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「かに座」の版間の差分

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}}
}}
'''かに座'''(かにざ、{{Lang-la|Cancer}})は、[[星座#国際天文学連合による88星座|現代の88星座]]の1つで、[[トレミーの48星座|プトレマイオスの48星座]]の1つ{{R|Ridpath}}。[[黄道十二星座]]の1つで、[[カニ]]をモチーフとしている{{R|IAU_constellations|Ridpath}}。[[星座]]のほぼ中央にある[[散開星団]][[プレセペ星団|M44]]「[[プレセペ星団]]」が有名。[[ギリシア神話]]では、英雄[[ヘーラクレース]]に挑んで噛みつくも踏み潰されてしまったカニが星座になったものとされる{{R|Ridpath|Condos1997|Hard2015}}。
[[File:Cancer_Hevelius.jpg|thumb|ポーランドの天文学者[[ヨハネス・ヘヴェリウス]]の『Uranographia』にあるかに座に該当するザリガニ座]]
'''かに座'''(かにざ、蟹座、Cancer)は、[[黄道十二星座]]の1つ。[[トレミーの48星座]]の1つでもある。[[星座]]のほぼ中央にあるM44([[プレセペ星団]]、プレセペ散開星団)が有名である。


== 主な天体 ==
== 特徴 ==
[[File:CancerCC.jpg|thumb|center|360px|かに座の全景。画像右上には[[ふたご座]]の[[カストル (恒星)|カストル]]と[[ポルックス (恒星)|ポルックス]]も写されている。]]
東を[[しし座]]、北を[[やまねこ座]]、西を[[ふたご座]]、南西を[[こいぬ座]]、南を[[うみへび座]]に囲まれている{{R|StellaNavigator11}}。20時正中は3月下旬頃{{R|Yamada2023}}、北半球では春の星座とされ{{Sfn|原恵|2007|pp=66-67}}、厳冬から初夏にかけて観望できる{{R|StellaNavigator11}}。星座の北端でも赤緯33.14&deg;と南寄りに位置しているため、[[エクメーネ|人類が居住しているほぼ全ての地域]]から星座の全域を観望することができる。


最も明るく見える&beta;星でも3.52 等と、4等星より暗い星ばかりの目立たない星座だが、しし座とふたご座に東西を挟まれているため容易に見つけることができる。&gamma;・&delta;・&eta;・&theta; の4星が形作る四辺形に囲まれた散開星団M44「'''プレセペ星団'''{{R|AstroArts_M44}}(Praesepe Cluster{{R|simbad_M44}})」は、肉眼でぼんやりとした光のもやとして見ることができる{{R|Ridpath2017}}。なお、「[[かに星雲]]」の通称で知られる[[超新星残骸]]M1は、かに座ではなく[[おうし座]]にある{{R|SEDS_M1|simbad_M1}}。
=== 恒星 ===
{{See also|かに座の恒星の一覧}}
かに座は最も明るい&beta;星で3.520等、他は4等星以下と全体に暗い星からなる星座である。


== 由来と歴史 ==
以下の恒星には、[[国際天文学連合]]によって正式に固有名が定められている。
[[紀元前1千年紀]]の[[古代バビロニア]]の[[占星術]]のテキストには、現在のかに座と同じ位置にカニの星座が記されており、現在のかに座はこの{{仮リンク|バビロニア天文学|en|Babylonian astronomy|label=古代バビロニアの天文学}}のカニの星座を起源とするものと考えられている{{R|White2014}}。このカニの星座がいつ頃地中海世界に伝わったかは定かではないが、[[紀元前4世紀]]の古代ギリシアの天文学者[[エウドクソス|クニドスのエウドクソス]]の著書『パイノメナ ({{Lang-grc-short|Φαινόμενα}})』に記された星座のリストに既にかに座の名前が上がっていたとされる{{R|Condos1997}}。このエウドクソスの著述を元に詩作されたとされる[[紀元前3世紀]]前半の[[マケドニア]]の詩人[[アラトス|アラートス]]の詩篇『パイノメナ ({{Lang-grc-short|Φαινόμενα}})』では、[[古代ギリシア語]]で「[[カニ]]」という意味の '''καρκίνος''' (Karkinos, カルキノス) という名称で登場する{{R|PDL_Aratus}}。『パイノメナ』の中でアラートスは、[[おおぐま座|大熊]]の胴体の下にあり、太陽が蟹を過ぎて[[しし座|獅子]]に入る頃になると夏の盛りとなり麦が残らず刈り取られる、としている{{R|PDL_Aratus|Ito2007}}。
* [[かに座アルファ星|&alpha;星]]:アクベンス (Acubens{{R|iaucsn}}) という固有名を持つ。
* [[かに座ベータ星|&beta;星]]:タルフ(Tarf)は、かに座で最も明るい恒星。蟹の脚の先端にある。
* [[かに座ガンマ星|&gamma;星]]:アセルス・ボレアリス (Asellus Borealis{{R|iaucsn}}) は、5等星。
* [[かに座デルタ星|&delta;星]]:アセルス・アウストラリス (Asellus Australis{{R|iaucsn}}) は、4.2等星、K0型。&gamma;星と&delta;星は、[[プレセペ星団]]を飼い葉桶と見なし、そこから飼い葉を食む[[ロバ|驢馬(ロバ)]] (''Aselli'') と考えられたため、この名前がある。
* [[かに座イプシロン星|&epsilon;星]]:連星系で、Aa星にMelephという固有名が付けられている。
* [[かに座ゼータ星|&zeta;星]]:少なくとも4つの恒星からなる[[連星]]系。&zeta;{{sup|1}}星には、[[ラテン語]]で甲殻類の殻を意味する言葉に由来するテグミン (Tegmine{{R|iaucsn}}) という固有名が付けられている。
* [[かに座ラムダ星|&lambda;星]]:Piautos
* [[かに座クシー星|&xi;星]]:A星にNahnという固有名が付けられている。
* [[かに座55番星|55番星]]:バイエル符号では&rho;{{sup|1}}星。G型主系列星の主星Aと赤色矮星の伴星Bからなる連星系で、主星Aには5つの[[太陽系外惑星]]が発見されている。55番星Aにはコペルニクス (Copernicus{{R|iaucsn}}) という固有名が付けられている。
* [[HD 73534]]:国際天文学連合の100周年記念行事「IAU100 NameExoworlds」で[[ブータン]]に命名権が与えられ、主星はGakyid、太陽系外惑星はDrukyulと命名された{{R|approved}}。


[[紀元前3世紀]]後半の天文学者[[エラトステネス|エラトステネース]]の天文書『[[カタステリスモイ]] ({{Lang-grc-short|Καταστερισμοί}})』や[[1世紀]]初頭の[[古代ローマ]]の著作家[[ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス]]の『天文詩 ({{Lang-la-short|De Astronomica}})』では、カニそのものよりもこの星座の中に置かれたとされる2頭の[[ロバ]]とその[[飼い葉桶]]について多くの紙幅を費やして解説されている{{R|Condos1997|Hard2015}}。これらの著作の中でロバとされたのは現在の[[かに座ガンマ星|&gamma;星]]と[[かに座デルタ星|&delta;星]]、飼い葉桶とされたのは[[散開星団]]M44と考えられており{{R|Condos1997}}、現在の&gamma;星の固有名アセルスボレアリス ({{Lang-la-short|Asellus Borealis}} 「北のロバ」)、&delta;星の固有名アセルスアウストラリス ({{Lang-la-short|Asellus Australis}} 「南のロバ」)、M44の通称「[[プレセペ星団]] (Praesepe Cluster)」は、いずれもその名残である{{R|Ridpath}}。
その他の特徴ある恒星として以下のものがある。
* [[かに座イオタ星|&iota;星]]:4等と6.6等の星から成る[[二重星]]。小型の天体望遠鏡で容易に分離できる。
* [[かに座X星|X星]]:SRB型に細分類される[[半規則型変光星]]。


καρκίνος に属する星の数について、『カタステリスモイ』や『天文詩』では13個{{R|Condos1997}}、[[帝政ローマ]]期[[2世紀]]頃の[[クラウディオス・プトレマイオス]]の天文書『ヘー・メガレー・スュンタクスィス・テース・アストロノミアース ({{Lang-grc-short|ἡ Μεγάλη Σύνταξις τῆς Ἀστρονομίας}})』、いわゆる『[[アルマゲスト]]』ではカニ本体を形作る星が9個{{R|Condos1997}}、星座を形作らない星が4個あるとされた{{R|Ridpath_Almagest}}。[[10世紀]]の[[ペルシア]]の天文学者[[アブドゥル・ラフマーン・スーフィー|アブドゥッラハマーン・スーフィー]](アッ=スーフィー)が『アルマゲスト』を元に[[964年]]頃に著した天文書『[[星座の書]]』では、「カニ」を意味する '''al-Saraṭān''' と呼ばれ、『アルマゲスト』と同じく星座を形作る星9個とそれ以外の星4個が属するとされた{{R|Hafez2010}}。『星座の書』の中でプレセペ星団は「飼い葉桶」を意味する al-Miʻlaf と呼ばれた{{R|Hafez2010}}。
=== 星団・星雲・銀河 ===
* M44([[プレセペ星団]]):[[散開星団]]。アラビア名はアンナトラ(An natra)。実視等級3.7等。M44は&epsilon;星として扱われる。&gamma;星、&delta;星、[[かに座シータ星|&theta;星]]、&eta;星の作る四辺形と中心のM44の領域は、中国の星座では[[二十八宿]]の[[鬼宿]](和名:魂緒(たまを)の星)に当たり、積尸気(ししき あるいは せきしき)と呼ばれる、屍体の山から立ち上る精霊(魄)が集まる姿とされる。
* [[M67 (天体)|M67]]:散開星団。
* [[NGC 2775]]:[[渦巻銀河]]。


イスラム世界を経由して『アルマゲスト』が再びヨーロッパにもたらされると、カニの星座 al-Saraṭān はラテン語で「カニ」を意味する '''Cancer''' として受容されたが、[[占星術]]のテキストや[[星図]]に描かれたカニの描像には混乱が見られた。そのような文献の最初期のものに、[[1489年]]に[[アウグスブルク]]の{{仮リンク|エルハルト・ラートドルト|en|Erhard Ratdolt}}によって出版された『天文学入門 ({{Lang-la-short|Introductorium in astronomiam Albumasaris Abalachi octo continens libros partiales}})』がある。これは、[[9世紀]][[バグダード]]の[[ハディース]]で[[占星術|占星術師]]の{{仮リンク|アブー=マーシャル|en|Ja'far ibn Muhammad Abu Ma'shar al-Balkhi}}が著した大著『大入門書(The Great Introduction, 原題:Kitab al-Mudkhal al-Kabīr)』を[[12世紀]][[ケルンテン公国]]生まれの翻訳者{{仮リンク|カリンティアのヘルマン|en|Herman of Carinthia}}が[[1140年]]にラテン語の翻訳したものを原典とするものであった{{R|LOC}}。この『天文学入門』の中では、Cancer は[[エビ]]のような[[額角]]を持つ姿で描かれていた{{R|Introduction}}。続く[[16世紀]]には、[[ドイツ]]の版画家[[アルブレヒト・デューラー]]がヨーロッパでは初めて全天の星図を製作した。この[[1515年]]に製作された北天星図の中でカニの星座には Cancer という名称が付けられていたが、その姿は細長い胴体と1対のハサミを持つ[[ザリガニ]]か[[ロブスター]]かを思わせる形態で描かれていた{{R|Ridpath_Dürer}}。このデューラーの星図は、デューラーの芸術的な名声と相まって大きな影響力を持つに至り{{R|Ridpath_Dürer}}、 このロブスターに似た Cancer の星座絵もまた[[16世紀]]から[[18世紀]]初頭にかけての[[天球儀]]や星図に多く描かれることとなった。そのような例として、[[オランダ]]の地図製作者{{仮リンク|ヨドクス・ホンディウス|en|Jodocus Hondius}}の天球儀(1600年){{R|Hondius1600}}や{{仮リンク|ウィレム・ブラウ|en|Willem Blaeu}}の天球儀(1602年、1603年){{R|Blaeu1602|Blaeu1603}}、[[シレジア]]の天文学者[[ヤコブス・バルチウス]]の天文書『Usus astronomicus planisphaerii stellati』([[1633年]]){{R|Stoppa_Bartsch}}、オランダの地図製作者[[アンドレアス・セラリウス]]の『大宇宙の調和 ({{Lang-la-short|Harmonia Macrocosmica}})』([[1660年]]){{R|Rooney2018}}、[[ポーランド]]の天文学者[[ヨハネス・ヘヴェリウス]]の天文書『Prodromus Astronomiae』(1690年){{R|Hevelius1690_346}}、[[フランス]]の[[フィリップ・ド・ラ・イール]]の『北天図』『南天図』([[1705年]]){{R|Hara2003}}などが挙げられる。これらの古星図に Cancer として描かれた甲殻類を実在の[[ザリガニ]]や[[ロブスター]]と比較した[[2019年]]の研究では、星座絵の細部には実在の甲殻類とは異なる部分がいくらか見られるものの、体やハサミに棘がないという特徴がロブスターに類似していることから、これらの Cancer の星座絵は[[ヨーロッパザリガニ]]よりも[[ヨーロッパウミザリガニ|ヨーロピアンロブスター]]により似ている、と結論付けている{{R|Kojima2019}}。また同研究では、セラリウスの『大宇宙の調和』に描かれた Cancer が赤く着色されていることに着目し、本来濃い青色をしているヨーロピアンロブスターが赤くなるには加熱されて[[アスタキサンチン]]が発色する必要があるため、加熱調理された後の個体をモデルとして描かれた可能性を示唆している{{R|Kojima2019}}。
なお、M1「[[かに星雲]]」はその形がカニに似ていることから命名されたものであって、かに座ではなく[[おうし座]]にある。
{{Gallery

| title=ヨーロッパの古星図に描かれたロブスター型のかに座の星座絵。
=== その他 ===
| width=360
* [[かに座HM星]]:[[白色矮星]]の連星で、5分21.5秒周期で公転する極めて近い連星。
| height=300
| lines=5
| align=center
| Albrecht Dürer, The Northern Celestial Hemisphere, 1515, NGA 43181.jpg|ドイツの版画家[[アルブレヒト・デューラー]]の北天星図。画像左側にロブスター型のかに座が描かれている。
| Cellarius Harmonia Macrocosmica - Haemisphaerium Stellatum Boreale Antiquum.jpg|オランダの地図製作者[[アンドレアス・セラリウス]]の『大宇宙の調和 (Harmonia Macrocosmica)』(1660) の北天星図。右下に赤く着色されたロブスター型のかに座が描かれている。
| Cancer Leo Gemini Bartschius.jpg|ヤコブス・バルチウス『Planisphaerium stellatum』(1661) に描かれたロブスター型のかに座。
| Cancer Prodromus Astronomiae.jpg|ヨハネス・ヘヴェリウス『Prodromus Astronomiae』(1690) に描かれた、ロブスター型のかに座。
}}
[[ドイツ]]の[[法律家]][[ヨハン・バイエル]]が[[1603年]]に刊行した星図『[[ウラノメトリア]]』では、ラートドルトのカニに似た姿の甲殻類が描かれていた{{R|Bayer1603b}}。バイエルはかに座の星に対して &alpha; から &omega; までの[[ギリシャ文字]]24文字と[[ラテン文字]]4文字の計28文字を用いて34個の星とプレセペ星団に符号を付しており{{R|Bayer1603b|Bayer1603a|Bayer1603c}}{{Efn2|バイエルは複数の星をまとめて1つの文字で表すことがあったため、星の数は使われた文字の数よりも多い{{R|Bayer1603a|Bayer1603c}}。}}、プレセペ星団には &epsilon; の符号が充てられた{{R|Bayer1603b|Bayer1603a}}。18世紀[[イギリス]]の天文学者[[ジョン・フラムスティード]]が編纂し、彼の死後の[[1729年]]に刊行された星図『[[天球図譜]]({{Lang-la-short|Atlas coelestis}})』ではカニに似た姿の Cancer が描かれており、これ以降の星図ではカニに近い姿の星座絵が多く描かれている{{R|Flamsteed1729|Bode1801}}。
{{Gallery
| title=ヨーロッパの古星図に描かれたカニ型のかに座の星座絵。
| width=240
| height=300
| lines=5
| align=center
| Cancer Uranometria.jpg | ヨハン・バイエル『ウラノメトリア (Uranometria)』(1603) に描かれたかに座。
| Cancer Flamsteed.jpg | [[ジョン・フラムスティード]]『[[天球図譜]] (Atlas coelestis)』(1729) に描かれたかに座。
| Cancer and Leo Bode.jpg | [[ヨハン・ボーデ]]『ウラノグラフィア (Uranographia)』(1801) に描かれたかに座。
| Sidney Hall - Urania's Mirror - Cancer.jpg|[[19世紀]][[イギリス]]の星座カード集『[[ウラニアの鏡]]』に描かれたかに座。
}}
[[1922年]]5月に[[ローマ]]で開催された[[国際天文学連合]] (IAU) の設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は '''Cancer'''、略称は '''Cnc''' と正式に定められた{{R|IAU_list|IAU1922}}。{{-}}


=== アステリズム ===
=== 中東 ===
[[古代バビロニア]]の天文に関する粘土板文書『{{仮リンク|ムル・アピン|en|MUL.APIN}} (MUL.APIN)』の中でかに座の星は、「カニ」を表す星座 Mul Al-lul とされた{{R|White2014|Rogers1998|Kondo2021}}。ムル・アピンが編纂された紀元前1000年頃{{R|Rogers1998}}には、[[夏至点]]はかに座付近にあった{{R|White2014}}。そのため、太陽が黄道の最も高い位置に来るところこそ天空の神[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に相応しい場所として「アヌの座」と呼ばれていた{{R|White2014|Rogers1998}}。
トレミーの48星座は、一部の星座を除けば{{仮リンク|バビロニア天文学|en|Babylonian astronomy}}や{{仮リンク|エジプト天文学|en|Egyptian astronomy}}に遡れる。エジプト天文学では、かに座ではなく復活と不死性を持つ聖なる甲虫[[スカラベ]]であった。バビロニアでは、MUL.AL.LULと記述され、[[カミツキガメ]]、[[ザリガニ]]、カニなど甲殻を持つ水棲動物の星座の意味であった。領土を霊的に守る[[境界標]]では、カニは一切使用されず陸亀、水中の亀のイメージが使用されている。


=== 中国 ===
12世紀の資料では、水中甲虫とされた。9世紀のアラブ占星術師{{仮リンク|アブー=マーシャル|en|Ja'far ibn Muhammad Abu Ma'shar al-Balkhi}}の著書『Flowers of Abu Ma'shar』でそう書かれている。1488年にラテン語に翻訳された際にザリガニとなり、ドイツ語に翻訳された際にはそれに倣った。17世紀の[[ヤコブス・バルチウス]]を含む天文学者らは[[ロブスター]]であると記述した。
ドイツ人宣教師{{仮リンク|イグナーツ・ケーグラー|en|Ignaz Kögler}}(戴進賢)らが編纂し、[[清|清朝]][[乾隆帝]]治世の[[1752年]]に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、かに座の星は[[二十八宿]]の[[朱雀|南方朱雀]]七宿の第二宿「[[鬼宿]]」に配されていたとされる{{Sfn|伊世同|1981|pp=137-138}}{{R|Osaki1987_1}}。&theta;・&eta;・&gamma;・&delta; の4星が輿に乗せられた死骸を表す[[星官]]「鬼」に、プレセペ星団の星々が積み重ねられた屍体から立ち上がる薄気味悪い怪しげな妖気を表す星官「積尸」に、&psi;・&lambda;・&phi;{{sup|1}}・15 の4星が狼煙を表す星官「爟」に配された{{Sfn|伊世同|1981|pp=137-138}}{{R|Osaki1987_1}}。


== 神話 ==
== 神話 ==
[[File:Lernaean Hydra Louvre CA7318.jpg|thumb|360px|[[紀元前6世紀]]後半に製作された[[黒絵式]][[アンフォラ]]。レルネーの[[ヒュドラー]](中央)と戦う[[ヘーラクレース]](左)と[[イオラーオス]](右)、ヘーラクレースの足下にカニの姿が描かれている。([[ルーヴル美術館]]収蔵、CA7318)]]
[[File:Sidney Hall - Urania's Mirror - Cancer.jpg|thumb]]
「[[ヘーラクレース#十二の功業|ヘーラクレースの十二の功業]]」の第2とされる[[ヘーラクレース#レルネーのヒュドラー|レルネーのヒュドラー退治]]の物語に登場するカニがかに座になったとする古代ギリシア・ローマの伝承がよく知られている{{R|Ridpath}}{{Sfn|原恵|2007|pp=86-88}}。これらのヘーラクレースの十二の功業のエピソードは、古代メソポタミアの神[[ニヌルタ]]と怪物たちとの戦いの神話と顕著な類似点が見られることから、現在ではニヌルタの神話に何らかの影響を受けたものと考えられており、ヘーラクレースの足に噛みつくカニのエピソードも、ニヌルタの足にかじりついた亀のエピソードが原型と見られている{{R|White2014}}。
[[ゼウス]]の子、勇者[[ヘーラクレース]]([[ヘルクレス座]])は、誤って自分の子を殺した罪を償うため、12の冒険を行うことになった。そのうちの1つが[[ヒュドラー]]([[うみへび座]])の退治である。化け蟹カルキノス ({{lang-grc-short|καρκίνος}})<ref group="注">古代ギリシャ語で「蟹」を指す一般名詞。なお、現代ギリシャ語では(特に毛蟹を指す場合){{lang|el|καβούρι}} と呼ぶ。</ref>は、最初はヘーラクレースとヒュドラーの戦いを見ていたが、しだいに同じ沼に住んでいる友人であるヒュドラーが形勢不利になったため、飛び出してヘーラクレースの足を挟んだ。しかし、彼はカルキノスを振り払い踏みつぶした。一部始終を見ていた女神[[ヘーラー]]は、勇敢なるカルキノスを哀れに思って、天に上げて星にした<ref name="ridpath"/><ref name="Palladi" /><ref name="hosizora" />。


エラトステネースの『カタステリスモイ』やヒュギーヌスの『天文詩』では、女神[[ヘーラー]]によって星々の間に置かれたカニの話が語られている{{R|Ridpath|Condos1997|Hard2015}}。エラトステネースはこのカニが天に置かれた理由について、[[紀元前5世紀]]頃の[[ハリカルナッソス]]の[[叙事詩|叙事詩人]][[パニュアッシス]]の『ヘラクレイア』に書かれた話として以下の話を伝えている{{R|Condos1997|Hard2015}}。[[ヘーラクレース]]が[[ヒュドラー]]を退治しようと闘っている最中に、このカニはヘーラクレースに飛び掛かって彼の足に噛みついた{{R|Condos1997|Hard2015}}。激怒したヘーラクレースは、彼の足でカニを踏み潰した{{R|Condos1997|Hard2015}}。こうしてカニは黄道十二星座に数えられるという栄誉を得たと言われる{{R|Condos1997|Hard2015}}。なお、日本ではこの伝承に登場するカニについて「'''カルキノス'''」という名前があるかのように伝えられることがある{{R|AstroArts_cnc|studystyle_cnc|Dainippon|Chunichi20240307}}が、カルキノス ({{lang-grc-short|καρκῐ́νος}}) は[[古代ギリシア語]]でカニを指す一般名詞であり{{R|LSJ_karki/nos}}、'''このカニ固有の名前ではない'''。
なお、別のパターンとして以下のような説もある。ゼウスの妻である女神[[ヘーラー]]は、ゼウスの愛人の子であるヘーラクレースを快く思っておらず、巨大な化け[[カニ|蟹]]を使いに出した。化け蟹は[[はさみ (動物)|はさみ]]でヘーラクレースの脚を切ろうとした。しかし、ヒュドラーとの格闘中の彼は、まったく気づかずに化け蟹を踏み潰して殺した。この捨て身の勇気を認められ、化け蟹は天に昇りかに座となった<ref name="hosizora" />。


またエラトステネースとヒュギーヌスは、かに座の一部の星が「[[ロバ]]」として酒神[[ディオニューソス]]によって星に引き上げられたとする伝承も伝えている{{R|Ridpath|Condos1997|Hard2015}}。「[[ギガントマキアー]]」と呼ばれる、オリンポスの神々と[[ギガース]]たちとの大戦の際、[[ディオニューソス]]と[[ヘーパイストス]]、[[サテュロス]]は、ロバに騎乗して出発したと言われる{{R|Condos1997|Hard2015}}{{Efn2|ヒュギーヌスは[[シーレーノス]]も同行したとしている{{R|Condos1997|Hard2015}}。サテュロスとシーレーノスは、いずれもディオニューソス(ローマ神話では[[リーベル]])の従者のような存在とされていた{{R|Hard2015}}。またヘーパイストスは足が不自由でロバに騎乗していると考えられていた{{R|Hard2015}}。}}。ディオニューソスたちがギガースらに近づくと、彼らがギガースらに見つかる前にロバたちがいななき始め、その騒音を聞いたギガースらは恐れ慄いた{{R|Condos1997|Hard2015}}。この功により、ロバたちは飼い葉桶とともにカニの西側に置かれる栄誉を与えられた{{R|Condos1997|Hard2015}}。
また[[エラトステネース]]に帰されている『[[カタステリスモイ]]』によれば、かに座のなかには、[[ギガントマキアー]]において[[ディオニューソス]]、[[ヘーパイストス]]、[[サテュロス]]たちが騎乗し、嘶きによって巨人たちを恐怖させ撃退した[[ロバ|驢馬]]たちと、これを養う飼い葉桶を表す星々も含まれていると言われる<ref name="Palladi" />。


このロバについてヒュギーヌスは以下の異説を伝えている{{R|Condos1997|Hard2015}}。[[リーベル]]{{Efn2|ギリシャ神話のディオニューソスに相当する豊穣神{{Sfn|高津春繁|1960|p=301}}。}}は[[ユーノー]]{{Efn2|ギリシャ神話のヘーラーに相当する女神{{Sfn|高津春繁|1960|p=293}}。}}によって狂気に陥った際、どうすれば正気を取り戻せるかを尋ねるために、[[ドードーナ]]にある[[ユーピテル]]{{Efn2|ギリシャ神話のゼウスに相当する神{{R|HWE}}。}}の神託所にたどり着くべく、狂乱状態で[[テスプロティア県|テスプロティア]]を逃走した{{R|Condos1997|Hard2015}}。渡ることのできない巨大な沼地に行き着いたリーベルであったが、そこで彼は2頭のロバと出会った{{R|Condos1997|Hard2015}}。リーベルは、そのうちの1頭を捕まえて騎乗したため、少しも濡れずに沼を渡ることができた{{R|Condos1997|Hard2015}}。そしてドードーナの神託所にたどり着くや否や、リーベルはすぐさま狂気から解放されたため、このロバを星々の間に置くことで感謝の意を表した{{R|Condos1997|Hard2015}}。この話にはさらに以下のような異説がある。リーベルは自分を運んでくれたロバに人間の声を与えた{{R|Condos1997|Hard2015}}。このロバは後に[[プリアーポス]]と[[性器]]の大きさを競ったが、敗れて彼に殺された{{R|Condos1997|Hard2015}}。リーベルはこれを憐れみ、かつユーノーを恐れる臆病な人間ではないことを知らしめるべく、神の行いとしてロバを星々の間に置いた{{R|Condos1997|Hard2015}}。
== 関連項目 ==

* 中国の天文学[[二十八宿]]では、[[朱雀]]七宿の第2宿で[[鬼宿]]にあたる。
== 呼称と方言 ==
[[ラテン語]]の学名 Cancer に対応する日本語の学術用語としての星座名は「'''かに'''」と定められている{{Sfn|学術用語集:天文学編(増訂版)|1994|pp=305-306}}。現代の中国では'''巨蟹座'''{{Sfn|伊世同|1981|p=131}}{{R|Osaki1987_2}}と呼ばれている。

明治初期の[[1874年]](明治7年)に[[文部省]]より出版された[[関藤成緒]]の天文書『星学捷径』では「'''カンセル'''」という読みと「'''蟹'''」として紹介された{{R|Sekito1874}}。また、[[1879年]](明治12年)に[[ノーマン・ロッキャー]]の著書『Elements of Astronomy』を訳して刊行された『洛氏天文学』上巻では「'''カンセル'''」という読みと「'''大蟹'''」という訳が紹介され{{R|Rakushi_1}}、下巻では「'''巨蟹宿'''」として解説された{{R|Rakushi_2}}。これらからそれから30年ほど時代を下った明治後期には「'''蟹'''」という呼称が使われていたことが[[日本天文学会]]の会報『天文月報』の第1巻1号掲載の「四月の天」と題した記事中の星図で確認できる{{R|AH190804}}。この「蟹」という訳名は、[[東京天文台]]の編集により[[1925年]](大正14年)に初版が刊行された『[[理科年表]]』にも「'''蟹(かに)'''」として引き継がれた{{R|Rika_1925}}。戦中の[[1944年]](昭和19年)に天文学用語が見直しされた際も「'''蟹(かに)'''」が継続して使われることとなり{{R|1944jutsugo}}、戦後の[[1952年]](昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」{{Sfn|学術用語集:天文学編(増訂版)|1994|p=316}}とした際に平仮名で「'''かに'''」と定められた{{R|AH195210}}。以降、この呼称が継続して用いられている{{Sfn|学術用語集:天文学編(増訂版)|1994|pp=305-306}}。

日本国内では、かに座の星や星団の古名・地方名は採集されていない{{R|Kitao2018|Nojiri1986|Nojiri2018}}。

== 主な天体 ==
かに座で最も明るい&beta;星でも3.520 等、他の星も全て4等星以下の明るさと、全体に暗い星からなる星座である。しかし、&gamma;・&delta;・&eta;・&theta; の4星に囲まれた位置に肉眼でも薄ぼんやりと見える[[散開星団]]M44 は「'''[[プレセペ星団]]'''」の名前でよく知られている{{R|Ridpath2017}}。&gamma;星と&delta;星は、[[プレセペ星団]]を[[飼い葉桶]]と見なし、そこから[[飼い葉]]を食む2頭のロバであると考えられたため、北にある &gamma;星には「北のロバ」を意味する「アセルスボレアリス」、南にある &delta;星には「南のロバ」を意味する「アセルスアウストラリス」とセットで固有名が付けられている{{R|Kunitzsch2006}}。

=== 恒星 ===
{{See also|かに座の恒星の一覧}}
[[2024年]]6月現在、[[国際天文学連合]] (IAU) によって11個の恒星に固有名が認証されている{{R|iaucsn}}。
; [[かに座アルファ星|&alpha;星]]
: [[太陽系]]から約178 [[光年]]の距離にある連星系{{R|simbad_alpha}}。主星Aは、[[地球]]からは[[見かけの等級|見かけの明るさ]]4.249 等、[[スペクトル分類|スペクトル型]] kA7VmF0/2III/IVSr の[[Am星]]のように見える{{R|simbad_alpha}}が、[[掩蔽]]観測の結果からほぼ同じ明るさのAa 星とAb 星による[[連星#連星の分類|近接連星]]であると考えられている{{R|WDS_alpha}}。10.3&Prime;離れた位置に見えるB星もA星とほぼ同じような距離にあり、かつ似た固有運動を持っているが、連星系を成しているか否かは不明{{R|WDS_alpha}}。Aa星には[[アラビア語]]で「[[爪]]」を意味する言葉に由来する{{R|Kunitzsch2006}}「'''アクベンス'''{{R|StellaNavigator11}}(Acubens{{R|iaucsn}})」という固有名が認証されている。
; [[かに座ベータ星|&beta;星]]
: 太陽系から約323 光年の距離にある、見かけの明るさ3.520 等、スペクトル型 K4IIIBa0.5 の[[赤色巨星]]で、4等星{{R|simbad_beta}}。かに座で最も明るく見える恒星。29.4&Prime;離れた位置に見える14.3 等のB星もA星とほぼ同じ距離にあり、かつ似た固有運動を持っているが、連星系を成しているか否か不明{{R|WDS_beta}}。A星には「'''タルフ'''{{R|StellaNavigator11}}(Tarf{{R|iaucsn}})」という固有名が認証されている。
: [[2014年]]には視線速度法による観測から、A星を公転する[[太陽系外惑星]]b が発見されている{{R|EPE_beta}}。
; [[かに座ガンマ星|&gamma;星]]
: 太陽系から約175 光年の距離にある、見かけの明るさ4.652 等、スペクトル型 A1IV の[[準巨星]]で、5等星{{R|simbad_gamma}}。[[ガイア計画]]の第2回公開データを元にした[[2019年]]の研究では、[[おうし座]]の[[ヒアデス星団]]のメンバーと考えられている{{R|Lodieu2019}}。
: Aa星には[[ラテン語]]で「北の[[ロバ]]」を意味する言葉に由来する{{R|Kunitzsch2006}}「'''アセルスボレアリス'''{{R|StellaNavigator11}}(Asellus Borealis{{R|iaucsn}})」という固有名が認証されている。
; [[かに座デルタ星|&delta;星]]
: 太陽系から約137 光年の距離にある、見かけの明るさ3.94 等、スペクトル型 K0+IIIb の赤色巨星で、4等星{{R|simbad_delta}}。約41&Prime;離れた位置に見える12等星のB星は[[見かけの二重星]]と考えられている{{R|WDS_delta}}。A星自体が分光連星である可能性もあるが、対となるAb星は未だ分離されておらず、存在が疑われている{{R|Kaler_delta}}。
: Aa星には、ラテン語で「南のロバ」を意味する言葉に由来する{{R|Kunitzsch2006}}「'''アセルスアウストラリス'''{{R|StellaNavigator11}}(Asellus Australis{{R|iaucsn}})」という固有名が認証されている。
; [[かに座イプシロン星|&epsilon;星]]
: 太陽系から約606 光年の距離にある連星系{{R|simbad_epsilon}}。主星Aは6.6 等のAa と6.8 等のAb からなる分光連星で、プレセペ星団に属している{{R|WDS_epsilon}}。Aから134&Prime;離れた位置に見える伴星B (HD 73711) もプレセペ星団に属しているが、Aと連星系を成しているか否かは不明。
: Aa星には「'''メレフ'''{{R|StellaNavigator11}}(Meleph{{R|iaucsn}})」という固有名が認証されている。
; [[かに座ゼータ星|&zeta;星]]
: 太陽系から約80 光年の距離にある、少なくとも4つの恒星からなる[[連星]]系{{R|simbad_zeta}}。&zeta;{{sup|1}}星系と&zeta;{{sup|2}}星系は、互いの共通重心を約1150 年の周期で公転している{{R|WDS_zeta}}。&zeta;{{sup|1}}星系は、5.31 等の&zeta;{{sup|1}}A と 6.17 等の&zeta;{{sup|1}}B のペアが59.582 年の周期で互いの共通重心を公転している{{R|WDS_zeta}}。&zeta;{{sup|2}}星系は、&zeta;{{sup|2}}A と&zeta;{{sup|2}}B のペアが17.32 年の周期で互いの共通重心を公転しており、さらに1個の伴星が存在する可能性がある{{R|WDS_zeta}}。
: &zeta;{{sup|1}}A星には、[[ラテン語]]で甲殻類の殻を意味する言葉に由来する{{R|Kunitzsch2006}}「'''テグミネ'''{{R|StellaNavigator11}}(Tegmine{{R|iaucsn}})」という固有名が認証されている。
; [[かに座ラムダ星|&lambda;星]]
: 太陽系から約586 光年の距離にある、見かけの明るさ5.930 等、スペクトル型 B9.5V のB型主系列星で、6等星{{R|simbad_lambda}}。A星には「'''ピアウトス'''{{R|StellaNavigator11}}Piautos{{R|iaucsn}}」という固有名が認証されている。
; [[かに座クシー星|&xi;星]]
: 太陽系から約407 光年の距離にある、見かけの明るさ5.149 等、スペクトル型 G8.5IIIFe-0.5CH-1 の分光連星{{R|simbad_ksi}}。5.7 等のA星と6.2 等のB星が互いの共通重心を約1,700 日という長い周期で公転していると考えられている{{R|WDS_ksi|Orbit_ksi}}。A星には「'''ナーン'''{{R|StellaNavigator11}}Nahn{{R|iaucsn}}」という固有名が認証されている。
; [[かに座55番星|55番星]]
: 太陽系から約41 光年の距離にある、見かけの明るさ5.95 等、スペクトル型 K0IV-V の6等星{{R|simbad_55}}。[[バイエル符号]]では&rho;{{sup|1}}星。G型主系列星の主星と赤色矮星の伴星からなる連星系と考えられている{{R|WDS_55}}。
: [[2015年]]に開催されたIAUの太陽系外惑星命名キャンペーン「[[NameExoWorlds]]」で55番星A星系が命名対象とされ、オランダのアマチュア天文家団体 Royel Netherlands Association for Meteorology and Astronomy からの提案が採用された結果、主星の55番星Aには「'''コペルニクス'''{{R|StellaNavigator11}}(Copernicus{{R|iaucsn}})」という固有名が、5つの惑星には、bにガリレオ (Galileo)、cにブラーエ (Brahe)、dにリッペルハイ (Lipperhey){{Efn2|当初「リッペルスハイ (Lippershey)」と命名されたが、この「s」を含む綴りが[[1831年]]に誤植されたものが広まった誤りであったため、2016年1月15日に本来の綴りであるリッペルハイ (Lipperhey) に変更された{{R|NEW2015}}。}}、e にヤンセン (Janssen)、f にハリオット (Harriot) という名称がそれぞれ認証された{{R|NEW2015}}。
; [[HD 73534]]
: 太陽系から約273 光年の距離にある、見かけの明るさ8.24 等、スペクトル型 G5 の8等星{{R|simbad_HD73534}}。IAUの100周年記念行事「IAU100 NameExoworlds」で[[ブータン王国]]に命名権が与えられ、主星は '''Gakyid'''、太陽系外惑星は Drukyul と命名された{{R|approved}}。
; [[GJ 3470]]
: 太陽系から約96 光年の距離にある、見かけの明るさ12.3 等の12等星{{R|simbad_GJ3470|EPE_GJ3470b}}。[[2022年]]に開催されたIAUの太陽系外惑星命名キャンペーン「NameExoWorlds 2022」で[[タイ王国]]のグループからの提案が採用され、主星は '''Kaewkosin'''、太陽系外惑星は Phailinsiam と命名された{{R|approved2022}}。
このほかに以下の恒星が知られている。
; [[かに座イオタ星|&iota;星]]
: 太陽系から約347 光年の距離にある、見かけの明るさ4.018 等、スペクトル型 G8IIIaBa0.2 の黄色巨星で、4等星{{R|simbad_iota}}。約30.6&Prime;離れた位置に見える5.99 等のB星からなる[[二重星]]{{R|WDS_iota}}で、双眼鏡や小型の天体望遠鏡でも分離して見ることができる{{R|Ridpath2017}}。A星とB星は誤差の範囲内でほぼ同じ距離にあり、固有運動も似通っていることから連星である可能性が強い{{R|WDS_iota}}。

=== 星団・星雲・銀河 ===
[[18世紀]][[フランス]]の天文学者[[シャルル・メシエ]]が編纂した『[[メシエカタログ]]』に挙げられた天体が2つ位置している{{R|SEDS_Messier}}。また、{{仮リンク|パトリック・ムーア (天文学者)|label=パトリック・ムーア|en|Patrick Moore}}がアマチュア天文家の観測対象に相応しい星団・星雲・銀河を選んだ「[[カルドウェルカタログ|コールドウェルカタログ]]」に1つの天体が選ばれている{{R|SEDS_Caldwell}}。
; M44
: 太陽系から約600 光年の距離にある[[散開星団]]で、「[[プレセペ星団]](Praesepe Cluster{{R|simbad_M44}})」の通称で知られる。英語では「ハチの巣」という意味の '''Beehive''' とも呼ばれる{{R|simbad_M44|Ridpath2017}}。アラートスの『パイノメナ』に「小さな霧」と表現されるように、少なくとも紀元前3世紀以前からその存在が知られていた{{R|SEDS_M44}}。ふたご座&beta;星[[ポルックス]]としし座&alpha;星[[レグルス]]の中間あたり{{R|AstroArts_M44}}、&gamma;・&delta;・&eta;・&theta;の作る四辺形の中に位置している。肉眼でも霧のように見えるが、双眼鏡で見るのが最適であるとされる{{R|Ridpath2017}}。
; [[M67 (天体)|M67]]
: 太陽系から約2,870 光年の距離にある散開星団{{R|simbad_M67}}。[[ヨハン・ボーデ]]によると、[[1779年]]以前に{{仮リンク|ヨハン・ゴットフリート・ケーラー|en|Johann Gottfried Köhler}}が発見していたとされるが、ケーラーの観測機器は非常に性能が劣っており、星団の星を分解できていたか疑わしい{{R|SEDS_M67}}。一方、メシエは独立してM67を発見し、[[1780年]][[4月6日]]にカタログに載せている{{R|SEDS_M67}}。星団が生まれてから35億-48億年が経過していると考えられており{{R|Yadav2008}}、これはメシエカタログの散開星団の中では群を抜いて年老いている{{R|SEDS_M67}}。また、星団の年齢が太陽と近く、化学組成もまた太陽と似ていることから、太陽型星の研究に適した観測対象とされている{{R|SEDS_M67}}。
; [[NGC 2775]]
: 天の川銀河から約7270万 光年の距離にある[[渦巻銀河]]{{R|simbad_NGC2775}}で、コールドウェルカタログの48番に選ばれている{{R|SEDS_Caldwell}}。うみへび座との境界線近くに位置している。はっきりとした[[渦状腕]]を持つ「[[グランドデザイン渦巻銀河]]」とは異なり、羊毛や羽毛に喩えられるようなぶつぶつと途切れた構造の渦状腕を持つ{{R|ESA20200629}}。このような渦状腕は「フラキュラント (flocculent) な渦状腕」と称されている{{R|Doi2018}}。銀河中央部の巨大な[[バルジ]]ではほとんど[[星形成]]されていない{{R|ESA20200629}}。
{{Gallery
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| align=center
| Messier 044 2MASS.jpg | 近赤外線波長による全天サーベイ[[2MASS]]で撮像された[[散開星団]]M44。
| M67 Mazur.jpg | アマチュア天文家が撮影した散開星団[[M67 (天体)|M67]]。
| Birds of a feather (50071190086).jpg | [[ハッブル宇宙望遠鏡]]の[[広視野カメラ3]] (WFC3) で撮像された[[渦巻銀河]][[NGC 2775]]。
}}

== 流星群 ==
かに座の名前を冠した[[流星群]]で、IAUの流星データセンター (IAU Meteor Data Center) で確定された流星群 (Established meteor showers) とされているものは、かに座&delta;北流星群 (Northern delta Cancrids, NCC)、かに座&delta;南流星群 (Southern delta Cancrids, SCC)、かに座&zeta;昼間流星群 (Daytime zeta Cancrids, ZCA) の3つ{{R|NAOJ_meteor}}。いずれも2012年以降に確定流星群に加えられた群である{{R|NAOJ_meteor}}。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
81行目: 150行目:


=== 注釈 ===
=== 注釈 ===
{{notelist2}}
{{Notelist2|25em}}


=== 出典 ===
=== 出典 ===
{{Reflist|25em|refs=
{{wiktionary|かに座}}

{{commons&cat|Cancer_(constellation)|Cancer_(constellation)}}
<ref name="IAU_constellations">{{Cite web
{{Reflist|refs=
| title=The Constellations
<ref name="ridpath">{{Cite web
| publisher=[[国際天文学連合]]
|author=Ian Ridpath
| url=https://www.iau.org/public/constellations/#cnc
|title=Star Tales - Cancer
| access-date=2024-06-24}}</ref>
|url=http://www.ianridpath.com/startales/cancer.htm

|accessdate=2014-02-04}}</ref>
<ref name="hosizora">{{Cite book|和書
<ref name="Ridpath">{{Cite web
| last=Ridpath | first=Ian | author-link=イアン・リドパス
| author = 長島晶裕/ORG
| title=Cancer
| year = 2012
| website=Star Tales
| title = 星空の神々 全天88星座の神話・伝承
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| publisher = 新紀元社
| isbn = 978-4-7753-1038-0}}</ref>
| accessdate=2024-06-24}}</ref>

<ref name="Palladi">{{Cite web|和書
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|title=伝エラトステネス『星座論』(4) おとめ座・ふたご座・かに座
| title=Constellation boundary
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| publisher=[[国際天文学連合]]
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<ref name="Yamada2023">{{Cite book | 和書
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| last=Ridpath | first=Ian | last2=Tirion | first2=Wil | author-link=イアン・リドパス
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| author1=Abū Ma'Shar | translator=Hermann Of Carinthia
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| author=小島敦
| title=かに座の同定
| conference=第33回 天文教育研究会・2019年 日本天文教育普及研究会
| book-title=天文教育研究会・日本天文教育普及研究会年会集録
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| title=Clarissimis Belgii luminibus sapientiae, doctrinae et verae pietatis officinis Academiae Lugdunensis Batavorum et Franekeriensis. Hos globos ad mathematicas artes promovendas manu propria à se caelatos lubentissime dedicat consecratque Jodocus Hondius ann. 1600
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<ref name="Blaeu1602">{{Citation
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| title= Globe céleste / par Willem Jansz. Blaeu
| website=Gallica | url=https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b55008747w/f1.medres3d
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2024年7月25日 (木) 14:09時点における版

かに座
Cancer
Cancer
属格 Cancri
略符 Cnc
発音 [ˈkænsər]、属格:/ˈkæŋkraɪ/
象徴 カニ[1][2]
概略位置:赤経  07h 55m 19.7973s- 09h 22m 35.0364s[3]
概略位置:赤緯 +6.4700689° - +33.1415138°[3]
20時正中 3月下旬[4]
広さ 505.872平方度[5]31位
バイエル符号/
フラムスティード番号
を持つ恒星数
76
3.0等より明るい恒星数 0
最輝星 β Cnc(3.520
メシエ天体 2[6]
確定流星群 3[7]
隣接する星座 やまねこ座
ふたご座
こいぬ座
うみへび座
しし座
こじし座(角で接する)
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かに座(かにざ、ラテン語: Cancer)は、現代の88星座の1つで、プトレマイオスの48星座の1つ[2]黄道十二星座の1つで、カニをモチーフとしている[1][2]星座のほぼ中央にある散開星団M44プレセペ星団」が有名。ギリシア神話では、英雄ヘーラクレースに挑んで噛みつくも踏み潰されてしまったカニが星座になったものとされる[2][8][9]

特徴

かに座の全景。画像右上にはふたご座カストルポルックスも写されている。

東をしし座、北をやまねこ座、西をふたご座、南西をこいぬ座、南をうみへび座に囲まれている[10]。20時正中は3月下旬頃[4]、北半球では春の星座とされ[11]、厳冬から初夏にかけて観望できる[10]。星座の北端でも赤緯33.14°と南寄りに位置しているため、人類が居住しているほぼ全ての地域から星座の全域を観望することができる。

最も明るく見えるβ星でも3.52 等と、4等星より暗い星ばかりの目立たない星座だが、しし座とふたご座に東西を挟まれているため容易に見つけることができる。γ・δ・η・θ の4星が形作る四辺形に囲まれた散開星団M44「プレセペ星団[12](Praesepe Cluster[13])」は、肉眼でぼんやりとした光のもやとして見ることができる[14]。なお、「かに星雲」の通称で知られる超新星残骸M1は、かに座ではなくおうし座にある[15][16]

由来と歴史

紀元前1千年紀古代バビロニア占星術のテキストには、現在のかに座と同じ位置にカニの星座が記されており、現在のかに座はこの古代バビロニアの天文学英語版のカニの星座を起源とするものと考えられている[17]。このカニの星座がいつ頃地中海世界に伝わったかは定かではないが、紀元前4世紀の古代ギリシアの天文学者クニドスのエウドクソスの著書『パイノメナ (古希: Φαινόμενα)』に記された星座のリストに既にかに座の名前が上がっていたとされる[8]。このエウドクソスの著述を元に詩作されたとされる紀元前3世紀前半のマケドニアの詩人アラートスの詩篇『パイノメナ (古希: Φαινόμενα)』では、古代ギリシア語で「カニ」という意味の καρκίνος (Karkinos, カルキノス) という名称で登場する[18]。『パイノメナ』の中でアラートスは、大熊の胴体の下にあり、太陽が蟹を過ぎて獅子に入る頃になると夏の盛りとなり麦が残らず刈り取られる、としている[18][19]

紀元前3世紀後半の天文学者エラトステネースの天文書『カタステリスモイ (古希: Καταστερισμοί)』や1世紀初頭の古代ローマの著作家ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスの『天文詩 (: De Astronomica)』では、カニそのものよりもこの星座の中に置かれたとされる2頭のロバとその飼い葉桶について多くの紙幅を費やして解説されている[8][9]。これらの著作の中でロバとされたのは現在のγ星δ星、飼い葉桶とされたのは散開星団M44と考えられており[8]、現在のγ星の固有名アセルスボレアリス (: Asellus Borealis 「北のロバ」)、δ星の固有名アセルスアウストラリス (: Asellus Australis 「南のロバ」)、M44の通称「プレセペ星団 (Praesepe Cluster)」は、いずれもその名残である[2]

καρκίνος に属する星の数について、『カタステリスモイ』や『天文詩』では13個[8]帝政ローマ2世紀頃のクラウディオス・プトレマイオスの天文書『ヘー・メガレー・スュンタクスィス・テース・アストロノミアース (古希: ἡ Μεγάλη Σύνταξις τῆς Ἀστρονομίας)』、いわゆる『アルマゲスト』ではカニ本体を形作る星が9個[8]、星座を形作らない星が4個あるとされた[20]10世紀ペルシアの天文学者アブドゥッラハマーン・スーフィー(アッ=スーフィー)が『アルマゲスト』を元に964年頃に著した天文書『星座の書』では、「カニ」を意味する al-Saraṭān と呼ばれ、『アルマゲスト』と同じく星座を形作る星9個とそれ以外の星4個が属するとされた[21]。『星座の書』の中でプレセペ星団は「飼い葉桶」を意味する al-Miʻlaf と呼ばれた[21]

イスラム世界を経由して『アルマゲスト』が再びヨーロッパにもたらされると、カニの星座 al-Saraṭān はラテン語で「カニ」を意味する Cancer として受容されたが、占星術のテキストや星図に描かれたカニの描像には混乱が見られた。そのような文献の最初期のものに、1489年アウグスブルクエルハルト・ラートドルト英語版によって出版された『天文学入門 (: Introductorium in astronomiam Albumasaris Abalachi octo continens libros partiales)』がある。これは、9世紀バグダードハディース占星術師アブー=マーシャル英語版が著した大著『大入門書(The Great Introduction, 原題:Kitab al-Mudkhal al-Kabīr)』を12世紀ケルンテン公国生まれの翻訳者カリンティアのヘルマン英語版1140年にラテン語の翻訳したものを原典とするものであった[22]。この『天文学入門』の中では、Cancer はエビのような額角を持つ姿で描かれていた[23]。続く16世紀には、ドイツの版画家アルブレヒト・デューラーがヨーロッパでは初めて全天の星図を製作した。この1515年に製作された北天星図の中でカニの星座には Cancer という名称が付けられていたが、その姿は細長い胴体と1対のハサミを持つザリガニロブスターかを思わせる形態で描かれていた[24]。このデューラーの星図は、デューラーの芸術的な名声と相まって大きな影響力を持つに至り[24]、 このロブスターに似た Cancer の星座絵もまた16世紀から18世紀初頭にかけての天球儀や星図に多く描かれることとなった。そのような例として、オランダの地図製作者ヨドクス・ホンディウス英語版の天球儀(1600年)[25]ウィレム・ブラウ英語版の天球儀(1602年、1603年)[26][27]シレジアの天文学者ヤコブス・バルチウスの天文書『Usus astronomicus planisphaerii stellati』(1633年[28]、オランダの地図製作者アンドレアス・セラリウスの『大宇宙の調和 (: Harmonia Macrocosmica)』(1660年[29]ポーランドの天文学者ヨハネス・ヘヴェリウスの天文書『Prodromus Astronomiae』(1690年)[30]フランスフィリップ・ド・ラ・イールの『北天図』『南天図』(1705年[31]などが挙げられる。これらの古星図に Cancer として描かれた甲殻類を実在のザリガニロブスターと比較した2019年の研究では、星座絵の細部には実在の甲殻類とは異なる部分がいくらか見られるものの、体やハサミに棘がないという特徴がロブスターに類似していることから、これらの Cancer の星座絵はヨーロッパザリガニよりもヨーロピアンロブスターにより似ている、と結論付けている[32]。また同研究では、セラリウスの『大宇宙の調和』に描かれた Cancer が赤く着色されていることに着目し、本来濃い青色をしているヨーロピアンロブスターが赤くなるには加熱されてアスタキサンチンが発色する必要があるため、加熱調理された後の個体をモデルとして描かれた可能性を示唆している[32]

ドイツ法律家ヨハン・バイエル1603年に刊行した星図『ウラノメトリア』では、ラートドルトのカニに似た姿の甲殻類が描かれていた[33]。バイエルはかに座の星に対して α から ω までのギリシャ文字24文字とラテン文字4文字の計28文字を用いて34個の星とプレセペ星団に符号を付しており[33][34][35][注 1]、プレセペ星団には ε の符号が充てられた[33][34]。18世紀イギリスの天文学者ジョン・フラムスティードが編纂し、彼の死後の1729年に刊行された星図『天球図譜(: Atlas coelestis)』ではカニに似た姿の Cancer が描かれており、これ以降の星図ではカニに近い姿の星座絵が多く描かれている[36][37]

1922年5月にローマで開催された国際天文学連合 (IAU) の設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Cancer、略称は Cnc と正式に定められた[38][39]

中東

古代バビロニアの天文に関する粘土板文書『ムル・アピン英語版 (MUL.APIN)』の中でかに座の星は、「カニ」を表す星座 Mul Al-lul とされた[17][40][41]。ムル・アピンが編纂された紀元前1000年頃[40]には、夏至点はかに座付近にあった[17]。そのため、太陽が黄道の最も高い位置に来るところこそ天空の神アヌに相応しい場所として「アヌの座」と呼ばれていた[17][40]

中国

ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー英語版(戴進賢)らが編纂し、清朝乾隆帝治世の1752年に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、かに座の星は二十八宿南方朱雀七宿の第二宿「鬼宿」に配されていたとされる[42][43]。θ・η・γ・δ の4星が輿に乗せられた死骸を表す星官「鬼」に、プレセペ星団の星々が積み重ねられた屍体から立ち上がる薄気味悪い怪しげな妖気を表す星官「積尸」に、ψ・λ・φ1・15 の4星が狼煙を表す星官「爟」に配された[42][43]

神話

紀元前6世紀後半に製作された黒絵式アンフォラ。レルネーのヒュドラー(中央)と戦うヘーラクレース(左)とイオラーオス(右)、ヘーラクレースの足下にカニの姿が描かれている。(ルーヴル美術館収蔵、CA7318)

ヘーラクレースの十二の功業」の第2とされるレルネーのヒュドラー退治の物語に登場するカニがかに座になったとする古代ギリシア・ローマの伝承がよく知られている[2][44]。これらのヘーラクレースの十二の功業のエピソードは、古代メソポタミアの神ニヌルタと怪物たちとの戦いの神話と顕著な類似点が見られることから、現在ではニヌルタの神話に何らかの影響を受けたものと考えられており、ヘーラクレースの足に噛みつくカニのエピソードも、ニヌルタの足にかじりついた亀のエピソードが原型と見られている[17]

エラトステネースの『カタステリスモイ』やヒュギーヌスの『天文詩』では、女神ヘーラーによって星々の間に置かれたカニの話が語られている[2][8][9]。エラトステネースはこのカニが天に置かれた理由について、紀元前5世紀頃のハリカルナッソス叙事詩人パニュアッシスの『ヘラクレイア』に書かれた話として以下の話を伝えている[8][9]ヘーラクレースヒュドラーを退治しようと闘っている最中に、このカニはヘーラクレースに飛び掛かって彼の足に噛みついた[8][9]。激怒したヘーラクレースは、彼の足でカニを踏み潰した[8][9]。こうしてカニは黄道十二星座に数えられるという栄誉を得たと言われる[8][9]。なお、日本ではこの伝承に登場するカニについて「カルキノス」という名前があるかのように伝えられることがある[45][46][47][48]が、カルキノス (古希: καρκῐ́νος) は古代ギリシア語でカニを指す一般名詞であり[49]このカニ固有の名前ではない

またエラトステネースとヒュギーヌスは、かに座の一部の星が「ロバ」として酒神ディオニューソスによって星に引き上げられたとする伝承も伝えている[2][8][9]。「ギガントマキアー」と呼ばれる、オリンポスの神々とギガースたちとの大戦の際、ディオニューソスヘーパイストスサテュロスは、ロバに騎乗して出発したと言われる[8][9][注 2]。ディオニューソスたちがギガースらに近づくと、彼らがギガースらに見つかる前にロバたちがいななき始め、その騒音を聞いたギガースらは恐れ慄いた[8][9]。この功により、ロバたちは飼い葉桶とともにカニの西側に置かれる栄誉を与えられた[8][9]

このロバについてヒュギーヌスは以下の異説を伝えている[8][9]リーベル[注 3]ユーノー[注 4]によって狂気に陥った際、どうすれば正気を取り戻せるかを尋ねるために、ドードーナにあるユーピテル[注 5]の神託所にたどり着くべく、狂乱状態でテスプロティアを逃走した[8][9]。渡ることのできない巨大な沼地に行き着いたリーベルであったが、そこで彼は2頭のロバと出会った[8][9]。リーベルは、そのうちの1頭を捕まえて騎乗したため、少しも濡れずに沼を渡ることができた[8][9]。そしてドードーナの神託所にたどり着くや否や、リーベルはすぐさま狂気から解放されたため、このロバを星々の間に置くことで感謝の意を表した[8][9]。この話にはさらに以下のような異説がある。リーベルは自分を運んでくれたロバに人間の声を与えた[8][9]。このロバは後にプリアーポス性器の大きさを競ったが、敗れて彼に殺された[8][9]。リーベルはこれを憐れみ、かつユーノーを恐れる臆病な人間ではないことを知らしめるべく、神の行いとしてロバを星々の間に置いた[8][9]

呼称と方言

ラテン語の学名 Cancer に対応する日本語の学術用語としての星座名は「かに」と定められている[53]。現代の中国では巨蟹座[54][55]と呼ばれている。

明治初期の1874年(明治7年)に文部省より出版された関藤成緒の天文書『星学捷径』では「カンセル」という読みと「」として紹介された[56]。また、1879年(明治12年)にノーマン・ロッキャーの著書『Elements of Astronomy』を訳して刊行された『洛氏天文学』上巻では「カンセル」という読みと「大蟹」という訳が紹介され[57]、下巻では「巨蟹宿」として解説された[58]。これらからそれから30年ほど時代を下った明治後期には「」という呼称が使われていたことが日本天文学会の会報『天文月報』の第1巻1号掲載の「四月の天」と題した記事中の星図で確認できる[59]。この「蟹」という訳名は、東京天文台の編集により1925年(大正14年)に初版が刊行された『理科年表』にも「蟹(かに)」として引き継がれた[60]。戦中の1944年(昭和19年)に天文学用語が見直しされた際も「蟹(かに)」が継続して使われることとなり[61]、戦後の1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[62]とした際に平仮名で「かに」と定められた[63]。以降、この呼称が継続して用いられている[53]

日本国内では、かに座の星や星団の古名・地方名は採集されていない[64][65][66]

主な天体

かに座で最も明るいβ星でも3.520 等、他の星も全て4等星以下の明るさと、全体に暗い星からなる星座である。しかし、γ・δ・η・θ の4星に囲まれた位置に肉眼でも薄ぼんやりと見える散開星団M44 は「プレセペ星団」の名前でよく知られている[14]。γ星とδ星は、プレセペ星団飼い葉桶と見なし、そこから飼い葉を食む2頭のロバであると考えられたため、北にある γ星には「北のロバ」を意味する「アセルスボレアリス」、南にある δ星には「南のロバ」を意味する「アセルスアウストラリス」とセットで固有名が付けられている[67]

恒星

2024年6月現在、国際天文学連合 (IAU) によって11個の恒星に固有名が認証されている[68]

α星
太陽系から約178 光年の距離にある連星系[69]。主星Aは、地球からは見かけの明るさ4.249 等、スペクトル型 kA7VmF0/2III/IVSr のAm星のように見える[69]が、掩蔽観測の結果からほぼ同じ明るさのAa 星とAb 星による近接連星であると考えられている[70]。10.3″離れた位置に見えるB星もA星とほぼ同じような距離にあり、かつ似た固有運動を持っているが、連星系を成しているか否かは不明[70]。Aa星にはアラビア語で「」を意味する言葉に由来する[67]アクベンス[10](Acubens[68])」という固有名が認証されている。
β星
太陽系から約323 光年の距離にある、見かけの明るさ3.520 等、スペクトル型 K4IIIBa0.5 の赤色巨星で、4等星[71]。かに座で最も明るく見える恒星。29.4″離れた位置に見える14.3 等のB星もA星とほぼ同じ距離にあり、かつ似た固有運動を持っているが、連星系を成しているか否か不明[72]。A星には「タルフ[10](Tarf[68])」という固有名が認証されている。
2014年には視線速度法による観測から、A星を公転する太陽系外惑星b が発見されている[73]
γ星
太陽系から約175 光年の距離にある、見かけの明るさ4.652 等、スペクトル型 A1IV の準巨星で、5等星[74]ガイア計画の第2回公開データを元にした2019年の研究では、おうし座ヒアデス星団のメンバーと考えられている[75]
Aa星にはラテン語で「北のロバ」を意味する言葉に由来する[67]アセルスボレアリス[10](Asellus Borealis[68])」という固有名が認証されている。
δ星
太陽系から約137 光年の距離にある、見かけの明るさ3.94 等、スペクトル型 K0+IIIb の赤色巨星で、4等星[76]。約41″離れた位置に見える12等星のB星は見かけの二重星と考えられている[77]。A星自体が分光連星である可能性もあるが、対となるAb星は未だ分離されておらず、存在が疑われている[78]
Aa星には、ラテン語で「南のロバ」を意味する言葉に由来する[67]アセルスアウストラリス[10](Asellus Australis[68])」という固有名が認証されている。
ε星
太陽系から約606 光年の距離にある連星系[79]。主星Aは6.6 等のAa と6.8 等のAb からなる分光連星で、プレセペ星団に属している[80]。Aから134″離れた位置に見える伴星B (HD 73711) もプレセペ星団に属しているが、Aと連星系を成しているか否かは不明。
Aa星には「メレフ[10](Meleph[68])」という固有名が認証されている。
ζ星
太陽系から約80 光年の距離にある、少なくとも4つの恒星からなる連星[81]。ζ1星系とζ2星系は、互いの共通重心を約1150 年の周期で公転している[82]。ζ1星系は、5.31 等のζ1A と 6.17 等のζ1B のペアが59.582 年の周期で互いの共通重心を公転している[82]。ζ2星系は、ζ2A とζ2B のペアが17.32 年の周期で互いの共通重心を公転しており、さらに1個の伴星が存在する可能性がある[82]
ζ1A星には、ラテン語で甲殻類の殻を意味する言葉に由来する[67]テグミネ[10](Tegmine[68])」という固有名が認証されている。
λ星
太陽系から約586 光年の距離にある、見かけの明るさ5.930 等、スペクトル型 B9.5V のB型主系列星で、6等星[83]。A星には「ピアウトス[10]Piautos[68]」という固有名が認証されている。
ξ星
太陽系から約407 光年の距離にある、見かけの明るさ5.149 等、スペクトル型 G8.5IIIFe-0.5CH-1 の分光連星[84]。5.7 等のA星と6.2 等のB星が互いの共通重心を約1,700 日という長い周期で公転していると考えられている[85][86]。A星には「ナーン[10]Nahn[68]」という固有名が認証されている。
55番星
太陽系から約41 光年の距離にある、見かけの明るさ5.95 等、スペクトル型 K0IV-V の6等星[87]バイエル符号ではρ1星。G型主系列星の主星と赤色矮星の伴星からなる連星系と考えられている[88]
2015年に開催されたIAUの太陽系外惑星命名キャンペーン「NameExoWorlds」で55番星A星系が命名対象とされ、オランダのアマチュア天文家団体 Royel Netherlands Association for Meteorology and Astronomy からの提案が採用された結果、主星の55番星Aには「コペルニクス[10](Copernicus[68])」という固有名が、5つの惑星には、bにガリレオ (Galileo)、cにブラーエ (Brahe)、dにリッペルハイ (Lipperhey)[注 6]、e にヤンセン (Janssen)、f にハリオット (Harriot) という名称がそれぞれ認証された[89]
HD 73534
太陽系から約273 光年の距離にある、見かけの明るさ8.24 等、スペクトル型 G5 の8等星[90]。IAUの100周年記念行事「IAU100 NameExoworlds」でブータン王国に命名権が与えられ、主星は Gakyid、太陽系外惑星は Drukyul と命名された[91]
GJ 3470
太陽系から約96 光年の距離にある、見かけの明るさ12.3 等の12等星[92][93]2022年に開催されたIAUの太陽系外惑星命名キャンペーン「NameExoWorlds 2022」でタイ王国のグループからの提案が採用され、主星は Kaewkosin、太陽系外惑星は Phailinsiam と命名された[94]

このほかに以下の恒星が知られている。

ι星
太陽系から約347 光年の距離にある、見かけの明るさ4.018 等、スペクトル型 G8IIIaBa0.2 の黄色巨星で、4等星[95]。約30.6″離れた位置に見える5.99 等のB星からなる二重星[96]で、双眼鏡や小型の天体望遠鏡でも分離して見ることができる[14]。A星とB星は誤差の範囲内でほぼ同じ距離にあり、固有運動も似通っていることから連星である可能性が強い[96]

星団・星雲・銀河

18世紀フランスの天文学者シャルル・メシエが編纂した『メシエカタログ』に挙げられた天体が2つ位置している[6]。また、パトリック・ムーア英語版がアマチュア天文家の観測対象に相応しい星団・星雲・銀河を選んだ「コールドウェルカタログ」に1つの天体が選ばれている[97]

M44
太陽系から約600 光年の距離にある散開星団で、「プレセペ星団(Praesepe Cluster[13])」の通称で知られる。英語では「ハチの巣」という意味の Beehive とも呼ばれる[13][14]。アラートスの『パイノメナ』に「小さな霧」と表現されるように、少なくとも紀元前3世紀以前からその存在が知られていた[98]。ふたご座β星ポルックスとしし座α星レグルスの中間あたり[12]、γ・δ・η・θの作る四辺形の中に位置している。肉眼でも霧のように見えるが、双眼鏡で見るのが最適であるとされる[14]
M67
太陽系から約2,870 光年の距離にある散開星団[99]ヨハン・ボーデによると、1779年以前にヨハン・ゴットフリート・ケーラー英語版が発見していたとされるが、ケーラーの観測機器は非常に性能が劣っており、星団の星を分解できていたか疑わしい[100]。一方、メシエは独立してM67を発見し、1780年4月6日にカタログに載せている[100]。星団が生まれてから35億-48億年が経過していると考えられており[101]、これはメシエカタログの散開星団の中では群を抜いて年老いている[100]。また、星団の年齢が太陽と近く、化学組成もまた太陽と似ていることから、太陽型星の研究に適した観測対象とされている[100]
NGC 2775
天の川銀河から約7270万 光年の距離にある渦巻銀河[102]で、コールドウェルカタログの48番に選ばれている[97]。うみへび座との境界線近くに位置している。はっきりとした渦状腕を持つ「グランドデザイン渦巻銀河」とは異なり、羊毛や羽毛に喩えられるようなぶつぶつと途切れた構造の渦状腕を持つ[103]。このような渦状腕は「フラキュラント (flocculent) な渦状腕」と称されている[104]。銀河中央部の巨大なバルジではほとんど星形成されていない[103]

流星群

かに座の名前を冠した流星群で、IAUの流星データセンター (IAU Meteor Data Center) で確定された流星群 (Established meteor showers) とされているものは、かに座δ北流星群 (Northern delta Cancrids, NCC)、かに座δ南流星群 (Southern delta Cancrids, SCC)、かに座ζ昼間流星群 (Daytime zeta Cancrids, ZCA) の3つ[7]。いずれも2012年以降に確定流星群に加えられた群である[7]

脚注

注釈

  1. ^ バイエルは複数の星をまとめて1つの文字で表すことがあったため、星の数は使われた文字の数よりも多い[34][35]
  2. ^ ヒュギーヌスはシーレーノスも同行したとしている[8][9]。サテュロスとシーレーノスは、いずれもディオニューソス(ローマ神話ではリーベル)の従者のような存在とされていた[9]。またヘーパイストスは足が不自由でロバに騎乗していると考えられていた[9]
  3. ^ ギリシャ神話のディオニューソスに相当する豊穣神[50]
  4. ^ ギリシャ神話のヘーラーに相当する女神[51]
  5. ^ ギリシャ神話のゼウスに相当する神[52]
  6. ^ 当初「リッペルスハイ (Lippershey)」と命名されたが、この「s」を含む綴りが1831年に誤植されたものが広まった誤りであったため、2016年1月15日に本来の綴りであるリッペルハイ (Lipperhey) に変更された[89]

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参考文献

座標: 星図 09h 00m 00s, +20° 00′ 00″