伊藤亮太郎
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伊藤 亮太郎 | |
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生誕 | 1973年5月21日(51歳) |
出身地 | 日本・千葉県 |
学歴 | 桐朋学園大学 |
ジャンル | クラシック音楽 |
担当楽器 | ヴァイオリン |
伊藤 亮太郎(いとう りょうたろう、1973年〈昭和47年〉5月21日 - )は、千葉県出身の、日本のヴァイオリン奏者。
人物・来歴
[編集]小学生の頃から各種コンクールに参加し、桐朋女子高等学校音楽科(共学)、桐朋学園大学に進む。
1992年(平成4年)から1年間、ロンドンに留学した後、同大学ソリスト・ディプロマコースを修了した[1]。
ヴァイオリンを、江藤俊哉、ジェルジ・パウク、堀正文、澤和樹に師事した[2]。
1997年(平成9年)、弦楽四重奏団「ARCO」(第1ヴァイオリン・伊藤亮太郎、第2ヴァイオリン・双紙正哉、ヴィオラ・柳瀬省太、チェロ・古川展生)を結成した[1]。
1999年(平成11年)に、大阪室内楽コンクールで第3位に入賞、2000年(平成12年)9月に「アンダンテ・カンタービレ」を、2002年(平成14年)3月に「ハイドン・皇帝」をリリースした。
2002年(平成14年)、第1回千葉市芸術文化新人賞受賞。
2005年(平成17年)から2015年(平成27年)まで、札幌交響楽団のコンサートマスターを務める[3]。
2015年(平成27年)から2024年(令和6年)までNHK交響楽団コンサートマスターを務める[4][5]。
コンクール歴
[編集]- 1985年 第39回全日本学生音楽コンクール全国大会小学生の部で第1位
- 1987年 ユーディ・メニューイン国際コンクールで第4位
- 1989年 第58回日本音楽コンクールで第1位[6]、黒柳賞、レウカディア賞
- 1992年
- 日本国際音楽コンクールで第4位
- 第1回フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウス・コンクールで優勝[7](ストラディヴァリウスのレインヴィルを貸与される)
- 1993年
- マリア・カナルス・バルセロナ国際音楽演奏コンクールで第2位
- ティボール・ヴァルガ国際ヴァイオリン・コンクールで第3位、スイス放送音楽賞
- 1994年
- チャイコフスキー国際コンクールでディプロマ賞[2]
- 第15回霧島国際音楽祭賞[8]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b “伊藤亮太郎”. 千葉県文化振興財団アーカイブ. 公益財団法人千葉県文化振興財団. 2022年10月29日閲覧。
- ^ a b “出演者 伊藤亮太郎”. ヤマハ銀座店. 珠玉のリサイタル&室内楽 伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブル. 株式会社ヤマハミュージックリテイリング. 2022年10月28日閲覧。
- ^ “Member 60年を共に歩んだ仲間たち 歴代メンバー”. 札幌交響楽団60年史デジタルアーカイブ. 札幌交響楽団公式. 2022年10月28日閲覧。
- ^ “楽員インタビュー 伊藤亮太郎”. N響オーチャード定期. 株式会社東急文化村 (2016年7月10日). 2022年10月28日閲覧。
- ^ “今後のコンサートマスターの体制について”. NHK交響楽団公式HP. 2024年4月2日閲覧。
- ^ “第51回~60回”. 日本音楽コンクール. 入賞者一覧. 日本音楽コンクール事務局 (2022年). 2022年10月28日閲覧。
- ^ “アーティスト 伊藤亮太郎”. 東京・春・音楽祭. 東京・春・音楽祭実行委員会 (2022年). 2022年10月29日閲覧。
- ^ “第43回 霧島国際音楽祭” (PDF). 霧島国際音楽祭. 2023年2月28日閲覧。