木路原駅
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木路原駅 | |
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ホーム(2008年7月) | |
きろはら Kirohara | |
◄石見川本 (2.0 km) (3.0 km) 竹► | |
島根県邑智郡川本町大字川本[1]木路原171 | |
所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
所属路線 | ■三江線 |
キロ程 | 34.6 km(江津起点) |
電報略号 | キラ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線[1][2] |
乗車人員 -統計年度- |
1人/日(降車客含まず) -2017年- |
開業年月日 | 1962年(昭和37年)1月1日[1][2][3] |
廃止年月日 | 2018年(平成30年)4月1日[4] |
備考 |
木路原駅(きろはらえき)は、島根県邑智郡川本町大字川本木路原にあった、西日本旅客鉄道(JR西日本)三江線の駅[2](廃駅)である。
三江線の廃止に伴い、2018年(平成30年)4月1日に廃駅となった[4]。
歴史
[編集]年表
[編集]- 1962年(昭和37年)1月1日:三江北線(当時)の石見川本駅 - 竹駅間に新設開業。旅客営業のみ[1][2][3]取り扱う駅員無配置駅[5]。
- 1975年(昭和50年)8月31日:当駅を含む江津駅 - 三次駅間が全通したため三江北線が現行の三江線の一部となり、当駅も同線の所属駅となる[3]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道が継承[3]。
- 2018年(平成30年)4月1日:三江線の全線廃止に伴い、廃駅となる[4]。
地名の由来
[編集]「木路畑(きろはた)」が転じたものだと考えられる。これは「切畑」に通じるもので、「焼き畑」の意味だろうと思われる[6]。
駅構造
[編集]浜原方面に向かって左側(構内の西側)に単式ホーム1面1線を有する地上駅(停留所)であったが[1]、駅は傾斜面上にあったため、道路からやや高いところに位置した[2]。浜田鉄道部が管理する無人駅で、ホーム上には待合室のみが設置されていた[1][2]。入場時は、直接ホームに入る形になっていた。なお、自動券売機等の設備はなかった。
2019年(令和元年)11月末日時点で、当駅のかつての待合室は、老朽化により取り壊されていた。また、当駅附近の線路やホームは、草にやや覆われた状態であったが残存していた。
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駅入口(2008年7月、廃線前)
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駅入口(2019年9月、廃線後。待合室は撤去されている)
利用状況
[編集]近年の1日平均乗車人員は以下の通りである。なお、1994年度は13人、1984年度は28人だった。
乗車人員推移 | |
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年度 | 1日平均人数 |
1999 | 4 |
2000 | 3 |
2001 | 2 |
2002 | 2 |
2003 | 1 |
2004 | 1 |
2005 | 2 |
2006 | 2 |
2007 | 2 |
2008 | 1 |
2009 | 1 |
2010 | 0 |
2011 | 0 |
2012 | 2 |
2013 | 1 |
2014 | 1 |
2015 | 1 |
2016 | 0 |
2017 | 1 |
駅周辺
[編集]住宅、田畑は少ない。
バス路線
[編集]2018年(平成30年)4月現在、木路原停留所に大和観光の川本美郷線が乗り入れている[7]。
その他
[編集]隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f g 『山陰駅旅』今井出版、2015年10月1日、248頁。ISBN 978-4-906794-90-4。
- ^ a b c d e f g h 『週刊 JR全駅・全車両基地』 59号 三次駅・備後落合駅・宇都井駅ほか、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2013年10月6日、21頁。
- ^ a b c d 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 33号 木次線・堺線・芸備線・呉線・可部線・福塩線・三江線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年3月7日、25頁。
- ^ a b c “近年廃止された鉄軌道路線” (PDF). 国土交通省. 2019年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月2日閲覧。
- ^ 「通報 ●木次線南宍道駅外1駅の設置について(営業局)」『鉄道公報』日本国有鉄道総裁室文書課、1961年12月21日、7面。
- ^ 『コンパクト版日本地名事典』、吉田茂樹著、新人物往来社、1991年
- ^ 三江線沿線バスマップ・時刻表 安芸高田市
- ^ “三江線神楽愛称駅名・大型愛称駅名板・神楽演目解説” (PDF). ぶらり三江線WEB. 三江線活性化協議会. 2016年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月14日閲覧。