ウラジーミル・クリロフ
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(ウラジミール・クリロフから転送)
獲得メダル | ||
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ソビエト連邦 | ||
陸上競技 | ||
オリンピック | ||
金 | 1988 ソウル | 男子 4×100mR |
世界陸上競技選手権大会 | ||
銀 | 1987 ローマ | 男子 4×100mR |
ヨーロッパ陸上競技選手権大会 | ||
金 | 1986 シュトゥットガルト | 男子 200 m |
銅 | 1986 シュトゥットガルト | 男子 4×400mR |
ウラジーミル・ヴァレンチーノヴィチ・クリロフ(ロシア語: Влади́мир Валенти́нович Крыло́в、ローマ字: Vladimir Valentinovich Krylov、1964年2月26日 - )は、ソビエト連邦の陸上競技選手。1988年ソウルオリンピックの金メダリストである。ロシア共和国ウリヤノフスク州センギレイ出身。
経歴
[編集]クリロフは、1986年のヨーロッパ選手権の200mにおいて、20秒52のタイムで優勝。さらに、4×400mRでも3分00秒47でイギリス、西ドイツに次いで銅メダルを獲得した。1987年のローマで開催された世界選手権では200mと4×100mRに出場。200mでは、優勝したアメリカのカルヴィン・スミスから6位の選手まで10分の1秒以内という激戦で、クリロフは100分の7秒差で5位となる。4×100mRでは、ソ連のアンカーを務め、トップでバトンを引き継いだが、アメリカのアンカーのカール・ルイスに追い抜かれ銀メダルとなる。しかし、38秒02のヨーロッパ新記録であった。
1988年ソウルオリンピックでは、100mと4×100mRに出場。100mでは2次予選を勝ち上がったが、準決勝は棄権した。しかし、4×100mRでは、優勝候補のアメリカが予選で失格。決勝では、クリロフはソ連の第2走者を務め、38秒19で、イギリス、フランスを押さえ金メダルを獲得した。
クリロフの最後の国際大会となった1990年のヨーロッパ選手権では100mで7位、4×100mRで4位に終わっている。
自己ベスト
[編集]- 100m - 10秒13 (1988年)
- 200m - 20秒23 (1987年)
- 400m - 45秒20 (1986年)
主な実績
[編集]年 | 大会 | 場所 | 種目 | 結果 | 記録 |
---|---|---|---|---|---|
1986 | ヨーロッパ陸上競技選手権大会 | シュトゥットガルト(西ドイツ) | 200m | 1位 | 20秒52 |
1986 | ヨーロッパ陸上競技選手権大会 | シュトゥットガルト(西ドイツ) | 4×400mR | 3位 | 3分00秒47 |
1987 | ヨーロッパ室内陸上競技選手権大会 | リエヴァン(フランス) | 200m | 2位 | 20秒53 |
1987 | 世界陸上競技選手権大会 | ローマ(イタリア) | 200m | 5位 | 20秒23 |
1987 | 世界陸上競技選手権大会 | ローマ(イタリア) | 4×100mR | 2位 | 38秒02 |
1987 | 世界陸上競技選手権大会 | ローマ(イタリア) | 4×400mR | - | DNF |
1988 | オリンピック | ソウル(韓国) | 100m | - (sf) | DNS |
1988 | オリンピック | ソウル(韓国) | 4×100mR | 1位 | 38秒19 |
1990 | ヨーロッパ陸上競技選手権大会 | スプリト(ユーゴスラビア) | 100m | 7位 | 10秒30 |
1990 | ヨーロッパ陸上競技選手権大会 | スプリト(ユーゴスラビア) | 4×100mR | 4位 | 38秒46 |
- sfは準決勝
外部リンク
[編集]- ウラジーミル・クリロフ - Olympedia