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ノート:フェルメールの作品

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この記事はかつて秀逸な一覧への選考が検討されました。Wikipedia:秀逸な一覧の選考/フェルメールの作品を参照してください。--ポコポコ 2010年2月28日 (日) 11:52 (UTC)[返信]

来日した作品節の削除について

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みなさま 本記事の改訂を少しづつ行っていますが、上記の件を検討しております。これはWP:JPOVですし、本記事に必要とは思えません。入力に手間がかかり、出典のチェックが大変(2005年以前が無出典)な割に、得るものが乏しいです。あえて載せるなら、ヨハネス・フェルメール内に一節を立てるか、日本におけるフェルメールの受容を立項すれば宜しいかと思います。1週間でご意見が無ければ、この通り実施いたします。--Falcated会話2022年7月19日 (火) 13:58 (UTC)[返信]

以下の点がはっきりしていないため、さらに意図を明確にしていただきたいと思います。
  1. WP:JPOV」は方針・ガイドライン文書にはなっていない(提案段階)ので、それを根拠とすることが妥当か
  2. WP:JPOV」の中の何に対して抵触するのか
  3. 「入力の手間」「出典のチェック」を問題視することは妥当か
  4. 「得るものが乏しい」というのは「得られるものが無い」ということとは違うのではないか
  5. ヨハネス・フェルメール内あるいは新規に日本におけるフェルメールの受容で記述することは妥当か
上記の点、敢えて反対の立場から考えられる意見として述べれば、
  1. 方針・ガイドライン文書ではないので、記述削除の根拠としては弱い
  2. WP:JPOV」では、「暗黙の内に日本を前提としない」としており「来日した」と明記されているので問題は無いのではないか
  3. 手間やチェックはこの記事に限らず全ての記事に共通する事項なので理由としては不適当ではないか
  4. 「得るもの」は主観に過ぎなく、多作とはいえない画家の作品の来日情報は「得るもの」といえるのではないか
  5. 他記事に記述を移してもこれらの問題は解決できないのではないか(「受容」という記事は何を意味しているのか分かりにくいですが)
などがあげられます。(これらがすべて妥当な反対意見であるかはさておき)
あらためて当該節を見ると、時系列なので複数回来日している作品が分けて記載されており一覧性が良くない感じです。作品が主で来日時期や美術館が従となるような表にして、ソートできるようにするのも一案だと思います。--みそがい会話2022年7月21日 (木) 17:11 (UTC)[返信]

Wikipedia:コメント依頼/みそがい

返信 :1.2.についてですが、確かにWP:JPOVはJawpの方針・ガイドラインでは無いものの、親項目であるWP:POVは、WP:VWP:NORと共に、ウィキペディアの三大方針であり、WP:POV内には、Wikipedia:中立的な観点#よくある批判と回答の中に、英語版を訳した「英米中心的な視点」があります。またTemplate:国際化として、

というものが採用されています。

「多作とはいえない画家の作品の来日情報」と言いましても、そもそもJawpはウィキペディア日本版であり、日本版ではないのですから、「来日」と言ってしまうこと自体がWP:POVと感じますし、書くなら、世界全体でのフェルメール展状況の提示じゃないですか。それでこそWP:POVを満たせます。それで、その中に日本の状況も含めればいいのです。
フェルメール作品の日本「招聘」は、今世紀に入ってからは、1・2年おきくらいに有るわけでして(今年に限っては2回も)、それどころか、真作かは怪しいものの、1点が日本で常設展示されているのですから、今更「来日」なんて言っている時代ではないですよ。
そもそも他言語版(英蘭中露西ハングルウクライナ語)での「フェルメールの作品」でも、その言語圏(国にあらず)での来〇なんて情報は、記されていません。jawpだけです。 
また、フェルメール以上に希少である、レオナルド・ダ・ヴィンチの項に、作品来日情報の記載はありませんし、ほかの作家でも、このような特異な記載を見たことがありません。またWikipedia:秀逸な一覧となっている、国宝絵画の一覧国宝彫刻の一覧に、日本国外展覧記録は載っていません。

以上、他の方からのご意見も待ちたいと思います。--Falcated会話2022年7月28日 (木) 14:08 (UTC)[返信]

まず「WP:POV」に関して、この方針文書で言わんとしていることは「ある事象について複数の意見や批評がある場合は、一方だけを採りあげるのではなく適当な重み付けをして記述する」ことを要求しているのだと考えています。今回の「来日」節についていえば、これは事実の羅列(おおよそ出典付きの年表)であって、その事実に対して意見や批評は基本的に存在しません。つまり「中立的な観点」の範疇ではないといえます。
次に「Template:国際化」は「WP:JPOV」に対するテンプレートであって、展開される内容の「世界的観点」はJPOVのことを指しています。上に述べましたが、私のWP:POVの考え方からすれば、下位概念であるJPOVも同様に範疇ではないといえます。もちろん、この記事が全体として日本からの観点で記述されているならば話は別です。
日本語版Wikipediaでは、記事の中で日本の事象を記述することが否定されていません。フェルメールの作品でいえば、真作と確定している作品は全て欧米で所蔵していて、そうでない日本にとっては作品を招聘することはある種特別な事象であるとも考えられます。その意味からすれば、欧米語版Wikipediaでは各国の展示情報が無くても不思議ではないのかもしれません。
また、他の芸術家の作品に対して来日情報が無いからといって、本記事の記述を削除する理由にはならないと考えます。拡大解釈すれば、ある芸術家の記事あるいは作品記事のにおいて、日本における展示情報は全て削除することが適切である、とも捉えかねられません。逆にいえば、必要であるならば記述を追加すれば良いだけです。その手段として「来日した」「日本における受容」といった新記事を作成することは考えられなくもないですが、実質的な記事の内容量からすればわざわざ分離する必要は(今のところ)無いと思います。
国宝絵画の一覧国宝彫刻の一覧の日本国外展示に関しては、具体的な情報を持っていませんので記載が必要かどうか判断できませんが、重要であると考えられるならば記載すればいいのではないかと思います。他の記事がこうなっているから、この記事もこうでなければならないということはないと考えます。POVや他記事との横並びの状況を理由として記載を削除するという理由であるならば、私は否定的な立場で理由は述べた通りです。--みそがい会話2022年7月28日 (木) 15:33 (UTC)[返信]
コメントFalcated氏からJPOV絡みでコメントを求められて、私見を述べさせていただきます。ただ、私としては今回の件は直接的にはJPOVではないところというか、それ以前のところに問題があるように思っております。
まず現状の「来日した作品節」は、「一覧」として問題があります。なぜなら、一覧としての価値を裏打ちする出典や目安がないからです。こう言うと、確かにすべてに出典はないかもしれないが、大部分にはあってそこまで問題視するようなものではないという反論があるかもしれませんが、違うんです。本記事にはその一覧の完全性を示す出典や目安が無いんです。
例えば、7項目しかない一覧と100項目ある一覧があるとして、どちらが質が高いかと言われれば、答えは「これだけでは判断ができない」です。主題が「世界の七不思議」であれば7項目しかなくても完全な一覧ですが、2020年における世界で公開された映画の一覧であるなら100項目あっても、また、それら個別に出典がついていたとしても、まったく不完全な一覧でしかないからです。一覧というのは、それがどれけ充足しているかという観点が必要です。今回の一覧は、それが本当にすべて来日した情報なのかわかりません。あるいはどれだけ示せば完全な一覧とみなすことができるかの目安すら存在しません。リストの一番最古は1968年の『ディアナとニンフたち』ですが、これが最初に日本にやってきた作品なのかすらわからないのが現状です。
スタブや発展途上という弁解もできるのかもしれませんが、通常の記述と一覧の場合の違いは、不完全であってもあたかも完全なもののように思わせてしまうところにあります。
対して、「フェルメールの作品」という本記事のメインの一覧は、完全性という意味ではほぼ問題ないわけです。「疑問作も含め30数点しか現存しない」というのは出典はないけれども確からしい情報だし、仮に間違ってたとしても、まさか最新の情報ではフェルメールと同定された作品は100作近くあるというわけでもないでしょう。
次に本記事の主題との関係性と重要性です。本記事は「フェルメールの作品一覧」であって、来日情報は別に主題となって必要な情報ではありません。一覧記事としての質や完全性を踏まえた時に、はっきりと言ってしまえばいらない情報です。もちろん、「必須の情報ではなくとも、あったところで問題ないだろ」という観点もあるのかもしれないのですが、そこで問題になるのが先述の、現状の「来日した作品節」自体が不完全な一覧である、という点です。記事全体としてはその主題にとって必須の情報があり、その点での質には問題ないにも関わらず、必須ではない低質な情報があることによって記事全体の質が貶められている、というのは本末転倒ではないでしょうか。直近だと、Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/ダイ・ハード 20220111で愚痴ったことなのですが。
それで、こうした場合に単純に除去するのではなく小記事にするなどは、みそがい氏は否定的なようですが(「他記事に記述を移してもこれらの問題は解決できないのではないか」)、実は英語版だと割と実例があります。黒髭とか切り裂きジャックの英語版を読んでもらうとわかるのですが、本記事自体はFAなんですが、en:Blackbeard in popular cultureだとか、en:Jack the Ripper suspectsen:Jack the Ripper in fictionみたいに、本題ではない、サブ的なものは、もう初めから分けて、本記事の質を守ってる。こうやって、主題の品質を守るために、初めから切り分けるというのは、メソッドとしては有りなんです。
あとは、みそがい氏は「日本にとっては作品を招聘することはある種特別な事象である」としていますが、私は特筆性とは、基本的に他との違い、「特殊性」を示すことにあると考えていますので、そういうことであれば、JPOVに違反せず、その情報に特筆性を認める余地はあると思います。ただ、その観点で特筆性があるというのであれば、例えば、最初に初来日したのはいつで、どの作品だったのかというのが重要な情報でしょうし、さらにいえば、その背景や経緯だっておそらく語ることが多くあるでしょう。それがまさしく不完全な一覧よりも特筆すべき情報でしょう。また、仮に小記事とした場合に現状としてはスタブにならざるを得なかったとしても、それだけの特筆性があるというのであれば、将来的な成長が見込めるのですから、現状でスタブであることには何の問題もないではないですか。
とまあ、一応述べますが、、、 本記事が「秀逸な一覧」にするのに相応しいにもかかわらず、「来日した作品節」によって選考を通過しないっていうなら、多少強引にでもそんなもの無くした方が良いと断言するところなのですが、正直、メインの部分だけだったとしても現状のGAですら、今の選考であったらおそらく通らないところであり、何をするにしても、今一決め手に欠けてコメントしにくい、というのが率直なところです。そもそも2006年の時とは違って、個別の絵画ごとにほぼ単独記事があるのだから、ここに現状の量ほどの概要を残しておく必要があるのかなあ、とも思います。--EULE会話2022年7月31日 (日) 12:53 (UTC)[返信]
返信  :EULEさん、コメントありがとうございます。順に書いていきますが、
ご指摘の通りでして、本記事での来日リストが正しい保証がないのです。だから私は「出典のチェックが大変」と記したのです。1968年が一番古いのは合っていたとしても、1987年から1999年の間に何もなかったのか、疑問です。バブル期ですよ。私も美術館に通い始めたころですが、当時はコンテンポラリーアートに夢中で、オールドマスターは軽視していたので、フェルメールは全く意識していませんでした。
「100作近くあるというわけでもないでしょう。」20世紀の研究者ですと、70数点、真筆と見なした人が居たそうですが、21世紀では30数点というのが、動かない結論です。記事中に何度も引用される小林瀨子氏は、現存しないものも含め、生涯で50点程度ではと結論付けています。配偶者一家が資産家だったので、それでも生活できたのです。となると、3/4が残っているのですから、いかに大切にされてきたかが分かります。
「その背景や経緯だっておそらく語ることが多くあるでしょう。」ですので私は、日本におけるフェルメールの受容を立項してはどうですかと申した訳です。展覧会に限らず、日本で最初にフェルメールが言及されたのはいつか(文献とは限りません)、時代が進むごとに論評・研究がどう変わっていったのか、そして太平洋戦争後の、フェルメールマーケットはどう動いたのか。これを纏められれば、BAどころか、FAに届くかもしれません。
ダイ・ハード。GA選考の時、意見せず、申し訳ございません。
「サブ的なものは、もう初めから分けて」。これ、アニメ・漫画記事で、登場人物節を切り離すやつですね。GA選考の場で、ふーん、そういうもんかぁと、遠くから眺めていたんですが。
「個別の絵画ごとにほぼ単独記事があるのだから」。これを言われると、きついです。まあ、すべての作品記事があるのではない、との言い訳は出来ますが。只今、解説部分をゼロから書き直していますが、分量は減るかもしれません。既出の作品記事と内容が丸被りでは意味が無いので。他言語版の一覧では、解説がないので、その点では存在意義はあるのではないでしょうか、と小さな声で答えておきます。--Falcated会話2022年8月2日 (火) 13:10 (UTC)[返信]
ここまであげられた問題として
  1. JPOVであるか否か
  2. リストの質・完全性が確保されているか
が指摘されている点かと思います。
その前に、本記事が良質な記事として選出されているのが2006年12月で、その時点で既に「来日した作品」節が存在します。記事の選考が現在と比較してどのような感じであったのかは分かりませんが、選考に当たって当該節は問題になっていないようですし、今般選考における瑕疵として採り上げられていないようです。
(余談です。再選考にかけられていることを先ほど知りました。まだそちらでは発言していません。選考基準として現状の記事状態を基にしていると考えられますが、記事主要部自体に出典不足な箇所が多く、質として疑問であるのが実情であり、除去が妥当だと思います。また、Falcatedさんが大幅改稿の表明をなされていますが、そうであれば現状記事としては一旦除去した上で、改稿記事で再度選考にかけるのが望ましい手順だと思いますし、Falcatedさんも余裕を持って記事執筆に当たれるはずです。その意味においては改稿検討時間を確保するための現状維持票は疑問に感じますし「投票の仕方」節の投票方法説明との齟齬が生じていると思います。)
1点目について
FalcatedさんはJPOVであるとの意見で、EULEさんはそうではなく特筆性に問題がある、ということでよろしいでしょうか。私はWP:JPOVの解釈からJPOVにはあたらないと考えています。なお、「来日した」という表現がJPOV的に問題と考えられるのであれば、「日本におけるフェルメールの作品の展示」などとすれば文意が明確になるでしょう。また、日本以外の所蔵館以外の展示について情報があれば、節を追加して記述すれば良いのだと思います。
フェルメールの場合は作品数が少数であるが故に、所蔵館以外で展示することの希少性が高まっているわけです。同様の芸術家の作品についても同様のことが言えるのではないでしょうか。ただ、そういう芸術家の作品のリスト記事は何があるのかまだ把握していません。(そしてそのリストの完全性についても検証する、ということになると思うわけですが。)
2点目について
当該リストはフェルメールの作品が来日することが無くならない限り完成しません。その意味では完全性は確保されません。最初の作品来日は1968年で確定しているようですが、その後の出典付きリストまでの情報は不確かであるのは否めません。インターネットの十分な普及前であったことも影響しているのか、開催された美術館のサイトでも十分な情報が得られないようです。blog等では情報はあるようですが。
リストが正確性については「誤情報がないか」「欠落情報がないか」という点があり、前者は論外で後者はのちの情報追加が期待できます。
また、完全であることが疑わしいことを理由に全削除するのも違うのでは無いかと考えます。少なくとも本記事は作品が主体ですから、私が当初のコメントの最後に記したように、作品に対して来日した情報を付加する形の表にすれば見通しが良くなるでしょう(その意味で現在の記載では。同時に、作品が来日した(複数回/1回)/していない、初来日はいつ、といった見方にもつながるはずですし、来日情報の完全性の重要性は多少軽減されるでしょう。欠落している情報があった場合にはそれを補完していただく編集者を待つしかありませんが。今後あるであろう来日情報は作品に付随しますので表の見通しが悪くなることも避けられるでしょう。
そもそも「○○○の作品」という記事において、それが作者の作品全てであるのかを疑うことも可能です。WP:IMPERFECTにもあるように、不完全であることは記載を削除することを意味しません。同様に、問題となっているリストが完全であるか不明であるから除去もやむなし、という理由をあげられることに疑問を感じているのです。
「日本におけるフェルメールの受容」記事を作成することは、記載内容を吟味していただき十分な内容を確保できるのであれば是非お願いします。ただ、Falcatedさんの御指摘内容についてはヨハネス・フェルメール#後世でも日本を含め多くは記述されておらず、中々難しいのではないかと推察します。
同様に、リストの記載を別記事に移すという点については、EULEさんから紹介された記事を読みましたが記事の分量が違いすぎるため直接の比較は難しいかと感じました。リストの分量が十分に大きければ分離するなり「日本におけるフェルメールの受容」記事内に移すなりすればいいのでしょうが、いかんせん現状では実質分量としては多くありません。したがって、現状では本記事に付随する節として留め置くのがいいのではないかと考えています。もちろん、大勢の方が私と意見を異にして記載が不要であるというコンセンサスが得られたなら押し通すつもりはありません。ただし、理由としては納得できる状態ではないということです。--みそがい会話2022年8月6日 (土) 14:48 (UTC)[返信]
  • 一言だけ。「現状記事としては一旦除去した上で、改稿記事で再度選考にかけるのが望ましい手順だと思います」とありますが、再選考期間中に記事改善をして、良質維持することがいけないとは、どこにも書かれていませんし、jawpとしてはむしろ望ましいことと考えます。昨年私が改訂・良質維持した東海道五十三次 (浮世絵)でも同様の対応をしたわけですし、今年初めのWikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/染色体説_20220128でも、再選考期間中に紅い目の女の子さんとあずきごはんさんが、記事改善されて、良質維持しています。このお二人も望ましくない対応をされたということでしょうか。また、「再選考にかけられていることを先ほど知りました。」とありますが、では私の対応をどこで知ったのでしょうか。編集履歴から、みぞがいさんが西洋美術に強く興味があるようには見えませんし、私の編集履歴を常にウォッチしているということなのでしょうか。みそがいさんの発言は、私の立場からすると、jawp記事改善に対する妨害行動(Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない)でしかなく、この態度を続けられるようでしたら、記事改訂が一段落ついた後で、利用者として適切な対応なのか、コミュニティに信を問うことになりますので、賢明なご対応をお願い致します。--Falcated会話2022年8月7日 (日) 02:38 (UTC)[返信]


まず、選考期間中に記事の改善を行うことがダメだと言っているわけではありません。手順に問題があるのではないかと言っているのです。東海道五十三次 (浮世絵)染色体説にしても、全面的に改稿されているとは思えません。それまでの記述を残しつつ出典の補記、不足している情報の追記を行ったものと認識しています。紅い目の女の子さん、あずきごはんさんもノートにて問題点をあげ、どのようにするかを具体的に表明して編集されていると思います。したがって、それらの編集をされた方が不適切な対応をされたとは考えていません。記事の品質向上に多大な寄与をされています(ただし、現状維持票の使い方には疑問がありますが)。その点、Falcatedさんは現状の本記事に対して「新たに書き直す」と発言しています。これは「現状維持」ではありません。Falcatedさんがどのような内容にすべきと考えているのかは分かりません。しかし「書き直す」のであればそれは記事の改善(出典追加や情報追記など)ではなく、最早従来の内容とは異なると考えて当然だと思いますがいかがでしょうか。つまり「現状維持票」とFalcatedさんの発言が乖離しているわけです。全く異なる内容なのであれば、改めて選考にかけるのが妥当であると考えますし、現状記事の修正編集で記事の品質を保てないのであれば、それは品質の目安を除去されて当然だと思います。また同時に、選考におけるタイムリミットに追われて拙速な内容になるのを避ける意味でもFalcatedさんにとって助かることになると思います。そういう意図ではないということであれば、具体的な修正内容を示すべきです(手順書にもそう書かれています)。なお、従来は同様の手順で問題が無かったという認識なのであれば、手順書に照らして疑問点があることは表明しましたから、それに対してどうお考えなのかを示すことが必要でしょう。その上で、手順書に不備があるとのお考えであれば改訂提案すれば良いと考えます。あるいは私の手順書解釈が間違っているのであれば、その点を指摘していただければいいのです。
私がどのような分野に興味があるか公表する義務はありませんが、美術全般には興味があります。浮世絵関係の記事を少し編集していることはFalcatedさんもご存知だと思います。数ある美術関係記事においてフェルメールフェルメールの作品もウォッチリストに入っていたというだけです。今回、後者のノートの発言に反応した中で選考云々という話がありましたので当該再選考ページを見てみた、というのが経緯になります。問題ありますでしょうか。(当記事には再選考の告知が貼られていなかったことと、EULEさんの7/31の発言中にあった部分もスルーしていていたことで気付くのが遅れました)
なお、私の行動の何に対してルール上の妨害行動と考えているのか分かりません。来日リストに対してでしょうか。選考に対する意見に対してでしょうか。今回はFalcatedさんのご意見に対してより具体的に私の意見を述べました。必要なのは、何が問題で、どういう理由で、どうするか(どうして欲しいのか)を明確にして議論することで、『「現状記事としては一旦除去した上で、改稿記事で再度選考にかけるのが望ましい手順」という意見を妨害行為とみなす(発言要約)』ことではないと思います。--みそがい会話2022年8月7日 (日) 04:50 (UTC)[返信]
今日一日で、みそがいさんの対応で、4時間ほど使われました。その分、記事改訂が出来なかったわけです。それだけでも、私からしたら、充分妨害行為です。既に書いたように14日までに改訂版を上げます。それまでは対応しません。みそがいさんがそれを読んで、 除去票を入れるなりして下さい。--Falcated会話2022年8月7日 (日) 14:19 (UTC)[返信]
私は改訂後内容の是非を話しているのではなく、選考における投票と編集内容(全面変更)が選考ルールに照らして妥当かどうかという話をしています。私の感じている問題点が、Falcatedさんにとってどうして妨害行為と感じるのか私には分かりません。手順の妥当性だけの問題ですので、適/否だけの話だと思います。同様のことが他の記事の再選考作業にも発生することが考えられます。本件については「Wikipedia‐ノート:良質な記事/良質な記事の再選考#良質な記事の再選考における投票と修正作業に関して」にて問題提起しました。同時に「Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/フェルメールの作品 20220619」でも告知しました。--みそがい会話2022年8月9日 (火) 12:35 (UTC)[返信]
  • コメント コメントを求められて参りました、遅れまして失礼いたしました。本節がJPOVであるのか否かは中々に難しい問題だと思いましたが、ひとまず改稿後の記事には記載しない、という形で良いのではないかと思いました。他の方のご意見の繰り返しのようになってしまいますが、既にお二方が指摘されている通り、本当に作品来日はこれが全てなのか現状では不明であり(或る時点までの来日を記録した一覧表などはどこかにありそうな気もしますが)、また必ずしも来日の節は作品の一覧記事に必要とは思われず、その節のために記事の信頼性が保証できなくなる虞があるためです。この節を分割して、日本におけるフェルメールの受容を立項するというのはよい案であると思いますし、Falcatedさんの仰るように、かなりよい記事になりそうな可能性があるとも思います。--灰色の海会話2022年8月8日 (月) 08:54 (UTC)[返信]


FalcatedさんはJPOVと来日リストの完全性、EULEさんと灰色の海さんは来日リストの完全性が問題であるという認識でよろしいでしょうか。
JPOVについては、EULEさんと灰色の海さんは判定が微妙であるという感じのようです。
したがって、直接的には来日リストの完全性に対してどう考えるかになると思います。出典とともに記述することは必要でしょう。他記事に記載を移した方が良いという意見もお三方には共通しているようです。よって、この段階においては以下のようにしたらどうかと考えます。
  • 来日リストの出典が明確になれば記載する
  • 記載先は、別記事が作成されるまで本記事
つまり、来日リストは一端一旦外すが明確になった時点で本記事に記載し、別記事が作成され次第記載を移す、ということです。ただし、来日リストの完全性が明らかでない、という理由によって記載が困難であるのであれば、別記事においても同様の議論が発生するおそれがありますから、別記事の構成上も(どのような内容になるのか分かりませんが)来日情報の記載に支障が起きることが懸念されます。--みそがい会話) 2022年8月11日 (木) 01:45 (UTC) --誤記訂正みそがい会話2022年8月12日 (金) 03:07 (UTC)[返信]
返信 なんというか、みそがい氏は論点を個別に立ててしまうために、私の(あるいは他の人のも)論旨を理解できていないように見受けられます。私の意見はもっと有機的なものです。
例えば、私は"単に"不完全な一覧は除去すべきだ、などと言っておりません。他の記事にだっていまだ不完全な一覧は多くあるでしょう。完全じゃなければ掲載を認めないとなったら、大きな混乱が起こるでしょう。私が言っているのは、記事の主題に直接関係しない部分の不完全性によって記事全体の質が問われるのは本末転倒だ、ということです。その解決策として別記事に移行しても、そこで同様の議論が発生するおそれがあるなどと言われても、別にその記事においてはさしあたって不完全な状態でも良くて、例えば「この一覧は不完全です。完全にできる方を求めています」みたいな告知テンプレートでも貼って、不完全であることの周知と、情報提供を求めれば良いんじゃないでしょうか。
また、JPOVの観点の話については、私はみそがい氏自身が述べられた観点によって、それを認めるならJPOVに当たらないねと言ったんです。そして、そのみそがい氏自身がいう重要性に従うなら、今案として出てる日本におけるフェルメールの受容という記事で別立てで立項するのは良い案だと思います。それが初期状態ではスタブ状態であっても、みそがい氏の言う通りなら、特筆性があって成長性が見込めるわけですから何も問題ないわけじゃないですか。逆に私からすれば、あれだけ日本におけることの特筆性を主張されたのに、別記事にすべきではない理由探しを行うみそがい氏の行動がよくわかりません。--EULE会話2022年8月12日 (金) 00:46 (UTC)[返信]
コメントありがとうございます。私はEULEさんの当初のコメントを、JPOVについてはさておき来日リストの完全性に言及され、次に主題との関係から不要な情報でありリストの完全性にも関連している、というお考えだと理解していました。灰色の海さんもJPOVに関しては直接的な適否ではなく、リストの完全性を問題にされていました。したがって先のような提案をしました。それがEULEさんのお考えとは異なるということなので、それについてはお詫びいたします。
私は、JPOVに関して、お二人から直接的には否定的な見解が無かったことから、当初の私の考え方が否定されたのでは無いと考えました。Falcatedさんの返信の中でも私の考えに対しては言及がなく、まずリストの完全性を問題にされています(別記事化のお考えは言及されています)。よって先の提案ではJPOVや特筆性自体を問題点としてはあげませんでした。またこの点に関して、現時点で私は来日リストが主題と直接関係が無いから記事の質低下になるとも考えていません。理由は前に述べたとおりです。また、日本国外でもフェルメールを主体として開催された展覧会の事例もあるからです(それはヨハネス・フェルメールに書くべきことかもしれませんが)。もちろん他記事に記載するという点については、懸念はありますが議論途中からは否定はしていません。懸念があることは、他記事にすべきでないということではありません。今回の提案でもそうしていますので誤解無きようお願いします。EULEさんの「この一覧は不完全です。完全にできる方を求めています」という提案があれば私の懸念は関係なくなるのではないかと思います。
来日リストの完全性が確保できておらず、それを問題にされている方が複数おられる以上「特筆性があるのだからと考えて出典がなくても記載する」ことはWikipediaのルール上出来ないことです。ですから、一旦記載を外すことを提案したまでです。要出典を貼ることで載せ続けるという手も無くはないでしょうが、この場ではまず完全性を強く求められているわけですから、そうせざるを得ないのではないかと思いました。--みそがい会話2022年8月12日 (金) 03:07 (UTC)[返信]
来日リストにおける出典不明箇所については[1]にて補記しました。『芸術新潮』2008年9月号の記載を信頼するならば、2008年の東京都美術館『フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち』を含めて来日回数が12回とのことであり、リストの記載と一致しています。その後の部分には出典が付されていますので少なくとも「展覧会そのものの記載抜け」が無ければ、来日リストとしての不完全さは解消されたものと考えます。--みそがい会話2022年8月18日 (木) 15:11 (UTC)[返信]
横から失礼 横から失礼 、対論を興味深く拝読しました。これは記事の質を問う場だから、皆さん、厳しい評価をされていますか?
美術史だと、特定の作家の作品が日本で公開されたかどうかは個人的見解になるのかどうか。そのように読み解きながら、ふと思いました。百科事典の記事として、事実を載せてはまずいのか。反面、展示図録など、日本で見せたことの証左は示せるのか。典拠を示し切れない、あるいは不完全な情報に載せる価値はないのか。何度も日本に持ってきた作家と比べろとは言いません。下世話な関心でしょうか。
あるいはまた、これらは皆さんの対論のつまみ食いですし、別記事で論じたら良いという指摘に属する発想です。
  1. 推理小説に終わらせず、最初に「フェルメールはいいなあ、借りてきてください」と示唆したのはだれか。
  2. バブル期に借りていないのか。ありていに申すなら、もっと派手に集客できる企画に締め出されて(地味すぎて)需要がなかったのではないか。
  3. 国対国の付き合いとして文化政策を考えると、フェルメールはどのくらいの国に貸し出した「実績」があるのか。
通称『モナリザ』『ツタンカーメンの黄金のマスク』などは強力な外交の道具などと申すと個人の見解を持ち込んだと叱られるでしょうけれど、美術品の貸し借りはとてもなまぐさい事情があり、それから目を背けずに書いてほしいです。日本はヨーロッパから遠く、アメリカに貸したのがついでに回ってくるなど、展示施設同士で持ち合いもしていると聞きました。それねら、フェルメール展は日本に来たとき、世界ツアーの一部だったのでは? そのときに他国や他地域で展示図録を出していないのか? 丸投げではなく、典拠を探すなどお手伝いできれば何よりなのですが。
脱線ついでに。ゴッホは本国の収蔵館の大規模営繕をにらみ、その期間に相当な数を国外に貸し出しました。鑑賞者はお陰でまとまった点数を国内で楽しみ、私は弟の肖像画を初めて目にしました。その弟の肖像については、まだ典拠を探さずにいたせいで、この対論の行方にとても興味があります。--Omotecho会話2022年8月20日 (土) 08:56 (UTC)[返信]
Omotechoさんのご指摘は、それだけで記事が一本書けるものです。私が挙げた日本におけるフェルメールの受容もそれにあたります。ですので、本記事に拘泥する利用がありません。--Falcated会話2022年8月21日 (日) 08:02 (UTC)[返信]
まずお聞きします。Falcatedさんが紅い目の女の子さんに対して本件についてのコメントを求めたのはどういう理由なのでしょうか。少なくとも、紅い目の女の子さんはフェルメールの作品ノート:フェルメールの作品ヨハネス・フェルメールノート:ヨハネス・フェルメールに投稿履歴はありませんでした。今回の議論において、記事にもノートにも参加されたことが無い方にコメントを求めることの意味が分かりません。「Wikipedia:勧誘行為#不適切な告知」に該当するのではありませんか。もしかすると今回コメントをいただいている方の中にも同様のことがあったのかもしれないという疑いを持たざるを得ません。ぜひとも理由を開示願います。
次に、紅い目の女の子さんのコメントは会話ページでなされたものであって、この議論の場ではありません。それを引き合いに出すことは正常な議論とは思えません。
あらためてFalcatedさんのコメントに対して述べます。賛同者4名ということですが、EULEさんはJPOVに関しては、私の考え方にも一理はあるという論調だと思います。灰色の海さんはJPOVに関しては直接の判定をなされていません。Falcatedさん自身も私のJPOVに関するコメントに対して直接的な否定では無くリストの完全性という論点にズレてきています。もちろん別記事に記述することは、最終的にそれが望ましいのであればなされるべきだろうと思いますし、否定しておりません。しかし、現時点で記述を削除することと、別記事に記述することは同時に出来ないことは明らかでしょう。そういう状況において、それらを一緒くたにして賛否をまとめ、除去意見が大勢だと表明するのは乱暴な議論だと思います。リストの完全性が大きな問題点として言及されていますので、先行して出典を補記しました。少なくともそれに関する論点の順位は下がったと思います。指摘されている問題点のひとつは改善を図っています。また、記述に対して別記事に記述するまでの暫定案も提案しています。それに対して何かおっしゃりたいことは無いのですか?このように記事の改善および提案をしていますが、私はどの部分が「いつまでも「納得」しない」のか分かりません。そもそも、私とFalcatedさんの間で本件について議論が繰り返されるするという状態にさえなっていません。私はコメントいただいた方には考えを示しています。私のコメントに対してEULEさんがコメントされ、それに私がコメントする、ということが最も多いやりとりになっています。この議論において「いつまでも」というのは何に対してですか?一人の意見に対して100件の否定的コメントが付いたら、それだけで「いつまでも」ですか?コメントに対して考えを述べたら「いつまでも」ですか?そういう軽々しいレッテル貼りには納得できません。--みそがい会話2022年8月21日 (日) 15:01 (UTC)[返信]
とりあえず、海外の展示情報に関して追記しました。--みそがい会話2022年8月21日 (日) 15:07 (UTC)[返信]
提案 書く側の事情はもう出尽くしました。読み手としてお願いです。いずれ個別記事としてフェルメールが日本に限らず、国ごとにどのように受け入れられたか、独立すると期待します。そこに至る過程があると示すのはどうですか、反対はありますか? また、いずれ独立記事を立てるとき。日本に話を限定する必要はありません。不勉強ですが、世界を見渡し、収蔵施設もしくは個人コレクターの別に示すと有益では? 典拠を探すにも、視界を広くしたいです。
以下のB、C案を選ぶと、みすみす良質な記事の条件を反故にするのでしょうか?
  • A案)現状ママ。
  • B案)見出しを「日本におけるフェルメールの受容」にする。これまでの展覧会実績の記述の見出しを変更。
  • C案)別の記事各国におけるフェルメールの受容」を立項、この記事にリダイレクトしておく。リンク元は、この記事の展覧会実績の見出しを指定。
私個人はいずれとも選べませんが、議論の熟れたまま立ち枯れるのを惜しむばかりです。いずれ、皆さんのお知恵が読めたおかげで、ますます面白くなると期待して、欧文の資料調査をしてみます。--Omotecho会話2022年8月25日 (木) 02:54 (UTC)[返信]

Falcatedさんによる改版[2]において、「収蔵館以外における展示」節が削除されています。本ノートにおける議論が収束していない段階において、理由の開示の無い一方的な記述削除は許容できません。よって、削除された部分は復帰します。なお、あらかじめ申し上げますが、当該節はJPOVにならないよう、収蔵作品の所蔵館以外における展示状況について説明しており、その中の一つとして日本の状況について記述してあります。これはJPOVであるというご意見に配慮したものです。欧米と日本(これは収蔵館以外で展示されたのがこれらの地であるので)について出典を付して記述してあります。この記述に対してご意見があるのであれば、あらためて問題点の指摘等をして下さい。言い換えれば、議論の停滞しているJPOVであるという意見を基にした記述削除は不適切であるということです。--みそがい会話2022年9月7日 (水) 16:01 (UTC)[返信]

  • 返信 (EULEさん宛) 返信 (灰色の海さん宛) 返信 (紅い目の女の子さん宛) 返信 (Omotechoさん宛) 皆様お忙しい中大変恐縮なのですが、上記の通りWikipedia:コメント依頼/みそがいがFalcatedさんにより提出されました。本議論の蒸し返しにはなるのですが、これ以上議論が錯綜してご両者が疲弊するのを防ぐため、本依頼でフェルメール関連の議論に決着を付ける時ではないかと存じます。本議論に参加していない私が口を出すのは筋違いであることは重々承知しておりますが、お時間のある時で結構ですので、何卒お知恵を拝借頂ければ幸甚です。どうぞ宜しくお願い致します。--河川一等兵会話2022年9月16日 (金) 12:05 (UTC)[返信]