での自発的なdesysop手続きですが、結局のところは、解任制度上想定されている、「解任」が確定した後に「自発的辞任」という形をとった場合に、事実上権限除去は決定していることを重視して「解任」と受け取るか、コミュニティの決定を自ら受け入れて自発的に手続きを行なったことを重視して「辞任」と受け取るか、というところに帰着するように思います。
解任規定を考えている際には、最終的な権限除去をmetaに依頼する上で、本人が依頼したほうが対応が早いだろうということと、管理者になる程度の信任を得ていたのですから、通常はコミュニティの総意を受けて自ら手続きを踏んでもらえるだろうという期待があったと記憶します。
解任というのは本人の意思を伴わず立場を追われるもので、辞任というのは任期途中で自発的に辞めることというのが一般的な理解だと思いますが、「desysopの手続き」と「辞任手続き」を混同した表現になっているということかなと思いました。
解任の投票ページという性格を考えると、手順が、文書の想定からは異なりますが、権限の変更があったことが確認されているという記録は必要だと思います。Miyaさんの文面にある「辞任手続き」を「desysop手続き」に改めるなど、「辞任」あるいは「解任」の表現を避けた記述にしたうえで、was a beeさんのコメントはノートに移動させるのが適当だと思います。
今回の投票フェイズ終了後の確定プロセスにおける自発的desysop手続きを、Wikipedia:管理者の辞任#過去ログでどう書くか、「解任」が確定した後に「自発的辞任」という形をとった場合にはどうするか、Wikipedia:管理者の辞任Wikipedia:管理者の解任、またはWikipedia:管理者の解任/例外時の扱いの文面を改める必要があるか、といったところで意見があったら、当面は以下で、論点が絞れてきたら、適宜どこかの文書のノートに移動するということでどうでしょうか--Ks aka 98 2009年9月2日 (水) 19:06 (UTC)[返信]
Wikipedia:管理者の解任#付則 に「原則としてどの段階かを問わず当該管理者が辞任を表明した場合には、解任プロセスはその時点で終了します。」とありますよね。「解任プロセス」は 投票フェイズ終了後の処理 の「4.解任手続き」までじゃないでしょうか。今回はそれより以前に辞任表明し、実際に権限除去されているため、その時点で異議申し立てなどもすべて終了し、「辞任」でいいのではないかと思います。 By 健ちゃん 2009年9月3日 (木) 04:00 (UTC)[返信]
今回と今後の話とですが、今回についてはあるふぁるふぁさんのご意見を受けた上で、miyaさんの文面を、Ks aka 98 さんの言う「desysop手続き」そして健ちゃんさんの言う「解任プロセスは終了」とで、「desysop手続きが行われ、解任プロセスは終了」といった中立的な表現とした上で私のコメントは除去、という形が妥当かと思われます。今後について、ある時点以降、たとえば投票フェイズ移行後または終了後の自発的desysopが行われた際の表現でかつ実態と乖離しないようなものを、何か用意しておく必要があるのではないかと思います。それはHimetvさんのいうような形の「解任投票確定後辞任」やまた「解任投票中辞任」といった簡素な形のものが良いのかも知れません。--was a bee 2009年9月3日 (木) 10:24 (UTC)[返信]
◆えーとまあなんだ。
民間企業ならば、こういう場合は「辞表は提出されたが、受理せずペンディングにしておき、結論が出た段階で、辞任を認めるか懲戒解雇とするかを決する」みたいな場面だと思うんですよね。しかしまあ、Wikipediaの管理者は民間企業の被雇用者みたいな利益を得ているわけではないし(名誉的利益は得ている、とは言えるかもしれない。でもそれはなんか勘違い)、「解任」と「辞任」との区別がそれほど重要なものではない、ような気がする。退職金制度みたいなもんがある場合には「懲戒解雇」と「辞任・依願退職」では全然違うわけだけど、そういう要素はないんであってね。あとはまあ、ニュアンス問題でしょう。
本件については、確かに手続き的には「解任プロセス進行中の辞任」ではあるのですが、「解任プロセスによる解任という決定が覆る可能性がなくなってからの辞任」であり、基本線「解任」だと思います。しかしまあ、おれ的には、そこにはこだわりません。「ニュアンスレベルでの名誉を求めてのしょうもない印象操作が行われたこと」については、最後の最後にもう一発やりやがったな、とは思いますけど(念のためですが「やりやがった」のは、Koba-chanさんではありません。Miyaさんも、もう、いいかげんにしてほしいわけだが)。
今回のは、「形式的には辞任だが、実質的には解任である」ということで、それ以上詰める必要はないような気がします。「解任」あるいは「解任投票終了後の辞任」というあたりの表現でよろしかろうと。
んで、こんな話はさっさと終わりにして、記事とか書きに行きませんか>all --Nekosuki600 2009年9月3日 (木) 17:47 (UTC)[返信]

◆付則があったかあ。すみません。で、それの議論確認したら、投票中の自発的辞任について検討していたものなので、よけいややこしいなあと思ったりしました。「解任」と書くには確定させる必要があると思いますので、プロセスとしては終了させ、「解任投票終了後の辞任」などと書くということにしましょうか。--Ks aka 98 2009年9月3日 (木) 18:15 (UTC)[返信]

Ks aka 98さんの意見に賛同します。ただし、少なくともWikipedia:管理者の辞任#過去ログでは単純な辞任との混同を避けるため明記する必要があるでしょう。現行の規定ではこれが限界かとも思います。--Himetv 2009年9月4日 (金) 22:28 (UTC)[返信]
Ks aka 98さんの提案に賛同します。こうした解任の事例は私を含むウィキペディアへ関わる多くの人にとって、様々な意味で、大切な教訓のひとつとなっていくものではないかと思います(http://shippai.jst.go.jp/ のような意味で)。そういう意味で、後の人が参照できる印さえあるなら、今回はそれで十分かと思います。 --was a bee 2009年9月13日 (日) 04:27 (UTC)[返信]