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有馬隼人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ありま はやと
有馬 隼人
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 広島県福山市
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1977-10-29) 1977年10月29日(47歳)
血液型 A型
最終学歴 関西学院大学商学部
所属事務所 グリーンメディア
職歴 TBSホールディングス
(2001年 - 2004年)
活動期間 2001年 -
担当番組・活動
出演中AWAKE
出演経歴はなまるマーケット』、『TOKYO MX NEWS』、『有馬隼人とらじおと山瀬まみと』など
 有馬 隼人
オリエンタルバイオシルバースター  ヘッドコーチ
ポジション クォーターバック
生年月日 (1977-10-29) 1977年10月29日(47歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県福山市
身長 178cm
体重 78kg
経歴
高校 大阪府立箕面高等学校
大学 関西学院大学
初出場年 2004年
初出場チーム アサヒビールシルバースター
所属歴
選手
2004-2007 アサヒビールシルバースター
2008-2009 アサヒ飲料チャレンジャーズ
2010-2012 アサヒビールシルバースター
コーチ
2013- アサヒビールシルバースター

有馬 隼人(ありま はやと、1977年[1]10月29日 - )は、フリーアナウンサーアメリカンフットボール実況・解説者アメリカンフットボール元選手(QB)、元TBSアナウンサーグリーンメディア所属。身長178cm、体重78kg、左投げ。現在、アナウンサー業を行いつつ、Xリーグオリエンタルバイオシルバースターでヘッドコーチを務めている。

人物・略歴

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大学以前

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広島県[1]福山市生まれ。家族構成は、両親と2人の姉がいる[2]。父親は鹿児島県出身[3]福山市立蔵王小学校在学中は、蔵王スイミングスクールに通っていた[4]。9歳の時、大阪府豊中市に転居。中学時代はバスケットボール部所属だった。大阪府立箕面高等学校在学中にアメリカンフットボールを始め[1]QBとして活躍。投げ手は左手。3年生時の春季、西宮ボウル(大阪府選抜-兵庫県選抜)等で注目を集める。秋の高校アメリカンフットボール選手権大会では、奇跡的な逆転勝利などを数々演出し「箕面現象」とも言われた快進撃で準決勝へ進む。スポーツ推薦制度のない公立高校の準決勝進出は快挙であり、関西フットボール界の大きな話題となったが、関西学院高等部に敗れ、公立校初のクリスマスボウル出場はならなかった。

大学時代

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関西学院大学商学部に進み、アメリカンフットボール部に入部。1996年の秋季リーグ戦で1年生ながらスターターQBに起用され、話題となる[1]。2、3年時は不振でスターターを外れるが、西宮ボウルでは関西学生オールスターに選出され、近畿大高橋幸史(のち松下電工)の控えながら軽妙にパスを決めて存在感を示す。最終学年となった1999年、春季、アサヒ飲料との神戸ボウルでレギュラーが負傷したことから途中出場し、40ヤード以上のランを2回記録、エースに復帰した[1]。ゲームで安定したクォーターバッキングを見せ、スターターQBの座を奪回。秋季リーグ戦も、第6節の立命館大戦こそゲーム序盤で相手タックルを受け戦列を離れたが、リーグ戦を通じて終始安定した試合運びで全勝優勝に導き、関西学生リーグの最優秀選手に選ばれる。正確なパスコントロールで、パス成績は他を大きく引き離しての1位だった。大きな放物線軌道を描くロングパスは毎日放送のリーグ戦ダイジェスト番組『FLASHBOWL SERIES ハイライト』の司会者ヒロ寺平に「パラボリック・パス」と命名された。その後、第54回毎日甲子園ボウル法政大に52-13で快勝し、1993年以来チーム4度目のライスボウル出場を決める。自身も甲子園ボウル出場は1997年、1999年の2回甲子園ボウルに出場し、年間最優秀選手であるミルズ杯を獲得した。しかし、日本一に挑んだ第53回ライスボウルでは社会人チーム代表アサヒビールシルバースターに17-33で敗れ、日本一の夢を果たせぬまま選手生活を一旦終える[1]

この時期から、何度かメディア出演の経験があり、毎日放送朝日放送のテレビ、ラジオに出演経験がある。

社会人以後

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関西学院大学商学部卒業後、2001年4月、TBS(当時の東京放送)にアナウンサー36期生[5][6]として入社[5][6][1][注 1]。主に週末の番組でスポーツキャスターを務めたほか『はなまるマーケット』でも注目を集めたが、アメリカンフットボールへの情熱を捨て切れず、2004年3月にアサヒビールのトライアウトに合格、6月に在職3年で同社を退社[1]。一般企業に転職した。

立命館大学出身の東野稔のドキュメントによると、アナウンサー時代から収入が3分の1に減ったという。また、復帰した理由としては、2001年度に母校が日本一になったことを理由に挙げている。

TBS在職中も社会人チーム三井物産シーガルズに籍は置いていたが、退社後は選手として本格的に復帰。奇しくもライスボウルで対戦したアサヒビールシルバースターに入団。アリーナフットボールの日本選抜チーム「サムライウォリアーズ」でもプレーした。2008年、アサヒ飲料チャレンジャーズに移籍。同年GAORAで放送されたドキュメンタリー番組『激動の有馬隼人』によると、同チームに所属し共にGAORAでNFL中継を担当する河口正史からの誘いもあったという。2010年シーズンはアサヒビールシルバースターに復帰。2012年シーズンをもって選手としての現役生活を終え[7]、翌2013年シーズンからは同チームのオフェンスコーディネーターに転身した[8]

一方、元アナウンサーという経歴を生かし、テレビのアメフト関連番組への出演機会が多い。NFLやアリーナフットボール中継の実況を皮切りに、『FLASHBOWL SERIES ハイライト』のMC、甲子園ボウル中継のピッチ解説、ライスボウル中継の副音声実況なども務める。なお、甲子園ボウル中継は、全国ネットであったため、間接的な形ではあるものの、古巣のTBSの番組に出演している。

アニメ『アイシールド21』(テレビ東京)では、第45・46話で本人役[9]で声優出演、第52話から第98話まで「有馬隼人のアメフトクリニック」コーナーに出演した。 『LOVEかわさき』(テレビ神奈川)などスポーツ以外の番組にも出演するようになる。

中堅コンビニエンスストアチェーンam/pmの食育や環境に配慮したキャンペーン「カラダにキブンにイイコトクラブ」では「自己管理の達人」として、タレントの安田美沙子などと共に2007年度のオピニオンキャラクターを務めた。

2014年スノーボード選手の平岡卓のマネージメントを行う[10]

2016年4月14日からTBSラジオ伊集院光とらじおと』の木曜アシスタント(後述のニュース番組を担当している関係で、2019年3月に卒業)、4月15日から同番組の金曜版『有馬隼人とらじおと山瀬まみと』のメインパーソナリティを担当[11]。長らく古巣のTBSの番組にはテレビ、ラジオともなかったが、久々の出演となる[注 2]

2017年10月からは、『TOKYO MX NEWS』の平日夕方のメインキャスターを2020年3月まで担当していた。

2020年5月には「Stay Home Tournament [MADDEN]」の実況を担当。Eスポーツの実況デビューを果たした。

2020年9月に『有馬隼人とらじおと山瀬まみと』(TBSラジオ)が終了し、2021年4月から、ベイエフエムで、朝の情報番組『AWAKE』のDJを月曜日から木曜日で務める。[12]

このようなメディアへの出演と並行して、2017年からはアサヒビールシルバースターのヘッドコーチとして指揮を執る[13]

著書

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主な出演

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現在

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過去

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TBSアナウンサー時代

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出典:「TBSアナウンサー名鑑」2004年版

TBS退社後

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脚注

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注釈

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  1. ^ 同期入社のアナウンサーに藤森祥平竹内香苗
  2. ^ TBSの系列局である毎日放送及び、MBSの衛星放送であるスポーツ放送局GAORAには多く出演していた。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h 看板アナの道捨てアメフトに戦列復帰 関学QBだった有馬さん、アサヒビールへ 読売新聞2004年11月19日夕刊2ページ
  2. ^ 同級生アナ初対談 堀潤(元NHK)×有馬隼人(元TBS)「局アナとフリーアナの違いは─」” (2017年10月17日). 2020年4月21日閲覧。
  3. ^ 有馬隼人 Hayato Arima(@arima_hayato)” (2018年11月15日). 2020年4月21日閲覧。
  4. ^ ふるさと探訪” (2018年12月10日). 2020年4月21日閲覧。
  5. ^ a b 東京放送 編「III. 放送関係 7. アナウンサーの活動記録」東京放送、2002年1月、240頁。全国書誌番号:20288703。「2001.4<36期生> 3人入社(男2・女1) 有馬隼人 藤森祥平 竹内香苗」 
  6. ^ a b 東京放送 編「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、2002年1月、34頁。全国書誌番号:20288703。「01.4<36期生>3人入社 有馬 隼人 藤森 祥平 竹内 香苗」 
  7. ^ 引退のお話です。有馬隼人渾身のブログ 2013年1月17日付。同年2月14日閲覧
  8. ^ Silver Star 2013有馬隼人渾身のブログ 2013年4月21日付。同年11月15日閲覧
  9. ^ 社会人アメフト部『侍ウォーリアーズ』。
  10. ^ 【スノボ】ソチ五輪銅・平岡に有馬氏マネジメントスポーツ報知 2014年11月19日付。同年11月22日閲覧
  11. ^ TBSラジオの朝が変わる!新番組4月11日(月)スタートTBSラジオ 2016年2月22日付。同年2月23日閲覧
  12. ^ 新番組「AWAKE」月~木曜日DJを務めるフリーアナウンサー有馬隼人へインタビュー”. Radiko. 2023年8月12日閲覧。
  13. ^ シルバースター始動 | 川崎区・幸区 | タウンニュース
  14. ^ AWAKE bayfm
  15. ^ a b 伊集院光のTBSラジオ新番組「伊集院光とらじおと」詳細発表「JUNK」は続投”. お笑いナタリー (2016年2月22日). 2016年2月23日閲覧。
  16. ^ TBSラジオショッピング秋のお買い得スペシャル!”. radiko (2021年9月26日). 2022年6月10日閲覧。
  17. ^ TBSラジオショッピング新生活応援スペシャル!”. twitter (2022年3月27日). 2022年6月10日閲覧。
  18. ^ “「日本沈没」有馬隼人アナ 古巣看板枠でドラマ初出演「喜んで馳せ参じ」終盤台本「文字からも緊迫感強く」”. スポニチアネックス. (2021年12月5日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/12/05/kiji/20211204s00041000661000c.html 2021年12月6日閲覧。 

参考文献

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外部リンク

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