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[[パロアルト研究所]]にいたチャールズ・ゲシキとジョン・ワーノックは、[[ページ記述言語]]・インタープレスの研究開発を行っていたが、[[ゼロックス]]はこれをビジネスには利用しようとしなかったため、独立を決意し、[[1982年]]にAdobe Systemsを設立した。社名は、当時[[ロスアルトス (カリフォルニア州)|ロスアルトス]]にあったワーノックの自宅の裏を流れる22.9 kmの小川[[:en:Adobe Creek (Santa Clara County)|Adobe Creek]]の名前からとったとされている。
[[パロアルト研究所]]にいたチャールズ・ゲシキとジョン・ワーノックは、[[ページ記述言語]]・インタープレスの研究開発を行っていたが、[[ゼロックス]]はこれをビジネスには利用しようとしなかったため、独立を決意し、[[1982年]]にAdobe Systemsを設立した。社名は、当時[[ロスアルトス (カリフォルニア州)|ロスアルトス]]にあったワーノックの自宅の裏を流れる22.9 kmの小川[[:en:Adobe Creek (Santa Clara County)|Adobe Creek]]の名前からとったとされている。


当初はページ記述言語をもとに、[[DTP]]システム自体を事業の核にしようと考えていた。1983年、[[アップル (企業)|アップルコンピュータ]]では新しく[[レーザープリンター]]を開発していたが、高精度な印刷ができないことに悩んでいた[[スティーブ・ジョブズ]]がこのようなページ記述言語の存在を知り、アップルのレーザープリンター[[LaserWriter]]に供給することを依頼した<ref name=":0">{{Cite web|url=https://book.mynavi.jp/macfan/detail_summary/id=49825|title=創業から現在へ連綿と続くアドビの革新の歴史|accessdate=2021/04/19|publisher=[[Mac Fan]]}}</ref><ref name=":1">{{Cite web|title=アドビの創立者 - @IT自分戦略研究所|url=https://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/gyoukai/018/02.html|website=jibun.atmarkit.co.jp|accessdate=2021-04-19}}</ref>。この結果、アドビはハードウェアメーカーではなく、プリンターメーカーにページ記述言語を供給するソフトウェアメーカーとなった。
当初はページ記述言語をもとに、[[DTP]]システム自体を事業の核にしようと考えていた。1983年、[[Apple|Apple Computer]]では新しく[[レーザープリンター]]を開発していたが、高精度な印刷ができないことに悩んでいた[[スティーブ・ジョブズ]]がこのようなページ記述言語の存在を知り、アップルのレーザープリンター[[LaserWriter]]に供給することを依頼した<ref name=":0">{{Cite web|url=https://book.mynavi.jp/macfan/detail_summary/id=49825|title=創業から現在へ連綿と続くアドビの革新の歴史|accessdate=2021/04/19|publisher=[[Mac Fan]]}}</ref><ref name=":1">{{Cite web|title=アドビの創立者 - @IT自分戦略研究所|url=https://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/gyoukai/018/02.html|website=jibun.atmarkit.co.jp|accessdate=2021-04-19}}</ref>。この結果、アドビはハードウェアメーカーではなく、プリンターメーカーにページ記述言語を供給するソフトウェアメーカーとなった。


[[1985年]]に[[PostScript]]を発表。この頃の売り上げの大半はアップルからのライセンス使用料であった(アップルは前金で$100万支払い、そして$250万出資した<ref name=":0" /><ref name=":1" />)。しばらくはPostScriptのライセンス供与がビジネスの柱であったが、[[1987年]]に[[Adobe Illustrator|Illustrator]]を発表して、アプリケーションプログラムの販売に参入する。
[[1985年]]に[[PostScript]]を発表。この頃の売り上げの大半はアップルからのライセンス使用料であった(アップルは前金で$100万支払い、そして$250万出資した<ref name=":0" /><ref name=":1" />)。しばらくはPostScriptのライセンス供与がビジネスの柱であったが、[[1987年]]に[[Adobe Illustrator|Illustrator]]を発表して、アプリケーションプログラムの販売に参入する。

2021年5月20日 (木) 10:15時点における版

アドビ
Adobe Inc.
アドビの本社
種類 公開会社
市場情報
略称 Adobe(アドビ)
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
95110
カリフォルニア州サンノゼパークアベニュー345
設立 1982年
業種 情報・通信業
事業内容 デザイン、イメージングおよびパブリッシング用ソフトウェアの提供
代表者 シャンタヌ・ナラヤン取締役社長最高経営責任者
資本金 6万1千ドル
売上高 13億640万ドル(2015年11月期)
営業利益 2億9043万ドル(2015年11月期)
純利益 2億2271万ドル(2015年11月期)
純資産 70億0158万ドル
(2015年11月27日現在)
総資産 117億2647万ドル
(2015年11月27日現在)
従業員数 6,794人(2007年11月30日現在)
決算期 11月30日に最も近い金曜日
主要株主 アクサ・フィナンシャルインクおよび一定の関連法人 5.88%
プライムキャップ・マネジメント・カンパニー 5.92%
(2008年2月11日現在)
外部リンク www.adobe.com
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アドビ株式会社
Adobe KK
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
141-0032
東京都品川区大崎一丁目11番2号
ゲートシティ大崎イーストタワー
設立 1992年
業種 情報・通信業
法人番号 7010701011841
事業内容 ソフトウェアおよび関連サービスの提供
代表者 代表取締役社長 ジェイムズ マイケル マクリディ[1]
資本金 1億80百万円(2017年11月30日現在)[1]
純利益 7億4400万円(2020年11月30日時点)[2]
総資産 103億円(2020年11月30日時点)[2]
従業員数 約400人
決算期 11月30日
外部リンク www.adobe.com/jp/
特記事項:2020年6月18日に、アドビシステムズから社名変更。
テンプレートを表示

アドビAdobe Inc.)は、ジョン・ワーノックチャールズ・ゲシキによって1982年12月に設立された、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼ市に本社を置くコンピュータソフトウェア会社である。1982年12月から2018年10月3日まではAdobe Systems Incorporatedという社名であった。会長、社長兼CEOはシャンタヌ・ナラヤン(2007年~)。

日本法人であるアドビ株式会社(2020年6月18日にアドビシステムズ株式会社から社名変更[3])は、東京都品川区大崎に所在。

歴史

パロアルト研究所にいたチャールズ・ゲシキとジョン・ワーノックは、ページ記述言語・インタープレスの研究開発を行っていたが、ゼロックスはこれをビジネスには利用しようとしなかったため、独立を決意し、1982年にAdobe Systemsを設立した。社名は、当時ロスアルトスにあったワーノックの自宅の裏を流れる22.9 kmの小川Adobe Creekの名前からとったとされている。

当初はページ記述言語をもとに、DTPシステム自体を事業の核にしようと考えていた。1983年、Apple Computerでは新しくレーザープリンターを開発していたが、高精度な印刷ができないことに悩んでいたスティーブ・ジョブズがこのようなページ記述言語の存在を知り、アップルのレーザープリンターLaserWriterに供給することを依頼した[4][5]。この結果、アドビはハードウェアメーカーではなく、プリンターメーカーにページ記述言語を供給するソフトウェアメーカーとなった。

1985年PostScriptを発表。この頃の売り上げの大半はアップルからのライセンス使用料であった(アップルは前金で$100万支払い、そして$250万出資した[4][5])。しばらくはPostScriptのライセンス供与がビジネスの柱であったが、1987年Illustratorを発表して、アプリケーションプログラムの販売に参入する。

1989年にはPhotoshopを発売。このころまで、アドビのビジネスは「紙に印刷すること」を目指していた。

1991年に登場したQuickTimeを利用した動画編集ソフトウェアPremiereの開発・発売する。

1993年にはAcrobatPDFを開発することで、ビジネスの方向をデジタルデータオーサリングツールに向けることになる。

1994年アルダスを買収。After Effects、Persuasion、PageMakerと後のInDesignの元となる技術と開発者を手に入れる。

設立以来、アップル(macOSiOSではOSレベルでOpenTypeやPDFを採用)、スティーブ・ジョブズ(NeXTでは全面的にPostScriptを採用)との関係が深いが、Windows 95が発売されて以降、OpenTypeの設計・策定などを含めマイクロソフトとの関係も深くなっている。

2005年4月19日、競合会社であり訴訟合戦を繰り広げていた[6][7][8]マクロメディアを買収[9]12月3日に買収を完了した。

2007年、CEOにシャンタヌ・ナラヤンが就任。

2009年10月にアクセス解析関連のマーケティングサービス会社であるオムニチュア(Omniture)社のすべての発行済み株式を普通株1株当たり現金21.50ドル支払うことにより取得する株式公開買付を実施、株式の希薄化純資産約18億ドル相当の取引にて10月23日に買収を完了した。

2012年、月額課金制のAdobe Creative Cloudを発表。同時にパッケージソフトAdobe Creative Suiteの販売を中止すると発表(翌2013年に完全移行)。同年、Adobe Marketing Cloudの提供を開始した(2017年Adobe Experience Cloudに変更)。

2016年、AI・機械学習のテクノロジーであるAdobe Senseiを発表。

2018年電子商取引プラットフォームであるMagentoを買収[10]し、Adobe Experience Cloudのラインナップに統合する。

製品

脚注

関連項目

外部リンク

座標: 北緯37度19分51秒 西経121度53分37秒 / 北緯37.33083度 西経121.89361度 / 37.33083; -121.89361