ヴォルカ鹿児島
ヴォルカ鹿児島 | |
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原語表記 | ヴォルカ鹿児島 |
クラブカラー | 黒 |
創設年 | 1959年 |
解散年 | 2013年 |
ホームタウン | 鹿児島県鹿児島市 |
ホームスタジアム | 鹿児島県立鴨池陸上競技場 |
収容人数 | 19,934 |
運営法人 | 株式会社KAPS |
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
日本 〒892-0846 鹿児島県鹿児島市加治屋町9-6 トヤマ薬品ビル403号 |
設立 | 2011年 |
業種 | サービス業 |
事業内容 | スポーツクラブ運営 |
代表者 | 上山寛 |
ヴォルカ鹿児島(ヴォルカかごしま、Volca Kagoshima)は、かつて存在した社会人サッカーのクラブチーム。鹿児島県鹿児島市を本拠地としていた。FC KAGOSHIMAと共に、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟する鹿児島ユナイテッドFCの前身となったクラブである。
歴史
[編集]1959年、「鹿児島サッカー教員団」という鹿児島県教育委員会所属教職員のサッカー部として創設。
1969年、第5回全国社会人サッカー選手権大会に初出場。1972年の第8回大会では3位に入賞する。
1973年、同年より創設された九州サッカーリーグに所属。一度も都道府県リーグに降格することなく在籍した。
1995年、将来の全国規模のリーグ戦参加を目指す方針となり「ヴォルカ鹿児島」と名称変更してクラブチームに移行した。なお、クラブ名のヴォルカ(Volca)はフランス語で火山を意味する「ヴォルカン」(volcan)を由来にしており、鹿児島のシンボルの一つである桜島をイメージしている。また、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)参入を目指すことを表明した。
2003年、「2010年からのJ1参戦」を目指しSPONET鹿児島を設立。監督に前田浩二、コーチに内藤就行、野田知を現役選手兼任で招いた。2003年には前田浩二らを招集しセミプロ集団として数年を戦ったが、プロ選手への給料の遅配が発覚しプロ選手はクラブを離れた。ヴォルカはこの時の経験を「前田氏の残したノウハウ」[1] とし度々言及しチームの基盤だとしている
2005年、スポンサーの目処がつかず、さらには法人化計画の遅延から資金難に陥っていることが発覚。SPONET鹿児島は解散。新たに運営団体として松澤隆司を議長とする「ヴォルカ鹿児島評議会」を立ち上げる、評議会の人員構成は9名のみで構成されていた。
2007年11月までにクラブを法人化することを目指していたが、法人化に失敗しヴォルカ鹿児島評議会を解散。
2008年からは新しく運営団体を「KAPS(Kagoshima Arcadia Project Sports)」とし、JFL昇格を目標にシーズンを戦うこととなった。
2010年、前田浩二の復帰が発表された[2] が、2012年にアビスパ福岡の監督に就任することになり、ヴォルカを退団した。
2010年4月、2011年にJリーグ準加盟申請を行う事が公式ウェブサイトにて明らかになった[3]。
2010年12月、2012年のプロクラブ化、2014年のJ2加盟を目標に掲げる。それに伴い、2011年に新たなチーム名の公募とJリーグ入りに対する署名活動を行うと発表[4]。また、2011年の法人化と、2012年のプロチーム化、2014年にJリーグ入りを果たすことを目指すとし[4]、2013年よりチーム名を変更する予定であった。
2011年2月、クラブが法人化。
2013年、7月1日に2014年の準加盟申請を断念した事を発表した[5]。理由は、Jリーグ側よりFC KAGOSHIMAとの一本化を求められていたが、協議が難航して期日までにまとまらなかったからである[5]。
2013年8月、2014年よりFC KAGOSHIMAと統合した上で、将来のJリーグ入りを目指すことで合意したと発表した。
2013年12月2日、FC KAGOSHIMAと統合後の新チーム名を「鹿児島ユナイテッドFC」とすることが発表、2014年度から活動を開始することとなり、同時に、本年をもってヴォルカ鹿児島としての活動を終えた。この鹿児島ユナイテッドFCは登録上は「ヴォルカ鹿児島と合併したFC KAGOSHIMAが名称を変更した」という形をとっている[6]。なお、12月4日のJFL理事会にて鹿児島ユナイテッドFCのJFL入会が承認された。
スローガン
[編集]- 2011年 「~本気~」。
過去の成績
[編集]鹿児島サッカー教員団時代
[編集]九州サッカーリーグ参加後のみ
年度 | 所属 | 順位 | 勝点 | 試合 | 勝 | PK勝 | 分 | PK負 | 敗 | 得点 | 失点 | 差 |
1973 | 九州 | 3位 | 7 | 6 | 3 | - | 1 | - | 2 | 19 | 10 | 9 |
1974 | 優勝 | 14 | 7 | 7 | - | 0 | - | 0 | 20 | 2 | 18 | |
1975 | 4位 | 7 | 7 | 3 | - | 1 | - | 3 | 18 | 14 | 4 | |
1976 | 7位 | 5 | 7 | 2 | - | 1 | - | 4 | 8 | 14 | -6 | |
1977 | 8位 | 3 | 7 | 1 | - | 1 | - | 5 | 10 | 20 | -10 | |
1978 | 5位 | 7 | 7 | 2 | - | 3 | - | 2 | 9 | 6 | 3 | |
1979 | 3位 | 8 | 7 | 3 | - | 2 | - | 2 | 14 | 10 | 4 | |
1980 | 6位 | 6 | 7 | 3 | - | 0 | - | 4 | 11 | 15 | -4 | |
1981 | 4位 | 8 | 7 | 4 | - | 0 | - | 3 | 21 | 13 | 8 | |
1982 | 2位 | 12 | 9 | 5 | - | 2 | - | 2 | 22 | 11 | 11 | |
1983 | 4位 | 11 | 9 | 4 | - | 3 | - | 2 | 26 | 18 | 8 | |
1984 | 3位 | 13 | 9 | 5 | - | 3 | - | 1 | 24 | 16 | 8 | |
1985 | 2位 | 12 | 9 | 5 | - | 2 | - | 2 | 27 | 18 | 9 | |
1986 | 優勝 | 13 | 9 | 6 | - | 1 | - | 2 | 20 | 10 | 10 | |
1987 | 7位 | 8 | 9 | 3 | - | 2 | - | 4 | 16 | 23 | -7 | |
1988 | 6位 | 8 | 9 | 3 | - | 2 | - | 4 | 10 | 12 | -2 | |
1989 | 8位 | 8 | 9 | 2 | - | 2 | - | 5 | 10 | 22 | -12 | |
1990 | 4位 | 16 | 9 | 4 | - | 4 | - | 1 | 12 | 9 | 3 | |
1991 | 9位 | 16 | 20 | 4 | - | 4 | - | 12 | 18 | 38 | -20 | |
1992 | 9位 | 16 | 18 | 4 | - | 4 | - | 10 | 26 | 38 | -12 | |
1993 | 9位 | 13 | 18 | 4 | - | 1 | - | 13 | 24 | 56 | -32 | |
1994 | 6位 | 23 | 18 | 7 | - | 2 | - | 9 | 30 | 37 | -7 | |
1995 | 5位 | 30 | 18 | 9 | 1 | - | 1 | 7 | 40 | 37 | 3 |
ヴォルカ鹿児島時代
[編集]年度 | 所属 | 順位 | 勝点 | 試合 | 勝 | PK勝 | PK負 | 敗 | 得点 | 失点 | 差 | 天皇杯 |
1996 | 九州 | 3位 | 33 | 16 | 10 | 1 | 1 | 4 | 37 | 21 | 16 | 2回戦敗退 |
1997 | 2位 | 41 | 18 | 12 | 1 | 3 | 2 | 50 | 19 | 31 | 県予選敗退 | |
1998 | 2位 | 34 | 18 | 9 | 3 | 1 | 5 | 47 | 35 | 12 | ||
1999 | 6位 | 23 | 18 | 7 | 1 | 0 | 11 | 48 | 43 | 5 | ||
2000 | 4位 | 31 | 18 | 10 | 0 | 1 | 7 | 44 | 28 | 16 | ||
2001 | 3位 | 37 | 18 | 11 | 1 | 2 | 4 | 51 | 34 | 17 | 1回戦敗退 | |
2002 | 2位 | 59 | 18 | 14 | 1 | 0 | 3 | 59 | 31 | 28 | 1回戦敗退 | |
2003 | 2位 | 51 | 22 | 15 | 2 | 2 | 3 | 50 | 18 | 32 | 1回戦敗退 | |
2004 | 3位 | 38 | 18 | 12 | 1 | 0 | 5 | 41 | 26 | 15 | 県予選敗退 | |
2005 | 5位 | 33 | 18 | 10 | 1 | 1 | 6 | 49 | 26 | 23 | ||
2006 | 4位 | 30 | 16 | 10 | 0 | 0 | 6 | 45 | 27 | 18 | ||
2007 | 5位 | 33 | 20 | 10 | 1 | 1 | 8 | 58 | 36 | 22 | ||
2008 | 5位 | 28 | 18 | 8 | 0 | 4 | 6 | 32 | 29 | 3 | 2回戦敗退 | |
2009 | 2位 | 36 | 16 | 11 | 0 | 3 | 2 | 43 | 23 | 20 | 県予選敗退 | |
2010 | 2位 | 38 | 16 | 12 | 1 | 0 | 3 | 52 | 18 | 34 | ||
2011 | 3位 | 37 | 18 | 10 | 2 | 3 | 3 | 37 | 12 | 25 | ||
2012 | 2位 | 46 | 18 | 14 | 2 | 0 | 2 | 63 | 16 | 47 | 2回戦敗退 | |
2013 | 優勝 | 48 | 18 | 15 | 1 | 1 | 1 | 76 | 13 | 63 | 県予選敗退 |
- 順位太字の年度は、全国地域サッカーリーグ決勝大会出場。
タイトル
[編集]リーグ戦
[編集]- 九州サッカーリーグ:3回
- 1974年、1986年、2013年
カップ戦
[編集]- 全国社会人サッカー選手権大会
- 3位:1回 (1972年)
- 全国地域サッカーリーグ決勝大会
- 4位:2回 (2002年、2013年)
歴代監督
[編集]- (注) 恒松は「リーダー(プレイングスタッフ)」という肩書きで登録されており、「クラブの公式な」監督としては扱われていなかった。これは恒松が就任した2005年以後、クラブの方針として登録選手の中から1名をリーダー(プレイングスタッフ)とすることにしていたためだが、日本サッカー協会のチーム登録上は、「名目上の」監督登録を付けることが義務付けられており、「事実上のクラブ公式」監督だった。
- 2013 小澤宏一
歴代所属選手
[編集]GK
[編集]- 植田峻佑 (2011-2013):鹿児島ユナイテッドFC
DF
[編集]- 内藤就行 (2001-2002):九州産業大学サッカー部コーチ
- 前田浩二 (2003-2004)
- 取附忠文 (2006)
- 東大陽 (2007-2009)
- 森洋介 (2010-2012)
- 泉谷光紀 (2010-2012)
- 山口直大 (2012)
- 小原拓也 (2013):鹿児島ユナイテッドFC
- 登尾顕徳 (2013):鹿児島ユナイテッドFCヘッドコーチ
MF
[編集]- 野田知 (2003-2004) ヴィッセル神戸ジュニアユース監督
- 鈴木勝大 (2004)
- 諏訪園一吉 (2004-2009)
- 永田星馬(2005-2013)
- 久永辰徳 (2010)
- 小林雄太 (2011-2012)
- 豊満貴之 (2009-2012)
- 稲葉基輝 (2012-2013)
- 赤尾公 (2012-2013):鹿児島ユナイテッドFC
- 伊勢隆司 (2013)
- 永畑祐樹 (2013):鹿児島ユナイテッドFC
- 井上渉 (2013):鹿児島ユナイテッドFC
FW
[編集]- 西眞一 (1995-2007):リーグ通算266得点(日本記録)
- 山田裕也 (2007-2013):鹿児島ユナイテッドFC
- 栗山裕貴 (2011-2012):鹿児島ユナイテッドFC
- 渡辺正嗣 (2012)
- 竹内佑樹 (2012-2013)
- 中筋誠 (2013):鹿児島ユナイテッドFC
- パブロ:ロアッソ熊本
ユニフォーム
[編集]
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クラブカラー
[編集]黒をチームカラーとしており、公式ホームページには県民に愛されることを目的に、地域の特色と特性生かした黒をチームカラーとすると書かれている。また鹿児島には、黒豚・黒毛和牛・黒酢・黒砂糖・焼酎(黒麹)・アマミノクロウサギなど「黒」を特色とした特産物が数多くあること。さらには黒色が持つ「力強さ・団結」がチームの掲げる一体感にマッチすると書かれている[7]。
サプライヤー
[編集]- (株)コムシステム
スポンサー
[編集]脚注
[編集]- ^ 前田監督等が残したノウハウを基盤に 公式ウェブサイト
- ^ なお、クラブでの役職など詳細は今後決定いたします 公式ウェブサイト
- ^ 「Jリーグ準加盟」資格取得手続きの開始について ヴォルカ鹿児島公式ホームページ
- ^ a b ヴォルカ、J2めざし法人化へ 来年2月以降 asahi.com
- ^ a b 2014 J3参入に向けた準加盟申請について - ヴォルカ鹿児島公式サイト 2013年7月1日
- ^ お知らせ「第16回日本フットボールリーグ新入会チーム決定!」 日本フットボールリーグ公式サイト
- ^ カラーの項目より
外部リンク
[編集]- ヴォルカ鹿児島
- ヴォルカ鹿児島 (@volca_kagoshima) - X(旧Twitter)