ステゴウロス
ステゴウロス Stegouros | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
骨格図とホロタイプ標本
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
地質時代 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
後期白亜紀カンパニアン - マーストリヒチアン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Stegouros Soto-Acuña et al., 2021 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ステゴウロス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
属 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ステゴウロス(学名:Stegouros 「屋根の尾」の意)は、約7490万年前から約7170万年前にかけて後期白亜紀のチリに生息していた曲竜類の恐竜の属[1]。2018年にパタゴニア地域のマガジャネス州で化石が発見され、2021年にタイプ種ステゴウロス・エレンガッセン(Stegouros elengassen)が命名された[1]。属名は「屋根の尾」「屋根付きの尾」を意味し、種小名はパタゴニア地域の先住民族アオニケンクの神話に登場する鎧状の架空の獣エレンガッセンに由来する[1][2]。
体高は60センチメートル未満[2]、推定全長は約2メートル[2][3]。最大の特徴として、尾の後側には尾椎と別に重なりあって癒合した平板状の7対の皮骨板があり、シダ植物の葉を彷彿とさせる構造をなす[1]。頭・歯・尾には曲竜類の特徴が見られるが、四肢や骨盤には剣竜類との類似性が認められる[2]。本属はゴンドワナ大陸から産出した曲竜類として希少な存在でもあり、全身の約8割の骨が揃っていることから装盾類の進化史の研究においても重要である[2]。
発見
[編集]2018年2月、チリのマガジャネス・イ・デ・ラ・アンタルティカ・チレーナ州のUltima Esperanza地域に位置するRío de las Chinas渓谷にて、小型の曲龍類の骨格がテキサスの研究者らのチームによって発見された[4]。この化石はSergio Soto-Acuñaらによって2021年に記載され、タイプ種はStegouros elengassen'’と命名された。属名はギリシア語で「屋根」を意味す stegos と「尾」を意味する oura に由来し、尾を覆う屋根のような構造を反映している。種小名 elengassen はホロタイプが発見された地域のアメリカ先住民アオニケンクの神話に登場する鎧を纏った生物に由来する[4]。
ホロタイプ標本 CPAP-3165 は上部カンパニアン階にあたるDorotea層から産出した。本標本は頭蓋骨と下顎を伴う比較的完全な骨格からなり、後側部には後肢・仙椎・骨盤・尾が関節して保存され、前側部は顔を構成する部位からなる。頭蓋天井や後側の下顎・肩甲骨・右上腕骨・恥骨は失われている。一部の皮骨板も回収されている。標本は成体のものである[4]。
特徴
[編集]大きさと標徴
[編集]ステゴウロスは非常に小型の曲竜類であり、全長は約1.8 - 2メートルと推定された[4]。ステゴウロスにおいて特徴的な部位は尾である。既知の他の全ての曲竜類と異なり、ステゴウロスの尾は短く、尾椎は26個以下である。特にそのうち後側の12個は大型の7対の皮骨板に被覆され、さらに後側の5個の皮骨板は互いに癒合して連続した平坦な構造を形成する[4]。
ステゴウロスは近縁なアンタークトペルタと様々な形態形質によって区別される。ステゴウロスはアンタークトペルタよりも小型で、神経孔が比較的大型であり、胴仙椎が長く、仙椎の椎体がより高く狭く、歯が7 - 8個ではなく6個の鋸歯を前側縁に伴い、歯帯は垂直方向の溝を欠く。またクンバラサウルスとの間では、尺骨と橈骨が真っ直ぐではなく湾曲していること、また涙骨の方へ伸びる上顎骨の背側突起が狭くかつ後側へ傾斜する点で区別される[4]。
頭蓋
[編集]保存が限られているため正確なプロポーションを測定することは難しいが、頭部はおそらく体に対して大型である。前上顎骨は歯が存在せず、短く、高くかつ狭く、正中線で完全に癒合する。上顎骨は後方に傾斜する板状の涙骨と継ぎ目なく癒合する。また、上顎骨には二次郊外を形成する内部の枝が存在する。歯列は涙骨の僅かに前側から始まり、眼窩の直下まで続く。眼窩最上部の全体は癒合したsupraoccipitaliaで形成されており、それは厚みを増した連続的な張り出し部分を形成する。クンバラサウルスと同様に、頭蓋骨の後側部は癒合しておらず、縫合線が認められる。これらの部位には孔が開いており、おそらく隆起した骨板あるいは角板が存在したとされる。外側の神経頭蓋では、基蝶形骨が短く、後頭部下部の基後頭骨よりも短くなっている[4]。
下顎において、嘴の骨質の核をなす前歯骨は短く高く、かつ下側の枝よりも上側の枝の方が長い。歯骨は左右から見て起伏がある。歯列は内側に湾曲し、上側から見て砂時計のような形態をなす。歯骨歯は14本であり、そのうちいくつかは化石が保存されている。歯骨歯は葉状であり、かつ高い。歯の外観は非対称である。凸型の歯帯は上側に鋸歯状の突起が伸びる。歯帯は非対称であり、外側から見ると水平だが、内側から見ると弧を描いており、前側に向かって弱く傾斜する[4]。
体骨格
[編集]頸椎は短い。椎体は長さと幅がほぼ等しく、これは典型的な曲竜類の特徴であるが、側面に空洞がある点は剣竜類と同様である。脊柱の後方に向かうにつれて横突起は急角度で上昇するようになり、後側では60°に達する。椎骨の神経弓は高く、pedicleと神経棘は共に長い。前側関節は最上部から見てU字型である。仙骨には真の仙椎が4個含まれるほか、腸骨と短い肋骨で接する2個の胴仙椎が含まれる。後側において仙骨には尾仙椎が存在しておらず、これはアンタークトペルタと共通する[4]。
上腕骨は細長いシャフトであり、これは基盤的な特徴である。しかし、先端部は特に骨端において横方向に強く拡大しており、前側に突出する発達した胸三角筋クレストが存在する。上腕骨の外側の後側縁は明瞭な陵が下側に走っており、上端には小型の隆起が存在する。これは剣竜類が上腕三頭筋の接触のために持つ結節と同じ位置である。橈骨は細長いが、尺骨は発達した肘頭を伴う最上部において頑強でありかつ幅広になっている。尺骨は手首に介在したと考えられており、これは第5中手骨の近位面に接続するU字型の小型の骨が左手首中に発見されたことから示唆される。手の爪は鋭利ではなく蹄状である。第2指は指骨2本に短縮しており、これは剣竜類と同様である。第2指の先端部は平坦な円盤状の指骨であり、鈍く、鉤爪は存在しなかったと考えられる。このような指節骨は両手周辺でも多く見つかっており、第3指・第4指・第5指も同様であったことが示唆されている[4]。
骨盤においては、水平的な腸骨に非常に長く低い前側のブレードが存在した。ブレードは強く前側と側方に湾曲し、幅広の腹腔を支持すると見られる。腸骨の他の部分はステゴサウルス類のものと類似する。股関節上部に位置する水平な外側の陵の位置と形状、ならびにブレードの後部の形状から、後部は成長過程で内側を向いたと考えられる。坐骨は長く、前側縁に閉鎖突起を持たない。坐骨は遠位端において互いに癒合していない。坐骨は下方に向かって細くなり、途中で僅かに前側に曲がる。恥骨は未発見である[4]。
大腿骨は脛骨よりもわずかに長い。より後の時代の曲竜類の下腿が典型的に非常に短いことを踏まえると、ステゴウロスは大腿骨が顕著に短かった走行型の祖先に類似する。大腿骨は真っ直ぐであり、走行型の種のように湾曲してはいない。第四転子は小さく隆起状であり、小転子と大転子は互いに癒合する[4]。
走行型の種と同様に足幅は非常に狭い。第3中足骨と第4中足骨は上部の接触面が長く、これは中足骨が体重支持のため拡大していなかったことを示唆する。指骨の数は減っていないが、第3趾と第4趾の末節骨は爪の形をしておらず、平坦な円盤状である。存在する爪は蹄のような形状をなす[4]。
肩甲骨は発見されておらず、烏口骨は肩甲骨と癒合していない。胸骨のプレートは癒合しておらず、背部には尾外側に突出する長い管状の突起が存在する[4]。
皮骨板
[編集]頭部の皮骨板は未発見である。ステゴウロスの頭部のものは骨化しなかったか、あるいは完全な骨化を完了する年齢には至っていなかった可能性がある[4]。
第二頸椎(軸椎)は長さ19ミリメートルにおよぶ平坦な骨の板が発見されている。これ以外に頸部に由来する大型の骨は発見されていない。骨板は長さ4 - 5センチメートルに達する楕円形あるいはキール状の中型のものが8個発見されている。他の曲竜類では脇腹を保護するためにこのよう皮骨板を持つものが知られている。これら8つの骨板は、椎骨の神経弓に直接隣接していた1つを除き、どの骨格要素とも明らかには関節していなかった。このような骨板の数が少ないことから、ステゴウロスは後半身の装甲がそれほど重厚ではなかったことが示唆される可能性がある。左手の付近には、より突出したキールを持つ直径15 - 20ミリメートルの小型の皮骨板が4個存在した。右尺骨上には、内面が凹んだキールのある小さな丸い骨質の板が平坦な三角形の皮骨板の隣に存在する。キールのある皮骨板は足の外側に見られ、左足に3個、右足に2個存在する[4]。
腸骨と仙椎の神経棘の間では、静脈の溝と孔に被覆された、骨化した皮膚の鎧が連続的な薄い層を形成する。このことからは、ノドサウルス科に存在するような仙椎の鎧のようなものが存在したことが示唆される。しかし、ステゴウロスの場合は癒合した骨で構成されていない点で異なる[4]。
尾の付け根には、突出したキールと窪んだ下面を持つ2対の小さな円錐形の皮骨板がある。ステゴウロスにおいて非常に特徴的な点は、その尾の武装である。典型的なアンキロサウルス科の恐竜は棍棒のような尾を持つが、ステゴウロスの尾は曲竜類の中でも類を見ない構造をなす。ステゴウロスの記載者らはこの武装をアステカのメイスであるmaquahuitl になぞらえており、この構造は平坦な7対の皮骨板から構成され、尾の先端を覆う長く伸びた構造をなす。最初の1対は鋭利なキールであり、その先端は後方と側方に向かって突出する。上面は平坦であり、下面は円錐形のカーブを描く。内側は尾椎に面しており、強く窪む。その下側には尾の付け根に位置するものに類似する2対の小さな円錐形の皮骨板が癒合しており、1対は斜め後方、もう1対は斜め横下方を向く。次の1対はより大きく、2つの椎骨全体を被覆しており、より平坦で、下側の小さな皮骨板を欠く。次の5対の構造は類似しているが、前縁と後縁が一緒に成長し、全体として1つの形をなす。これらは両端が尖った五角形の別々のプレートとして認識できる。最後端では、この構造は尾椎の下側も被覆しており、尾の先端には8対目の小さなノブ状の皮骨板が存在する[4]。
全ての骨格要素の周囲において、直径4 - 5ミリメートルに達する円盤状の小さな骨が多数発見されており、それらはほぼ正方形の輪郭を伴う扁平な球状をなす。外側には多数の孔が存在しており、これは厚い角質層のア在を示唆する。下側には、板と皮膚を接続すると思われる繊維が付着する、直行する切痕が存在する。これらの切痕はパラアンキロサウルス類に典型的なものである。このように、ステゴウロスでは柔軟性に富む装甲が形成された[4]。
13個の「自由な」椎骨が尾の付け根には保存されている。5個のさらなる椎骨はアステカのメイスになぞらえられる皮骨板の構造の中に取り囲まれている。18番目の椎骨より後方では全ての椎骨が失われており、皮骨板構造の内部の空洞が存在した尾椎の数を示唆しているのみである。著者らはそれらのありうる最大の個数を8個と見積もっており、それは合計で26個の尾椎しか全体で存在しなかったことを意味する。これは2021年までに記載された装盾亜目の中でも、スケリドサウルスの35個を下回って最も少ないものとなる。尾椎の椎骨は前後の両端が共に平坦であるか、あるいは後側面が僅かに窪んでいる。外側突起は長く、神経棘の2倍を超えており、尾の武装に至るまで残っている。7番目から12番目の尾椎では神経棘は先端部で厚みを増しており、神経弓よりも短くなっている。CTスキャンによれば、尾の武装に包埋されている15番目から18番目の尾椎においては、前側の関節突起は短く、後側の関節突起は後側の尾椎の上へ伸びており、その内側で癒合して上から見ると楔状をなす構造を形成する。この構造は、1つ後の尾椎の前関節突起が形成するV字型の窪みを埋めるように機能する。ステゴウロスはこの仕組みにより尾の硬さがもたらされたと推測される。ただし、アンキロサウルス科に見られる骨化腱は保存されていない。また平坦化した尾椎はアンタークトペルタにも認められるものであり、同様の武装がアンタークトペルタにも存在した可能性がある[4]。
分類
[編集]ステゴウロスは Soto-Acuña らにより、ゴンドワナ大陸南部の白亜系から知られる小型曲竜類の系統に位置付けられた。同様の系統にはオーストラリアのクンバラサウルスや、南極半島のアンタークトペルタが居る。アンキロサウルス科とノドサウルス科以前に分岐した分類群はパラアンキロサウルス類と命名された。以下に系統解析の結果を示す[4]。
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ステゴウロスの発見は、曲竜類の初期の歴史について重要な示唆をもたらすものである。ステゴウロスの発見により、真アンキロサウルス類と分岐してマーストリヒチアン期まで生存したパラアンキロサウルス類という曲竜類の新たな系統の存在が明らかにされ、また尾に存在する特異的な武装がアンキロサウルス科の棍棒と収斂するように進化したことも示唆された。加えて系統ブラケッティングの観点から、Soto-Acuña らの解析で禁煙とされたアンタークトペルタやクンバラサウルスにも同様の武装が存在した可能性がある[4]。
古環境
[編集]ステゴウロスの化石が産出したDorotea層は、後期白亜紀のうちカンパニアン期からマーストリヒチアン期にあたる地層であり、絶対年代では 71.7 ± 1.2 Ma から 74.9 ± 2.1 Ma の間であったとされる。当該の地層から産出する化石には両生類・哺乳類・魚類・爬虫類および複数の無脊椎動物があり、恐竜ではハドロサウルス類のGonkokenや[5]、未同定の竜脚類・獣脚類・鳥盤類が知られている[6]。
出典
[編集]- ^ a b c d “風変わりな尻尾が武器、装甲恐竜の新種発見 チリ”. CNN (2021年12月2日). 2023年6月27日閲覧。
- ^ a b c d e “新種の恐竜ステゴウロスを発見、尾に「前例のない」武器”. ナショナルジオグラフィック (2021年12月4日). 2023年6月27日閲覧。
- ^ 小堀龍之「新種恐竜ステゴウロス、チリで発見 奇妙な尻尾で肉食恐竜を撃退」『朝日新聞』2021年12月2日。2023年6月27日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v Soto-Acuña, Sergio; Vargas, Alexander; Kaluza, Jonatan; Leppe, Marcelo; Botelho, Joao; Palma-Liberona, José; Gutstein, Carolina; Fernández, Roy et al. (2021). “Bizarre tail weaponry in a transitional ankylosaur from subantarctic Chile”. Nature 600 (7888): 259–263. Bibcode: 2021Natur.600..259S. doi:10.1038/s41586-021-04147-1. PMID 34853468 .
- ^ Alarcón-Muñoz, Jhonatan; Vargas, Alexander O.; Püschel, Hans P.; Soto-Acuña, Sergio; Manríquez, Leslie; Leppe, Marcelo; Kaluza, Jonatan; Milla, Verónica et al. (2023-06-16). “Relict duck-billed dinosaurs survived into the last age of the dinosaurs in subantarctic Chile” (英語). Science Advances 9 (24). doi:10.1126/sciadv.adg2456. ISSN 2375-2548. PMC 10275600. PMID 37327335 .
- ^ Alarcón-Muñoz, Jhonatan; Soto-Acuña, Sergio; Manríquez, Leslie M. E.; Fernández, Roy A.; Bajor, Dániel; Guevara, Juan Pablo; Suazo Lara, Felipe; Leppe, Marcelo A. et al. (2020-10-01). “Freshwater turtles (Testudines: Pleurodira) in the Upper Cretaceous of Chilean Patagonia” (英語). Journal of South American Earth Sciences 102: 102652. Bibcode: 2020JSAES.10202652A. doi:10.1016/j.jsames.2020.102652. ISSN 0895-9811 .