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神崎敏雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

神崎 敏雄(本姓:神﨑[1]、かんざき としお、1912年大正元年)11月5日[2] - 1997年平成9年)1月22日[2])は、日本政治家日本共産党大阪府大阪市会議員、同衆議院議員。関西中小工業協議会初代事務局長[3]

来歴

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大阪府大阪市出身[2]。1924年(大正13年)大阪府狭山尋常高等小学校を卒業[1]。関西産業復興連盟書記長、全大阪電力管理委員会副委員長、全大阪生活擁護同盟本部委員長を務めた[1]

1951年(昭和26年)大阪市会議員選挙で当選[1][2]して四選[4]1972年(昭和47年)の第33回衆議院議員総選挙旧大阪6区から出馬し初(及びトップ)当選を果たす[5]。以後、1976年(昭和51年)の第34回総選挙での落選[6]を挟み1979年(昭和54年)の第35回総選挙にて再選[6]。党内では議会対策委員長、都市問題対策委員長や府党常任委員などを歴任した[1]

1997年1月22日、誤嚥性肺炎のため大阪市の病院で死去。84歳。

国政選挙歴

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著作

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  • 『頭の散歩』浪花書店、1966年。
  • 『シグナルは青だ』日本共産党大阪府委員会、1972年。

脚注

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  1. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』183頁。
  2. ^ a b c d 『現代政治家人名事典』143頁。
  3. ^ 関中協会報№434 2009年2月号p.6「元気企業 『安全・安心』はおまかせ」より
  4. ^ 神崎敏雄『出身県別 現代人物事典 西日本版』p856 サン・データ・システム 1980年
  5. ^ a b c 『国政選挙総覧 1947-2016』258頁。
  6. ^ a b c d 『国政選挙総覧 1947-2016』259頁。
  7. ^ 『国政選挙総覧:1947-2016』257頁。
  8. ^ a b 『国政選挙総覧 1947-2016』260頁。

参考文献

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  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『現代政治家人名事典』日外アソシエーツ編、1999年。
  • 『国政選挙総覧:1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。
  • 朝日新聞縮刷版1997年1月23日付、同1972年12月11日付、同1979年10月8日付

関連項目

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