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コウホネ属

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コウホネ属

分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
: スイレン目 Nymphaeales
: スイレン科 Nymphaeaceae
: コウホネ属 Nuphar
学名
Nuphar Sm. (1809) nom. cons.[1][2]
タイプ種
Nuphar lutea (L.) Sm. (1809)[3]
シノニム
英名
cow-lily, yellow pond-lily, pond-lily[2], spatterdock
下位分類

コウホネ属 (学名: Nuphar) は、スイレン科に分類される水草の1属である。太い地下茎が地下を這い、葉柄花柄を伸ばす。は水中、水面、水上と3通りの形をもち、は大きく半球形、黄色の萼片が目立ち、多数の小さな花弁雄しべ子房上位雌しべをもつ(図1)。観賞用に栽培されるほか、アルカロイドを含み民間薬とされることもある。北米からユーラシア温帯域に分布し、およそ十数種が知られる。学名の Nupharアラビア語の naufar に由来するが、この語は本来はスイレンに対する名称である[4]

特徴

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多年生水生植物である。地下茎はよく発達しており、底泥中を横に這い、黄白色、先端付近に葉柄花柄をらせん状につける[5][6] (下図2a)。地下茎の分断による栄養繁殖を行う[6]。地下茎の直径は1–20センチメートル (cm)、前年までの葉柄や花柄の跡が茎上に残る[6]。地下茎からは、不定根が伸びている[6] (下図2a)。

は水中葉または水上葉 (浮水葉または抽水葉) である[5][6] (下図2b, c)。葉身は円形、卵形、楕円形、ほこ形などであり、基部は心形から深く湾曲し、葉柄がつく[5][6]葉脈は羽状であり、側脈は数回二叉分岐する[6]。水中葉では葉柄は短く、葉身は薄く膜質、葉縁が波状になる[5][6]。水上葉では葉柄が長く、葉身は革質で厚く光沢があり、全縁[5][6]。ふつう沈水葉と浮水葉をつけるが、主に沈水葉のみをつける種 (シモツケコウホネなど) や、抽水葉を多くつける種 (コウホネなど) もいる[5][6]。観賞用に水槽で栽培した場合、光が弱いと沈水葉のみをつける[5]。冬期には水上葉は枯れる[6]

2a. セイヨウコウホネ: 横走する地下茎(下)から葉柄や花柄か生じている
2b. セイヨウコウホネの沈水葉 (中央手前) と浮水葉 (右)
2c. コウホネの抽水葉

地下茎から生じた花柄は長く、水面より上にを1個ずつつける[5][6]。花は両性で半球状、放射相称。萼片はふつう5枚 (Nuphar 節) または6–12枚 (Astylus 節)、宿存生、黄色 (まれに赤橙色など) だが、外側はしばしば緑色を帯びる[5][6] (下図3a–c)。花弁は小さく、黄色から橙色、多数[5][6] (下図3a)。花弁の背軸面に蜜腺がある[6]雄しべは多数、密にらせん状につき、黄色や橙色、帯状で花糸は幅広く、は内向しており最初は見えないが、開花後に雄しべが外側に反転して葯が現れる[5][6] (下図3a, b)。花粉は単溝粒、比較的大型で長さ 40–70 µm[6]子房上位雌しべは5–36個の心皮が合着してできている[5][6]。子房は心皮数の部屋に分かれており、子房室内面全面に多数の胚珠がついている[5][6] (面生胎座)。雌しべの先端は、円形に広がり縁が反曲して柱頭盤となっている[5][6] (下図3a, b)。柱頭盤の表面に線状の柱頭が放射状にならぶ[5][6]

雌性先熟 (雌しべ雄しべより先に成熟することで同花受粉を避ける) であり、ハナバチハナアブハエ甲虫などによる花粉媒介が知られている[6]。また自花受粉も報告されている[6]

3a. オゼコウホネの花: 萼片は5枚、柱頭盤は星状で赤い
3b. Nuphar polysepala の花: 萼片は6枚、柱頭盤は円形
3c. セイヨウコウホネの果実: 萼片が残っている

果実液果状、つぼ形から球形、直径 0.5–5 cm、水面より上で熟し、水中に落下、裂開して浮遊する種子塊を放出する[5][6] (上図3c)。種子は卵形、長さ 3–6.5 mm、表面は平滑、種衣を欠く[5]染色体数は知られる限り全て 2n =34 であり、倍数性は見られない[5][6]

分布

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4. セイヨウコウホネ (ポーランド)

北アメリカヨーロッパからアジア北半球温帯域に分布する[1][6][7]。湖沼、池、水路など淡水の止水域または流れの緩い淡水域に生育しており、多くは水深 0.5–2 m の場所に見られる[6] (図4)。

北米ヨーロッパニュージーランドでは、コウホネ属の種が本来生育していなかった地域に侵入し、水路を塞ぐなど人間活動に悪影響を及ぼすことがある[6][8]

人間との関わり

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コウホネ属の植物はアルカロイド (ヌファリジン、デオキシヌファリジン、ヌファラミン、ヌファミン、アンドロヌファミンなど) を含み、その地下茎などは民間薬として古くから利用されてきた[6][9]。日本ではコウホネ類の地下茎を乾燥させたもの (通常は2つに縦に裂いたもの) は「川骨せんこつ」とよばれ、止血、鎮静、強壮、健胃、利尿、発汗、疲労回復などの作用があるとされ、産前産後の病、月経不順、神経衰弱、打撲、捻挫等の治療に用いるられる[4][10][11]

地域によっては、地下茎や果実、種子は食用とされることもある[6]。中国では「凶作時に穀物の代用になる」とされている[4]

コウホネ属は観賞用に利用されることがあり、庭園の池やアクアリウムなどで栽培される[4][12]。日本ではコウホネが庭園などで栽培され、特に花色が赤い品種であるベニコウホネは鑑賞価値が高く評価される[13]

分類

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コウホネ属はコウホネ科 (Nuphaceae) として独立させることもあったが、2020年現在、ふつうスイレン科に含められる[1][5][6][14]。スイレン科の中では、コウホネ属が最も初期に他と分かれたことが分子系統学的研究から示唆されており、子房上位 (スイレン科の他の属は子房中位から下位) などの形態的特徴もこれを支持している[15][16]。このような系統関係に基づき、コウホネ属をコウホネ亜科 (Nupharoideae)、スイレン科の残りの属 (バルクラヤ属スイレン属オニバス属オオオニバス属) をスイレン亜科 (Nymphaeoideae) に分類することがある[17]

コウホネ属の種は、萼片数、の長さ、雌しべの形態などに基づいて2つの (Nuphar, Astylus) に分けることが提唱されており、このことは分子系統学的研究からも支持されている[14] (下図5)。この2つの節は、1種を除いて分布域の違い (旧世界新世界) とも対応している[14]

コウホネ属
Nuphar 節

セイヨウコウホネ (Nuphar lutea)

ヒメコウホネ (Nuphar subintegerrima)

コウホネ (Nuphar japonica)

ネムロコウホネ (Nuphar pumila)

Nuphar microphylla

シモツケコウホネ (Nuphar submersa)

オグラコウホネ (Nuphar oguraensis)

Astylus 節

Nuphar polysepala

Nuphar advena

Nuphar orbiculata

Nuphar ulvacea

Nuphar sagittifolia

Nuphar variegata

5. コウホネ属の系統仮説の1例[14][18]

形態変異が大きく、種間の明瞭な区分が困難であること、種間の雑種形成が頻繁に起こると考えられること、また染色体数がどれも同じ (2n = 34) であるため、コウホネ属内の種分類は難しく、様々な意見があり、一定していない[6][14][19]。例えば Beal (1955, 1956) は、コウホネ属を日本特産のコウホネとそれ以外のすべてを含むセイヨウコウホネの2種にまとめることを提唱した[6][14]。近年では一般的に属内の種数は7–20種とされ[5]、Padgett (2007) のモノグラフでは11種[6]、Plants of the World Online (2021年現在) では13種としている[1]

なお日本には本属のが多く、ユーラシアに広く分布するネムロコウホネ以外は日本固有種または日本と周辺地域にしか分布していない[19]。2021年現在、日本産のコウホネ属は、コウホネヒメコウホネサイコクヒメコウホネシモツケコウホネネムロコウホネ (変種オゼコウホネを含む)、オグラコウホネ[注 1]の6種、および雑種由来のサイジョウコウホネホッカイコウホネナガレコウホネが認識されている[5]。日本という極東のごく狭い地域には世界の他の地域に見られないような本属の多様化が起こっていることになるが、その理由は不明である[13]

表1. コウホネ属の分類体系の1例[1][5][6][20][13]

脚注

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注釈

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  1. ^ a b ネムロコウホネ (Nuphar pumila) に含めてその亜種 (Nuphar pumila subsp. oguraensis (Miki) Padgett, 1999) とされることもある[1][6]
  2. ^ この名は、基変種である Nuphar pumila var. pumila に対する和名としている例も多い[5][20]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k Nuphar”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2021年8月20日閲覧。
  2. ^ a b GBIF Secretariat (2021年). “Nuphar”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年8月20日閲覧。
  3. ^ Wunderlin, R. P., Hansen, B. F., Franck, A. R. & Essig, F. B. (2021年). “Nuphar”. Atlas of Florida Plants. Institute for Systematic Botany, University of South Florida, Tampa. 2021年8月20日閲覧。
  4. ^ a b c d 塚本洋太郎 (編) (1994). 園芸植物大事典. 小学館. pp. 841–842. ISBN 4093051119 
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 志賀隆 (2015). “コウホネ属”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 46–48. ISBN 978-4582535310 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak Padgett, D. J. (2007). “A monograph of Nuphar (Nymphaeaceae)”. Rhodora 109 (937): 1-95. doi:10.3119/0035-4902(2007)109[1:AMONN]2.0.CO;2. 
  7. ^ 伊藤元己 (1997). “コウホネ”. 朝日百科 植物の世界 9. 朝日新聞社. pp. 13-15 
  8. ^ Nuphar lutea (L.) Sm.”. nzflora. Landcare Research. 2021年9月3日閲覧。
  9. ^ Lu, P., Herrmann, A. T. & Zakarian, A. (2015). “Toward the synthesis of Nuphar sesquiterpene thioalkaloids: stereodivergent rhodium-catalyzed synthesis of the thiolane subunit”. The Journal of Organic Chemistry 80 (15): 7581-7589. doi:10.1021/acs.joc.5b01177. 
  10. ^ 川骨」『漢方薬・生薬・栄養成分がわかる事典』https://kotobank.jp/word/%E5%B7%9D%E9%AA%A8コトバンクより2021年8月21日閲覧 
  11. ^ コウホネ」『日本大百科全書(ニッポニカ)』https://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%83%9B%E3%83%8Dコトバンクより2021年8月21日閲覧 
  12. ^ 吉野敏 (2005). “コウホネ、ヒメコウホネ”. 世界の水草728種図鑑. エムピージェー. p. 132. ISBN 978-4895125345 
  13. ^ a b c 角野康郎 (2014). “コウホネ属”. 日本の水草. 文一総合出版. pp. 40–49. ISBN 978-4829984017 
  14. ^ a b c d e f Padgett, D. J., Les, D. H. & Crow, G. E. (1999). “Phylogenetic relationships in Nuphar (Nymphaeaceae): evidence from morphology, chloroplast DNA, and nuclear ribosomal DNA”. American Journal of Botany 86 (9): 1316-1324. doi:10.2307/2656779. 
  15. ^ Borsch, T., Hilu, K. W., Wiersema, J. H., Löhne, C., Barthlott, W. & Wilde, V. (2007). “Phylogeny of Nymphaea (Nymphaeaceae): evidence from substitutions and microstructural changes in the chloroplast trnT-trnF region”. International Journal of Plant Sciences 168 (5): 639-671. doi:10.1086/513476. 
  16. ^ Gruenstaeudl, M. (2019). “Why the monophyly of Nymphaeaceae currently remains indeterminate: An assessment based on gene-wise plasti”. Plant Systematics and Evolution 305 (9): 827-836. doi:10.20944/preprints201905.0002.v1. 
  17. ^ Stevens, P. F.. “Nymphaeaceae”. Angiosperm Phylogeny Website. Version 14, July 2017. 2021年4月29日閲覧。
  18. ^ Shiga, T. (2007). “A systematic study of Nuphar (Nymphaeaceae) in Japan with special reference to the role of hybridization”. Kobe University Doctoral Dissertation. 
  19. ^ a b 角野康郎 (1994). “コウホネ属”. 日本水草図鑑. 文一総合出版. pp. 112–116. ISBN 978-4829930342 
  20. ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “BG Plants 和名−学名インデックス(YList)”. 2021年8月20日閲覧。

外部リンク

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  • 志賀研究室. “河骨愛”. 新潟大学教育学部. 2021年8月22日閲覧。
  • 半夏堂. “スイレン科”. 日本の水生植物. 2021年8月21日閲覧。
  • Flora of China Editorial Committee (2010年). “Nuphar”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2021年8月22日閲覧。 (英語)
  • Nuphar”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2021年8月22日閲覧。 (英語)
  • GBIF Secretariat (2021年). “Nuphar”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年7月24日閲覧。