利用者:Merliborn/sandbox/ピゾ数
ピゾ・ヴィジャヤラガヴァン数あるいはピゾ数とは、1より大きい実代数的整数であって、自身を除く 上共役元の絶対値がすべて1より小さいものを言う。この性質を持つ数についての結果で古いものは1912年のアクセル・トゥー (Axel Thue) と1919年のゴッドフレイ・ハロルド・ハーディのものがある。その後、これらの数がなす集合について、シャルル・ピゾ (Charles Pisot) とティルッカンナプラム・ヴィジャヤラガヴァン (Tirukkannapuram Vijayaraghavan) がそれぞれ独立に研究・発表した[1]。そのため、両者の名前からPV数 (英語: PV numbers, P.V. numbers) とも呼ばれる。
ピゾ数の特徴として、その累乗が整数に近付くことが挙げられる。ピゾはこれについて、重要な逆定理も示している。もし1より大きな実数 α について、その累乗と最も近い整数との距離が2乗和可能、すなわち ℓ2 である場合、α はピゾ数である (従って特に、α は代数的整数である)。この特徴付けを行うに際して、ラファエル・サレム (Raphael Salem) はピゾ数の集合 (S で表される) が閉集合であることを示した。その最小元はプラスチック数として知られる3次の代数的数である。S の集積点については多くのことが知られている。最小の集積点は黄金数である。
Two-dimensional turbulence modeling using logarithmic spiral chains with self-similarity defined by a constant scaling factor can be reproduced with some small Pisot numbers.[2]
定義
[編集]整数係数で最高次係数が1である既約多項式 P(x) の根であるような複素数を代数的整数と言う。α が代数的整数であるとき、それを根とする既約多項式 P(x) を最小多項式と言う。n 次の既約多項式 P(x) には n 個の根が存在するが、これらの根は互いに共役 (共軛) 関係にあると言う。代数的整数 α について、もし α が1より大きい実数で、他の共役な根がすべて1より小さい絶対値を持つ (これらは実数でも複素数でも構わない) ならば、α はピゾ数 (ピゾ・ヴィジャヤラガヴァン数、PV数) であると言う。
例
[編集]- 黄金数 φ ≈ 1.618 は多項式 の正の根であり、正確な値は である。共役元は であり、その値はおよそ-0.618である。従って φ はピゾ数である。
- プラスチック数 ρ は多項式 の唯一の実根であり、その値はおよそ1.3247である。残り2つの根は複素数の範囲に存在し、その値はおよそ -0.66236±0.56228i である。2つの複素根の絶対値はおよそ0.86884であり、以上より ρ はピゾ数である。
性質
[編集]初等的な性質
[編集]- 1より大きい全ての整数はピゾ数である。逆に、全ての有理数であるピゾ数は1より大きい整数である。
- 無理数 α がピゾ数であり、その最小多項式の0でない最小次係数が k であるなら、α は | k | より大きい。
- 実数 α がピゾ数であるなら、任意の正整数 k による冪 αk もピゾ数である。
- 次数 n の実代数体 k には必ず次数 n のピゾ数が存在しており、それは体を生成する。k に存在する次数 n のピゾ数すべてからなる集合は乗法について閉じている。
- 任意の正実数 M と正整数 n について、M より小さい次数 n のピゾ数は有限個しか存在しない。
- 定義から、全てのピゾ数はペロン数 (en:Perron number) である。
ディオファントス的性質
[編集]ピゾ数の主要な興味は、その累乗のmod1における分布が非常に偏っていることである。実数 α はピゾ数、λ は 上の任意の代数的整数とする。このとき、数列 は指数関数的に0へ漸近する (ここで とは x から最も近い整数と x との距離を示す)。特に、この数列は二乗和 が有限であり、各項の値は0に収束する。
逆の主張については、以下の2つが特に成り立つ。これらの主張は全ての実数、および全ての代数的数の中でのピゾ数の特徴付けを与える。
- (ピゾの定理) 実数 α は1より大きく、λ は0でない実数であり、次の不等式を満たすとする。このとき、α はピゾ数であり、λ は数体 上の代数的数である。
- 実数 α は1より大きい代数的数であり、λ は以下の条件を満たす0でない実数とする。このとき、α はピゾ数であり λ は数体 上の代数的数である。
未解決問題として知られるピゾ・ヴィジャヤラガヴァン問題とは、1より大きい (代数的数とは限らない) 実数 α と0でない実数 λ が を満たすときに、α がピゾ数であるかどうかを問うものである。もしこの問題が肯定的に解決された場合、実数に対して、適当な補助パラメータである実数 λ を用いた単純な数列 の0への収束によってピゾ数を特徴付けることが可能になる。また、この問題はこれらの性質を持った数で超越数となるものが存在するかどうかも決定する。
位相幾何的性質
[編集]ピゾ数はいずれも代数的であるため、全てのピゾ数の集合 (以下、S で表す) は可算である。サレムは個の集合が閉集合であることを示した。すなわち、S は自身の集積点をすべて内包している[3]。サレムの証明はピゾ数の集合のディオファントス性の証明を構成的にしたものを利用している[4]。与えられたピゾ数 α に対して、実数 λ を かつ以下の不等式を満たすように選ぶことができる。従って、数列 の ℓ2 ノルムは α と独立な単一の定数によって抑えられる。最終段階として、ピゾ数からなる数列の極限が再びピゾ数になることが、ピゾによる特徴付けから結論される。
閉集合かつ下に有界であるため、ピゾ数の集合 S は最小元を持つ。カール・ジーゲルはその最小元が、方程式 x3 - x - 1 = 0 の唯一の実数解 (プラスチック数) であり、それが S 内で孤立していることを示した[5]。彼はピゾ数から構成され、黄金数 φ に収束する2つの数列を構成した。そして φ が最小の集積点であるかどうかを問う問題を残した。これは後に、φ より小さい全てのピゾ数を決定したデュフレスノイとピゾによって証明された。ヴィジャヤラガヴァンは S が無限個の集積点を持つことを証明した。実際、導集合を繰り返し取ることで得られる集合の列
は終了しない。一方で、それらの交叉 は空集合となる。さらに、S の順序型が既に決定されている[6]。
サレム数全ての集合 (T で表す) は S と緊密に関係している。S は T の集積点の集合 T' に含まれていることが証明されている[7][8]。S と T の和集合は閉集合であることが予想されている[9]。
二次無理数
[編集]実数 α が二次無理数(英語: Quadratic irrational number)であるとき、α には唯一の共役元 α' が存在する。このとき、α と α' はもしくはと表される。ここで a と D は整数であり、さらに後者の場合は a は奇数、D は4で割った余りが1となる。
ここで α > 1 かつ -1 < α' < 1 を条件として課す (すなわち、α がピゾ数となるように条件を課す)。この条件は α と α' の表示が前者の場合、a > 0 より もしくは となり、後者の場合は、 もしくは が条件となる。従って、ピゾ数であるような最初のいくつかの二次無理数が次のように得られる。
値 | 最小多項式 | 数値表示 | 別名 |
---|---|---|---|
1.618033... A001622 | 黄金数 | ||
2.414213... A014176 | 白銀数 | ||
2.618033... A104457 | |||
2.732050... A090388 | |||
3.302775... A098316 | 青銅数 | ||
3.414213... | |||
3.561552.. A178255. | |||
3.732050... A019973 | |||
3.791287...A090458 | |||
4.236067... A098317 | 第4貴金属数 |
ピゾ数の累乗
[編集]ピゾ数はほとんど整数を生成するためにも使用される。ピゾ数の n 乗は n が大きくなるにつれて整数に近付いていく。例えば、 と が しか違わないことから、次の2つの数は非常に近いものとなっている。
実際、次の等式が成り立つ。
より高次の冪はより近い有理数の近似を与える。
この性質は、代数的整数の n 乗、および共役な元の n 乗の総和が整数となることに由来する。これはニュートンの恒等式から導かれる。α がピゾ数である場合、他の共役元の n 乗冪は n が大きいほど0に近い。それらの総和は整数であったことから、α の n 乗冪は整数に近く、その距離は指数関数的に0に近付くことがわかる。
小さいピゾ数
[編集]黄金数を超えない全てのピゾ数はデュフレスノイとピゾによってすべて決定されている。以下の表は小さいピゾ数を昇順に10個掲載している[10]。
数値 | 最小多項式 | 最小多項式 | |
---|---|---|---|
1 | 1.3247179572447460260 A060006 (プラスチック数) | ||
2 | 1.3802775690976141157 A086106 | ||
3 | 1.4432687912703731076 A228777 | ||
4 | 1.4655712318767680267 A092526 | ||
5 | 1.5015948035390873664 A293508 | ||
6 | 1.5341577449142669154 A293509 | ||
7 | 1.5452156497327552432 A293557 | ||
8 | 1.5617520677202972947 | ||
9 | 1.5701473121960543629 A293506 | ||
10 | 1.5736789683935169887 |
これらのピゾ数は2より小さいことから、従って全て単元である。表中の最小多項式[11]は、唯一の例外である を除いて、次の2つの形のいずれかで表される多項式の因数である。
前者は n が奇数であるとき x2 - 1 を因数に持ち、n が偶数であるとき x - 1 を因数に持つ。また、これらの多項式はただ1つの実根をもち、それがピゾ数である。また、これらの多項式を xn で割ったものは、n が大きくなるにつれて x2 - x - 1 に近付く表式の列を与える。従ってこの多項式の実根は黄金数に収束するピゾ数の列を与える。補完的な2つの多項式は
であり、これは黄金数に上から収束するピゾ数の列を与える。
脚注
[編集]- ^ Bertin et al. 1992, pp. 97–98
- ^ Ö. D. Gürcan; Shaokang Xu; P. Morel (2019). “Spiral chain models of two-dimensional turbulence”. Physical Review E 100. arXiv:1903.09494. doi:10.1103/PhysRevE.100.043113 .
- ^ Salem, R. (1944). “A remarkable class of algebraic integers. Proof of a conjecture of Vijayaraghavan”. Duke Math. J. 11: 103–108. doi:10.1215/s0012-7094-44-01111-7. Zbl 0063.06657.
- ^ Salem 1963, p. 13
- ^ Siegel, Carl Ludwig (1944). “Algebraic integers whose conjugates lie in the unit circle”. Duke Math. J. 11: 597–602. doi:10.1215/S0012-7094-44-01152-X. Zbl 0063.07005.
- ^ Boyd, David W.; Mauldin, R. Daniel (1996). “The Order Type of the Set of Pisot Numbers”. Topology and Its Applications 69: 115–120. doi:10.1016/0166-8641(95)00029-1.
- ^ Salem, R. (1945). “Power series with integral coefficients”. Duke Math. J. 12: 153–172. doi:10.1215/s0012-7094-45-01213-0. Zbl 0060.21601.
- ^ Salem 1963, p. 30
- ^ Salem 1963, p. 31
- ^ Dufresnoy, J.; Pisot, Ch. (1955), “Etude de certaines fonctions méromorphes bornées sur le cercle unité. Application à un ensemble fermé d'entiers algébriques” (French), Annales Scientifiques de l'École Normale Supérieure 72: 69–92, MR0072902. The smallest of these numbers are listed in numerical order on p. 92.
- ^ Bertin et al. 1992, p. 133
参考文献
[編集]- Bertin, M. J.; Decomps-Guilloux, A.; Grandet-Hugot, M.; Pathiaux-Delefosse, M.; Schreiber, J. P. (1992) (英語). Pisot and Salem Numbers. Birkhäuser Basel. doi:10.1007/978-3-0348-8632-1. ISBN 978-3-7643-2648-7
- Borwein, Peter (2002). Computational Excursions in Analysis and Number Theory. CMS Books in Mathematics. Springer-Verlag. doi:10.1007/978-0-387-21652-2. ISBN 0-387-95444-9. Zbl 1020.12001
- Boyd, David W. (1978). “Pisot and Salem numbers in intervals of the real line”. Math. Comp. 32: 1244–1260. doi:10.2307/2006349. ISSN 0025-5718. Zbl 0395.12004.
- Cassels, J. W. S. (1957). An introduction to Diophantine approximation. Cambridge Tracts in Mathematics and Mathematical Physics. 45. Cambridge University Press. pp. 133–144
- Hardy, G. H. (1919). “A problem of diophantine approximation”. J. Indian Math. Soc. 11: 205–243. doi:10.1007/BF02401833.
- Pisot, Charles (1938). “La répartition modulo 1 et nombres algébriques” (French). Ann. Sc. Norm. Super. Pisa II. Ser. 7: 205–248. Zbl 0019.15502 .
- Salem, Raphaël (1963). Algebraic numbers and Fourier analysis. Heath mathematical monographs. Boston, MA: D. C. Heath and Company. Zbl 0126.07802
- Thue, Axel (1912). “Über eine Eigenschaft, die keine transzendente Größe haben kann”. Christiania Vidensk. selsk. Skrifter 2 (20): 1–15. JFM 44.0480.04.
外部リンク
[編集]- Pisot number, Encyclopedia of Mathematics
- Terr, David; Weisstein, Eric W. "Pisot Number". mathworld.wolfram.com (英語).
[[Category:代数的数]]