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日本IBM藤沢事業所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本IBM藤沢事業所(にほんアイビーエムふじさわじぎょうしょ)は神奈川県藤沢市(桐原町1番地)にかつて存在した、日本アイ・ビー・エム(米国IBMの日本法人)の事業所。コンピュータ関連の工場と開発研究所があった。

2002年12月、日立製作所がIBMのハードディスク部門(IBM藤沢工場を含む)を買収し、その直前に日立製作所が自社のハードディスク部門を分社した新会社である日立グローバルストレージテクノロジーズ(日立GST)に統合されその拠点(日本法人である株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ)となった。その後、日立GSTがウエスタンデジタル(WD)に買収されたことに伴い株式会社HGSTジャパンへ商号変更、その後WD内でHGSTが吸収されたことにより現在はウエスタンデジタルテクノロジーズ合同会社の事業所となっている。

概要

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神奈川県藤沢市の北部、桐原工業団地と呼ばれる所にコンピューター工場を設立した(桐原町1番地、敷地面積:11万8千平方メートル)。近くにはいすゞ自動車の主要工場もある[1]

藤沢工場

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日本IBMの工場は第二次世界大戦後、まず東京都大田区糀谷羽田飛行場近く)に輸入品調整工場が設立され、次に千鳥町工場大田区千鳥町)へ移転してパンチカード・システムIBMカードIBM 1440コンピューターなど製造を行なった。

その後1967年にはIBM藤沢工場(藤沢市桐原町1番地)を設立・移転した。

藤沢工場では、次のような製品を製造した。

1971年のIBM野洲工場の開始と共に、System/360System/370IBM 4341などの製造はそちらへ移動し、大勢の社員も慣れない関西の環境(借家の敷金は関東の約二倍[3]など)へ移った[4]

2002年12月、日立製作所によるIBMのハードディスク部門(IBM藤沢工場を含む)の買収により、日本IBM藤沢事業所は日立グローバルストレージテクノロジーズ(日立GST)へ売却された[6]。その後2012年のウエスタンデジタル(WD)による日立GST買収を経て2023年現在では同社のハードディスク部門の日本法人がおかれている。

藤沢開発研究所

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1972年に、新製品・サービスを開発するIBM日本開発研究所(IBM Japan Development Laboratory)が開設された。その後藤沢駅近辺への移転を経て、1975年には藤沢事業所内の工場に隣接して増築したIBM藤沢開発研究所へ移転した。

藤沢開発研究所では次のような新製品・サービスを開発・発表した。

世界向け
  • IBM 3767 - プリンター端末機 & SNA ( 1974年)
  • IBM 3276 - 3270表示・制御装置 (1975年)
  • IBM 3101 - ASCIIコードを用いた表示端末(1979年)
日本および東アジア向け

1985年に、藤沢開発研究所は新築のIBM大和事業所神奈川県大和市)へ移転して、IBM大和開発研究所と呼ばれた。

アクセス

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協力会社

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工場関係

脚注

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関連項目

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外部リンク

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