寿限無
『寿限無』(じゅげむ)は、早口言葉あるいは言葉遊びとして知られる古典的な噺であり、落語の前座噺である。
上方落語では古くは別題を「長名」という。
概要
生まれた子供がいつまでも元気で長生きできるようにと考えて、とにかく「長い」ものが良いととんでもない名前を付けた、という笑い話。縁起のいい言葉を幾つか紹介され、どれにするか迷った末に全部付けてしまった、という筋の場合もある。
生まれた子供にめでたい名前を付けようとして、お寺の和尚さん(人物が異なる場合もある)の所へ相談に行った父親は、和尚さんから色々と教えてもらったおめでたい言葉を、全て並べて子供の名前にしてしまう。子供はすくすく育って腕白小僧になる。近所の子供とけんかをし、殴られてこぶを作った子供が父親のところに言いつけに来る。やり取りの中で長い名前が繰り返されるうちに、こぶが引っ込んでしまった、というのがサゲ。[1]
元々は「『子供が川に落ちた』という言葉を人々がやり取りするうちに、その長い名前が災いして助けが間に合わず溺れ死ぬ」という皮肉を含んだ話だったが[2]、子供が死ぬという描写が時代に合わず改作が登場した。このような時代背景を反映した内容の変更は落語でも珍しいことではない。他にも「子供は大変な寝坊助であり、入学式の日に家族が名前を呼んでいるうちに、夏休みを迎えてしまう」という展開もある。
基本的には前座噺であり、噺の内容に興趣があるというよりも、暗記技術の練習、会話の間の取り方、人物の演じ分けなど、落語家の基礎訓練のためのものという色彩が濃い。しかし早口言葉の面白さがあり、前座噺のなかではよく知られたもののひとつである。プロの落語家にも、最初歩の練習として師匠からみっちりとこの噺を教え込まれたという者は多い[2]。このようなよく知られた前座噺を面白く聞かせるには、高度な技術が要求され、3代目桂春團治のように大看板が得意としたこともある。
代表的な例
以下はこの噺の主人公である赤ん坊に付けられる「名前」の一例である。日本で最も長い名前、としてしばしば語られる。
なお、落語家によって一部細かい部分での違いが見られる。
解説
- 寿限無
- 「幸福(寿)」が限り無いの意。簡単に言うと寿(命)が無限という事。
- 五劫の擦り切れ
- 本来は「五劫の摺り切れず」が正しい。言い回しのために「ず」が省略されてしまうことがあるらしい。
- 天女が時折泉で水浴びをする際、その泉の岩の表面が微かに擦り減り、それを繰り返して岩が無くなってしまうまでが一劫とされ、その期間はおよそ40億年。それが5回擦り切れる、つまり永久に近いほど長い時間のこと。別の落語では、天女が三千年に一回、須弥山に下りてきて羽衣で一振りして、須弥山がなくなるまでが一劫である。
- 海砂利水魚
- 海の砂利や水中の魚のように数限りないたとえ。
- 水行末雲来末風来末
- 水・雲・風の来し方行く末には果てがないことのたとえ[1]。
- 食う寝る処に住む処
- 衣食住の食・住より。これらに困らずに生きて行ける事を祈ったもの。
- また、『滑稽百面相』に記載の版では異なる説明がなされている。「食う寝る」とは実際には「くねる」であり、海中でくねる海藻の数のように果てしないこと、「住む処」とは「アノトコロ」なる正月の縁起物を指す掛詞で、「代々この場所に住みたい」という意味を持つという[1]。
- 藪ら柑子の藪柑子(ぶらこうじ)
- 藪柑子(やぶこうじ)は生命力豊かな木の名称。葉が落ちても実が生り続けることから縁起物とされる[1]。「(や)ぶらこうじ」は藪柑子がぶらぶらなり下がる様か、単に語呂の関係でつけられたとされる[誰によって?]。
- パイポ、シューリンガン、グーリンダイ、ポンポコピー、ポンポコナ
- 唐土(もろこし)のパイポ王国の歴代の王様の名前でいずれも長生きしたという架空の話から。また、グーリンダイはシューリンガンの妃で、あとの2名が子供(娘)達という説も。
- 長久命
- 文字通り長く久しい命。また、「天地長久」という読んでも書いてもめでたい言葉が経文に登場するので、そこからとったとする説も。
- 長助
- 長く助けるの意味合いを持つ。
派生
『寿限無』を元にした新作落語がいくつか存在する。三笑亭夢之助の『寿限無』『たらちね』を混ぜた『寿限たら』、4代目桂福團治の『大人になった寿限無』、三遊亭白鳥の『スーパー寿限無』など。3代目三遊亭圓丈『新寿限無』では遺伝子工学(または生物学)の先生が名付け親となる[4]。他に笑福亭笑子の『新・寿限無』がある。
ほかに長い名前がネタになる落語として「たらちね」があるが、これは実際の名前ではなく、名前の説明まで名前と勘違いするもの。
『寿限無』に由来する事物
- お笑いコンビの「海砂利水魚」(現・くりぃむしちゅー)。
- 任天堂のテレビゲーム『スーパーマリオシリーズ』に登場する、ジュゲムやパイポ、シューリンガン(フーフーパックンやガボンが使うトゲ付きの鉄球)、グーリンダイ(ジュゲムが投げ、パックンフラワーに変化する球)、ポコピーとポコナ(マリオストーリーに登場するジュゲム)。
- 藤子・F・不二雄の漫画『21エモン』の「久しぶりだね5エモンくん」というエピソードにジュゲム星のチョーキューメーという名前の宇宙人が登場する。ジュゲム星人は地球人と比較して長生きの種族で、チョーキューメーは江戸時代(劇中の時代から地球時間で約300年前)の地球(江戸)に来たことがある。
- 藤子・F・不二雄の漫画『モジャ公』の「自殺集団」というエピソードにジュゲム三番星フェニックスと言う星が登場する。二つの月が一つになった時、シューリン効果が発生し、グーリンダイ線を放射し始めた。これによってカイジャリスイギョ現象が起き、フェニックス人を不死に変えた。一番若いフェニックス人は一万歳のパイポである。
- 空知英秋の漫画『銀魂』に登場するキャラクター、ビチグソ丸の本名(フルネーム)が「寿限無寿限無」で始まる192字の名前である[5]。
- メディアファクトリー刊行のゲーム雑誌『じゅげむ』(創刊時は「寿限夢」と漢字表記)。
- 平和のパチンコ機(羽根モノ)『寿限無』。
- 詰将棋の変種「フェアリー詰将棋」の一種「ばか詰め」中の1万手を超える作品『寿限無[6]』
『寿限無』に由来する楽曲
- 寿限無
- 作曲:山下洋輔
- 楽曲ジャンルはジャズ
- 寿限無の嘆き
- 作詞:池田豊和、作曲:和田昭治、歌:デューク・エイセスなど
- 寿限無No.1!
- 作詞:森雪之丞、作曲:芹澤廣明、歌:嘉門達夫
- 寿限夢
- 作詞・作曲:野田洋次郎、歌:RADWIMPS
- 寿限無
- 作詞・作曲:リピート山中、歌:桂雀三郎withまんぷくブラザーズ
- ジュゲムシーケンサー
- 作詞・作曲:ぼーかりおどP
- 吹奏楽のための綺想曲『じゅげむ』
- 作曲:足立正
- 2012年度全日本吹奏楽コンクール課題曲III
- JUGEM
- 作詞:古典落語・川崎敏郎、作曲・編曲:関川秀行、歌:大江戸台風族
- ジュゲム 〜こち亀バージョン〜
- 作詞:古典落語・川崎敏郎 、作曲・編曲:関川秀行、歌:両津勘吉and大江戸台風族
- アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』エンディングテーマ
- JUGEMU
- 作詞・作曲:一聖、歌:BugLug
- ニッポン笑顔百景
- 作詞・作曲・編曲:前山田健一、歌:ももいろクローバーZ(名義:桃黒亭一門)
- 落語をテーマにしたテレビアニメ「じょしらく」エンディングテーマ。前奏に合わせて、メンバーが『寿限無』を披露している。
寿限無が初高座の落語家
- 八代目橘家圓蔵
- 九代目入船亭扇橋
- 林家木久扇
- 二代目柳家小はん
- 三代目桂文生
- 桂南喬
- はやし家林蔵
- 八光亭春輔
- 入船亭扇遊
- 林家鉄平
- 入船亭扇海
- 柳家小三太
- 春風亭勢朝
- 三遊亭圓丸
- 入船亭扇好
- 三遊亭萬窓
- 入船亭扇治
- 入船亭扇辰
- 林家彦いち
- 林家久蔵
- 柳家我太楼
- 古今亭菊太楼
- 入船亭扇里
- 林家きく麿
- 四代目三遊亭金朝
- 柳家小傳次
- 柳家燕弥
- 四代目入船亭扇蔵
- 林家ひろ木
- 柳家権之助
- 入船亭小辰
- 入船亭遊京
- 林家あんこ
- 春風亭弁橋
- 春風亭朝枝
- 三遊亭遊七
脚注
- ^ a b c d 三遊亭福円遊『滑稽百面相』三芳屋、1912年6月、57頁。doi:10.11501/891285 。
- ^ a b 三遊亭金馬『浮世だんご』(新書版)つり人社、1959年、79-87頁。ISBN 978-4885362217。
- ^ “ちょちょいのちょい暗記「寿限無(じゅげむ)」”. NHK for School. にほんごであそぼ. 日本放送協会. 2019年11月14日閲覧。
- ^ 「五劫の擦り切れ」が「クローンの擦り切れ」。体細胞それぞれから作ったクローンが全て擦り切れていなくなってしまうの意。このように遺伝子工学、生物学の用語となっている。
- ^ 「創刊50周年記念 週刊少年ジャンプ展VOL.3−2000年代〜、進化する最強雑誌の現在(いま)−」公式ビジュアルと会期情報を初公開!、アニメイトタイムズ、2018年2月26日16時45分。
- ^ 協力詰(ばか詰) 1001手~ - 詰将棋おもちゃ箱 2016年9月13日閲覧。
関連項目
- 長大語
- 金明竹
- Brfxxccxxmnpcccclllmmnprxvclmnckssqlbb11116 - 実際に付けられそうになった長い名前
- 藤本太郎喜左衛門将時能 - 実在する最も長い名前の日本人
- パブロ・ピカソ - 名前が長い(洗礼名が多い)代表的な有名人
- 楠山正雄 - 長い名前を題材にした『長い名』という作品がある。
- Tikki Tikki Temboあるいは Long-Name-No-Can-Say(名前長い言うできない。主人公の名前は"Nicki Nicki Tembo (中略) Gamma Goochee") - 米国での類似の物語群。舞台は日本あるいは中国。日本の寿限無からの翻案との説がある。
- Sama Kama Wacky Brown - ブラザース・フォアの創作フォークソング(1960年)。同様の筋。主人公の名前は"Eddie Kucha Kacha (中略) Sama Kama Wacky Brown"。