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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/経ヶ岬灯台 20211029

経ヶ岬灯台ノート / 履歴 / ログ / リンク元[編集]

選考終了日時:2021年11月12日 (金) 13:47 (UTC)

  • 冒頭の「日本三大灯台」ですが、検索してもヒットするのは経ヶ岬灯台に関する言及ばかりで、残り2つとされる犬吠埼灯台や室戸岬灯台についての文脈での言及はかなり少ないように思いました。で、私の邪推でしたら申し訳ありませんが、この「日本三大灯台」って経ヶ岬灯台を修飾する際にしか使われない表現だったりはしませんか? 2つの有名な物に1つをくっつけて「三大○○」と呼んで喧伝するのはよくある話ですので。出典として1人の著書だけでなく、公的機関(それこそ燈光会とか)や他2つの灯台についての文脈で触れられている物があるといいと思います。
  • 同じく冒頭の「京都百景」ですが、記事中に1971年選定とあるとおりかなり古いためか、検索してもそれらしい物がヒットしません。どういった機関(京都府、観光協会、新聞社等)が選定したものか付記されていた方が権威付けとしてはいいと思います。
  • 歴史の節の最初の段落は日本の灯台建設の始まりについてですが、その次の段落でいきなり起工が始まってしまいます。日本の灯台の歴史よりも、若狭湾または日本海においてどうして当地に灯台が置かれることになったのか、その経緯が重要かつ必要かと思います。燈光会のサイトには「明治32年7月、勅令第342号をもって「浜田」と「境」の両港が開港場の指定を受け外国貿易の活発化に伴い、経ケ岬・美保関・出雲日御碕の各灯台が設けられた。」とありますが、起工はその前の明治29年ということですのでそういった経緯も欲しいところです。
  • 周辺の節ですが、経ヶ岬はもちろん灯台に関連するであろう通信所と分屯基地、漁港はいいとして、他の2つは必要でしょうか。何というか、本当に周辺にある所を紹介しているだけの観光ガイドになっている気がしまして。例えば棚田の水面に映る灯台の光が美しい~みたいな言及があるのであれば分かるのですが。
以上、選考期間終了直前ですみません。--totti会話2021年11月11日 (木) 06:47 (UTC)[返信]
  • コメント 「日本の灯台50選」は「選出」と呼ぶにふさわしいでしょうね。「恋する灯台」は「認定」というのが正しい。「近代化産業遺産」も「認定」。いずれも、選出・認定に関わる基準や権威が明瞭に示されています。「京都百景」は、一個人による選定のようです(?)。「三大灯台」については「と称している(称されている)」ぐらいでしょう。考え方はいろいろとは思いますが、「灯台50選」がいちばん権威と客観性があり、「選びぬかれた」感はあるようには思います。近代産業遺産は数が1100件とかあるようですし、「恋する」も、所定の基準を満たせばみんな通るみたいな感じはします。価値の高低がバラバラなものをずらりと列記するよりは、冒頭部では「灯台50選」だけに言及するだけに留めておくのでもいいような感じは受けました。--柒月例祭会話2021年11月12日 (金) 10:00 (UTC)[返信]
  • ひどく問題という程でもないですが、冒頭部の「全国的に見ても希少な」というのはややWP:WTAWP:AWW気味で、「希少」であることと「重要」であることはイコールではないですし、「全国6カ所だけに導入されている1等レンズ」のほうが冒頭部に書くこととしては具体的でベターでしょう。--柒月例祭会話2021年11月12日 (金) 10:15 (UTC)[返信]
  • 賛成 投票前のタイミングでtottiさんにより多くの鋭い御指摘が入りましたが、出典に基づきこれだけ詳細に解説されていれば良質な記事の基準は充分満たすものと考え、賛成票を投じさせて頂きます。一つ気になったのが水銀槽式回転機械の下りで、これは本文では1893年(明治26年)にフランスの技師が考案しパリ万博に出品したものとありますが、いつのパリ万博であるのか、リンクが貼られていないのを不思議に思い出典をみたところ、付けられている出典三つのうち一つでは「「パリ万博」(1889年/明治22年)に展示された」[1]とあり(考案年は表記なし)、一つでは「1893年フランスの技師、プール・デーコ氏が(中略)発明した」[2]とあり(いつのパリ万博かは表記なし)、一つでは「明治31(1898)年に(中略)輸入」[3]とありました(いつのパリ万博かは表記なし)。唯一書かれている万博開催年は1889年ですが、1893年に考案されたとすれば当然矛盾があるわけで、これでリンクのない理由は納得がいったのですが、はっきりわかる資料を見つけられれば(とすれば出典となっているいずれかの資料は誤りとなると思いますが)より良いものとなりますね。私からは以上です。--灰色の海会話) 2021年11月11日 (木) 12:41 (UTC) 修正。--灰色の海会話2021年11月11日 (木) 12:50 (UTC)[返信]
  • 賛成 おおむねこの灯台のことがわかるように書かれているものと思います。多分、記録が見つからなくてどうしようもないのだと思いますが、建設時の経過などがもう少し詳しくわかると嬉しいところです。--Tam0031会話2021年11月11日 (木) 14:48 (UTC)[返信]
  • 返信  みなさま、建設的なご意見を多数いただき、ありがとうございます。選考に関わりなく記事を良くしていきたいと思っていますので、とても助かります。現在tottiさん、柒月例祭さん、灰色の海さん、Tam0031さんのすべてのご指摘に関し、資料の再手配と追加のレファレンスを数カ所にかけていますが、今週末は別件多忙でもあるためしばらくお時間をいただきます。追々、随時ブラッシュアップしていくつもりですので、お気づきのことがあればまたご指摘いただければ幸いです。ひとまずご返信まで。--漱石の猫会話2021年11月12日 (金) 10:56 (UTC)[返信]

選考終了時点で賛成3票のため、通過となります。--Tam0031会話2021年11月12日 (金) 14:59 (UTC)[返信]


報告 全部すっきりとは残念ながらいっていないのですが、選考中にいただいたご意見に基づき、いくつか加筆修正できましたので、こちらで報告します。

  1. 冒頭部をすっきりさせるため、数々の選出?認定?については、評価節を設け、評価者や評価理由などを付記しました。なお、「京都百景」は京都府立京都歴彩館にレファレンスしたところ、「京都百景」は京都府選による「京の百景」がいつの時点でか誤認され、それが広まったもののようです。
  2. 周辺の節は、穴文殊は伝承が経ヶ岬灯台の擬人化プロジェクトに関係していますので、新設した評価節で関連を明記しました。棚田については、灯台を結びつける言及は見あたらないので、除去しました。

歴史的な部分、建設時の経過や水銀槽式回転機械については、資料が少ないうえに時系列が合わなかったりでよくわからないところが多く、引き続きの課題とします。--漱石の猫会話2021年11月18日 (木) 09:28 (UTC)[返信]

『日本燈台史』を閲覧できたので、歴史節も少し加筆しました。予算がたくさん付いたから建設したというふうにしか触れられておらず、経ヶ岬でなければいけなかった必然性が若干消化不良ですが……。--漱石の猫会話2021年11月19日 (金) 09:28 (UTC)[返信]