中井猛之進
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中井 猛之進 | |
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生誕 |
日本 岐阜県 1882年11月9日 |
死没 | 1952年12月6日(70歳没) |
国籍 | 日本 |
研究分野 | 植物分類学 |
出身校 | 東京帝国大学理科大学卒業 |
主な受賞歴 | 日本学士院桂公爵記念賞受賞 |
命名者名略表記 (植物学) | Nakai |
プロジェクト:人物伝 |
中井 猛之進(なかい たけのしん、1882年11月9日 - 1952年12月6日)は、日本の植物分類学者。東大教授、小石川植物園長、ボゴール植物園長、国立科学博物館長。小説家の中井英夫は息子。
略歴
[編集]- 1882年、岐阜県に生まれる[1]。父は堀誠太郎[2]。
- 1904年、山口高等学校を卒業後、東京帝国大学理科大学に入学[2]。松村任三に教え受ける[1]。
- 1908年、東大小石川植物園に務める。
- 1910年、『Flora of Korea』を出版[3]。
- 1920年、マリアナ諸島の自然調査の岐路、北硫黄島にある約2000年前の石野遺跡の発見に若干関わっている[4]。
- 1922年、末子の中井英夫誕生。
- 1927年、朝鮮植物の研究の功により、日本学士院桂公爵記念賞受賞[5]。
- 1930年10月、東大教授、小石川植物園園長[1]。
- 1933年8月から2ヶ月間、第一次満蒙学術調査研究団として中国熱河省の植物を調査。セダム属から独立させてChamaerhodiola属を提案する[6]。(ただし今はイワベンケイ属 Rhodiola L.と同じとされている[7]。)
- 1923年から1925年まで、スウェーデン、ドイツ、オーストリア、オランダ、スイス、フランス、アメリカ合衆国の植物標本館を歴訪[1]。
- 1941年、京都大学芦生研究林を評して「植物ヲ學ブモノハ一度ハ京大ノ芦生演習林ヲ見ルベシ」と記す[8]。
- 1943年から1945年まで、日本軍の蘭印作戦によるジャワ島占領を受けて、陸軍司政長官として[9]ボイテンゾルグ植物園(現ボゴール植物園)園長に就任。日本軍は植物園の樹木を徴発しようとしたが、中井ら運営者が阻止したという[10]。
- 1949年、東京科学博物館から名を変えた国立科学博物館の館長に就任[11]。
分類学への影響
[編集]チョウノスケソウ Dryas octopetala L. var. asiatica (Nakai) Nakai などを命名したほか、ノジギク Chrysanthemum japonense (Makino) Nakai、ミヤギノハギ Lespedeza thunbergii (DC.) Nakai などの分類学的検討を行い、名を残した。また、セリ目 Apiales Nakai、インドカラムス属 Indocalamus Nakai、ムニンヤツデ属 Boninofatsia Nakai などの分類群を設立した。
朝鮮半島の植物の研究にも力を注いでおり、朝鮮初代公使の花房義質にちなんでハナブサソウ Hanabusaya asiatica Nakai などを名づけている[12]。2019年、韓国の聯合ニュースは、朝鮮半島の特産植物527種のうち327種の学名に「ナカイ」の名が入っていると報じている[13]。
また、トガリバマキ Podocarpus nakaii Hayata、チチジマイチゴ Rubus nakaii Tuyama、チョウセンカメバソウ Trigonotis nakaii Hara など、数多くの献名を受けている。
弟子など
[編集]教え子に、伊藤洋[要曖昧さ回避]、小林義雄、前川文夫、北川政夫、佐藤正己、津山尚、原寛、百瀬静男、木村陽二郎らがいる[2]。
著作
[編集]著書
[編集]- 1927-1932年、朝鮮森林植物編第1-7輯、朝鮮総督府、全国書誌番号:68001394。
- 1938-1940年、大日本植物誌(監修) 第1-6、ASIN B000JBOZ9W
- 1941年、東亜植物、岩波書店、ASIN B000JB6IAG
- 1941年、大日本植物誌(監修) 第7-9号、三省堂、ASIN B000JBP9XI
- 1951年、大日本植物誌(監修) 第10号 おとぎりさう科、国立科学博物館、ASIN B000JBDRUA
- 1976年、朝鮮森林植物編、国書刊行会、ASIN B000J9VZC4
論文
[編集]- 中井猛之進「竹と笹(二)」『理科教育』第15巻第6号、理科教育研究会、1923年、66-67頁、doi:10.11501/1898737、NDLJP:1898737。
- 中井猛之進「日本本部ノ竹ト笹(其九)」『植物学雑誌』第11巻第9号、日本植物学会、1935年、599-622頁、doi:10.11501/3347747、ISSN 0006-808X、NDLJP:3347747。
脚注
[編集]- ^ a b c d きのこのねどこ 大日本植物誌と中井猛之進
- ^ a b c 大場秀章・秋山忍 東京大学植物標本室に関係した人々
- ^ 朴宰弘 京都大学総合博物館での五ヶ月間
- ^ 硫黄島探訪 北硫黄島・石野遺跡について
- ^ 日本学士院 恩賜賞・日本学士院賞・日本学士院エジンバラ公賞受賞者一覧
- ^ 北村四郎「中井猛之進氏,北川政夫氏共著:-第一次満蒙学術調査研究団報告第四部第一編」『植物分類,地理』第3巻第4号、日本植物分類学会、1934年、217-218頁、doi:10.18942/bunruichiri.KJ00002594199、ISSN 0001-6799、NAID 110003761699。
- ^ List of genera in family CRASSULACEAE
- ^ 芦生研究林概況
- ^ 帝国秘密探偵社 1943, 海外19頁.
- ^ Indonesian Botanic Gardens Archived 2005年12月11日, at the Wayback Machine.
- ^ 台東区文化ガイドブック 国立科学博物館に学ぶ
- ^ 小林義雄 (1979). “ハナブササウと花房義質翁”. 植物研究雑誌 54 (6). doi:10.51033/jjapbot.54_6_6995.
- ^ “日本の名残を追放する韓国がどうしても変えられないもの=韓国ネット「仕方ない」「日本のせいにする前に…」”. 聯合ニュース (2019年2月28日). 2019年3月3日閲覧。
参考文献
[編集]- 帝国秘密探偵社 編『大衆人事録 第14版 外地・満支・海外篇』帝国秘密探偵社、1943年 。