本部田町
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本部田町 | |
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北緯35度7分57.86秒 東経136度44分34.8秒 / 北緯35.1327389度 東経136.743000度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 愛西市 |
面積 | |
• 合計 | 1.128306367 km2 |
人口 (2020年(令和2年)10月1日現在)[WEB 2] | |
• 合計 | 472人 |
• 密度 | 420人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
496-0915[WEB 3] |
市外局番 | 0567[WEB 4] |
ナンバープレート | 名古屋[WEB 5] |
地理
[編集]旧佐屋町域南東部に位置する[1]。東から南は弥富市、西は東條町、北は落合町・大井町に接する[1]。
学区
[編集]歴史
[編集]町名の由来
[編集]人口の変遷
[編集]国勢調査による人口および世帯数の推移。
1995年(平成7年)[WEB 6] | 136世帯 537人 |
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2000年(平成12年)[WEB 7] | 140世帯 550人 |
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2005年(平成17年)[WEB 8] | 146世帯 536人 |
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2010年(平成22年)[WEB 9] | 162世帯 536人 |
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2015年(平成27年)[WEB 10] | 171世帯 524人 |
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2020年(令和2年)[WEB 2] | 167世帯 472人 |
沿革
[編集]- 江戸時代 - 尾張国海西郡の尾張藩領佐屋代官所支配の本部田村として所在[2]。『尾張国地名考』によれば、慶長2年に開発されたという[2]。
- 1875年(明治8年) - 東半分が楽平村として分離独立する[2]。
- 1887年(明治20年) - 西善太新田の一部を編入する[2]。
- 1889年(明治22年) - 東市江村大字本部田となる[2]。
- 1906年(明治39年) - 市江村大字本部田となる[2]。
- 1955年(昭和30年) - 佐屋町大字本部田となる[2]。
交通
[編集]施設
[編集]- あいち海部農業協同組合市江支店
- 佐川急便佐屋営業所
- 聖覚寺
脚注
[編集]WEB
[編集]- ^ “愛知県愛西市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2021年8月9日閲覧。
- ^ a b 総務省統計局 (2022年2月10日). “令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等” (CSV). 2023年8月2日閲覧。
- ^ “愛知県愛西市の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2022年1月3日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧” (PDF). 総務省 (2022年3月1日). 2022年3月22日閲覧。
- ^ “ナンバープレートについて”. 一般社団法人愛知県自動車会議所. 2024年1月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
書籍
[編集]参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
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