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皇太子妃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2019年(平成31年)4月30日までは、皇太子徳仁親王との成婚により入内した雅子が皇太子妃であった。同年の令和元年5月1日より、皇太子妃は空位となる。

皇太子妃(こうたいしひ、: Crown Princess)、王太子妃(おうたいしひ、: Crown Princess、または: Princess of Wales)とは、皇太子王太子)の身位、またその身位にある人をいう[1]

日本の皇太子妃

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概要

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日本の皇太子妃は、東宮妃(とうぐうひ)、春宮妃(はるのみやひ)とも称される。


皇太子妃
在位中の皇太子妃
空位
2019年令和元年)5月1日より
詳細
宮殿 東宮御所
ウェブサイト 宮内庁
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称号:皇太子妃
敬称 皇太子妃殿下
Her Imperial Highness the Crown Princess

和語では「ひつぎのみこのみめ(日嗣の御子の御女)」という。皇太子妃は、親王妃皇室典範第5条、第6条)にあたり、皇族内廷皇族)とされる。敬称は「殿下」である(同法第23条第2項)。また皇統譜での表記は皇太親王妃(こうたいしんのうひ)である。

皇太子妃は夫である皇太子が皇位継承するに伴い立后し、皇后になる。

皇太子妃が成婚前より内親王又は女王であった場合は、成婚後も皇后となるまでは、親王妃であるとともに引き続き元来の身位も併存(保持)する。

  • 具体例:(久邇宮良子女王(ながこじょおう)→皇太子裕仁親王妃良子女王(こうたいしひろひとしんのうひながこじょおう)→皇后 良子(こうごう ながこ)→皇太后 良子(こうたいごう ながこ)→香淳皇后(こうじゅんこうごう)(追号)

皇太子妃は以下のいずれかを満たした場合、皇族の身分を離れ皇太子妃としての地位を失う。(同法第14条)

  • 皇太子が薨去し、皇太子妃が皇族を離れることを希望した場合。
  • 皇太子が薨去し、かつやむをえない特別の事情があり、皇室会議の承認を得た場合。
  • 皇太子と離婚した場合。

日本国政府による正式表記(内閣告示、宮内庁告示など官報における記載)は「皇太子○○親王妃××」となる。ただし、宮内庁ホームページのように「一般国民へのわかりやすさ」を重視する場面、あるいは植樹供花などでは「皇太子妃」が、歌会始では「東宮妃」などの表記も用いられる。

現在の日本の皇太子妃

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平成時代1993年〈平成5年〉6月9日2019年〈平成31年〉4月30日)は皇太子徳仁親王の妃・雅子が皇太子妃であったが、同年(令和元年)5月1日に皇太子徳仁親王が皇位を継承したことによる雅子の立后と、現行の皇室典範の下では初めて皇太子が空位になったことに伴い、皇太子妃も空位となった。

一方で、皇嗣となった秋篠宮文仁親王の妃・紀子が皇嗣妃となった。

日本以外

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日本以外の国における王太子(皇太子)の妃については、王太子妃(皇太子妃)の称号が用いられる場合がある。中国では皇太子妃と名乗っていて、正確な情報が残る中で最初の皇太子妃は薄皇后、最後の皇太子妃は愛新覚羅胤礽の妻である瓜爾佳氏中国語版(後に廃位)とされる。

一方、朝鮮では皇太子の称号が使えず、国王の継承者は「王世子」と呼ばれていた。それに伴い、王世子の配偶者は「王世子嬪」の称号が用いられていた。

脚注

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参照文献

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文献資料

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  • 新村出編『広辞苑 第六版』(岩波書店、2011年)ISBN 400080121X
  • 松村明編『大辞林 第三版』(三省堂、2006年)ISBN 4385139059

関連項目

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