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ダニング=クルーガー効果

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ダニング=クルーガー効果(ダニング=クルーガーこうか、: Dunning–Kruger effect)は、ある領域において能力が低い者は自分の能力を過大評価する傾向があるという認知バイアスの仮説である。また、能力の高い者が自分の能力を過小評価する傾向がある、という逆の効果を定義に含めることもある。1999年にデイヴィッド・ダニング英語版ジャスティン・クルーガー英語版によって初めて報告された。

ダニング=クルーガー効果は通常、自己評価と客観的な成績を比較することで測定される。例えば、参加者が小テストを受け、その後に自分の成績を推定し、それを実際の成績と比較する。オリジナルの研究では、論理的推論、文法、社会的スキルに焦点を当てたものであるが、同様の研究は幅広いタスクにわたって数多く行われている。ビジネス政治医学運転航空、空間記憶、学校での試験、読み書きなど多種多様な分野の能力が含まれる。

ダニング=クルーガー効果の原因については意見が分かれている。メタ認知の説明によれば、成績不振者は自身の成績と他者の成績の質的な違いを認識できないため、自分の能力を誤って判断してしまう。また合理的モデルの観点からは、自分のスキルに関する過度に肯定的な事前信念が誤った自己評価の原因であるとする。もう1つの説明は、低業績者の多くは非常に似通ったスキルレベルを持っているため、自己評価はより難しく、誤りを犯しやすいというものである。

一方、統計モデルの観点では、経験的所見を平均への回帰効果および自分は平均より優れている(better than average英語版)と考える一般的な傾向の組み合わせとして説明する。この見解の支持者の中には、ダニング=クルーガー効果はほとんど統計的な人工物であり認知バイアスとは無関係の幻想であると主張する者もいる。

定義

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ダニング=クルーガー効果は、特定の分野において能力が低い人がその能力に対して過度に肯定的な評価を下す傾向として定義されている[1][2][3]。これはしばしば認知バイアス、すなわち誤った形の思考判断に従事する系統的傾向として観察される[4][5][6]。ダニング=クルーガー効果の場合、これは主に特定の分野で低いスキルを持つ人が、その分野での自分の能力を評価しようとする場合に当てはまる[4]

ダニング=クルーガー効果は通常、能力の低い人の自己評価に特化して定義される。[7][8][9]。しかし、スキルの低い人のバイアスに限定せず、逆の効果、すなわち高スキルの人が他の人の能力と比較して自分の能力を過小評価する傾向も含む形で定義する主張も存在する[1][3][10]。この場合、誤りの原因は自分のスキルの自己評価ではなく、他者のスキルに対する過剰な肯定的評価[1]、すなわち「他の人々が自分の信念、態度、行動を共有する程度を過大評価する」という偽の合意効果の一形態として理解することができる[11][12][10]

批判

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ダニング=クルーガー効果に関しては自己得点のバイアスに関して能力ごとに異なるバイアスが見られ、このことに批判が寄せられている。具体的には、低パフォーマーとトップパフォーマーの自己評価において、過大評価と過小評価の違いが見られる。ダニング=クルーガー効果がメタ認知スキルの不足に起因するのであれば、低パフォーマーの過大評価は説明可能だが、トップパフォーマーの過小評価については説明が困難である。トップパフォーマーが自らの知識の限界を正確に理解しているならば、彼らはより正確に自己得点を見積もることができるはずである[13]。例えば10問のクイズで実験をした場合、優秀な被験者は、「5問は確実に正答し、2問は確実に誤答したと思うが、のこり3問については不明だ」と答え、自身の得点は5点だろうと回答した。一方、低パフォーマンスな被験者は、「2問には確実に正答し、5問は確実に誤答したと思うが、のこり3問については不明だ」と答え、不明な3問のうち1問はまぐれ当たりしているだろうと予測して自身の得点は3点だろうと回答した。この低パフォーマーの不明な問題に対する態度は、ベイズ推定の‘縮小’にあたる合理的な考え方である[13]。トップパフォーマーは自身の不明な回答に対するまぐれ当たりの確率を排除してしまっている。ボトムパフォーマーが自己得点を過大に見積もり、トップパフォーマーが自己得点を過小に見積もるのは、両者のこの見積もり手法の違いに起因しているだけではないか。その場合、知識不足とメタ認知スキル不足の二重の負担があるわけではなく、推定精度という単一の負担に起因するだけである[13]。また「ポジティブイリュージョン」として、意欲や士気の面で良い影響もあると考えられ、必ずしも悪いことばかりではない。

歴史

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ダニングとクルーガーは、基礎心理学科の学生に対する優越の錯覚を生み出す認知バイアスについて、論理的推論における帰納的、演繹的、派生的な知的スキル、英語の文法、ユーモアセンスなどについての自己評価を調べることによって仮説を検証した。自己評価のスコアが確定した後、学生達はクラスにおける自身の順位を推定するよう求められた。有能な学生達は自身の順位を実際より低く評価したが、無能な学生達は自身の順位を実際より高く評価した。これらの研究では、ユーモアセンス、文法知識、および論理的推論などのテストにおいてそれぞれ最も低い得点を記録した研究参加者は、それぞれ自身のパフォーマンスおよび能力を過大評価した。ある研究参加者は12パーセンタイルのスコアにとどまったにもかかわらず、62パーセンタイルに記録されたと誤った推測を行った[14][15]

さらに、優秀な学生達は、自分達の能力を過小評価する傾向があった。それは、自分達が容易に実行できたタスクは、他人にとっても実行は容易であると誤って推測したからである。優秀でない学生達は、不足していたスキルの最小限の指導を受けたことで、指導によって得たスキルの客観的な改善とは無関係に、自身のクラスでの順位を正確に判断する能力を向上させた[14]

2000年、ダニングとクルーガーは、優越の錯覚を生み出す認知バイアスについて1999年に執筆された論文「Unskilled and Unaware of It」(無能且つそれに無自覚)で、イグノーベル賞の心理学賞を受賞した[16]

2003年に行われた研究「自己評価に対する自己観の影響」では、外部の手がかりの影響を受けたときの参加者の視点の変化が示された。この研究は地理学の知識のテストを通した研究であり、いくつかのテストは参加者の自己観に積極的に影響を与えることが意図されており、あるものはそれを否定的に影響することが意図されていた。その後、参加者が自身のパフォーマンスを評価するよう求められると、肯定的な影響を与えるテストを受けた参加者は、否定的な影響を与えるテストを受けた参加者よりも優れた評価を下した[17]。2004年に行われた研究「読心術とメタ認知」では、優越の錯覚を生み出す認知バイアスの前提を、被験者の他者に対する感情的感受性をテストするために拡張した[18]

2005年に執筆された自身の著書「Self-insight」の中で、ダニングは自己認識欠損の類推を「日常生活の病態失認英語版」に適用し、身体障害者が自身の身体能力の不全を否定、あるいは認識しないといった認知バイアスが存在することを発見した。「あなたが無能なら、あなたは自分が無能であることを知ることはできない。正しい答えを生み出すために必要なスキルは、正解が何であるかを認識するために必要なスキルと同じである。」[19][20]

その後、この効果を定義したダニングとクルーガーによって2012年に行われた「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」という調査によれば、能力の低い人間には以下のような特徴があることが分かった[21]

  • 自身の能力が不足していることを認識できない
  • 自身の能力の不十分さの程度を認識できない
  • 他者の能力の高さを正確に推定できない
  • その能力について実際に訓練を積んだ後であれば、自身の能力の欠如を認識できる

文化による差異

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子曰:「由,誨女知之乎!知之爲知之,不知爲不知,是知也。」〈子曰く、ゆうなんぢれをるををしへんか、之れをるはれをるとし、らざるはらずとせ、るなり。〉
孔子, 『論語

この効果が正式に定義されたのは1999年であるが、優越の錯覚を生み出す認知バイアスが存在することは、歴史を通じて古くから言及されている。東アジアには「夜郎自大」という四字熟語がある。古代中国の思想家孔子は 「真の知識は、自分の無知さを知ることである」と語り、古代ギリシアの哲学者ソクラテスは「無知の知」について語っている。他にはイングランド劇作家ウィリアム・シェイクスピアは「愚か者は自身を賢者だと思い込むが、賢者は自身が愚か者であることを知っている[22]」(自身が作成した喜劇『お気に召すまま』より)、生物学者チャールズ・ダーウィンは「無知は知識よりも自信を生み出す[14]」、哲学者数学者バートランド・ラッセルは「私達の時代における苦しみの一つは、確信を持っている人間は愚かさに満ちており、想像力と理解力を持っている人間は疑いと執拗さに満ちていることだ[23]」と、それぞれ語っている。

ダニング=クルーガー効果に関する研究には、アメリカ人の被験者に焦点を当てる傾向がある。東アジアなどの主題に関する多くの研究は、異なる文化の中で異なる社会的勢力が活躍していることを示唆している。例えば、東アジア人は自身の能力を過小評価し、それについて自分自身を改善し、他者との交流を深める機会としてポジティブに捉える傾向があることなどがそうである[24]

脚注

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  1. ^ a b c Schlösser et al. 2013, pp. 85-100.
  2. ^ Mahmood 2016, pp. 199–213.
  3. ^ a b Pavel, Robertson & Harrison 2012, pp. 125–129.
  4. ^ a b Duignan 2023.
  5. ^ Litvak & Lerner 2009, 認知バイアス.
  6. ^ Gignac & Zajenkowski 2020.
  7. ^ マグヌス & ペレセツキー 2022.
  8. ^ デュイニャン 2023.
  9. ^ マッキントッシュ et al. 2019.
  10. ^ a b McIntosh et al. 2019.
  11. ^ コルマン 2009, ;jsessionid=0858BA7FF5DC26328A7725DC87458F92 false-consensus effect.
  12. ^ Schlösser et al. 2013, pp. 85–100.
  13. ^ a b c Mazor, M.; Fleming, S. (2021). “The Dunning-Kruger effect revisited.”. Nature human behaviour. doi:10.1038/s41562-021-01101-z. https://www.semanticscholar.org/paper/The-Dunning-Kruger-effect-revisited.-Mazor-Fleming/50f14c241a1661f14bd0ec0a2815b67649263c25. 
  14. ^ a b c Kruger, Justin; Dunning, David (1999). “Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments”. Journal of Personality and Social Psychology 77 (6): 1121–34. doi:10.1037/0022-3514.77.6.1121. PMID 10626367. 
  15. ^ What the Dunning-Kruger effect Is and Isn’t
  16. ^ Ig Nobel Past Winners”. 7 March 2011閲覧。
  17. ^ Ehrlinger, Joyce; Dunning, David (January 2003). “How Chronic Self-Views Influence (and Potentially Mislead) Estimates of Performance”. Journal of Personality and Social Psychology (American Psychological Association) 84 (1): 5–17. doi:10.1037/0022-3514.84.1.5. PMID 12518967. 
  18. ^ Ames, Daniel R.; Kammrath, Lara K. (September 2004). “Mind-Reading and Metacognition: Narcissism, not Actual Competence, Predicts Self-Estimated Ability” (PDF). Journal of Nonverbal Behavior 28 (3): 187–209. doi:10.1023/B:JONB.0000039649.20015.0e. http://www.columbia.edu/~da358/publications/ames_kammrath_mindreading.pdf 21 July 2013閲覧。. 
  19. ^ Morris, Errol (20 June 2010). “The Anosognosic's Dilemma: Something's Wrong but You'll Never Know What It Is (Part 1)”. New York Times. http://opinionator.blogs.nytimes.com/2010/06/20/the-anosognosics-dilemma-1/ 7 March 2011閲覧。 
  20. ^ Dunning, David (2005). Self-insight: Roadblocks and Detours on the Path to Knowing Thyself. Psychology Press. pp. 14–15. ISBN 1-84169-074-0 
  21. ^ Lee, Chris (25 May 2012). “Revisiting Why Incompetents Think They're Awesome”. Arstechnica.com. p. 3. 11 January 2014閲覧。
  22. ^ Fuller, Geraint (2011). “Ignorant of Ignorance?”. Practical Neurology 11 (6): 365. doi:10.1136/practneurol-2011-000117. PMID 22100949. http://pn.bmj.com/content/11/6/365.short. 
  23. ^ Ehrlinger, Joyce; Johnson, Kerri; Banner, Matthew; Dunning, David; Kruger, Justin (2008). “Why the Unskilled are Unaware: Further Explorations of (Absent) Self-insight Among the Incompetent”. Organizational Behavior and Human Decision Processes 105 (1): 98–121. doi:10.1016/j.obhdp.2007.05.002. PMC 2702783. PMID 19568317. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2702783/. 
  24. ^ DeAngelis, Tori (Feb 2003). “Why We Overestimate Our Competence”. Monitor on Psychology (American Psychological Association) 34 (2): 60. http://www.apa.org/monitor/feb03/overestimate.aspx 7 March 2011閲覧。. 

参考文献

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関連項目

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