レディ・ステディ・フー

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レディ・ステディ・フー
ザ・フーEP
リリース
録音

1966年1月
イングランドの旗ロンドン、オリンピック・スタジオ

1966年6月-8月
イングランドの旗ロンドン、パイ・スタジオ、IBCスタジオ
ジャンル ロック
時間
レーベル イギリスの旗リアクション・レコード英語版
プロデュース キット・ランバート
ザ・フー
ザ・フー アルバム 年表
マイ・ジェネレーション
(1965年)
レディ・ステディ・フー
(EP)
(1966年)
ア・クイック・ワン
(1966年)
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レディ・ステディ・フー』(Ready Steady Who)は、イングランドロックバンドであるザ・フーが1966年にイギリスで発表した5曲入りのEP(Extended Play)である[1]

概要[編集]

経緯[編集]

1965年12月、ザ・フーはイギリスでブランズウィック・レコード英語版からデビュー・アルバム『マイ・ジェネレーション』を発表した。翌1966年、彼等はプロデューサーのシェル・タルミー英語版との契約を破棄して、ロバート・スティグウッド英語版が設立したリアクション・レコード英語版に移籍した。そして1966年3月4日に、移籍後の第一弾シングル「恋のピンチ・ヒッター」を発表した。

1966年10月16日、彼等はウェンブリーのスタジオに聴衆を迎えて、イギリスのITVが放送する音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』が企画した60分間のライブ・ショーを行なった。このショーの模様は録画され、その約半分の30分間の分が21日の同番組で放映された。さらに、ショーの音源はサウンドトラックとして発表される予定であったが、法律上の問題で実現しなかった。そこで彼等は、ショーで取り上げた曲のスタジオ録音を含んだ本EPを、同年11月11日にイギリスで発表した[2]

内容[編集]

収録曲の内訳は、A面の2曲がピート・タウンゼント作のオリジナル、B面の3曲がカヴァーである。

オリジナル[編集]

  • ディスガイジズ英語版Disguises)」[3]
  • サークルズ英語版(Circles)[4]
    「サークルズ」には、1965年11月12日と13日にロンドンのIBCスタジオでタルミーのプロデュ―スによって録音されたもの[5][注釈 1]と、1966年1月にロンドンのオリンピック・スタジオでザ・フー自身のプロデュ―スによって録音されたものの2つが存在する。本作に収録されたものは後者で、1966年3月4日にイギリスでリアクション・レコードから発表されたシングル「恋のピンチ・ヒッター」(Reaction 591001)[6][7]のB面に収録されたもの、14日にイギリスで改めて発表された同シングル(Reaction 591001)[8][9]のB面に「インスタント・パーティ」(Instant Party)と改題されて収録されたものと同一である。

カヴァー[編集]

収録曲[編集]

A面
#タイトル作詞・作曲録音年月日及び場所・プロデュ―サー時間
1.「ディスガイジズ(Disguises)」Pete Townshend
  • 1966年6-7月、パイ・スタジオ、IBC スタジオ、ロンドン.
  • キット・ランバート
2.「サークルズ(Circles)」Pete Townshend
  • 1966年1月、オリンピック・スタジオ、ロンドン
  • ザ・フー
合計時間:
B面
#タイトル作詞・作曲録音年月日及び場所・プロデュ―サー時間
1.「バットマン(Batman)」Jan Berry, Donald J. Altfeld, Fred Weider
  • 1966年8月、IBC スタジオ、ロンドン
  • キット・ランバート
2.「バケット・T(Bucket T)」Dean Torrence, Roger Christian, Donald J. Altfeld
  • 1966年8月、IBC スタジオ、ロンドン
  • キット・ランバート
3.バーバラ・アン(Barbara Ann)」Fred Fassert
  • 1966年8月、IBC スタジオ、ロンドン
  • キット・ランバート
合計時間:

参加ミュージシャン[編集]

The Who[編集]

  • Roger Daltrey - リード・ヴォーカル(B-2、B-3を除く)
  • Pete Townshend - ギター、キーボード、ヴォーカル
  • John Entwistle - ベース・ギター、金管楽器、ヴォーカル
  • Keith Moon - ドラムス、リード・ヴォーカル(B-2、B-3)

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ thewho.com”. 2023年10月23日閲覧。
  2. ^ Neill & Kent (2007), p. 138.
  3. ^ Neill & Kent (2007), p. 131.
  4. ^ Neill & Kent (2007), p. 111.
  5. ^ thewho.com”. 2023年11月13日閲覧。
  6. ^ thewho.com”. 2023年11月13日閲覧。
  7. ^ Discogs”. 2023年11月13日閲覧。
  8. ^ thewho.com”. 2023年11月13日閲覧。
  9. ^ Discogs”. 2023年11月13日閲覧。
  10. ^ Discogs”. 2023年11月13日閲覧。
  11. ^ Discogs”. 2023年11月13日閲覧。
  12. ^ Discogs”. 2023年11月12日閲覧。
  13. ^ Neill & Kent (2007), pp. 132–133.
  14. ^ Neill & Kent (2007), pp. 399–400.
  15. ^ Discogs”. 2023年11月12日閲覧。
  16. ^ Discogs”. 2023年11月12日閲覧。
  17. ^ Discogs”. 2023年11月12日閲覧。

注釈[編集]

  1. ^ 1966年3月にイギリスでブランズウィック・レコードが発表したシングル「リーガル・マター」(Brunswick 05956)のB面、同年4月にデッカ・レコードがアメリカでのデビュー・アルバムとして発表した『ザ・フー・シングス・マイ・ジェネレーション』に、「インスタント・パーティ」(Instant Party)として収録された。
  2. ^ アルバム『ア・クイック・ワン』の再発CD(1995年)にボーナス・トラックとして収録された時には、ヘフティの名が作者に記された。
  3. ^ 1977年7月20日、ドキュメンタリー映画『キッズ・アー・オールライト』の為の撮影がシェパートン・フィルム・スタジオ英語版で始まり、翌21日のリハーサルでムーンがリード・ヴォーカルを取る同曲が披露され、映画に収録された。なお同名サウンドトラック・アルバムには収録されていない。
  4. ^ ジャン&ディーンのディーン・トーレンス英語版が客演。

参考文献[編集]

  • Neill, Andy; Kent, Matt (2007). Anyway Anyhow Anywhere: The Complete Chronicle of The Who 1958-1978. Virgin Books. ISBN 978-0-7535-1217-3