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'''ガンジス川'''(ガンジスがわ、{{lang-hi|गंगा}})は、[[ヒマラヤ山脈]]の南側、[[インド亜大陸]]の北東部を流れる[[川|大河]]である。長さは約2525km<ref name="JainAgarwal2007">{{cite book|author1=Sharad K. Jain|author2=Pushpendra K. Agarwal|author3=Vijay P. Singh|title=Hydrology and water resources of India|url=https://books.google.co.jp/books?id=ZKs1gBhJSWIC&pg=PA334&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=18 April 2011|date=5 March 2007|publisher=Springer|isbn=978-1-4020-5179-1|pages=334–342}}</ref>、流域面積は約173万[[平方キロメートル|km<sup>2</sup>]](ただし[[ブラフマプトラ川]]水系を除くと約84万km<sup>2</sup>)。
[[File:Ganges-Brahmaputra-Meghna basins.jpg|thumb|282px|茶色がガンジス川の流域、紫色が[[ブラフマプトラ川]]の流域、緑色が[[:en:Meghna River|メグナ川(en)]]の流域。]]
'''ガンジス川'''(ガンジスがわ)は、[[インド亜大陸]]北部を流れる[[川|大河]]。全長は2506km、<!-- en によれば 2507km-->流域面積は1730000km&sup2;([[ブラマプトラ川]]水系を除けば840000km&sup2;)。


== 名称 ==
[[ヒンディー語]]や[[サンスクリット]]では'''ガンガー'''({{lang|hi|'''गंगा'''}})と呼び、これは[[ヒンドゥー教]]の[[水神|川の女神]]の名でもある。
また漢語ではこれを音写し'''恒河'''(うが、[[中国語]]音は {{unicode|Hénghé}})と呼ぶ。
[[ヒンディー語]]や[[サンスクリット]]では'''ガンガー'''({{lang|hi|'''गंगा'''}}、Gaṅgā)と呼び、これは[[ヒンドゥー教]]の[[ガンガー|川の女神]]の名でもある。また漢語ではこれを音写し'''恒河'''(うが、[[中国語]]音は {{unicode|Hénghé}})と呼ぶ。英語では {{lang|en|'''the Ganges'''}} と呼び、これは和名の由来でもある。それだけで完結する固有名であり、本来は Ganges River のような言い方はしない
英語では {{lang|en|'''the Ganges'''}} と呼び、これは和名の由来でもある。
[[ナイル川|the Nile]] などと同様、それだけで完結する固有名であり、本来は Ganges River のような言い方はしない。


== 流域 ==
== 流域の歴史 ==
[[File:Ancient_india.png|thumb|300px|left|[[紀元前7世紀|紀元前600年]]頃の[[十六大国]]]]
[[ヒマラヤ山脈]]の南麓[[ガンゴートリー氷河]]を水源とし、上流部ではバーギーラティー(भागीरथी)の名がある。[[デーオプラヤーグ]]付近で[[支流]][[アラクナンダー川]]と合流し、そこからガンガーと呼ばれるようになる。この後南下し、[[ハリドワール]]で大平原へと出る。ここまでの約200kmがガンジス川の上流部である。
[[インダス文明]]末期の[[紀元前1900年]]から[[紀元前1300年]]ごろに、インダス川流域からの植民者がガンジス川とヤムナー川の河間地方(ドアーブ)へとすみついた。やがてインダス文明が崩壊すると、インドの文明の中心はインダス川流域からガンジス川流域へと移動した<ref name="McIntosh2008">{{cite book|last=McIntosh|first=Jane|title=The ancient Indus Valley: new perspectives|url=https://books.google.co.jp/books?id=1AJO2A-CbccC&pg=PA99&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=25 April 2011|year=2008|publisher=ABC-CLIO|isbn=978-1-57607-907-2|pages=99–101}}</ref>。[[紀元前1000年]]ごろに先住の[[ドラヴィダ人]]にかわって[[アーリア人]]がガンジス川流域に住み着いた。


やがてガンジス流域を中心に[[十六大国]]と呼ばれる諸国が成立し、互いに覇権を競うようになった。このころの時代を[[ヴェーダ]]時代と呼ぶが、最も古いヴェーダである[[リグ・ヴェーダ]]において神聖な川とされているのは[[シンドゥ七大河]]の[[インダス川]]と[[サラスヴァティー川]]であり、ガンジス川は含まれていなかった。しかしそれに続く後期ヴェーダ時代に編まれた『[[サーマ・ヴェーダ]]』・『[[ヤジュル・ヴェーダ]]』・『[[アタルヴァ・ヴェーダ]]』の3つのヴェーダにおいては、ガンジス川は神聖な地位を獲得することとなった<ref>{{cite journal | title=The Image of the Barbarian in Early India| author=Romila Thapar| journal=Comparative Studies in Society and History| year=1971|month=October| volume=13|issue=4|pages=408–436|publisher=Cambridge University Press|jstor=178208|quote=The stabilizing of what were to be the Arya-lands and the mleccha-lands took some time. In the Rg Veda the geographical focus was the sapta-sindhu (the Indus valley and the Punjab) with Sarasvati as the sacred river, but within a few centuries drya-varta is located in the Gariga-Yamfna Doab with the Ganges becoming the sacred river. (page 415)}}</ref>。十六大国は抗争を繰り返すが、やがてその中から現在のビハール州を本拠とし、[[ラージャグリハ]]を首都とした[[マガダ国]]と、現在の[[ウッタル・プラデーシュ州]]北東部を本拠とした[[コーサラ国]]が強大化していった。
ここからは河口部まで急流もなく、[[北インド]]の平原地帯([[ガンジス平野]]の名がある。[[ヒンドスタン平野]]の一部)を流れる。ヤムナー川とガンジス川の間の河間平野はドアブ(2つの川)地方と呼ばれる穀倉地帯となっている<ref>「世界地理4 南アジア」p13 織田武雄編 朝倉書店 1978年6月23日初版第1刷</ref>。[[イラーハーバード]]で最大の支流[[ヤムナー川]]と合流し、東へと向きを変えて北のヒマラヤ山脈や南のヴィンディヤ山脈からさらに多くの河川を集める。中流域には網の目のように支流が走っており、さらにその支流から[[運河]]が各地に建設されて灌漑に利用されているが、流路が安定しているために交通路としての利用は鉄道や道路の整備によって少なくなった。[[ビハール州]]北東部にてデカン高原の北東端にあたり、そこからは南東へと流れを変える。ここまでの約2200kmがガンジス川の中流域であり、これより下流の約600kmは下流域とされる。


このころ、当時支配的だったバラモン教に対する批判として、[[釈迦|ブッダ]]によって[[仏教]]が起こされ、また[[ジャイナ教]]もこの地域で起こった。やがて[[パータリプトラ]]に首都を移したマガダ国がコーサラ国を破ってガンジス流域を統一した。
下流域では[[チベット高原]]から[[アッサム州]]を流れてきた[[ブラフマプトラ川]]と合流し、さらにその下流でバングラデシュ北東部を流れるメグナ川と合流する。また多くの[[分流]]を作り、[[バングラデシュ]]へ入り、[[ベンガル湾]]へ流れ込む。下流部ではブラフマプトラ川、メグナ川および分流により広大な[[三角州]]地帯を形成する。分流のうち代表的なものには、[[コルカタ]]付近を流れる[[フグリー川]]、[[バングラデシュ]]に流れる[[パドマー川]]がある。流量が最も多いのはパドマ川であり、現在ではこの川が本流となっている<ref>辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』p172 平凡社、1992.10、ISBN 4-582-12634-0</ref>。ガンジス川デルタはほとんどが標高数mしかない低地であり、自然堤防をなす河川間の小高い土地でも標高50mは越えない。ガンジス川の本流・支流がデルタに運んでくる土砂は毎年25億トンにものぼる<ref>「ビジュアルシリーズ 世界再発見5 西アジア・中央アジア」p144 ベルテルスマン社、ミッチェル・ビーズリー社編 同朋舎出版 1992年10月6日第1版第1刷</ref>。


マガダ国ではいくつもの王朝交代があったが、紀元前317年頃に成立した[[マウリヤ朝]]は[[アショーカ王]]の時代にインドをほぼ統一し、初の統一王朝となった。この後は王朝分立が続いた後、330年ごろにパータリプトラにて[[グプタ朝]]が成立し、再びガンジス流域を統一した。
ベンガル湾に近いデルタ地帯は[[世界自然遺産]]に登録されている[[シュンドルボン]](ベンガル語で「美しい森」の意。シュンダバンズとも)として知られる世界最大級の[[マングローブ]]林で、[[トラ|ベンガルトラ]]の生息地のひとつである。下流域においては勾配が少ないことと3大河川が合流することによる流量の巨大さ、さらに主にブラマプトラ川による[[チベット高原]]からの巨大な量の土砂の堆積によって流路が安定せず、そのため鉄道や道路の整備が困難で、ガンジス本支流の水運が重要な役割を果たしている。バングラデシュ国内だけで河川水路は3100kmにのぼり、国内の物資、人員の移動の4分の3を占めるまでになっている。また、流量の変動が著しいことと勾配がほとんどないこと、流路の不安定さから特に下流域においては洪水が多発し、バングラデシュの問題のひとつとなっている。

その後、ガンジス流域を統一したのはデリーに本拠を置いた[[デリー・スルターン朝]]及び[[ムガル帝国]]である。ムガル帝国の衰退後は[[アワド太守]]や[[ベンガル太守]]が自立し各地を治めたものの、やがて河口部の[[コルカタ]]に本拠を置いた[[イギリス東インド会社]]が[[1765年]]に下流域である[[ベンガル地方|ベンガル]]の支配権を獲得して以後領域を拡大し、[[インド大反乱]]で支配権を取り上げられて以後は全域がイギリス領インド帝国領となった。

その後、[[1947年]]の[[インド・パキスタン分離独立]]を経て、[[東パキスタン]]となっていた下流域が[[バングラデシュ独立戦争]]の結果[[1971年]]に[[バングラデシュ]]として独立し、現在の政治領域が確定した。

== 流域の地理 ==
{{Vertical_images_list
|幅= 250px
| 1=Alakananda.JPG
| 2={{仮リンク|アラクナンダー川|en|Alaknanda River}}
| 3=Bhagirathi River at Gangotri.JPG
| 4=ガンゴートリーを流れるバギーラティー川
| 5=Devprayag Bhagirathi Alaknanda.jpg
| 6={{仮リンク|デーヴァプラヤーグ|en|Devprayag}}で{{仮リンク|アラクナンダー川|en|Alaknanda River}}(右)と{{仮リンク|バギーラティー川|en|Bhagirathi River}}(左)が合流し、この地点からガンジス川と呼ばれるようになる。
| 7=Haridwar_View_2.JPG
| 8=聖地ハリドワールを流れるガンガー
| 9=Sangam-Allahabad.jpg
| 10=[[イラーハーバード]]の聖地{{仮リンク|トリヴェニ・サンガム|en|Triveni Sangam|label=サンガム}}で最大の支流ヤムナー川と合流する。
| 11=View_of_Ghats_across_the_Ganges,_Varanasi.jpg
| 12=[[聖地]]である[[ヴァーラーナシー]]を流れるガンジス川
| 13=Ramnagar_Fort_view.JPG
| 14=ガンジス川沿いの[[ラームナガル城]]
| 15=GandhiSetu1.jpg
| 16=[[パトナ]]にあるガンジス川に架かるマハトマ・ガンジー橋
| 17=Beauty_of_Sundarban.JPG
| 18=ガンジス川デルタにある[[スンダルバンス国立公園]]([[世界遺産]])
| 19=Sun_in_Sunderbans.jpg
| 20=[[シュンドルボン]]マングローブの群生地帯([[世界遺産]])
}}
=== 上流域 ===
[[File:HeadwatersGanges1.jpg|thumb|180px|left|ヒマラヤ山脈のふもと、ガンジス源流域である[[ウッタラーカンド州]]Garhwal地方のガンジス支流図。山、湖、町には標高が記されている。]]ガンジス川本流の最上流部はバギーラティー川と呼ばれており、[[ヒマラヤ山脈]]の南麓[[ガンゴートリー氷河]]を水源とする。水源では[[氷河]]の下から雪解け水が音を立てて流れ出しており、{{仮リンク|ゴームク|en|Gomukh}}(牛の口)と呼ばれている。ゴームクの標高は3,892mである<ref name="Scientific Study">{{cite book|author1=C. R. Krishna Murti|author2=Gaṅgā Pariyojanā Nideśālaya|author3=India Environment Research Committee|title=The Ganga, a scientific study|url=https://books.google.co.jp/books?id=dxpxDSXb9k8C&pg=PA19&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=24 April 2011|year=1991|publisher=Northern Book Centre|isbn=978-81-7211-021-5|page=19}}</ref>。上流部では{{仮リンク|バギーラティー川|en|Bhagirathi River|label=バギーラティー}}(भागीरथी)の名がある。{{仮リンク|デーヴァプラヤーグ|en|Devprayag}}付近で[[支流]]の1である{{仮リンク|アラクナンダー川|en|Alaknanda River}}と合流する。そこから下流側が'''ガンガー'''({{lang|hi|'''गंगा'''}})と呼ばれている。なお、ここまでの流路はガンジス川の本流とされているバギーラティー川よりも、支流のアラクナンダー川の方が長いものの、ヒンドゥー教文化や神話においては、バギーラティー川こそが真のガンジスの源流であると見なされている<ref name="Britannica">{{cite encyclopedia |year= 2011 |title= Ganges River |encyclopedia= [[Encyclopædia Britannica]] |edition= Encyclopædia Britannica Online Library |url= http://www.library.eb.com/eb/article-48077 |accessdate=23 April 2011}}</ref><ref name="Penn2001">{{cite book|last=Penn|first=James R.|title=Rivers of the world: a social, geographical, and environmental sourcebook|url=https://books.google.co.jp/books?id=koacGt0fhUoC&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=23 April 2011|year=2001|publisher=ABC-CLIO|isbn=978-1-57607-042-0|page=88}}</ref>。

ガンガーはこの後狭いヒマラヤの峡谷を約250km南下し、[[リシケーシュ]]で断崖から河谷へと出る。さらにその約25km南にある[[ハリドワール]]で大平原へと出る<ref name="Scientific Study"/>。ここまでがガンジス川の上流部である。なお、ハリドワールにはガンジス運河の頭首工があり、運河に豊富な水を供給している。

=== 中流域 ===
[[File:Ganges-Brahmaputra-Meghna basins.jpg|thumb|300px|left|茶色がガンジス川の流域、紫色が[[ブラフマプトラ川]]の流域、緑色が[[メグナ川]]の流域。]]
ここからは河口部まで急流もなく、[[北インド]]の平原地帯([[ヒンドゥスターン平野|ガンジス平野]]の名がある。[[ヒンドゥスターン平野]]の一部)を流れる。[[ヤムナー川]]とガンジス川の間の河間平野はドアーブ(2つの川)地方と呼ばれる[[穀倉地帯]]となっている<ref>「世界地理4 南アジア」p13 織田武雄編 朝倉書店 1978年6月23日初版第1刷</ref>。

ハリドワールからは{{仮リンク|ガンジス運河|en|Ganges Canal}}が開削され、[[カーンプル]]で再びガンジス川に合流するまで{{仮リンク|ドアーブ地方|en|Doab}}を貫流し、この地方に灌漑用水をもたらしている。[[アラーハーバード]]で最大の支流ヤムナー川と合流する。ヤムナー川はガンジス川よりも流量が大きく、合流点の流量2950 (m<sup>3</sup>/s)<ref name="JainAgarwal2007-341">{{cite book|last1=Jain|first1=Sharad K.|last2=Agarwal|first2=Pushpendra K.|last3=Singh|first3=Vijay P.|title=Hydrology and water resources of India|url=https://books.google.co.jp/books?id=ZKs1gBhJSWIC&pg=PA341&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=26 April 2011|year=2007|publisher=Springer|isbn=978-1-4020-5179-1|page=341}}</ref> のうち58.5%はヤムナー川からの水が占めている<ref name="Gupta2007">{{cite book|last=Gupta|first=Avijit|title=Large rivers: geomorphology and management|url=https://books.google.co.jp/books?id=gXgyHLT_hwIC&pg=PA347&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=23 April 2011|year=2007|publisher=John Wiley and Sons|isbn=978-0-470-84987-3|page=347}}</ref>。イラーハーバードでガンジス川は東へと向きを変え、北のヒマラヤ山脈や南の[[ヴィンディヤ山脈]]からさらに多くの河川を集める。特に北のヒマラヤから流れ込むうちでも、ネパール西部から流れ込む[[ガーグラー川]](カルナリ川)、ネパール中部からの{{仮リンク|カリ・ガンダキ川|en|Gandaki River}}({{lang|hi|गंडक नदी}})、そしてネパール東部からの{{仮リンク|コシ川|en|Kosi River}}は特に大きな支流であり、ガンジス本流の流量の70%はこの3支流からの水であるとされる<ref>「ヒマラヤ世界」p174 向一陽 中公新書 2009年10月25日発行</ref>。

ガーグラー川はガンジス本流に注ぎ込む中では最大の支流であり、流量は2,990 (m<sup>3</sup>/s)にのぼる。さらに南から流れ込む{{仮リンク|ソーン川|en|Son River}}から1,000 (m<sup>3</sup>/s)、カリ・ガンダキ川から1,654 (m<sup>3</sup>/s)、コシ川から2,166 (m<sup>3</sup>/s)が流れ込む。コシ川はガーグラー川とヤムナー川に次いで3番目に大きな支流である。このほかにも中流域には網の目のように支流が走っており、さらにその支流から[[運河]]が各地に建設されて灌漑に利用されているが、流路が安定しているために周囲の交通網の整備が容易であり、また流量の季節変動が大きく渇水期には大きく流量が減少する上に、周囲での灌漑の進展によってさらに流量が減少したことや開発によって河道に[[シルト]]が堆積したことなどから交通路としての利用は鉄道や道路の整備によって少なくなった。[[パトナ]]を過ぎ、[[ビハール州]]北東部にてデカン高原の北東端にあたり、そこからは南東へと流れを変える。ここまでの約2200kmがガンジス川の中流域であり、これより下流の約600kmは下流域とされる。

=== 下流域 ===
[[File:Rivers_Southern_India_88.74820E_21.89536N.jpg|thumb|300px|left|ガンジス川デルタは、世界最大の総面積100万haの[[マングローブ]]大森林地帯である。]]
下流域では[[チベット高原]]から[[アッサム州]]を流れてきた[[ブラフマプトラ川]]と合流し、さらにその下流でバングラデシュ北東部を流れる[[メグナ川]]と合流する。また多くの[[分流]]を作り、[[バングラデシュ]]へ入り、[[ベンガル湾]]へ流れ込む。下流部ではブラフマプトラ川、メグナ川および分流により広大な[[三角州]]地帯を形成する。

分流のうち代表的なものには、[[コルカタ]]付近を流れる[[フーグリー川]]、[[バングラデシュ]]に流れる{{仮リンク|ポッダ川|en|Padma River}}がある。流量が最も多いのはポッダ川であり、現在ではこの川が本流となっている<ref>辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』p172 平凡社、1992.10、ISBN 4-582-12634-0</ref>。フーグリー川はガンジスからの水のほか、西の[[ジャールカンド州]]から流れてきた最大支流[[ダーモーダル川]]をもあわせ<ref name="DhungelPun2009">{{cite book|last1=Dhungel|first1=Dwarika Nath|last2=Pun|first2=Santa B.|title=The Nepal-India Water Relationship: Challenges|url=https://books.google.co.jp/books?id=cgYwDW13ILoC&pg=PA215&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=27 April 2011|year=2009|publisher=Springer|isbn=978-1-4020-8402-7|page=215}}</ref>、[[サーガル島]]付近でベンガル湾へと注ぎこむ。16世紀まではフーグリー川がガンジスの本流であった<ref name="Chakrabarti2001">{{cite book|last=Chakrabarti|first=Dilip K.|title=Archaeological geography of the Ganga Plain: the lower and the middle Ganga|url=https://books.google.co.jp/books?id=OEZe-wAIiKIC&pg=PA126&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=27 April 2011|year=2001|publisher=Orient Blackswan|isbn=978-81-7824-016-9|pages=126–127}}</ref>。ガンジス川デルタは、ほとんどが標高数mしかない低地であり、[[自然堤防]]をなす河川間の小高い土地でも標高50mは越えない。ガンジス川の本流・支流がデルタに運んでくる土砂は毎年25億トンにものぼる<ref>「ビジュアルシリーズ 世界再発見5 西アジア・中央アジア」p144 ベルテルスマン社、ミッチェル・ビーズリー社編 同朋舎出版 1992年10月6日第1版第1刷</ref>。下流域においては勾配が少ないことと3大河川が合流することによる流量の巨大さ、さらに主にブラフマプトラ川による[[チベット高原]]からの膨大な量の土砂の堆積によって流路が安定せず、そのため鉄道や道路の整備が困難であるため、この地域ではガンジス本支流の水運が重要な役割を果たしている。バングラデシュ国内だけで河川水路は3100kmにのぼり、国内の物資、人員の移動の4分の3を占めるまでになっている。また、流量の変動が著しいことと勾配がほとんどないこと、流路の不安定さから特に下流域においては洪水が多発し、バングラデシュの問題の1つとなっている。

しかし、ガンジス川の最下流部では少し様相が変わって、流路は比較的安定している。氷河期にはベンガル湾の水位は現在より135m以上低かったとされており、この関係で、当時はその低くなっていた海面に各支流が注ぎ込んでいたため、現在の海岸部近くでは、河道は深くなっている<ref>「南アジアの国土と経済 第2巻 バングラデシュ」p19 B.L.C.ジョンソン著 山中一郎・松本絹代・佐藤宏・押川文子共訳 二宮書店 昭和61年10月15日第1刷</ref>。このような理由で、河道が現在の海水面よりも深く刻み込まれているため、デルタの上流部に比べれば河道変更は起こりにくい。ただし、今度はガンジス川下流デルタは低平であるため海から[[潮汐|満潮]]時には[[潮汐]]が起こることがあり、ガンジス・ブラフマプトラ川合流点から上流30kmあたりの地点までは潮汐が観測できる。特に海岸部近くでは潮汐の影響を強く受け、乾季には[[塩害]]が起こることも多い。また、[[サイクロン]]時には[[高潮]]の被害もしばしば受ける。なお、ベンガル湾に近いデルタ地帯は[[世界遺産]]に登録されている[[シュンドルボン]](ベンガル語で「美しい森」の意。)として知られる世界最大級の[[マングローブ]]林で、[[トラ|ベンガルトラ]]の生息地の1つである。
=== 下流の河道変遷 ===
ガンジスデルタの多くの大規模な河川は合流や分岐を繰り返し、複雑な水路のネットワークを形成している。二大河川であるガンジスとブラマプトラを中心に両河川の合流点以前にも以後にも大きな支流が分流し、また合流する。現在の水路網は、長い時間の中で常に変動していた。重要なものだけでも以下に示すような変動が起こっている。
12世紀後半まではガンジス川の本流はフーグリー川であり、ポッダ川は小さく細い支流にすぎなかった。ただしフーグリー川の流路も現代のフーグリー川ではなく、 {{仮リンク|アディ・ガンガー川|en|Adi Ganga}}を通って海に注いでいた。

[[12世紀]]から[[16世紀]]の間には、フーグリー川とポッダ川にはほぼ均等に水が流れ込んでいた。[[16世紀]]以降、ポッダ川がフーグリー川に代わってガンジス川の本流となった<ref name="Chakrabarti2001"/>。これはフーグリー川がシルトの堆積によって河道が高くなり、その結果本流が南東へと移ったためと考えられている。[[18世紀]]末には完全に、ポッダ川がガンジス川の本流となっていた<ref name="subcontinent">{{cite book|author=Pranab Kumar Parua|title=The Ganga: water use in the Indian subcontinent|url=https://books.google.co.jp/books?id=yUc7Cus2a-MC&pg=PA7&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=26 April 2011|year=2010|publisher=Springer|isbn=978-90-481-3102-0|page=7}}</ref>。 この結果、ガンジスの本流とブラフマプトラ川およびメグナ川が合流するようになり、おおまかに現在の流路が成立した。それまではガンジス本流とブラフマプトラ川、そしてメグナ川は、それぞれ単独でベンガル湾へと注いでいた。ガンジス川とメグナ川の合流点は、約150年前に成立した<ref name="Catling1992">{{cite book|last=Catling|first=David|title=Rice in deep water|url=https://books.google.co.jp/books?id=N5JxwKx1RAgC&pg=PA175&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=23 April 2011|year=1992|publisher=[[International Rice Research Institute]]|isbn=978-971-22-0005-2|page=175}}</ref>。

また、18世紀の終わりごろ、ブラフマプトラ川下流のコースが劇的に変わり、ガンジス川も大きく変わった。[[1787年]]に北からポッダ川に注ぐ支流だった{{仮リンク|ティースタ川|en|Teesta River}}に大洪水が起こった。これによってティースタ川は東のブラフマプトラ川本流へと注ぎこむことになり、その結果ブラマプトラ本流は逆に西へと大きく遷り、ポッダ川へと合流するようになった。

この新しい本流は[[ジャムナ川]]と呼ばれ、現在でもブラマプトラの本流となっている。この洪水以前のブラフマプトラの本流はマイメンシン市を通過しメグナ川と合流するもので、現在の本流より100kmほど東を走っているものだった。現在、この流路は{{仮リンク|旧ブラフマプトラ川|en|Old Brahmaputra River}}(Old Brahmaputra)と呼ばれており、いまだ大支流の一つとなっている<ref name="Britannica-Brahmaputra">{{cite encyclopedia |year= 2011 |title= Brahmaputra River |encyclopedia= [[Encyclopædia Britannica]] |edition= Encyclopædia Britannica Online Library |url= http://www.library.eb.com/eb/article-48056 |accessdate=25 April 2011}}</ref>。Langalbandhにある旧ブラフマプトラ川とメグナ川の合流点はいまだにヒンズー教徒の聖地となっている。合流点の近くにある、Wari-Bateshwar遺跡は、この地方の歴史初期の重要な遺跡である<ref name="Chakrabarti2001"/>。

=== 支流 ===
''下流より記載''
* [[メグナ川]]
* [[ブラフマプトラ川]](上流部は[[ヤルンツァンポ川]])
** [[ラサ川]]
* [[フーグリー川]](分流)
** [[ダーモーダル川]]
* {{仮リンク|コシ川|en|Kosi River}}
** [[バグマティ川]]
* [[ガーグラー川]]
* [[ヤムナー川]]
** [[チャンバル川]]

==ガンジス川の生物==
上中流域の本流および周辺のガンジス平野には{{仮リンク|シッソノキ|en|Dalbergia sissoo}}、[[ムユウジュ]]、{{仮リンク|ユーカリ|en|Eucalyptus globulus|preserve=1}}、[[ベンガルボダイジュ]]、{{仮リンク|アナナシタケ|en|Dendrocalamus strictus}}、{{仮リンク|チーク|en|Tectona grandis|preserve=1}}、[[インドセンダン]]、{{仮リンク|ホテイアオイ属|en|Eichhornia}}などの植物が生えており、[[インドガビアル]]などの[[ワニ]]、[[ホッグジカ]]、{{仮リンク|インドアジサシ|en|Black-bellied tern}}、[[ソウゲンワシ]]、{{仮リンク|シロエリハサミアジサシ|en|Indian skimmer}}、{{仮リンク|ゴールデンマハシール|en|Tor putitora}}、{{仮リンク|コシアカセッカ|en|Indian grassbird}}、[[バラシンガジカ]]、[[ハイイロガン]]、[[インドガン]]、[[ガンジスカワイルカ]]、[[カメ]]、[[カワウソ]]などが生息している。河口付近のマングローブには[[ベンガルトラ]]、[[バタグールガメ]]、[[カワゴンドウ]]、[[スナドリネコ]]、[[キガシラウミワシ]]、[[アジアヒレアシ]]、{{仮リンク|ガンジスメジロザメ|en|Ganges shark}}、[[カブトガニ類]]、[[カワセミ科|カワセミ類]]などが生息している。[[ラムサール条約]]登録地として、中流域のガンジス平野北部にある{{仮リンク|ハスティナプール野生生物保護区|en|Hastinapur Wildlife Sanctuary}}一帯の{{仮リンク|ハイダープール湿地|en|Haiderpur Wetland}}<ref>{{Cite web |title=Haiderpur Wetland {{!}} Ramsar Sites Information Service |url=https://rsis.ramsar.org/ris/2463 |website=rsis.ramsar.org |access-date=2023-04-10 |date=2021-12-8}}</ref>と「ガンジス川上流域」<ref>{{Cite web |title=Upper Ganga River {{!}} Ramsar Sites Information Service |url=https://rsis.ramsar.org/ris/1574 |website=rsis.ramsar.org |access-date=2023-04-10 |date=2005-11-8}}</ref>、そして[[生物多様性]]が高い河口部の三角州地帯にある[[スンダルバンス国立公園]]と[[シュンドルボン]]がある<ref>{{Cite web |title=Sundarban Wetland {{!}} Ramsar Sites Information Service |url=https://rsis.ramsar.org/ris/2370 |website=rsis.ramsar.org |access-date=2023-04-10 |date=2019-1-31}}</ref><ref>{{Cite web |title=Sundarbans Reserved Forest {{!}} Ramsar Sites Information Service |url=https://rsis.ramsar.org/ris/560 |website=rsis.ramsar.org |access-date=2023-04-10 |date=2003-1-1}}</ref>。<gallery>
ファイル:Ganges softshell turtle from Nehru Zoological park Hyderabad 4490.JPG|[[ガンジススッポン]]
ファイル:Ganga dolphin Bhagalpur.JPG|[[ガンジスカワイルカ]]
ファイル:Finless Porpoise.JPG|[[スナメリ]]
ファイル:SaltwaterCrocodile('Maximo').jpg|[[イリエワニ]]
ファイル:Irrawaddy Dolphin at Sundarban National Park 27102012.jpg|[[カワゴンドウ]]
ファイル:Two Gharials.jpg|[[インドガビアル]]
ファイル:2006-kabini-otter.jpg|[[ビロードカワウソ]]
</gallery>

== 水文 ==
[[ファイル:Hardinge Bridge Bangladesh (4).JPG|thumb|300px|right|ハーディング橋。ポッダ川に架かる橋で、流量の測定所のうちで最も下流に位置する。]]

ブラフマプトラ川やメグナ川流域をも含めたガンジス川水系の流域面積は1730000km2にのぼる。内訳はインドが約60%、中国が20%、ネパールが9%、バングラデシュが7.4%となっている<ref>「地球の水が危ない」p76 高橋裕 岩波書店 2003年2月20日第1刷</ref>。

このうち中国の分はすべてブラフマプトラ川水系の面積である。インド全体の表面流水のうち、ガンジス水系が29.2%(内訳はヒンドスタン平原およびヒマラヤ22.4%、右岸支流群4.6%、ダーモーダル水系2.4%)、ブラマプトラ水系が31.2%を占め、インドの河川流水の60%以上をガンジス水系が占めている<ref>「南アジアの国土と経済 第1巻 インド」p71 B.L.C.ジョンソン著 山中一郎・松本絹代・佐藤宏・押川文子共訳 二宮書店 昭和61年4月1日第1刷</ref>。

ガンジス川の史上最大流量は、バングラデシュの[[ハーディング・ブリッジ|ハーディング橋]]で記録されたもので、70,000m3/sを超えていた<ref name="MurtiNideśālaya1991">{{Cite book|author1=C. R. Krishna Murti|author2=Gaṅgā Pariyojanā Nideśālaya|author3=India. Environment Research Committee|title=The Ganga, a scientific study|url=https://books.google.co.jp/books?id=dxpxDSXb9k8C&pg=PA10&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=24 April 2011|year=1991|publisher=Northern Book Centre|isbn=978-81-7211-021-5|page=10}}</ref>。同じ場所で記録された最小流量は、[[1997年]]に記録された約180m3/sであった.<ref name="SalmanUprety2002">{{Cite book|last1=Salman|first1=Salman M. A.|last2=Uprety|first2=Kishor|title=Conflict and cooperation on South Asia's international rivers: a legal perspective|url=https://books.google.co.jp/books?id=8GEr4fyDbqgC&pg=PA172&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=27 April 2011|year=2002|publisher=World Bank Publications|isbn=978-0-8213-5352-3|pages=172, 178–187}}</ref>。

ガンジス川流域における水循環は、南西[[モンスーン]]によって支配される。モンスーンは6月から9月に発生し、総降水量の約84%を占める。したがって、ガンジス川の流量は非常に季節変動が激しくなる。ハーディング橋で測定される乾季と雨季の平均流量差は1:6となる。この激しい季節変動は、特に下流域における土地や水資源開発の問題の根底にある。バングラデシュでは、乾季には頻繁に[[干ばつ]]に見舞われ、雨季には定期的な洪水に見舞われる<ref name="SalmanUprety2002-133">{{Cite book|last1=Salman|first1=Salman M. A.|last2=Uprety|first2=Kishor|title=Conflict and cooperation on South Asia's international rivers: a legal perspective|url=https://books.google.co.jp/books?id=8GEr4fyDbqgC&pg=PA133&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=27 April 2011|year=2002|publisher=World Bank Publications|isbn=978-0-8213-5352-3|page=133}}</ref>。

'''[[ファラッカ]]([[ウェストベンガル州]])におけるガンジス川の流量(m³/s)'''<br />([[1949年]]から[[1973年]]の平均データ)<ref>[http://www.grdc.sr.unh.edu/html/Polygons/P2846800.html GRDC - Ganges Basin Station: Farakka]</ref>

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== 経済 ==
== 経済 ==
ガンジス川中下流の広大なヒンドスタン平原はガンジス川の[[シルト]]からなる平原であり、非常に肥沃である。このため、集約的な農業が行われ、[[米]]や[[小麦]]、[[トウモロコシ]]、[[サトウキビ]]、[[綿花]]などの栽培がさかんである。肥沃な土地で水も豊富であり農業生産高も高いため、ガンジス川流域は世界でもっとも人口密度の高い地域のひとつである。ガンジス下流域はさらに肥沃であ、世界有数米生産地となっている。20世紀後半に[[緑の革命]]よって改良種の普及や[[井戸]]の掘削が行われ、乾季に生産されボロ稲の農業生産が大幅に拡大し、さらに二期作や三期作が可能となって、この地方の食糧生産はさらに増大した<ref>大橋正明、村山真弓編著、2003年8月8日初版第1刷、『バングラデシュを知るための60章』p40-41、明石書店 </ref>。しかし、上述ように路が不安定流量が巨大すぎるために洪水の被害が激しくしばしば食糧生産に甚大な被害をもたらす。いっぽうで、適度な洪水土地に肥沃シルトを運んできてくれるため、「ボルシャ」と呼ばれて、豊作をもたらす恵みの存在と考えられている。また、川に栄養分が豊富なため[[漁業]]も非常に盛んであり、バングラデシュやインドの貴重なタンパク源ている。
ガンジス川中下流の広大なヒンドスタン平原はガンジス川の[[シルト]]からなる平原であり、非常に肥沃である。このため、集約的な農業が行われ、[[米]]や[[小麦]]、[[トウモロコシ]]、[[サトウキビ]]、[[綿花]]などの栽培がさかんである。肥沃な土地で水も豊富であり農業生産高も高いため、ガンジス川流域は世界でもっとも人口密度の高い地域のひとつであり、流域人口4億人を超え、1km2当たりの人口390人る<ref name="Arnold2000">{{cite book|last=Arnold|first=Guy|title=World strategic highways|url=https://books.google.co.jp/books?id=FarwCNdYdmoC&pg=PA223&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=26 April 2011|year=2000|publisher=Taylor & Francis|isbn=978-1-57958-098-8|pages=223–227}}</ref>。コムギはやや乾燥た[[ウッタル・プラデーシュ州]]西部などの流域西部で、コメ湿潤ウッタ・プラデーュ州東部や[[ビハール州]]、西ベンガル州、バングラデシュとた流域東部で栽培されことが多い


ガンジス下流域はさらに肥沃であり、世界有数の米生産地となっている。20世紀後半には[[緑の革命]]によって改良種の普及や[[井戸]]の掘削が行われ、乾季に生産されるボロ稲の農業生産が大幅に拡大し、さらに二期作や三期作が可能となって、この地方の食糧生産はさらに増大した<ref>大橋正明、村山真弓編著、2003年8月8日初版第1刷、『バングラデシュを知るための60章』p40-41、明石書店</ref>。しかし、上述のように流路が不安定で流量が巨大すぎるために洪水の被害が激しく、しばしば食糧生産に甚大な被害をもたらす。
上流域においては、豊富な水と急流を利用した[[水力発電]]が盛んに行われている。支流の多く発するネパール・ブータン両国において盛んで、特にブータンでは主要な輸出品となっている<ref>「ビジュアル・データ・アトラス」p541 同朋舎出版 1995年4月26日初版第1刷</ref>。


いっぽうで、適度な洪水は土地に肥沃なシルトを運んできてくれるため、「ボルシャ(ベンガル語で「বর্ষা」、英語転記では「borsha」 )」と呼ばれて、豊作をもたらす恵みの存在と考えられている。また、川に栄養分が豊富なため[[漁業]]も非常に盛んであり、バングラデシュやインドの貴重なタンパク源となっている。
== 歴史 ==
[[紀元前1000年]]ごろに先住の[[ドラヴィダ人]]にかわって[[アーリア人]]がガンジス川流域に住み着いた。やがてガンジス流域を中心に[[十六大国]]と呼ばれる諸国が成立し、その中から現在のビハール州を本拠とし、[[ラージャグリハ]]を首都とした[[マガダ国]]と、現在の[[ウッタル・プラデーシュ州]]北東部を本拠とした[[コーサラ国]]が強大化していった。このころ、当時支配的だったバラモン教に対する批判として、ブッダによって[[仏教]]が起こされ、また[[ジャイナ教]]もこの地域で起こった。やがて[[パータリプトラ]]に首都を移したマガダ国がコーサラ国を破ってガンジス流域を統一した。


上流域においては、豊富な水と急流を利用した[[水力発電]]が盛んに行われている。支流の多く発するネパール・ブータン両国において盛んで、特にブータンでは主要な輸出品となっている<ref>「ビジュアル・データ・アトラス」p541 同朋舎出版 1995年4月26日初版第1刷</ref>。2006年にはリシケーシュの上流に2400メガワットの発電量を得る目的などでテーリ・ダムが完成し、首都[[デリー]]の主要な水源となっている<ref>「ヒマラヤ世界」pp138-139 向一陽 中公新書 2009年10月25日発行</ref>。
マガダ国ではいくつもの王朝交代があったが、紀元前317年頃に成立した[[マウリヤ朝]]は[[アショーカ王]]の時代にインドをほぼ統一し、初の統一王朝となった。この後は王朝分立が続いた後、330年ごろにパータリプトラにて[[グプタ朝]]が成立し、再びガンジス流域を統一した。


ドアーブ地方に灌漑をおこなうため、この地方を支配したイギリスは[[1854年]]にハルドワールから1300kmの用水路を掘り、ガンジス運河(上ガンジス運河)を建設した。これによってドアーブ地方は穀倉地帯となり、さらにインド独立後、インド政府は2100km用水路を延伸しこれを下ガンジス運河と名付けた。下ガンジス運河はカーンプルにてガンジス川に再び合流する<ref>「ヒマラヤ世界」pp227-228 向一陽 中公新書 2009年10月25日発行</ref>。
その後、ガンジス流域を統一したのはデリーに本拠を置いた[[デリー・スルタン朝]]及び[[ムガル帝国]]である。ムガルの衰退後は河口部の[[コルカタ]]に本拠を置いた[[イギリス東インド会社]]が[[1765年]]に下流域である[[ベンガル地方|ベンガル]]の支配権を獲得して以後領域を拡大し、インド大反乱で支配権を取り上げられて以後は全域がイギリス領インド帝国領となった。


インド政府はカルカッタへと流れるフーグリー川に多量の水を流しこむことでカルカッタ港の[[シルト]]を押し流す計画を立て、[[1971年]]、ガンジス川本流のファラッカにファラッカ・ダムを建設した。
その後、[[1947年]]の[[インド・パキスタン分離独立]]を経て、[[東パキスタン]]となっていた下流域が[[バングラデシュ独立戦争]]の結果[[1971年]]に[[バングラデシュ]]として独立し、現在の政治領域が確定した。

しかし、これはバングラデシュとの国境からわずか18km上流にすぎなかったため、乾季の貴重な水量の大部分が奪われ農耕に悪影響が現れるとしてバングラデシュ政府が猛反発し、[[水利権]]の紛争が勃発した<ref>「南アジアの国土と経済 第1巻 インド」p76 B.L.C.ジョンソン著 山中一郎・松本絹代・佐藤宏・押川文子共訳 二宮書店 昭和61年4月1日第1刷</ref>。この状況を改善するため、[[1997年]]にはファラッカ協定が結ばれて以後30年間の水配分が決定された<ref>「ヒマラヤ世界」p248 向一陽 中公新書 2009年10月25日発行</ref>。

古代にはデリー周辺にまで舟運があったとされ、イギリス支配初期の[[1830年代]]からはカルカッタからイラーハーバードまでの河川[[蒸気船]]が就航し、イギリス支配下の各地との連絡手段となっていた<ref>横井勝彦著 『アジアの海の大英帝国』 講談社 p49 ISBN 978-4061596412</ref>。しかしその後水量減少やシルト堆積によって舟運は下流のベンガル地方に限られることとなった。


== 信仰 ==
== 信仰 ==
[[File:An_Amalgamation_of_Wonder.JPG|thumb|left|250px|[[マカラ (神話)|マカラ]]に乗る女神ガンガー]]
[[File:Clock Tower, at Har-ki-Pauri, Haridwar.jpg|thumb|ハリドワールのハル・キー・パイリーにて沐浴を行う人々]]
[[File:Har_ki_Pauri_-_Shiv_Moorti.JPG|thumb|left|250px|聖地ハリドワールのガンジス川のほとりに立つ巨大な[[シヴァ]]像]]
ヒンドゥー教においては、ガンジス川は[[ガンガー]]と呼ばれる女神として神格化されている。[[インド神話]]によれば、ガンジス川はかつて天上を流れていたとされる。しかし、[[サガラ]]王の6万の王子を昇天させるために[[バギーラタ]]が苦行を積み、これを聞き入れた[[ブラフマー]]神によってガンジス川は地上を流れることとなった。しかしそのままではガンジス川の落下の衝撃に地上世界が耐えられないため、バギーラタはさらに苦行を積み、その結果[[シヴァ]]神が川を自らの額で受け止め、髪を伝って地上へと流れ下るようにしたとされる。
{{see also|ガンジス崇拝}}
ヒンドゥー教においては、ガンジス川は[[ガンガー]]と呼ばれる女神として神格化されている<ref name="BhattacharjiBandyopadhyay1995">{{cite book|last1=Bhattacharji|first1=Sukumari|last2=Bandyopadhyay|first2=Ramananda|title=Legends of Devi|url=https://books.google.co.jp/books?id=B0j0hRgWsg8C&pg=PA54&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=27 April 2011|year=1995|publisher=Orient Blackswan|isbn=978-81-250-0781-4|page=54}}</ref>。[[インド神話]]によれば、ガンジス川はかつて天上を流れていたとされる。しかし、[[サガラ]]王の6万の王子を昇天させるために[[バギーラタ]]が苦行を積み、これを聞き入れた[[ブラフマー]]神によってガンジス川は地上を流れることとなった。しかし、そのままではガンジス川の落下の衝撃に地上世界が耐えられないため、バギーラタはさらに苦行を積み、その結果[[シヴァ]]神が川を自らの額で受け止め、髪を伝って地上へと流れ下るようにしたとされる<ref>『[[ラーマーヤナ]]』『[[マハーバーラタ]]』に記載がある</ref>。


川沿いにはヒンドゥー教最大の聖地[[ーラーナシー]](ベナレス)をはじめ、源流とされるガンゴートリーに、ヤムノートリー(ヤムナー川の源流)、ケダルナート、バドリナートを加えた源流域の4つの聖地(チャールダーム)、リシケーシュ、ガンジス川が平原へと出る地に位置するハリドワール、ヤムナー川とガンジス川の合流するイラーハーバードなどの数多くのヒンドゥー教の[[聖地]]があり、ガンジス川そのものも聖なる川とみなされる。死者をその川岸で[[火葬]]に付し、灰をこの川に流すことは死者に対する最大の敬意とされる。子供、妊婦、事故死、疫病死の場合はそのまま[[水葬]]される。また信仰によりこの川で[[沐浴]]するために巡礼してくる信者も数多い。上記の聖地には沐浴場が設けられ、多くの信者が沐浴を行う。その反面、毎年この川で[[溺死]]する人の数も多いという。
川沿いにはヒンドゥー教最大の聖地[[ヴァーラーナシー]](ベナレス)をはじめ、源流とされるガンゴートリーに、ヤムノートリー(ヤムナー川の源流)、ケダルナート、バドリナートを加えた源流域の4つの聖地(チャールダーム)、ガンジス川が断崖から河谷へと出るリシケーシュ、ガンジス川が平原へと出る地に位置するハリドワール、ヤムナー川とガンジス川の合流するイラーハーバードなどの数多くのヒンドゥー教の[[聖地]]があり、ガンジス川そのものも聖なる川とみなされる。死者をその川岸で[[火葬]]に付し、灰をこの川に流すことは死者に対する最大の敬意とされる。子供、妊婦、事故死、疫病死の場合はそのまま[[水葬]]される。[[File:Kumbh_Mela2001.JPG|thumb|250px|聖地イラーハーバードでの[[クンブ・メーラ]]]]また信仰によりこの川で[[沐浴]]するために巡礼してくる信者も数多い。上記の聖地には沐浴場が設けられ、多くの信者が沐浴を行う。その反面、毎年この川で[[溺死]]する人の数も多いと言う。ガンジス川に面する4つの聖地(イラーハーバード、ハリドワール、ナーシク、ウッジャイン)におては3年に1度、各都市の持ち回り(各都市で行われるのは12年に1度となる)で[[クンブ・メーラ]]と呼ばれる集団沐浴の大祭がおこなわれる。この大祭にはインド各地より[[サドゥ]]が集まり、さらに何千万人もの巡礼者が沐浴を行。2013年にはイラーハーバードでクンブ・メーラが開催された<ref>[https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/7541/ 聖なる沐浴、ヒンズーのクンブメーラ] ナショナルジオグラフィック、2013年1月13日 2016年6月12日閲覧</ref>。しかし、信者以外の観光客が沐浴を行うことは避けるべきである。と言うのも、ガンジス川には近隣の下水が流し込まれているため、地元の人間と違って免疫のない人がガンジス川の水に浸かったり飲用したりすれば多種多様な感染症に罹病する危険が大きいためである


また、この地域は[[ブッダ]]の生まれ、[[悟り]]を開いて仏教を創始した地域であり、生誕の地[[ルンビニ]]や悟りを開いた[[ブッダガヤ]]など、仏教の[[四大聖地]]および[[八大聖地]]はすべてガンジス川流域に属する。しかしその後、[[東アジア]]や[[東南アジア]]に仏教が伝播する一方で、ガンジス流域における仏教信仰は衰退し、ブータンやチベットが仏教国となっているものの、聖地のあるインドではほとんど信者のいない状態となっている。[[仏典]]では、[[サンスクリット]]のガンガーより恒河(こうが)と記す。10<sup>52</sup>の単位を示す[[恒河沙]]は、ガンジス川の砂という意味であり、ガンジス川の砂のように非常に多いことをさす<ref>「COSMOS」4巻 カール・セーガン 旺文社 p151 1980年12月20日初版発行</ref>。この他、[[パトナ]]周辺ではブッダと同時期に[[マハーヴィーラ]]によって[[ジャイナ教]]が創始された。
信者以外の観光客が沐浴を行うことは避けるべきである。
ガンジス川には近隣の下水が流しこまれているため、地元の人間と違って免疫のない人がガンジス川の水に浸かったり飲用したりすれば多種多様な感染症に罹病する危険が大きい。


== 汚染と保護 ==
また、この地域は[[ブッダ]]の生まれ、[[悟り]]を開いて仏教を創始した地域であり、生誕の地[[ルンビニ]]や悟りを開いた[[ブッダガヤ]]など、仏教の[[四大聖地]]および[[八大聖地]]はすべてガンジス川流域に属する。しかしその後、[[東アジア]]や[[東南アジア]]に仏教が伝播する一方でガンジス流域における仏教信仰は衰退し、ブータンやチベットが仏教国となっているものの、聖地のあるインドではほとんど信者のいない状態となっている。
ガンジス川の豊富な水は様々な用途に使われているが(「経済」を参照)、両岸には[[上水道]]や[[下水道]]が未整備の地域が多い。また宗教上の理由から[[トイレ]]を設けない家庭も多く、河川周辺での[[屋外排泄]]を行う人口も多いことなどもあり<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASKCW2HK0KCWUBQU006.html 「家から離せ」ヒンドゥーの教え トイレが遠いインド] 朝日新聞(2017年11月27日)2017年12月3日閲覧</ref>[[水質汚染]]が進んでいる。[[2007年]]には世界で最も汚染された5つの河川となり<ref name=greendiary>{{cite web|author=kalpana 1 April 2007 |url=http://www.greendiary.com/entry/ganga-is-dying-at-kanpur/ |title=Ganga is dying, pollution the killer |publisher=Greendiary.com |date=1 April 2007 |accessdate=4 July 2012}}</ref>、ワーラーナシー付近での[[大腸菌]]レベルはインド政府の定める基準の100倍にまで上った<ref name=economist2008-ganges-pollution>[http://www.economist.com/world/asia/displaystory.cfm?story_id=11751397 "India and pollution: Up to their necks in it"], ''[[エコノミスト|The Economist]]'', 27 July 2008.</ref>。汚染は人間だけでなく140種の魚類や90種の両生類、絶滅危惧種の[[ガンジスカワイルカ]]などにも大きな影響を与えている<ref name=greendiary/>。またこの汚染は、ガンジス流域に住む4億人の健康にも多大な悪影響を及ぼしている<ref>{{cite web|url=http://www.cleanganga.com/newsletter/index.php |title=June 2003 Newsletter |publisher=Clean Ganga |date= |accessdate=16 July 2010}}</ref><ref>{{cite news| url=http://www.time.com/time/health/article/0,8599,1581251,00.html | work=Time | title=The World's Dirty Rivers | date=22 January 2007 | accessdate=3 May 2010 | first=Elisabeth | last=Salemme}}</ref>。この膨大な人口から排出される下水や化学物質、ゴミがさらに汚染を深刻化させている。川の周辺に住む多くの貧困層が川の水を直接、食事や洗濯、風呂に使用することで健康上の被害はさらに拡大している<ref name=Abraham>{{cite journal | last = Abraham | first = Wolf-Rainer | title = Review Article. Megacities as Sources for Pathogenic Bacteria in Rivers and Their Fate Downstream | url = http://www.hindawi.com/journals/ijmb/2011/798292/ | journal = International Journal of Microbiology | volume = 2011 | doi = 10.1155/2011/798292 }}</ref>。
[[仏典]]では、[[サンスクリット]]のガンガーより恒河(こうが)と記す。10<sup>52</sup>の単位を示す[[恒河沙]]は、ガンジス川の砂という意味であり、ガンジス川の砂のように非常に多いことをさす<ref>「COSMOS」4巻 カール・セーガン 旺文社 p151 1980年12月20日初版発行</ref>。


ガンジス川には、[[抗生物質]]や[[抗菌薬]]を濫用した人間・[[家畜]]の[[屎尿|排泄物]]が流れ込むため、それに混じった[[耐性菌]]によると見られる病気が近年増えている<ref>{{Cite news|url=https://www.sankei.com/article/20170506-UN6PNVE7NFLJ3MDFSHFBXWHS2E/|title=【感染危機・薬が効かない(上)】「聖なる大河」に漂う耐性菌 発熱・吐き気…体調不良の住民続出|work=|publisher=[[産経新聞]]朝刊|date=2017年5月6日}}</ref>。
また、[[パトナ]]周辺ではブッダと同時期に[[マハーヴィーラ]]によってジャイナ教が創始された。

2017年3月20日、[[ウッタラカンド州]]の[[裁判所]]はガンジス川と支流の[[ヤムナ川]]を「命ある存在」と認め、インド政府の浄化事業責任者を代理人として提訴などを行える法的権利を持つとの判断を示した<ref>{{Cite news|url=https://www.sankei.com/article/20170508-BA6R3EJ74JKXPCI3HAXLANGUOM/|title=印裁判所がガンジス川に法的権利認める 「命ある存在」、川が提訴可能に|work=|publisher=[[産経新聞]]朝刊|date=2017年5月9日}}</ref>。川の汚染をこれ以上悪化させないために川に[[人格]]を認めるという判断ではあったが、同年7月7日、インド最高裁判所は下級審の判断を無効とする判決を下している<ref>[https://www.afpbb.com/articles/-/3135200?cx_part=ycd 聖なる川に人間と同じ権利は認められない、インド最高裁が判断] AFP(2017年7月10日)2017年12月23日閲覧</ref>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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<references />
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== 関連項目 ==
{{Commons|Category:Ganges River}}
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* [[恒河沙]]
*[[バグマティ川]]

== 外部リンク ==
* {{Kotobank}}

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ガンジス(ガンガー)
ヨガ聖地リシケーシュを流れるガンガー
延長 2525 km
平均流量 18,490 m3/s
流域面積 1730000 (840000) km2
水源 ヒマラヤ山脈
河口・合流先 ベンガル湾
流路 インドの旗 インド
バングラデシュの旗 バングラデシュ
流域 インドの旗 インド
バングラデシュの旗 バングラデシュ
ネパールの旗 ネパール
中華人民共和国の旗 中国*
ブータンの旗 ブータン*
*ブラフマプトラ川水系のみ
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ガンジス川(ガンジスがわ、ヒンディー語: गंगा)は、ヒマラヤ山脈の南側、インド亜大陸の北東部を流れる大河である。長さは約2525km[1]、流域面積は約173万km2(ただしブラフマプトラ川水系を除くと約84万km2)。

名称

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ヒンディー語サンスクリットではガンガーगंगा、Gaṅgā)と呼び、これはヒンドゥー教川の女神の名でもある。また漢語ではこれを音写し恒河(ごうが、中国語音は Hénghé)と呼ぶ。英語では the Ganges と呼び、これは和名の由来でもある。それだけで完結する固有名であり、本来は Ganges River のような言い方はしない。

流域の歴史

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紀元前600年頃の十六大国

インダス文明末期の紀元前1900年から紀元前1300年ごろに、インダス川流域からの植民者がガンジス川とヤムナー川の河間地方(ドアーブ)へとすみついた。やがてインダス文明が崩壊すると、インドの文明の中心はインダス川流域からガンジス川流域へと移動した[2]紀元前1000年ごろに先住のドラヴィダ人にかわってアーリア人がガンジス川流域に住み着いた。

やがてガンジス流域を中心に十六大国と呼ばれる諸国が成立し、互いに覇権を競うようになった。このころの時代をヴェーダ時代と呼ぶが、最も古いヴェーダであるリグ・ヴェーダにおいて神聖な川とされているのはシンドゥ七大河インダス川サラスヴァティー川であり、ガンジス川は含まれていなかった。しかしそれに続く後期ヴェーダ時代に編まれた『サーマ・ヴェーダ』・『ヤジュル・ヴェーダ』・『アタルヴァ・ヴェーダ』の3つのヴェーダにおいては、ガンジス川は神聖な地位を獲得することとなった[3]。十六大国は抗争を繰り返すが、やがてその中から現在のビハール州を本拠とし、ラージャグリハを首都としたマガダ国と、現在のウッタル・プラデーシュ州北東部を本拠としたコーサラ国が強大化していった。

このころ、当時支配的だったバラモン教に対する批判として、ブッダによって仏教が起こされ、またジャイナ教もこの地域で起こった。やがてパータリプトラに首都を移したマガダ国がコーサラ国を破ってガンジス流域を統一した。

マガダ国ではいくつもの王朝交代があったが、紀元前317年頃に成立したマウリヤ朝アショーカ王の時代にインドをほぼ統一し、初の統一王朝となった。この後は王朝分立が続いた後、330年ごろにパータリプトラにてグプタ朝が成立し、再びガンジス流域を統一した。

その後、ガンジス流域を統一したのはデリーに本拠を置いたデリー・スルターン朝及びムガル帝国である。ムガル帝国の衰退後はアワド太守ベンガル太守が自立し各地を治めたものの、やがて河口部のコルカタに本拠を置いたイギリス東インド会社1765年に下流域であるベンガルの支配権を獲得して以後領域を拡大し、インド大反乱で支配権を取り上げられて以後は全域がイギリス領インド帝国領となった。

その後、1947年インド・パキスタン分離独立を経て、東パキスタンとなっていた下流域がバングラデシュ独立戦争の結果1971年バングラデシュとして独立し、現在の政治領域が確定した。

流域の地理

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ガンゴートリーを流れるバギーラティー川
ガンゴートリーを流れるバギーラティー川
デーヴァプラヤーグ(英語版)でアラクナンダー川(英語版)(右)とバギーラティー川(英語版)(左)が合流し、この地点からガンジス川と呼ばれるようになる。
デーヴァプラヤーグ英語版アラクナンダー川英語版(右)とバギーラティー川英語版(左)が合流し、この地点からガンジス川と呼ばれるようになる。
聖地ハリドワールを流れるガンガー
聖地ハリドワールを流れるガンガー
イラーハーバードの聖地サンガム(英語版)で最大の支流ヤムナー川と合流する。
イラーハーバードの聖地サンガム英語版で最大の支流ヤムナー川と合流する。
聖地であるヴァーラーナシーを流れるガンジス川
聖地であるヴァーラーナシーを流れるガンジス川
ガンジス川沿いのラームナガル城
ガンジス川沿いのラームナガル城
パトナにあるガンジス川に架かるマハトマ・ガンジー橋
パトナにあるガンジス川に架かるマハトマ・ガンジー橋
ガンジス川デルタにあるスンダルバンス国立公園(世界遺産)
ガンジス川デルタにあるスンダルバンス国立公園世界遺産
シュンドルボンマングローブの群生地帯(世界遺産)
シュンドルボンマングローブの群生地帯(世界遺産

上流域

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ヒマラヤ山脈のふもと、ガンジス源流域であるウッタラーカンド州Garhwal地方のガンジス支流図。山、湖、町には標高が記されている。

ガンジス川本流の最上流部はバギーラティー川と呼ばれており、ヒマラヤ山脈の南麓ガンゴートリー氷河を水源とする。水源では氷河の下から雪解け水が音を立てて流れ出しており、ゴームク英語版(牛の口)と呼ばれている。ゴームクの標高は3,892mである[4]。上流部ではバギーラティー英語版(भागीरथी)の名がある。デーヴァプラヤーグ英語版付近で支流の1であるアラクナンダー川英語版と合流する。そこから下流側がガンガーगंगा)と呼ばれている。なお、ここまでの流路はガンジス川の本流とされているバギーラティー川よりも、支流のアラクナンダー川の方が長いものの、ヒンドゥー教文化や神話においては、バギーラティー川こそが真のガンジスの源流であると見なされている[5][6]

ガンガーはこの後狭いヒマラヤの峡谷を約250km南下し、リシケーシュで断崖から河谷へと出る。さらにその約25km南にあるハリドワールで大平原へと出る[4]。ここまでがガンジス川の上流部である。なお、ハリドワールにはガンジス運河の頭首工があり、運河に豊富な水を供給している。

中流域

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茶色がガンジス川の流域、紫色がブラフマプトラ川の流域、緑色がメグナ川の流域。

ここからは河口部まで急流もなく、北インドの平原地帯(ガンジス平野の名がある。ヒンドゥスターン平野の一部)を流れる。ヤムナー川とガンジス川の間の河間平野はドアーブ(2つの川)地方と呼ばれる穀倉地帯となっている[7]

ハリドワールからはガンジス運河英語版が開削され、カーンプルで再びガンジス川に合流するまでドアーブ地方英語版を貫流し、この地方に灌漑用水をもたらしている。アラーハーバードで最大の支流ヤムナー川と合流する。ヤムナー川はガンジス川よりも流量が大きく、合流点の流量2950 (m3/s)[8] のうち58.5%はヤムナー川からの水が占めている[9]。イラーハーバードでガンジス川は東へと向きを変え、北のヒマラヤ山脈や南のヴィンディヤ山脈からさらに多くの河川を集める。特に北のヒマラヤから流れ込むうちでも、ネパール西部から流れ込むガーグラー川(カルナリ川)、ネパール中部からのカリ・ガンダキ川英語版गंडक नदी)、そしてネパール東部からのコシ川英語版は特に大きな支流であり、ガンジス本流の流量の70%はこの3支流からの水であるとされる[10]

ガーグラー川はガンジス本流に注ぎ込む中では最大の支流であり、流量は2,990 (m3/s)にのぼる。さらに南から流れ込むソーン川英語版から1,000 (m3/s)、カリ・ガンダキ川から1,654 (m3/s)、コシ川から2,166 (m3/s)が流れ込む。コシ川はガーグラー川とヤムナー川に次いで3番目に大きな支流である。このほかにも中流域には網の目のように支流が走っており、さらにその支流から運河が各地に建設されて灌漑に利用されているが、流路が安定しているために周囲の交通網の整備が容易であり、また流量の季節変動が大きく渇水期には大きく流量が減少する上に、周囲での灌漑の進展によってさらに流量が減少したことや開発によって河道にシルトが堆積したことなどから交通路としての利用は鉄道や道路の整備によって少なくなった。パトナを過ぎ、ビハール州北東部にてデカン高原の北東端にあたり、そこからは南東へと流れを変える。ここまでの約2200kmがガンジス川の中流域であり、これより下流の約600kmは下流域とされる。

下流域

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ガンジス川デルタは、世界最大の総面積100万haのマングローブ大森林地帯である。

下流域ではチベット高原からアッサム州を流れてきたブラフマプトラ川と合流し、さらにその下流でバングラデシュ北東部を流れるメグナ川と合流する。また多くの分流を作り、バングラデシュへ入り、ベンガル湾へ流れ込む。下流部ではブラフマプトラ川、メグナ川および分流により広大な三角州地帯を形成する。

分流のうち代表的なものには、コルカタ付近を流れるフーグリー川バングラデシュに流れるポッダ川英語版がある。流量が最も多いのはポッダ川であり、現在ではこの川が本流となっている[11]。フーグリー川はガンジスからの水のほか、西のジャールカンド州から流れてきた最大支流ダーモーダル川をもあわせ[12]サーガル島付近でベンガル湾へと注ぎこむ。16世紀まではフーグリー川がガンジスの本流であった[13]。ガンジス川デルタは、ほとんどが標高数mしかない低地であり、自然堤防をなす河川間の小高い土地でも標高50mは越えない。ガンジス川の本流・支流がデルタに運んでくる土砂は毎年25億トンにものぼる[14]。下流域においては勾配が少ないことと3大河川が合流することによる流量の巨大さ、さらに主にブラフマプトラ川によるチベット高原からの膨大な量の土砂の堆積によって流路が安定せず、そのため鉄道や道路の整備が困難であるため、この地域ではガンジス本支流の水運が重要な役割を果たしている。バングラデシュ国内だけで河川水路は3100kmにのぼり、国内の物資、人員の移動の4分の3を占めるまでになっている。また、流量の変動が著しいことと勾配がほとんどないこと、流路の不安定さから特に下流域においては洪水が多発し、バングラデシュの問題の1つとなっている。

しかし、ガンジス川の最下流部では少し様相が変わって、流路は比較的安定している。氷河期にはベンガル湾の水位は現在より135m以上低かったとされており、この関係で、当時はその低くなっていた海面に各支流が注ぎ込んでいたため、現在の海岸部近くでは、河道は深くなっている[15]。このような理由で、河道が現在の海水面よりも深く刻み込まれているため、デルタの上流部に比べれば河道変更は起こりにくい。ただし、今度はガンジス川下流デルタは低平であるため海から満潮時には潮汐が起こることがあり、ガンジス・ブラフマプトラ川合流点から上流30kmあたりの地点までは潮汐が観測できる。特に海岸部近くでは潮汐の影響を強く受け、乾季には塩害が起こることも多い。また、サイクロン時には高潮の被害もしばしば受ける。なお、ベンガル湾に近いデルタ地帯は世界遺産に登録されているシュンドルボン(ベンガル語で「美しい森」の意。)として知られる世界最大級のマングローブ林で、ベンガルトラの生息地の1つである。

下流の河道変遷

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ガンジスデルタの多くの大規模な河川は合流や分岐を繰り返し、複雑な水路のネットワークを形成している。二大河川であるガンジスとブラマプトラを中心に両河川の合流点以前にも以後にも大きな支流が分流し、また合流する。現在の水路網は、長い時間の中で常に変動していた。重要なものだけでも以下に示すような変動が起こっている。

12世紀後半まではガンジス川の本流はフーグリー川であり、ポッダ川は小さく細い支流にすぎなかった。ただしフーグリー川の流路も現代のフーグリー川ではなく、 アディ・ガンガー川英語版を通って海に注いでいた。

12世紀から16世紀の間には、フーグリー川とポッダ川にはほぼ均等に水が流れ込んでいた。16世紀以降、ポッダ川がフーグリー川に代わってガンジス川の本流となった[13]。これはフーグリー川がシルトの堆積によって河道が高くなり、その結果本流が南東へと移ったためと考えられている。18世紀末には完全に、ポッダ川がガンジス川の本流となっていた[16]。 この結果、ガンジスの本流とブラフマプトラ川およびメグナ川が合流するようになり、おおまかに現在の流路が成立した。それまではガンジス本流とブラフマプトラ川、そしてメグナ川は、それぞれ単独でベンガル湾へと注いでいた。ガンジス川とメグナ川の合流点は、約150年前に成立した[17]

また、18世紀の終わりごろ、ブラフマプトラ川下流のコースが劇的に変わり、ガンジス川も大きく変わった。1787年に北からポッダ川に注ぐ支流だったティースタ川英語版に大洪水が起こった。これによってティースタ川は東のブラフマプトラ川本流へと注ぎこむことになり、その結果ブラマプトラ本流は逆に西へと大きく遷り、ポッダ川へと合流するようになった。

この新しい本流はジャムナ川と呼ばれ、現在でもブラマプトラの本流となっている。この洪水以前のブラフマプトラの本流はマイメンシン市を通過しメグナ川と合流するもので、現在の本流より100kmほど東を走っているものだった。現在、この流路は旧ブラフマプトラ川英語版(Old Brahmaputra)と呼ばれており、いまだ大支流の一つとなっている[18]。Langalbandhにある旧ブラフマプトラ川とメグナ川の合流点はいまだにヒンズー教徒の聖地となっている。合流点の近くにある、Wari-Bateshwar遺跡は、この地方の歴史初期の重要な遺跡である[13]

支流

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下流より記載

ガンジス川の生物

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上中流域の本流および周辺のガンジス平野にはシッソノキ英語版ムユウジュユーカリ英語版ベンガルボダイジュアナナシタケ英語版チーク英語版インドセンダンホテイアオイ属英語版などの植物が生えており、インドガビアルなどのワニホッグジカインドアジサシ英語版ソウゲンワシシロエリハサミアジサシ英語版ゴールデンマハシール英語版コシアカセッカ英語版バラシンガジカハイイロガンインドガンガンジスカワイルカカメカワウソなどが生息している。河口付近のマングローブにはベンガルトラバタグールガメカワゴンドウスナドリネコキガシラウミワシアジアヒレアシガンジスメジロザメ英語版カブトガニ類カワセミ類などが生息している。ラムサール条約登録地として、中流域のガンジス平野北部にあるハスティナプール野生生物保護区英語版一帯のハイダープール湿地英語版[19]と「ガンジス川上流域」[20]、そして生物多様性が高い河口部の三角州地帯にあるスンダルバンス国立公園シュンドルボンがある[21][22]

水文

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ハーディング橋。ポッダ川に架かる橋で、流量の測定所のうちで最も下流に位置する。

ブラフマプトラ川やメグナ川流域をも含めたガンジス川水系の流域面積は1730000km2にのぼる。内訳はインドが約60%、中国が20%、ネパールが9%、バングラデシュが7.4%となっている[23]

このうち中国の分はすべてブラフマプトラ川水系の面積である。インド全体の表面流水のうち、ガンジス水系が29.2%(内訳はヒンドスタン平原およびヒマラヤ22.4%、右岸支流群4.6%、ダーモーダル水系2.4%)、ブラマプトラ水系が31.2%を占め、インドの河川流水の60%以上をガンジス水系が占めている[24]

ガンジス川の史上最大流量は、バングラデシュのハーディング橋で記録されたもので、70,000m3/sを超えていた[25]。同じ場所で記録された最小流量は、1997年に記録された約180m3/sであった.[26]

ガンジス川流域における水循環は、南西モンスーンによって支配される。モンスーンは6月から9月に発生し、総降水量の約84%を占める。したがって、ガンジス川の流量は非常に季節変動が激しくなる。ハーディング橋で測定される乾季と雨季の平均流量差は1:6となる。この激しい季節変動は、特に下流域における土地や水資源開発の問題の根底にある。バングラデシュでは、乾季には頻繁に干ばつに見舞われ、雨季には定期的な洪水に見舞われる[27]

ファラッカウェストベンガル州)におけるガンジス川の流量(m³/s)
1949年から1973年の平均データ)[28]

経済

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ガンジス川中下流の広大なヒンドスタン平原はガンジス川のシルトからなる平原であり、非常に肥沃である。このため、集約的な農業が行われ、小麦トウモロコシサトウキビ綿花などの栽培がさかんである。肥沃な土地で水も豊富であり農業生産高も高いため、ガンジス川流域は世界でもっとも人口密度の高い地域のひとつであり、流域人口は4億人を超え、1km2当たりの人口は390人に上る[29]。コムギはやや乾燥したウッタル・プラデーシュ州西部などの流域西部で、コメは湿潤なウッタル・プラデーシュ州東部やビハール州、西ベンガル州、バングラデシュといった流域東部で栽培されることが多い。

ガンジス下流域はさらに肥沃であり、世界有数の米生産地となっている。20世紀後半には緑の革命によって改良種の普及や井戸の掘削が行われ、乾季に生産されるボロ稲の農業生産が大幅に拡大し、さらに二期作や三期作が可能となって、この地方の食糧生産はさらに増大した[30]。しかし、上述のように流路が不安定で流量が巨大すぎるために洪水の被害が激しく、しばしば食糧生産に甚大な被害をもたらす。

いっぽうで、適度な洪水は土地に肥沃なシルトを運んできてくれるため、「ボルシャ(ベンガル語で「বর্ষা」、英語転記では「borsha」 )」と呼ばれて、豊作をもたらす恵みの存在と考えられている。また、川に栄養分が豊富なため漁業も非常に盛んであり、バングラデシュやインドの貴重なタンパク源となっている。

上流域においては、豊富な水と急流を利用した水力発電が盛んに行われている。支流の多く発するネパール・ブータン両国において盛んで、特にブータンでは主要な輸出品となっている[31]。2006年にはリシケーシュの上流に2400メガワットの発電量を得る目的などでテーリ・ダムが完成し、首都デリーの主要な水源となっている[32]

ドアーブ地方に灌漑をおこなうため、この地方を支配したイギリスは1854年にハルドワールから1300kmの用水路を掘り、ガンジス運河(上ガンジス運河)を建設した。これによってドアーブ地方は穀倉地帯となり、さらにインド独立後、インド政府は2100km用水路を延伸しこれを下ガンジス運河と名付けた。下ガンジス運河はカーンプルにてガンジス川に再び合流する[33]

インド政府はカルカッタへと流れるフーグリー川に多量の水を流しこむことでカルカッタ港のシルトを押し流す計画を立て、1971年、ガンジス川本流のファラッカにファラッカ・ダムを建設した。

しかし、これはバングラデシュとの国境からわずか18km上流にすぎなかったため、乾季の貴重な水量の大部分が奪われ農耕に悪影響が現れるとしてバングラデシュ政府が猛反発し、水利権の紛争が勃発した[34]。この状況を改善するため、1997年にはファラッカ協定が結ばれて以後30年間の水配分が決定された[35]

古代にはデリー周辺にまで舟運があったとされ、イギリス支配初期の1830年代からはカルカッタからイラーハーバードまでの河川蒸気船が就航し、イギリス支配下の各地との連絡手段となっていた[36]。しかしその後水量減少やシルト堆積によって舟運は下流のベンガル地方に限られることとなった。

信仰

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マカラに乗る女神ガンガー
聖地ハリドワールのガンジス川のほとりに立つ巨大なシヴァ

ヒンドゥー教においては、ガンジス川はガンガーと呼ばれる女神として神格化されている[37]インド神話によれば、ガンジス川はかつて天上を流れていたとされる。しかし、サガラ王の6万の王子を昇天させるためにバギーラタが苦行を積み、これを聞き入れたブラフマー神によってガンジス川は地上を流れることとなった。しかし、そのままではガンジス川の落下の衝撃に地上世界が耐えられないため、バギーラタはさらに苦行を積み、その結果シヴァ神が川を自らの額で受け止め、髪を伝って地上へと流れ下るようにしたとされる[38]

川沿いにはヒンドゥー教最大の聖地ヴァーラーナシー(ベナレス)をはじめ、源流とされるガンゴートリーに、ヤムノートリー(ヤムナー川の源流)、ケダルナート、バドリナートを加えた源流域の4つの聖地(チャールダーム)、ガンジス川が断崖から河谷へと出るリシケーシュ、ガンジス川が平原へと出る地に位置するハリドワール、ヤムナー川とガンジス川の合流するイラーハーバードなどの数多くのヒンドゥー教の聖地があり、ガンジス川そのものも聖なる川とみなされる。死者をその川岸で火葬に付し、灰をこの川に流すことは死者に対する最大の敬意とされる。子供、妊婦、事故死、疫病死の場合はそのまま水葬される。

聖地イラーハーバードでのクンブ・メーラ

また信仰によりこの川で沐浴するために巡礼してくる信者も数多い。上記の聖地には沐浴場が設けられ、多くの信者が沐浴を行う。その反面、毎年この川で溺死する人の数も多いと言う。ガンジス川に面する4つの聖地(イラーハーバード、ハリドワール、ナーシク、ウッジャイン)においては3年に1度、各都市の持ち回り(各都市で行われるのは12年に1度となる)でクンブ・メーラと呼ばれる集団沐浴の大祭がおこなわれる。この大祭にはインド各地よりサドゥが集まり、さらに何千万人もの巡礼者が沐浴を行う。2013年にはイラーハーバードでクンブ・メーラが開催された[39]。しかし、信者以外の観光客が沐浴を行うことは避けるべきである。と言うのも、ガンジス川には近隣の下水が流し込まれているため、地元の人間と違って免疫のない人がガンジス川の水に浸かったり飲用したりすれば多種多様な感染症に罹病する危険が大きいためである。

また、この地域はブッダの生まれ、悟りを開いて仏教を創始した地域であり、生誕の地ルンビニや悟りを開いたブッダガヤなど、仏教の四大聖地および八大聖地はすべてガンジス川流域に属する。しかしその後、東アジア東南アジアに仏教が伝播する一方で、ガンジス流域における仏教信仰は衰退し、ブータンやチベットが仏教国となっているものの、聖地のあるインドではほとんど信者のいない状態となっている。仏典では、サンスクリットのガンガーより恒河(こうが)と記す。1052の単位を示す恒河沙は、ガンジス川の砂という意味であり、ガンジス川の砂のように非常に多いことをさす[40]。この他、パトナ周辺ではブッダと同時期にマハーヴィーラによってジャイナ教が創始された。

汚染と保護

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ガンジス川の豊富な水は様々な用途に使われているが(「経済」を参照)、両岸には上水道下水道が未整備の地域が多い。また宗教上の理由からトイレを設けない家庭も多く、河川周辺での屋外排泄を行う人口も多いことなどもあり[41]水質汚染が進んでいる。2007年には世界で最も汚染された5つの河川となり[42]、ワーラーナシー付近での大腸菌レベルはインド政府の定める基準の100倍にまで上った[43]。汚染は人間だけでなく140種の魚類や90種の両生類、絶滅危惧種のガンジスカワイルカなどにも大きな影響を与えている[42]。またこの汚染は、ガンジス流域に住む4億人の健康にも多大な悪影響を及ぼしている[44][45]。この膨大な人口から排出される下水や化学物質、ゴミがさらに汚染を深刻化させている。川の周辺に住む多くの貧困層が川の水を直接、食事や洗濯、風呂に使用することで健康上の被害はさらに拡大している[46]

ガンジス川には、抗生物質抗菌薬を濫用した人間・家畜排泄物が流れ込むため、それに混じった耐性菌によると見られる病気が近年増えている[47]

2017年3月20日、ウッタラカンド州裁判所はガンジス川と支流のヤムナ川を「命ある存在」と認め、インド政府の浄化事業責任者を代理人として提訴などを行える法的権利を持つとの判断を示した[48]。川の汚染をこれ以上悪化させないために川に人格を認めるという判断ではあったが、同年7月7日、インド最高裁判所は下級審の判断を無効とする判決を下している[49]

脚注

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  2. ^ McIntosh, Jane (2008). The ancient Indus Valley: new perspectives. ABC-CLIO. pp. 99–101. ISBN 978-1-57607-907-2. https://books.google.co.jp/books?id=1AJO2A-CbccC&pg=PA99&redir_esc=y&hl=ja 25 April 2011閲覧。 
  3. ^ Romila Thapar (October 1971). “The Image of the Barbarian in Early India”. Comparative Studies in Society and History (Cambridge University Press) 13 (4): 408–436. JSTOR 178208. "The stabilizing of what were to be the Arya-lands and the mleccha-lands took some time. In the Rg Veda the geographical focus was the sapta-sindhu (the Indus valley and the Punjab) with Sarasvati as the sacred river, but within a few centuries drya-varta is located in the Gariga-Yamfna Doab with the Ganges becoming the sacred river. (page 415)" 
  4. ^ a b C. R. Krishna Murti; Gaṅgā Pariyojanā Nideśālaya; India Environment Research Committee (1991). The Ganga, a scientific study. Northern Book Centre. p. 19. ISBN 978-81-7211-021-5. https://books.google.co.jp/books?id=dxpxDSXb9k8C&pg=PA19&redir_esc=y&hl=ja 24 April 2011閲覧。 
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関連項目

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外部リンク

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