若碇成剛
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基礎情報 | ||||
四股名 | 若碇 | |||
本名 | 齋藤 成剛 | |||
生年月日 | 2005年2月22日(19歳) | |||
出身 |
京都府京都市西京区 (出生地は東京都江戸川区) | |||
身長 | 176.1cm | |||
体重 | 117.2kg | |||
BMI | 37.8 | |||
所属部屋 | 伊勢ノ海部屋 | |||
成績 | ||||
現在の番付 | 東十両13枚目 | |||
最高位 | 東十両13枚目 | |||
生涯戦歴 | 49勝21敗(11場所) | |||
優勝 | 三段目優勝1回 | |||
データ | ||||
初土俵 | 2023年1月場所 | |||
備考 | ||||
2024年10月28日現在 |
若碇 成剛(わかいかり せいごう、2005年2月22日 - )は、京都府京都市西京区(出生地は東京都江戸川区)出身で、伊勢ノ海部屋所属の現役大相撲力士。本名は齋藤 成剛(さいとう せいごう)。身長176.1cm、体重117.2kg。最高位は東十両13枚目(2024年11月場所)。
来歴
[編集]元幕内・大碇(当時は準年寄)の長男として、東京都江戸川区に生まれる[1]。
5歳から相撲を始めて、東京の小松竜道場に通った[2]。
中学校2年時までは、軽量が祟って全国大会に出場することはかなわなかったが、中学校3年時になると、全国大会へ出場できるようになり、全国少年相撲選手権大会で団体優勝を経験した。[1][2]。
埼玉栄高校3年時には、相撲部主将を務め[3]、全国高校相撲宇佐大会個人ベスト8、国体個人ベスト16などの実績を残した[2]。
高校相撲で実績を残したため、複数の大学から勧誘を受けたが、10代甲山から、早く入門したほうが良い、と助言されたことを受けて、大学には進まず、大相撲の伊勢ノ海部屋へ入門することを決めた[1]。
若碇は後に「4年後よりもベストなタイミングで入ったと思う」と振り返っている[1]。
2022年12月11日に伊勢ノ海部屋入門を発表し、高校卒業を待たずに2023年1月場所で初土俵を踏んだ[3][4]。
新序出世披露では、父が現役時代に使用した化粧まわしを締めて、土俵に上がった[5]。
2023年7月場所は7戦全勝で、朝白龍との優勝決定戦を制して三段目優勝を果たした[6]。
翌9月場所で幕下に昇進し、幕下7場所目となった2024年9月場所は、西幕下2枚目の地位で4勝3敗の成績を残し、7番相撲終了時点で、場所後の十両昇進が濃厚視されるかあるいは確実視された[7][8]。
同月25日、日本相撲協会は、11月場所番付編成会議を両国国技館内で行い、若碇の昇進を決めた[9]。
親子での関取昇進は、史上13組目となる。元北勝鬨の伊勢ノ海としては、初の子飼いの関取。
新十両会見では、入幕したら父の現役時代の四股名「大碇」を襲名することも考えている、と明かした[10]。
人物
[編集]- 本人は生まれも育ちも東京だが、家族の影響で普段から関西弁を話す[11]。
- 日本相撲協会公式のプロフィールにおける出身地は、入門当初は東京都江戸川区になっていたが、2024年3月場所から父の10代甲山と同じ京都府京都市西京区に変更された[12]。若碇本人はプロフィールの変更を事前に知らされておらず、甲山が手続きをしたのではないかと推測している[11]。
- 2013年に末妹と母を立て続けに亡くしている。以来父子家庭で育ち、東京場所では父が自身を含む残された3人の息子の育児を行った。父は運動会は息子3人の分の弁当を作って応援し、授業参観は可能な限り出向いた[13]。
取り口
[編集]2024年3月場所前の追手風部屋での出稽古では、一気に前に出る鋭い出足や力強い投げ、タイミングの良い出し投げなど多彩な技を披露した[11]。同年5月場所中、舞の海はNHK大相撲中継の解説で、正攻法の相撲の強さと技術を指して「栃ノ海の再来」と期待を寄せた[14]。同年9月場所前の荒汐部屋での出稽古では、身長で約15cm、体重で約50kgも大きな新十両の大青山に善戦する場面も見られた[15]。
主な成績
[編集]2024年9月場所終了現在
通算成績
[編集]- 生涯戦歴:49勝21敗(11場所)
各段優勝
[編集]- 三段目優勝:1回(2023年7月場所)
場所別成績
[編集]一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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2023年 (令和5年) |
(前相撲) | 東序ノ口13枚目 6–1 |
東序二段33枚目 5–2 |
東三段目86枚目 優勝 7–0[場所 1] |
西幕下55枚目 5–2 |
東幕下35枚目 6–1 |
2024年 (令和6年) |
東幕下15枚目 4–3 |
東幕下10枚目 4–3 |
西幕下6枚目 4–3 |
西幕下5枚目 4–3 |
西幕下2枚目 4–3 |
東十両13枚目 – |
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
改名歴
[編集]- 若碇 成剛 (わかいかり せいごう)2023年1月場所[注 1] -
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 前相撲には本名の「齋藤」で出場。新序出世時に改名した。
出典
[編集]- ^ a b c d 「大銀杏が待っている」『相撲』2024年9月号、ベースボール・マガジン社、53頁。
- ^ a b c 「全新弟子名鑑」『相撲』2023年2月号、ベースボール・マガジン社、92頁。
- ^ a b 「甲山親方の長男、斎藤成剛「会場を沸かせられるような力士に」亡き母への思い胸に角界入り」『日刊スポーツ』2022年12月11日。2024年9月23日閲覧。
- ^ 「甲山親方の長男・斎藤成剛、高校横綱ら実力者揃い 初場所新弟子検査」『サンスポ』2022年12月9日。2023年8月28日閲覧。
- ^ 「甲山親方の長男・齋藤が「若碇」に改名 父・大碇の化粧まわしで新序出世披露」『スポーツニッポン』2023年1月15日。2023年8月28日閲覧。
- ^ 「若碇が三段目V 7戦全勝で並んだ朝白龍との優勝決定戦を土俵際の豪快な掛け投げで制す」『日刊スポーツ』2023年7月23日。2023年8月28日閲覧。
- ^ 九州場所で親子&兄弟関取が誕生の可能性 若碇の父は元幕内・大碇 琴手計の兄は幕内・琴勝峰 Sponichi Annex 2024年9月22日 15:17 (2024年9月22日閲覧)
- ^ 19歳の若碇が新十両昇進当確!「子供の頃からの夢だった」父は元幕内・大碇「一つの恩返しができた」 Sponichi Annex 2024年9月22日 21:22 (2024年9月23日閲覧)
- ^ 新十両は3人=若碇、安青錦、琴手計改め琴栄峰 再十両も3人=栃大海、千代丸、生田目 日刊スポーツ 2024年9月25日10時26分 (2024年9月25日閲覧)
- ^ 【若碇の新十両会見全文】父「大碇」への改名は「幕内に上がってからでもいいかなと」 NIKKAN SPORTS PREMIUM 2024.09.25 18:00 (2024年9月25日閲覧)
- ^ a b c “幕下注目の19歳・若碇が追手風部屋出稽古で白熱の35番 出身地を京都市に変更「たぶん親父が…」 - スポニチ Sponichi Annex スポーツ”. スポニチ Sponichi Annex. 2024年7月28日閲覧。
- ^ 「【春場所新番付】幕内常連の宝富士、碧山が十両陥落 幕下炎鵬改名、東龍ら引退/番付降下など」『日刊スポーツ』2024年2月26日。2024年2月26日閲覧。
- ^ 父と息子、丸い土俵と固い絆 母が急逝、19歳の新十両若碇は気合と根性、そして感謝 47NEWS 共同通信 2024/11/19 (2024年11月19日閲覧)
- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2024年5月22日). “舞の海氏、幕下若碇は横綱栃ノ海の再来「今、一番注目の力士」/夏場所”. サンスポ. 2024年7月28日閲覧。
- ^ 幕下2枚目の19歳・若碇が気迫の稽古 関取昇進チャンスの秋場所へ「多少は気合入るけどいつも通り」 Sponichi Annex 2024年8月30日 18:50 (2024年9月1日閲覧)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 若碇 成剛 - 日本相撲協会