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利用者‐会話:20世紀(前半)美術

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金丸重嶺[編集]

はじめまして。金丸重嶺の項目、加筆させていただきました。滝口修造とも関係があったと知り、興味が深まりました。よろしくお願いいたします。 --Hirosisky 2010年1月4日 (月) 12:22 (UTC)[返信]

メッセージどうもありがとうございます。それから、金丸重嶺鈴木八郎等の執筆、お疲れさまです。私などはそもそも写真、美術等の分野については門外漢ですので、私が書いた項目でおかしな点や不足している点を発見なさったらば、ご遠慮なく加筆をお願いします。また、ぜひ、一時的ではなく、長期に渡ってご参加いただけるよう、祈願いたします。なお、念のため、滝口修造との関係についてですが、私が書いた部分ではないこと申し添えます。それから、細かいことで恐縮ですが、この「会話ページ」は上から時系列的になっているようですので、今後もしまたメッセージ等をいただく機会があれば、そのときはメッセージ等の場所にご配慮いただければ幸いです。それでは、引き続き、よろしくお願いいたします。 -- 20世紀(前半)美術 2010年1月8日 (金) 14:58 (UTC)[返信]

写真展[編集]

こんにちは。随分以前から削除依頼が出ている件について、ちょっと20世紀(前半)美術さんのお知恵を拝借できたらと思っています。よろしかったら、Wikipedia:削除依頼#写真展関連をご覧頂いて、そこに挙がっているようなページが削除に適当かどうか、ご意見を頂けますでしょうか? Tomos 05:38 2004年3月11日 (UTC)

Tomos様、ご連絡ありがとうございます。Wikipedia:削除依頼#写真展関連に、ご回答差し上げましたので、ご覧頂きますようお願いいたします。
20世紀(前半)美術 15:42 2004年3月15日 (UTC)
いつもながらご丁寧な応対、どうもありがとうございました。削除の是非については、ご指摘の通り判断が難しいところもあるかと思いますが、ともあれ今後とも執筆活動がんばって下さい。僕は最近は読むばかりですが、楽しみにしています。Tomos 20:29 2004年3月16日 (UTC)

Wikipedia:削除依頼#写真展関連は、2004年3月31日に、ノート:東京都写真美術館の展覧会/削除に移動されました。


構成主義[編集]

20世紀(前半)美術さん、こんにちは。これは井戸端の後に書き込みしてます。構成主義、美術以外の項目を英語から訳しました。ロシア構成主義については「芸術における構成主義:ロシア構成主義を参照。」と「関連項目」からかえました。これ以外に、(簡単な説明など)書き込むことがありましたら、ぜひおねがいします。また絵画アンドレ・ケルテスデ・ステイル未来派については、表記(ブラウザでの見え方)はそのままに、リンク先をロシア構成主義にかえました。(絵画については「構成主義(ロシア構成主義)」とあったので、それをそのまま使ってます。)では。Cheers : ) Hans castorp81 03:06 2004年4月25日 (UTC)

Hans castorp81様。
ご連絡ありがとうございます。Wikipedia:井戸端#「構成主義」についてにご返事しておりますので、そちらをご参照ください。よろしくお願いします。
20世紀(前半)美術 02:59 2004年4月29日 (UTC)

Wikipedia:井戸端#「構成主義」については、Wikipedia:井戸端/過去ログ2004年5月#「構成主義」についてに移動されています。20世紀(前半)美術 2004年8月15日 (日) 03:58 (UTC)[返信]


以下、のちのち削除される可能性を考えて、Wikipedia:統合依頼#2004年7月からの引用しておきます。

(引用開始)

日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館日本近代写真の成立と展開の記事を書いた者([[1]]、[[2]]、[[3]])ですが、ご迷惑をおかけしてすみません。リンクを減らし(海外の50人に対して、やはり切りのいい20人としました)、最初に説明を追加した上で、日本近代写真の成立と展開に統合いたしました。したがって、日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館の方は、削除依頼をしてもよかったのですが、るがこむさん、nnhさん、0null0さんが、ノートに書いてくださっていましたので、このノートを残すために、REDIRECTにして記事自体も残しました。もっとよい方法があれば、ご教示方、よろしくお願いいたします。20世紀(前半)美術 2004年7月30日 (金) 15:03 (UTC)[返信]

(引用終了)20世紀(前半)美術 2004年7月30日 (金) 15:18 (UTC)[返信]

のちのちのために、移動と削除の記録をコピーしておきます。--20世紀(前半)美術 2010年11月27日 (土) 09:05 (UTC)[返信]

  • 2008年9月17日 (水) 22:09 竹麦魚 (会話 | 投稿記録) 「日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館」を削除しました ‎ (WP:CSD リダイレクト2 WP:NC違反: 内容: '#REDIRECT 日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館' (投稿者 竹麦魚 のみ))
    • 2008年9月17日 (水) 22:08 竹麦魚 (会話 | 投稿記録) 「日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館」を「日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館」へ移動 ‎
  • 2008年9月17日 (水) 22:08 竹麦魚 (会話 | 投稿記録) 「ノート:日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館」を削除しました ‎ (WP:CSD リダイレクト2 WP:NC違反: 内容: '#REDIRECT ノート:日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館' (投稿者 竹麦魚 のみ))
    • 2008年9月17日 (水) 22:08 竹麦魚 (会話 | 投稿記録) 「ノート:日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館」を「ノート:日本近代写真の成立と展開(1995年)/東京都写真美術館」へ移動 ‎

RC[編集]

RCというのはRecent Changesの略で「最近更新したページ」のことです。で、「RCに見える管理者」というのは要するに、そのときに編集なり削除なりしているウィキペディアにログイン中の管理者という意味です。

あんまりたいしたことでもないので読了されましたら消していただいても構いません。tanuki_Z 2004年8月15日 (日) 07:46 (UTC)[返信]

さっそくご回答いただきありがとうございます。こちらこそつまらぬ質問で、恐縮です。今後とも、よろしくお願いいたします。20世紀(前半)美術 2004年8月15日 (日) 15:22 (UTC)[返信]

美術書に強い書店の一覧[編集]

こんにちは。美術書に強い書店の一覧が削除依頼に出ています。もしこのまま削除されるよりは美術書に移動して存続させるのほうが良いのではないかと私は思うのですが、いかがでしょうか?Wikipedia:削除依頼/美術書に強い書店の一覧にご意見をいただければ幸いです。--miya 2005年7月8日 (金) 00:51 (UTC)[返信]

miya様、わざわざ、ご連絡ありがとうございます。Wikipedia:削除依頼/美術書に強い書店の一覧に、意見を書かせていただきます。議論の深化にお役に立てれば幸いです。20世紀(前半)美術 2005年7月8日 (金) 14:27 (UTC)[返信]
こんにちは。とりあえず、削除は保留で項目名変更が多数意見となりました。20世紀(前半)美術さんは「美術書」と「美術書店」だったら、どちらの方向がよいとお考えでしょうか?私は最初、「美術書」が良いと思ったのですが、Okcさんの「美術書店」という案を見て、こちらもいいような気がしてきました。どちらの方向が良いか、ノート:美術書に強い書店の一覧で提案していただければ、と思います。--miya 2005年7月29日 (金) 08:20 (UTC)[返信]

のちのちのために、移動と削除の記録をコピーしておきます。--20世紀(前半)美術 2010年11月27日 (土) 07:50 (UTC)[返信]

  • 2008年8月25日 (月) 15:35 健ちゃん (会話 | 投稿記録) 「美術書に強い書店の一覧」を削除しました ‎ (Wikipedia:リダイレクトの削除依頼/2008年8月 による: 内容: '#REDIRECT 美術書')
    • 2005年11月12日 (土) 13:01 Miya (会話 | 投稿記録) 「美術書に強い書店の一覧」を「美術書」へ移動 ‎ (議論が止まっているので とりあえず)

主要な展覧会について[編集]

初めましてKstigarbhaと申します。20世紀(前半)美術さんが主要な展覧会に於いて加筆されている事は、大変ありがたい事なのですが、この項目は現在、整理依頼に出されておりまして、ノート:主要な展覧会の方で新項目名について議論が始まっております。つきましては、お忙しいこととは存じますが、20世紀(前半)美術さんにもご参加されますよう、お願い申し上げます。--Kstigarbha 2005年8月11日 (木) 14:40 (UTC)[返信]

こんにちは。ノート:主要な展覧会に簡単なご返事を差し上げましたので、ご参照いただきますようお願いいたします。20世紀(前半)美術 2005年8月11日 (木) 15:17 (UTC)[返信]
早速のお返事、痛み入ります。これからも加筆の方をお願い致します。--Kstigarbha 2005年8月11日 (木) 15:19 (UTC)[返信]

のちのちのために、移動と削除の記録をコピーしておきます。--20世紀(前半)美術 2010年11月27日 (土) 07:47 (UTC)[返信]

  • 2008年8月18日 (月) 14:23 健ちゃん (会話 | 投稿記録) 「主要な展覧会」を削除しました ‎ (Wikipedia:リダイレクトの削除依頼/2008年7月 による: 内容: '#redirect 日本で開催された展覧会の一覧')
    • 2005年10月5日 (水) 03:24 Ligar (会話 | 投稿記録) 「主要な展覧会」を「日本で開催された展覧会の一覧」へ移動 ‎ (一覧記事)
  • 2008年8月18日 (月) 14:23 健ちゃん (会話 | 投稿記録) 「ノート:主要な展覧会」を削除しました ‎ (Wikipedia:リダイレクトの削除依頼/2008年7月 による: 内容: '#redirect ノート:日本で開催された展覧会の一覧')
    • 2005年10月5日 (水) 03:24 Ligar (会話 | 投稿記録) 「ノート:主要な展覧会」を「ノート:日本で開催された展覧会の一覧」へ移動 ‎ (一覧記事)

人名記事執筆と一覧への追加のお願い[編集]

今日は。匿名の者ですが、お願いがあって参りました。芸術家に関する記事を書かれておられるようですが、Category:出身別の人名一覧を辿りますと、~人の一覧、ポーランド人の一覧ウクライナ人の一覧分野別の著名なユダヤ人一覧といった一覧があることがわかります。20世紀(前半)美術さんに、赤リンク部分を埋めていただきたいと思い、依頼にあがりました。一覧自体の作成にもご協力ください。執筆依頼にも依頼事項がありますので、ぜひご覧ください。それでは、体に気をつけて、執筆なさってください。

メッセージありがとうございます。私の能力から考えて、どこまでご期待に添えるか疑問ですが、書くことのできる項目があれば(20世紀の美術関係に限定せざるを得ませんが)、書かせてもらうようにいたします。ただ、申し訳ありませんが、早急な対応は無理かと思いますので、長い目で、ご覧いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。20世紀(前半)美術 2005年11月19日 (土) 16:18 (UTC)[返信]

Portal:写真 参考文献という項目について[編集]

すぐに削除したのは少々問題があったかもしれません。また回答も遅くなり、お詫びします。

参考文献については、Wikipediaガイド(写真関連項目)あたりに、「さらに詳細な内容を求める場合は下記の写真関連の参考文献もご覧ください。」と一言添えて、ポータルには主要参考文献のみを掲載して詳細はサブページに記載するという方法が一番よいような気がしますがどうでしょうか。

--珍庵 2006年10月25日 (水) 04:06 (UTC)[返信]

メッセージありがとうございます。(ご回答が遅いなどということはまったくありません。) 書いておられる方法(「ガイド」に点数を絞って書いてみる)でいいのではないかと思います。とりあえず、それで進めてみて、不都合が生じたら、再考してみたいと思います。私も、すぐには書けないかもしれませんが、また、加筆、修正、コメント等よろしくお願いいたします。20世紀(前半)美術 2006年10月29日 (日) 14:21 (UTC)[返信]

Art Brutについて[編集]

こんにちは。Art Brutについてノートがあったので書いておきました。もうだいぶ前の記事なので解決済みな気がしますが一応報告だけでも…(→アウトサイダー・アート)--Takuma-sa 2008年11月29日 (土) 15:21 (UTC)[返信]

ありがとうございます。ノート:アウトサイダー・アートにご回答差し上げました。よろしくお願いします。20世紀(前半)美術 2008年11月30日 (日) 02:48 (UTC)[返信]

他の言語版へのリンクについて[編集]

はじめまして、海獺と申します。精力的な執筆を拝見しております。さて、先ほどジャコモ・バッラに他の言語版へのリンクを追加しました。言語間のリンクはウィキペディアにとって非常に重要な要素ですので、お手数ですが新規作成時に一緒に付加していただけると助かります。よろしくお願いします。--海獺 2009年7月4日 (土) 07:05 (UTC)[返信]

ご指摘ありがとうございます。といいますか、サボっており申し訳ありません。以降、他言語版の記事を確認し、リンクをつけるように留意いたします。よろしくお願いいたします。--20世紀(前半)美術 2009年7月4日 (土) 13:10 (UTC)[返信]

新規記事へのカテゴリ付与[編集]

はじめまして。青心と申します。新規記事の精力的な執筆ご苦労様です。しかしながら、それらの新規記事にカテゴリが付与されていないのを拝見しました。新規記事にはカテゴリをつけていただけませんでしょうか([[Category:(国名)の画家]]、[[Category:xxxx年生]]、[[Category:xxxx年没]]など)。出来れば新規記事にも付与していただきますようお願いします。駄文失礼いたしました。それでは。--青心 2009年8月22日 (土) 08:09 (UTC)[返信]

他言語版へのリンクについてご指摘があったので、次はカテゴリかなと内心恐れておりましたが、さすがにご指摘をいただいてしまいました。カテゴリをつけるということはほとんどしておらず、大変申し訳ありません。カテゴリにつきましては、苦手意識がありまして、なかなか自分で手を出しかねているところがあり、ついつい他の方にお任せしておりました。しかし、例で挙げておられる、国や生没年などの基本的な事項については、やはり自分で書くべきかなと思います。今後は、わかる範囲でカテゴリもつけていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。--20世紀(前半)美術 2009年8月22日 (土) 11:28 (UTC)[返信]

日本で開催された展覧会の一覧[編集]

VZP10224と申します。今回ご投稿いただいた表題記事ですが、大変申し訳ないのですが、即時削除とさせていただきました。また、ノートにてご意見いただいた内容ですが、Wikipedia:削除の復帰依頼にて正式に復帰の依頼をされるのがよろしいかと思います。ただし、いったん削除となったものを復帰させるのですから、ハードルは相当高いとご覚悟ください。たとえば、前回の削除依頼での指摘の一つに「各記述に出典が無い」というのがあります。20世紀(前半)美術さんは大変古くからウィキペディアで活動されているようですが、最近は出典の明記についてかなり厳しくなっており、当該記事の出典となるべき過去から近年に至るまでの展覧会を網羅した書籍などを見つけてこないと、復帰の合意は難しいのではないかと思います。その他掲載の条件について、ある程度Portal‐ノート:美術でお話をしてある程度の合意を作成するとか、そういう下準備が必要なのではないかと思います。いろいろとお手数をおかけして申し訳ないのですが、よろしくご検討ください。--VZP10224 2010年10月2日 (土) 15:08 (UTC)[返信]

わざわざこちらにもご丁寧にご連絡いただきありがとうございます。書いておられるとおり、確かにしんどい気がします。2004年に、まだ「日本で開催された展覧会の一覧」と「東京都写真美術館」に統合されておらず、「東京都写真美術館の展覧会」やら各年ごとの展覧会の一覧だった頃に、なんとか削除を免れているので(ノート:東京都写真美術館の展覧会/削除ノート:東京都写真美術館の展覧会ノート:2003年の展覧会ご参照)、今回の削除はとても残念ではあるのですが、やはり復帰はむずかしいと理解しました。このようなことをVZP10224さんにお話ししても単なる愚痴のようで申し訳ないのですが、「ある程度詳しい人だったら、このテーマなら当然この展覧会を選ぶ」というものはやはり存在して、即時削除されてしまったほうの新しい版では、それに該当すると私が信じる(しかし、それにぴったりの文献は別に探したこともない、ゆえにぴったりの出典が存在するかどうかは知らない)4つの展覧会に絞ってみたのですが、そういうことではなくて、先に基準(または出典)ありきということなんですね。とりあえず、「日本で開催された展覧会の一覧」(ノート:日本で開催された展覧会の一覧)の記事は(暫定的に)諦めます。こちらこそご面倒をおかけしてすみません。今後ともよろしくお願いします。- 20世紀(前半)美術 2010年10月2日 (土) 15:53 (UTC) [返信]

世界美術大全集西洋編[編集]

こんにちは、現在削除依頼が提出されている世界美術大全集西洋編に加筆させていただきました。20世紀(前半)美術さんにそういった意図はないものと思いますが、出版社による宣伝文句のような記述は除去した方が記事存続への賛同へ得られやすいように思います。無関係の第三者による出典を現時点で示しにくい点については、いったん編集除去されてはどうでしょうか。--Tiyoringo会話2012年7月7日 (土) 04:45 (UTC)[返信]

Tiyoringoさん、加筆ならびにコメントをいただきありがとうございます。私ではなく第三者の方の加筆なので、氷鷺さんがリバートや「要出典」の再貼り付けなどをなさる可能性は低く、加筆いただいた部分につきましては「編集合戦」は避けられる方向ではないかとうれしく思います(あまり楽観的に考えてもいけませんが)。重ねて御礼申し上げます。
書いておられるとおり、氷鷺さんに「早々のお引き取り」を願うため、「この辺まで削除したら、氷鷺さんも満足するだろう」という安全サイドの編集をする(極端には、例えば、氷鷺さんにご指摘いただいた部分をすべて削除する)という選択肢も考えていました。しかし、それでは、「暴力団をおそれて、理由も不明確なままやみくもに金を支払う企業」などとたいして変わらないのではないか、また、Wikipediaのためにもならないと考え、とりあえず氷鷺さんのお考えを探ろうと、質問を差し上げるということにしました。
他方、氷鷺さんのお考えではなく、私の考えに基づき修正して(「要出典」をはずして)も、かなりの確率で「編集合戦」となると予想されるため、この選択肢は今でも取り難い状況です。氷鷺さんご指摘の部分についての今後の私の編集は、依然氷鷺さんのご回答次第であり、私が普通に編集できないという状況については残念ながら変わっていないと考えております。
また、継続中の「削除依頼」のほうですが、一般論としては、「削除依頼」に興味がある利用者は「削除」のみに興味がある人ばかりで(おそらく「削除依頼」には「悪者退治」の色彩があるからでしょう)、「削除」される可能性が減ってくると、もう「削除依頼」に対する興味がなくなるのか、「存続」にわざわざ投票してくださるかたはあまりいないようです。例えば、1回目の削除依頼に参加したみなさんは、なぜ、2回目の削除依頼(の議論)に参加なさらないのでしょうか? おそらく、その「記事」に興味があるのではなく「削除」のみに興味があり、その記事が最終的にどうなるのかはどうでもよく、削除の可能性が減ってきたらもう興味を失うということなのだと思います。いずれにしても、しばらく状況を見守るしかないと考えています。
最後に、私が釈然としませんのは、自ら招いたトラブル案件において、対話を意図的に拒否して、問題の解決を妨げている利用者が、編集(リバートを含む)や、ましてや(ある程度以上の対話を当然に覚悟せねばならない)削除依頼を継続し、それらが放置されているという状況です。
引き続き、よろしくお願いいたします。--20世紀(前半)美術会話2012年7月8日 (日) 05:58 (UTC)[返信]
相手の方は記事の正常化を望んでおいでのようです。記述を削除されたくなければ、出典を付けておかなければならないので、今後質問を続けて行くよりも、20世紀(前半)美術様の御判断で、出典を付けていくとかして、記事の充実を図った方がよいと考えます。私も何の理由があって相手の方はあそこまで高圧的な態度をとれるのかわかりませんが、運がなかったとして諦めるよりほかないと思います。そういったユーザーは基本的に考えや行動が改められることはないので、関わり合いにならない方が無難です。大して本件に興味があるわけでもなさそうなので、記事の充実を図りつつ、削除依頼のクローズを静かに待つことをお勧め致します。--くれもな会話2012年7月11日 (水) 04:46 (UTC)[返信]
くれもなさん、わざわざ会話ページにまで来ていただきありがとうございます。ご忠告いたみいります。確かに、普通に考えたらかかわらないに越したことはないのでしょうね。私もかなり迷ってはいたのですが、上記Tiyoringoさんへのご返事に書いたように、放置されている状態についてどうも釈然とせず、放置されている状態について批判めいた発言をした手前もあり、もう少しお付き合いを願おうかと考えた次第です。「トラブルの原因(の少なくとも一部)が自分の方にあるということが理解できない⇒誰にも正面から注意されない(くだらない文句をいってからんで来る奴は多いけれど)⇒トラブルの原因(の少なくとも一部)が自分の方にあるということが理解できないまま」という悪循環が今まで際限なく繰り返され、今後も繰り返されていくのではないかと心配です。また、もし「記事の正常化」を望んでおられるのなら、「削除依頼」を速やかに取り下げていただくべきであり、そもそも「削除依頼」や「要出典大量貼り付け」が記事の正常化に役立つとお考えであるならば、それは全く逆で、大変申し訳ないが、お考えに何かが欠如しているとさえ言わざるを得ないと思います(それとも、途中でお考えが変わったのでしょうか?)。ただ、物事には潮時というものがあると思います。まだいくつかアイデアはあるのですが、「とにかくすべてに逆らって、氷鷺さんを正すのだ」などという正義漢では決してありませんので、ほどほどのところで終わるのだと思っています(なお、「厄介なのに絡まれてしまった」と思っているのはむしろ氷鷺さんではないかと思います。立場が違うと理解も大きく異なるというのは極めて不思議なことです)。なお、私自身による世界美術大全集西洋編への加筆・編集ですが、Tiyoringoさんへのご返事に書いたように、編集合戦を避けるため、もうしばらく我慢せざるを得ないと思います。1.氷鷺さんとの対話がきちんとできて結論がでる、2.氷鷺さんが、世界美術大全集西洋編の削除をあきらめて、「あとは自由にどうぞ」と言ってくれる、3.半年などかなりの時間が経過する、のいずれかが生じることが必要ではないかと思います。繰り返しになりますが、暖かいアドバイスありがとうございます。さらに慎重に対応していきたいと思いますので、今後とも、よろしくお願いいたします。--20世紀(前半)美術会話2012年7月16日 (月) 09:47 (UTC)[返信]

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 世界美術大全集西洋編が存続で決まったようです。時間が解決してくれたようで、私としても今回の結果には満足しています。ひとまず、とても良い結果に終わってよかったですね。--くれもな会話2012年8月20日 (月) 08:47 (UTC)[返信]

くれもなさん、「存続」の件をお知らせいただきありがとうございます。くれもなさんのご協力のおかげでもあります。改めて御礼申し上げます。ただ、これで本当に終わればいいのですが、やや懐疑的です。いずれにしましても、なお用心しつつ、今後の「世界美術大全集西洋編」への加筆内容を引き続き検討いたします。余裕があれば、近いうちに、まずは今回の2回の「削除依頼」をふりかえった「まとめ」を、ノート:世界美術大全集西洋編のほうに書いてみたいと思ってもいます。引き続き、よろしくお願いいたします。--20世紀(前半)美術会話2012年8月23日 (木) 04:00 (UTC)[返信]

要素主義の件[編集]

こんにちは。要素主義の外部リンク再修正と確認の件は、20世紀(前半)美術 さんの御指摘ノート:要素主義#リンクについて)通りです。リンク先の修正を行う際にもう少し調べれば容易に確認できた内容でした。大変お手数をおかけしました。

私もインターネットアーカイブ(2010年12月6日のログ)を見て、感情移入要素主義(エレメンタリズム)の関係を確認しました。用語辞典上の記述ミスも確認しました。「感情移入 Elementalism」となっていました。 最新の用語辞典ですと、「感情移入 Einführung」「エレメンタリズム Elementalism」となっており、間違いが訂正されております。

話は変わります。ノートページ(ノート:要素主義)にて現代美術用語辞典からエレメンタリズムの項を丸写しをされております[4]が、これはやりすぎだと思います。著作権侵害の恐れがあると思います。幸いにも20世紀(前半)美術さんの投稿しかありません。20世紀(前半)美術さんが自ら即時削除依頼をし、問題箇所を除去した上で再投稿してはいただけませんでしょうか。--Bellis会話2012年9月1日 (土) 10:26 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます(リンク先のご修正もありがとうございます。お詫びいただくような点は全くありません)。また、著作権関係の問題のご指摘もありがとうございます。やはり、やりすぎでしたかね。再度リンク先のページがなくなったら困るな、という程度のつもりでしたが、書いておられる、「即時削除依頼⇒再投稿」とするようにいたします。あらためて、御礼申し上げます。--20世紀(前半)美術会話2012年9月1日 (土) 15:16 (UTC)[返信]

「Wikipedia:コメント依頼/氷鷺」 に関連して[編集]

20世紀(前半)美術さん初めまして、光舟と申します。分野は違えど、私も芸術系記事にささやかながら関係しているので 20世紀(前半)美術さんのお名前は時折拝見しております。20世紀(前半)美術さんに対するコメントがメインですので、氷鷺さんのコメント依頼ではなく会話ページにお邪魔させていただきました。

本題ですが、私も 20世紀(前半)美術さんがお書きの記事には疑問を抱いている一人であり、氷鷺さんによって削除依頼に付された記事はどれも相応の理由のある問題があった記事だと個人的には思ってます。その意味で私は一連の氷鷺さんの削除依頼提出をを支持する立場です。ご自身でも氷鷺さんのコメント依頼で「「写真年表」では改善の可能性(時間)を奪われました」とお書きのように、改善の余地がある記事だとお認めのようですし。特に一覧系記事は説得力のある出典を伴う厳密な定義が必要であり、その定義に則る項目を網羅するのでなければ、立項者の独自研究による定義に基づいた有用性のない一覧ないし単なる雑多な寄せ集めに堕することは 20世紀(前半)美術さんも意見を同じくしていただけるかと思います。その観点でみると例えば「戦間期の写真家の一覧」は、厳密な定義に則った写真家の一覧記事になっていますか。何の出典もなく追加されている写真家が「戦間期に活躍した」かどうかは誰が決めたのでしょう。ノートにもご自身でお書きのように、当初の 50 人という数は何の出典もない20世紀(前半)美術さんの完全な個人的見解であり、現在網羅されている写真家も「個人の好みが入っている」独自研究となってはいませんか。

「「写真年表」では改善の可能性(時間)を奪われました」とのことですが、jawp ではいったん削除されたところで、削除依頼で指摘された箇所を改善して再立項することはなんら妨げられてはいません。コミュニティが納得するだけの記事を時間をかけて、必要ならば数年かけてじっくりともう一度書けばいいだけの話でしょう。ノート:戦間期の写真家の一覧でお書きのように「3~4年などというのは、このプロジェクトに関していえば、短い時間」ではないのですか。--光舟会話2012年9月21日 (金) 14:41 (UTC)[返信]

コメントをいただき光栄です、とともにご心配なりご迷惑なりをおかけしてすみません。正直、氷鷺氏には光舟さんみたいに、削除依頼という方法をとるのではなく会話ページ(または記事のノート)に来ていただきたかった。
まず、Wikipedia:コメント依頼/氷鷺に書いたことの繰り返しになってすみませんが、「削除依頼されている記事に問題がない(改善の必要がない)と申し上げているのではなく(むしろ、個別にコメントをいただければ改善に生かして行きたいと考えております)、削除依頼の仕方・方法に問題があるのではないかと申し上げているのです」、という点を改めてご理解頂きたい。「1週間で削除だぞ」という剣を突きつけるようなやりかたではなく、問題点を対話しながら改善していくべきなのではないか、と申し上げているのです。著作権侵害やプライバシー侵害などは別として「記事に問題があるから、当然に即、削除依頼でいいのだ」という発想が理解できません。しかも、集中的に、というやりかたが。もちろん、改善に向けての動きが全くなければ、削除もやむなしでしょうが、そういう動きの有無を確認したうえで削除はあくまでも最後の手段だと考えています。そして、世界美術大全集西洋編でご自分が削除依頼をしたのに、結果は削除とならなかったという経過をまさにご自分の経験として見ていただいた人ならば、コメントをすれば、少なくとも、私が記事をほおっておくことはありえない、とご理解いただけるはずだと思います。
それとも、光舟さんでも、「今回のケースでは、私でも対話なしに即削除依頼をする。しかも、突然の集中的な削除依頼をするだろう」ということなのでしょうか? この会話ページに来てくださったくらいだから、そうはなさらないのではないかと信じているのですが、違いますでしょうか? また、大変不思議に思いますのは、光舟さんだけでなくShellSquidさんについてもそうなのですが、今回の集中的な4件の削除依頼を支持しておられるようなコメントをなさっているのに、削除依頼自体には、まったく賛成票を投じておられない(賛成票を投じて欲しい、という趣旨では決してありません、念のため)。その理由をお聞きしたい。それは、実は、賛成をためらうような、なにか「ひっかかること」があるからではないのでしょうか?(それは、氷鷺氏に関することかもしれませんし、削除依頼制度そのものに関することかもしれません。また私に関することかもしれません)
そして、「いったん削除されたところで、削除依頼で指摘された箇所を改善して再立項することはなんら妨げられてはいません。」、おっしゃるとおりです、その点はよく理解しています。実際、世界美術大全集西洋編ではそうしています。とすると、にもかかわらず、なぜ「存続」にこだわるのか、という疑問に当然になると思います。これはやがて出てくるであろうと予想していたご質問です(その意味では、そのご質問への回答は、Wikipedia:コメント依頼/氷鷺に書いたほうが皆さんの参考になるとも思いますが)。私の考えは、次の2点です。
  • 1.変更履歴が消えてしまうということ。「写真年表」はもちろん私だけの記事ではありません、何人もの方が記事を良くしようとしてくださった。その履歴が一挙に消えてしまいました。どなたがいつ何をしてくださったのか、もう分かりません。私の力不足のなせるわざで、極めて残念なことなのですが、本当になすすべがありませんでした。光舟さんはそれを当然の結果だとお思いですか? 私は正直納得いきません。「削除依頼攻撃」が一段落することを前提として、やがて「写真年表」の記事を復活させることでしょう。時間はかかるかもしれませんが、確かに復活までに時間がかかることは問題じゃない。そうではなく、復活しても変更履歴は戻らない、という点が問題なのです。Wikipediaがあと何年続くのかわかりませんが、どなたかが、やがて復活した「写真年表」の変更履歴をかなりあとに見て、これは「20世紀(前半)美術」という利用者が1人で作りはじめたんだな、と思われたら、大変悲しいことです。この点についてノートに説明を残すことは可能でしょう。しかし、どの利用者がいつどのような変更をしたのかがわかる変更履歴のかわりにはなりません。変更履歴が消えてしまうことへの疑問、それが「存続」にこだわる最大の理由です(この点は、ノート:世界美術大全集西洋編に、その削除依頼についてのまとめとして書こうと思っていた点なのですが(この会話ページの少し上にも「まとめ」を予告しています)、4件の削除依頼に阻まれて、残念ながら未だ出来ていません)。
  • 2.氷鷺氏のやりかたで削除依頼(ひいては削除)が認められるということは、すなわち「対話拒否」「突然の集中的な削除依頼」が認められるということを意味しています。「削除依頼」には理由があるのだから、どんなやり方でもいいということなのでしょうか? それはおかしいと思います。氷鷺氏は対話が苦手で下手だから対話を徹底的に避けようとなさっているわけですが、あちこちで起きているトラブルの根本的な原因となっているそのやり方をみんなで認めて、ご本人が「対話拒否」を継続している(沈黙を継続している。要するに何もしていない)のに、周りの方が躍起となって「対話拒否」や「突然の集中的な削除依頼」がいけないのではないかと言っている利用者(要するに私ですが)を説得しようとしている、というのはおかしいと思いませんか? これは何も氷鷺氏だけの問題ではありません。みんながそれでいい、これが認められるのなら自分も同じようなことをしよう、と考え、対話しないこと・対話を拒否することが当然という風潮となり、対話という方法に対する信頼がなくなり、対話に期待することが馬鹿らしくなり、対話が無駄・無意味と考えられるようになり、トラブルが増えることになるのではないかと懸念します。なお、光舟さんがこの会話ページにコメントなさったことは、私にとっては大変ありがたいことです。しかし、かなり失礼な言い方で申し訳ありませんが、氷鷺氏にとっては「おもうつぼ」でしょう。
以上ですが、個別の削除依頼については、光舟さんにもご意見があるようです。大変うれしいことです。それについては、個別の記事のノートにお書きいただけませんか? そうしていただければ、もちろん私から必ずご返事いたします。おわかりのとおり、それが記事の改善につながります。そして、記事の改善のためにはそのような対話の継続が想定されるのですから、4件の削除依頼への対応をほぼ同時に強制されることがいかに無理なことか、お分かりいただけると思います。このように、対話により問題のある記事を改善していくということは、かなりの労力と時間がかかることです。ですから、氷鷺氏が「興味の全くない記事の改善などという無駄なことに力を貸してられるか」とお思いになるのは、やむを得ないことかもしれません。しかし、少なくとも、記事改善の妨害になるような集中的な削除依頼などということはしていただくべきことではない、と考えています。
よろしくお願いいたします。--20世紀(前半)美術会話2012年9月23日 (日) 03:59 (UTC)[返信]

(インデント戻す)ご丁寧な返信ありがとうございます。こちらも長文になりますが、お付き合いいただければ嬉しいです。

まず、私が一連の削除依頼に対して賛否をつけていないのは、「ひっかかること」があるからではなくて、単純に私が削除依頼全般に現状では参加するつもりがないことだけが理由です。前回にも書いたように、削除依頼に付されている記事はどれも問題があったのではないかなと考えてます。私に削除依頼に投票するつもりがあれば、少なくとも削除となった記事については削除票を投じていたかも知れません。反発をお感じかもしれませんが、ここのところは私の思うところを述べた以下の文章の前提として、ご承知おきくださいませ。

私が前回に呈した疑問に具体的にはお答えいただけていないのは残念なんですが、私宛の20世紀(前半)美術さんからのご質問に簡単にお答えしますね。

1. 変更履歴が消えてしまうということについて、たとえ何人何百人の加筆と版があったとしても、記事として jawp に相応しくないとコミュニティが判断すれば、その記事は削除されてしまいます。今までも数年間に渡って多くの利用者が書き続けてきた記事が削除された例はけっこうあります。私よりも遥かに参加年次が古く、投稿回数も多い20世紀(前半)美術さんに今更ご指摘するまでもないでしょうけど。

また、素晴らしい記事を見かけたときに「誰が書いたんだろう」と、履歴から執筆者を確認することを20世紀(前半)美術さんはなさいませんか。実は私はよくやります。で、それと同じ理由で、削除すべきかと思われる記事を見つけたときに、執筆者が誰かを確認することも普通にありえるんじゃないかなと思うんですよ。削除すべきと思う記事を書いた執筆者の履歴を精査した結果、他にも削除対象であろう記事が見つかった場合に、順次削除依頼を出すことも個人的にはとくに不自然だとは感じないのです。 2. 私は氷鷺さんが「対話が苦手で下手」という印象はとくに持っていませんが、同時に氷鷺さんの言動に諸手を挙げて賛同しているわけでもないということも予めお断りしておきます。その上で今回の私の言動が氷鷺さんの「おもうつぼ」かどうかは別に考えなくていいんじゃないでしょうか。ご本人以外誰にも分からない内心を我々が忖度したところで、この場での益になるとは思えませんしね。

今の私の勝手な印象を正直に書かせていただくと、20世紀(前半)美術さんが氷鷺さんにかなりの悪印象を持たれているんじゃないかという気がしてます。20世紀(前半)美術さんにそのようなつもりがないにしても、今の20世紀(前半)美術さんの言動からは、すべての非は氷鷺さんにあり、自分は悪くないと主張されているような印象を与えかねません。このように思われることは20世紀(前半)美術さんとしても不本意でしょう。削除依頼に付された結果、削除されてしまった記事があるんですから、ご自身が書かれた記事に不備があり存続に値しないとコミュニティに判断されたという点は省みられたほうがいいんじゃないかなと思っています。

あと、削除依頼提出の前に対話がなかったという点にかなり憤っていらっしゃるとお見受けしますが、良し悪しは別として削除依頼提出前に主執筆者に相談、連絡することは滅多にありません。主執筆者が20世紀(前半)美術さんの場合にのみ、そのような例外的な対応が必要だと要求するのは無理筋じゃないかなあと。ですので、事前対話がなかったという観点から氷鷺さんに責があると主張しても、賛同してくださる方はほとんどいらっしゃらないかと思います。その意味で氷鷺さんが出された削除依頼について、各記事のノートで話をする必要は冷たいようですが感じてません。記事の内容ともども、Wikipedia:削除依頼/世界美術大全集西洋編を除いて、20世紀(前半)美術さん以外の存続票が皆無だった理由をご賢察くださいとしか私からは言えません。

20世紀(前半)美術さんの写真関連も、私のルネサンス前後の美術関連も執筆者がほとんどおらず、芸術分野は jawp 屈指の過疎分野になってます。私が多くの記事を翻訳した初期フランドル派関連などにいたっては、大本の定義記事すらなかったような分野です。今回の件で気分を悪くされているかと思いますが、何とか気持ちを切り替えていただいてこれからも貴重な芸術分野の執筆者として記事をお書きいただければと願っています。それでは、長文失礼しました。--光舟会話2012年9月26日 (水) 12:00 (UTC)[返信]

光舟さん、こちらこそ、ご回答いただき(わざわざお付き合いいただき)ありがとうございます。また、ご批判も、叱咤激励もいただき大変感謝しております。正直なところ、「反発」などは感じておりません。
まず、ご回答していなかった部分については、申し訳ありません。「戦間期の写真家の一覧」についてかと思いますが、私としては、個別の記事については、そのノートにて対話したいと考えておりました。といいますのは、他の方にもご参加いただきやすいと思うからです。ただ、「各記事のノートで話をする必要は冷たいようですが感じてません」と書いておられますから、無理なのかもしれません。いずれにしても、ノートに書いてみます。
そして、私が「存続」にこだわる理由の1点目についてですが、書き方が悪かったのか、誤解されてしまった、と感じています。「どんなに問題のある記事でも削除はいけない、変更履歴は残すべきだ」とは決して申しておりません。個別の記事の問題が改善されなければ、削除はやむを得ません。何年間維持された記事でもやむをえないでしょう。しかし、繰り返し申し上げているつもりではあるのですが、あらためて別の言葉で申し上げれば、「改善の可能性がある記事についてまで、変更履歴まで削除するような手続にのせるのはおかしいのではないか?」(しかも、集中して)ということを申し上げているつもりだったのです。改善の可能性があることについては、世界美術大全集西洋編でご理解いただけると思います。「そんなこと信用できるものか?」 そうかもしれません。しかし、「集中した削除依頼」の場合、どう改善していくつもりなのかをご説明する時間すらなく、あれよあれよという間に変更履歴も含めて削除されてしまうわけです。特に「写真年表」など、そういう印象です。
それから、「無理筋じゃないかなあ」と部分ですが、削除依頼(Wikipedia:削除依頼/世界美術大全集)の場で直接、氷鷺氏にそうお願いしているのですが、それでも無理なんですかね。そして、「かなりの悪印象」について、集中して削除依頼されたようなご経験がないからおわかりにならないかもしれませんが、対話なしに突然に4件も集中して削除依頼されたら、普通はそれだけで悪印象を持つと思います。しかも、「世界美術大全集西洋編」での氷鷺氏の対応を経験しているのでなおさらです。
さらに「すべての非は氷鷺さんにあり、自分は悪くないと主張されているような印象を与えかねません」という点は、残念ながら誤解です。あえて同じような書き方で書きますと、「すべての非は(あのような記事を作成した)20世紀(前半)美術にあり、氷鷺氏は悪くないと理解されているようだが、氷鷺氏のやり方にも問題があるのではないか?」と思っています。
ばらばらとまとまりなく書いてしまい申し訳ありませんが、以上、お読みいただければ幸いです。また、さらにご批判があれば、お書き下さい。よろしくお願いします。--20世紀(前半)美術会話2012年9月30日 (日) 08:15 (UTC)[返信]

著作権侵害について[編集]

はじめまして(でしょうか?)。過去の貴方様の編集に関し、具象絵画で著作権侵害を理由とした削除依頼が出ております。ケースB-1の審議に積極的に参加している者として、相手が初心者の場合は、いつもWikipedia:案内文の文例#著作権侵害中止のお願いを貼るのですが、ベテランの方ゆえ今回は何かしらの理由があるのかもしれないと考慮し、省略します。--JapaneseA会話2013年5月19日 (日) 17:48 (UTC)[返信]