「牟礼駅」の版間の差分
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|画像説明 = 駅舎(2009年6月27日) |
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|よみがな = むれ |
|よみがな = むれ |
2020年2月15日 (土) 05:58時点における版
牟礼駅 | |
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駅舎(2009年6月27日) | |
むれ MURE | |
◄豊野 (7.8 km) (6.5 km) 古間► | |
所在地 | 長野県上水内郡飯綱町栄町[2][3]492-2[4] |
所属事業者 | しなの鉄道[1] |
所属路線 | ■北しなの線[1] |
キロ程 | 18.6 km(長野起点) |
電報略号 | ムレ[2] |
駅構造 | 地上駅[4] |
ホーム | 2面2線[2][3] |
乗車人員 -統計年度- |
738人/日(降車客含まず) -2016年- |
乗降人員 -統計年度- |
1,489[5]人/日 -2016年- |
開業年月日 | 1888年(明治21年)5月1日[2][3][6] |
備考 |
業務委託駅[7] 標高:487.1m |
牟礼駅(むれえき)は、長野県上水内郡飯綱町栄町[2]にある、しなの鉄道北しなの線の駅である[4]。
歴史
- 1888年(明治21年)5月1日 - 開業[2][3][6]。
- 1981年(昭和56年) - 貨物取扱廃止[3]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)へ移管[6]。
- 2015年(平成27年)3月14日 - 北陸新幹線金沢延伸開業に伴い[8][9]、しなの鉄道に移管[1]。移管後、駅業務は飯綱町に委託[7]。
駅構造
相対式ホーム2面2線を持つ地上駅[2]。互いのホームは跨線橋で連絡している[4]。
2015年の北陸新幹線開業による移管が行われるまではJR東日本の豊野駅管理の業務委託駅で[10]、みどりの窓口が設置されていた[2][3]。移管後は飯綱町に業務委託されている[7]。
かつて上下線ホームには国鉄民営化後にJR東日本長野支社が打ち出した「一駅一名物」の産物として、飯縄山の飯縄三郎天狗伝説にちなんだ大天狗像があり駅のシンボルだったが[11]、老朽化により2006年に上りホーム像[12]が、2017年11月までに下りホーム像が撤去[13]された。なお下りホーム像の跡地には同年12月、新たなシンボルとして美術家田窪恭治によるリンゴをモチーフにした陶板画モニュメントが設置された[14]。
なお、当駅には発車ベルの設備がある。
のりば
番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | ■北しなの線 | 下り | 妙高高原方面 |
2 | 上り | 長野方面 |
- 番線番号はしなの鉄道への移管の際に改めて設定された。
- かつては、上下線の間に中線があり列車の待避に使用されていたが、一部撤去されている[3]。
駅舎・跨線橋
- 駅舎は1922年(大正11年)11月に建設されたもの[15]。
- 跨線橋は1900年(明治33年)の建設で、現用の駅構内の跨線橋としては国内最古級といわれ[16]、1956年5月にそれまで豊野駅で使用されていたものを移築した[17]という。橋脚には「鉄道作業局 新橋工場製造 明治三十三年」 と陽鋳された銘板があり、通路の骨組みには古いレールが使われている[18]。
利用状況
- JR東日本『各駅の乗車人員』(2014年度まで)『長野県統計書』(2015年度以降)によると、利用客数は以下の通りである
乗車人員推移 | |
---|---|
年度 | 1日平均乗車人員 |
2000 | 1,090 |
2001 | 1,036 |
2002 | 1,017 |
2003 | 987 |
2004 | 969 |
2005 | 904 |
2006 | 848 |
2007 | 857 |
2008 | 864 |
2009 | 838 |
2010 | 815 |
2011 | 785 |
2012 | 800 |
2013 | 767 |
2014 | 669 |
2015 | |
2016 | 738 |
駅周辺
長野市内へのアクセスが良好であるため、駅付近は朝夕かなり混雑する。北部高等学校への通学生の利用も多い[2]。
バス路線
駅前乗り場から発車する。2007年10月1日より運営方法が変更。12系統以外、昼間はデマンド交通(3.5往復)。朝と夕方は大型バスが使用される。7・8時台の長野行きの電車に接続できるよう各方面から運行。夕方は長野からの電車と接続。
- 長電バス
- 12(上り)福井団地・見晴・宇木・本郷駅・権堂・長野駅
- 12(下り)役場前・牟礼営業所
- (系統番号なし)地蔵久保・いいづなリゾート/飯綱温泉・奈良本・東柏原・溝口
※野尻湖方面へのバスは飯綱(牟礼)営業所始発
隣の駅
脚注
- ^ a b c 稲垣衆史、一條優太(2015年3月13日). “新幹線・北陸へ:/中 在来線赤字、地元懸念”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
- ^ a b c d e f g h i j k 信濃毎日新聞社出版部『長野県鉄道全駅 増補改訂版』信濃毎日新聞社、2011年7月24日、29頁。ISBN 9784784071647。
- ^ a b c d e f g 『週刊 JR全駅・全車両基地』 14号 長野駅・新津駅・高田駅ほか、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2012年11月11日、20頁。
- ^ a b c d “らくらくおでかけネット - 駅・ターミナル情報検索結果(牟礼)”. 公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団. 2016年1月4日閲覧。
- ^ “平成28年飯綱町統計資料” (PDF). 飯綱町. 2019年3月18日閲覧。
- ^ a b c 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集) 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 11号 信越本線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年9月20日、20・25頁頁。
- ^ a b c “北陸新幹線長野―金沢きょう開業 信越線長野―直江津、経営移管で運行終了 地域の鉄路一区切り”. 信濃毎日新聞: p. 35(朝刊・社会1). (2015年3月14日)
- ^ 川辺和将、巽賢司(2015年3月15日). “北陸新幹線:長野−金沢間開業 飯山歓喜 1万5000人、新時代祝う 一番列車、拍手と「ふるさと」で歓迎”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
- ^ 酒井博章、五十幡将之(2015年3月15日). “北陸新幹線開業 沿線の期待のせて”. 中日新聞 (中日新聞社)
- ^ 小学館『国鉄全線各駅停車・6 中央・上信越440駅』p.126 より
- ^ ㈱ジェイアール東日本企画編「信越本線牟礼駅」『駅で見つけた物語 旅もよう』東日本旅客鉄道、1991年
- ^ この像は2018年2月現在、むれ温泉天狗の館に移転され現存している
- ^ “飯綱町の観光案内所がある牟礼駅の下り線ホーム、何かが・・・”. 一般社団法人 飯綱町観光協会facebook.2017年11月1日
- ^ “牟礼駅の下り線ホームに、美術家の田窪恭治氏が制作したリンゴのモニュメントが完成”.飯綱町facebook.2017年12月11日
- ^ 牟礼村『牟礼村誌下巻』p.136、1997年
- ^ 建築当時と同じ場所で現存する(JRの)跨線橋としては1910年(明治43年)11月完成のJR東海武豊線半田駅が最古とされる。
- ^ 牟礼村『牟礼村誌下巻』p.151、1997年
- ^ “特集牟礼駅再発見”.飯綱町広報誌「いいづな通信」第68号 p.4、2011年7月
関連項目
外部リンク
- 牟礼駅(しなの鉄道公式サイト)