コンテンツにスキップ

「多昌博志」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
Cewbot (会話 | 投稿記録)
m Bot作業依頼: Template:基礎情報 アナウンサーの引数変更 - log
21行目: 21行目:
|ジャンル=報道・スポーツ中継
|ジャンル=報道・スポーツ中継
|配偶者=
|配偶者=
|家族=
|著名な家族=
|公式サイト=
|公式サイト=
|現在の出演番組= <!--代表的なもののみ-->
|現在の出演番組= <!--代表的なもののみ-->

2019年10月1日 (火) 12:21時点における版

たしょう ひろし
多昌 博志
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 神奈川県
生年月日 (1963-04-01) 1963年4月1日(61歳)
最終学歴 中央大学法学部卒業
勤務局 日本テレビ放送網
部署 ティップネス(出向)
職歴 日本テレビアナウンサー→日本テレビ営業局営業戦略センター営業企画部長→コンテンツ事業局次長兼事業推進部長→事業局次長兼コンテンツ事業部長。
活動期間 1985年 -
ジャンル 報道・スポーツ中継
出演番組・活動
出演経歴 劇空間プロ野球

多昌 博志(たしょう ひろし、1963年4月1日 - )は、ティップネス取締役常務執行役員(日本テレビ放送網社長室出向局次長現職出向)。神奈川県出身。

日本テレビ元アナウンサー桐蔭学園高校→中央大学法学部卒業。

来歴・人物

1985年に日本テレビ入社。同期には鷹西美佳・日高直人がいる。アナウンサー時代は主としてスポーツ中継(プロ野球サッカー箱根駅伝など)が中心だったが、その後はスポーツから退き報道・情報番組のレポーターやスタジオキャスターを担当していた。

アナウンス部より営業局営業推進部に異動となり、2010年7月1日より営業局営業戦略センター営業企画部長。2012年6月1日よりコンテンツ事業局次長兼事業推進部長(2013年に事業局に改正)。2014年6月1日よりコンテンツ事業部長兼務。2016年6月1日より社長室出向局次長扱いとしてティップネスに出向。コンテンツ事業部長の後任は篠宮浩司

スポーツ中継では斉藤雅樹巨人・当時)の11試合連続完投勝利(1989年7月15日、対ヤクルト戦)、松井秀喜(巨人・当時)のプロ入り初ホームラン(1993年5月2日、対ヤクルト戦)、ON対決と言われた2000年の日本シリーズ第2戦、長嶋茂雄が巨人の監督を勇退した2001年の本拠地最終戦 (9月30日、対横浜戦)、オールスターゲームでは2002年の第2戦(松山坊っちゃんスタジアム)を実況。また、トヨタカップの実況を1996年(ユヴェントスCAリーベル・プレート)と2001年(バイエルン・ミュンヘンボカ・ジュニアーズ)の2回担当した。

コンテンツ事業局時代はアニメーション番組の企画・制作を中心に携わり、子会社のタツノコプロで取締役(非常勤)を務めた。

1970年代当時は太田裕美ファンで“最愛のアイドル”だったとのことだが、薬師丸ひろ子のデビュー後は薬師丸ファンにもなっている[1]

エピソード

1987年6月28日に放送された「NNNニューススポット」のオープニングのBGMが、間違えて「笑点」のテーマソングが流れた時のニュースを担当していた[2]

担当番組

コンテンツ事業局時代

関連項目

脚注

  1. ^ 女子アナにも程がある (山王丸和恵魚住りえ 著 日本テレビ放送網・編 1999年5月6日初版)p.182
  2. ^ 笑えるけど超ヤバい! テレビ放送事故&ハプニング(2007年 マイケル宮内・著 廣済堂出版)p.64 - 65