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磯野 勇三(いその ゆうぞう、1903年(明治36年)6月2日[1] - 1986年(昭和61年)11月19日[2])は、日本の外交官。
東京府(現・東京都)出身。1928年東京帝国大学法学部卒業。外務省入省後、1938年上海領事等をへて太平洋戦争開戦時はラングーン総領事。戦時中、第3部対外報道課長兼同調査課長等を歴任。敗戦時には文書課長。戦後、管理局在外邦人部長兼同経済部長、終戦連絡中央事務局管理部長兼管理局経済部長をへて、1948年特殊財産局長、1949年京都連絡調整事務局長等となる。
一旦退官後、1955年にサンパウロ総領事、57年ポルトガル公使、59年同大使、61年レバノン大使兼ヨルダン公使等に就任し、64年退官。やさか通商株式会社社長となる。
- ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、107頁。
- ^ 『人物物故大年表日本人編 II』p.496。
- 外務省外交史料館日本外交史辞典編纂委員会『新版 日本外交史辞典』山川出版社、1992年。
- 先代
- 武内龍次
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- 終戦連絡中央事務局管理部長
- 1946年-1948年
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- 次代
- 廃止
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- 先代
- 新設
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- 外務省特殊財産局長
- 1948年-1949年
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- 次代
- 石黒四郎
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領事 |
- 領事館開設1937
- 小長谷綽1937-
- N/A
- 閉鎖1941
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全権公使 |
- 公使館開設1954
- 古内広雄1955-1957
- 河野達一1957-1959
- 大使館に昇格1959
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全権大使 | |
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カテゴリ |
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在リオデジャネイロ総領事 |
- 松村貞雄1913-1914(リオ総領事として主にリオとサンパウロの両都市で活動)
- 在リオデジャネイロ総領事館在サンパウロ出張事務所開設1914
- 松村貞雄1914-1915(名目上はリオ総領事だが、サンパウロ常駐で実質的にはサンパウロ総領事)
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在サンパウロ総領事 | |
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在ラングーン日本総領事 |
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在ラングーン日本帝国総領事 |
- 総領事館開設
- 福井淳
- 磯野勇三
- 日英国交断絶1941
- ビルマ独立、日緬国交樹立1943
- 総領事館開設1943
- 島津久大1943-1945
- 東光武三未赴任1945
- 英国がビルマを再占領1945
- 引揚1946
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在ラングーン在外事務所長 |
- ビルマ再独立1948
- 日本政府在外事務所開設1951
- 服部比左治1951-1952
- 日緬国交回復、総領事館に昇格1952
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在ラングーン日本国総領事 |
- 小長谷綽1952-1955
- 総領事館閉鎖1955(大使館が吸収合併)
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