ノート:分 (数)
この記事は2017年12月4日に削除依頼の審議対象になりました。議論の結果、版指定削除となりました。 |
ーーーーーーーーーーーーー 編集者の指摘:分が十の一をあらわすことではなく、割が十の一の表現法である。だから、上記の説明は間違っている。--以上の署名のないコメントは、Inseop Hong(会話・投稿記録)さんが 2009年10月21日 (水) 13:20 (UTC) に投稿したものです。
「1⁄100との誤解」の項を設けるなど、上記の誤解を解くように記述しました。--Awaniko(会話) 2015年6月7日 (日) 13:26 (UTC)
基準単位と基本単位
[編集]2023-09-20T07:25:23 と 2023-09-20T07:49:20 に「基本単位」と「基準単位」を取り違えた編集がなされました。
基本単位とは、SI基本単位(メートル、キログラム、秒など)や尺貫法における基本となる単位(尺、貫など)など、計量法規における物象の状態の量ごとの基本となる単位のことです。
これに対して、この「分 (数)」の記述における「基準単位」とは、「分」のもととなる単位(分の10倍の単位)のことを説明の便宜として用いています。
したがって長さの基準単位は、寸であり、分はその1/10です。質量の基準単位は匁であり、分はその1/10です。などなど・・・
以上のことから、記述を2023-06-12T15:07:18時点のものに差し戻しました。 --Awaniko(会話) 2023年9月20日 (水) 13:41 (UTC)
- 仰ることもわかりますが、説明の便宜であるとしても寸や匁を「基準単位」と置くのは自己研究に他ならないと考えます。小泉(1989)が尺や両を東洋や日本・中国などにおける「基本的単位」と述べている以上、たとえ基本と基準の違いはあれど、読者に誤解を与えかねない内容であると考えます。--As6022014(会話) 2023年9月21日 (木) 00:16 (UTC)
- 「分」が数として1⁄100は誤解で、1⁄10を表すのであるという説明を強調したいがためにこのような記事になったのだと思います。学術論文・書籍など信頼ある出典に寸、匁、角を「基準単位」として設定する実例がない限りは百科事典としては不適切だと思いますが、個人的に講演などで説明する場面においては「基準単位」を設定する方法もありうるでしょう。しかしその場合も、その「基準」は本説明に限るものである旨、あらかじめ解説が必要です。
- その場合、寸、匁、角(基準単位として設定されていますが、通貨の補助単位であり、読者の誤解を招きかねません)などはたまたま基本単位に対する1⁄10の補助単位として存在していたためにそのような説明も可能であったのでしょうけど、日本円に関しては角に相当する基準単位として置くべき単位が存在しないから、厘のような説明になっているのだと思いますが、これは読者を納得させるような説明ではありません。
- また「基準」を 1 と置く、という現代的概念にこだわりすぎている様に感じました。もちろん学術的にはSIなど科学分野ではその通りですが、歴史的単位については「基準」が 10 である場合が少なくないということです。そうすれば基準と基本が一致し読者に対する誤解も解きやすいです。尺、両、圓にたいする分は、0.1割であると説明するほうが遥かに素直です。
- また「百分の一を意味するとの誤解」の項目の「まるで分が1⁄100を意味する分量単位であるかのように誤解されがちである。」の説明は正しくありません。最低限「分量単位である」部分は削除すべきです。
- 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律では、第二条二項において「一円未満の金額の計算単位は、銭及び厘とする。この場合において、銭は円の百分の一をいい、厘は銭の十分の一をいう。」
- 度量衡法では、第三條 度の項目で「分 尺ノ百分ノ一」衡の項目で「分 貫ノ萬分ノ一」と定義されているのみで、基準単位云々の文言はありません。つまり、円、尺、貫の基本単位に対する分量単位として法的に定義されているだけです。
- 以上の提議に関して納得できる説明や返答がない場合は申し訳ございませんが、再度適正に差戻直させていただき、その場合「基準単位」は「基本単位」と読み替えさせていただきます。もちろん直ちにこのような編集を行うのではなく、コミュニティから広く意見を募られることは大いに歓迎いたします(お互いに独善的にならないためにも)。
- よろしくお願いいたします。--As6022014(会話) 2023年9月21日 (木) 04:17 (UTC)
分は1/10を表す数詞です。小泉袈裟勝は、分を次の3つに分けて記述しています(小泉袈裟勝、単位の辞典 改訂4版、p.249, 1981年7月、(株)ラテイス)。
- 1)(種)無次元量 1/10,すなわち0.1をいう。
- 2)(種)長さ 寸の10分の1
- 3)(種)質量 匁の10分の1
これは、小泉(1974) p.345、小泉(1974)p.259、二村(2002) p.289 も同じ。
そして、小泉は、「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」 小泉(1989) p.233 としています。
したがって、分を説明するのに上位の単位(=基準単位)の1/10と説明することが正当です。2023年9月20日 (水) 13:41 (UTC)に述べたとおり、「基準単位」というのは、説明の便宜として使ったものです。「基準の単位」としてもいいでしょう。
計量の世界において、「基本単位」は国際単位系の中心概念の「SI基本単位」の意味であり、同じ概念は旧度量衡法でも採用していたので、その意味の「基本単位」と、この項での便宜的な「基準単位」とを間違える人はいないでしょう。通貨の補助単位と間違えることもないです。
伝統的日本語において、「七分袖」、「腹八分目」、「七分咲き」、「九分九厘」というように、全体を1として、それぞれ 0.7袖、腹0.8目、0.7咲き、0.99 の意味として使っています。この点からも全体を1とする記述が伝統的な考え方と一致しますので好ましいです。
「分」を、「分: 尺ノ百分ノ一」、「分: 貫ノ萬分ノ一」などと定義・説明した場合には、「分」の本質の説明にはなりえません。
(注)文献の著者・年・ページは、本文と同じもの --Awaniko(会話) 2023年9月21日 (木) 13:36 (UTC)
- 返答ありがとうございます。
- 改めて問います。
- 1.「基準単位」というものは本記事の説明の便宜のために、Awaniko(会話)さんが独自に設定したものですか。
- 2.1.ではない場合、「寸や匁を基準単位とする」例が記述された出典を示してください。
- 小泉(1974)は、「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」と言っているのですね。しかし、それは「分」に限ったことではないです。寸は尺の10分の1、 mm は cm の10分の1などともいえます。「基準単位に対する10分の1に当てられる」とは書かれていません。記事では便宜的な「基準単位」と今回説明があったものが、その説明もなしに、あたかもその存在が事実かの如くの前提で書かれています。
- 「分」の本質の説明というのが、「分」の意味が無次元量の0.1という数を表しているのは疑いのない事実です。しかし、問いたいのは「基準単位1に対する1⁄10の分量単位と出典に明記されている」のか、です。「基準単位」は「基本単位」と違って学術用語ではないですよね。
- 一方で、「基本単位」は文献や、法令の条文で検証可能性を満たした事実です。歴史的には「尺」や「両」が基本単位、「分」が0.1ならこれらの基本単位は10に当たる。度量衡法(それをメートル法やヤードポンド法に対比して尺貫法という)では「尺」や「貫」を基本とし、「分」はそれぞれ1⁄100、1⁄10000と定義されている(けっして「分」が1⁄100や1⁄10000の数を意味するといっているのではない)。この場合は基本単位、「分」が0.1なら、基本単位「尺」は10、「貫」は1000に当たるというだけです。
- 記事の冒頭にある「数の単位としての分(ぶ、ぶん)は、主として尺貫法において、十分の一を表す分量単位である。」は、まず、「主として尺貫法において」と「分量単位である」部分が不適切です。あくまで度量衡法は基本単位に対する1⁄100、1⁄10000の分量単位で定義している(けっして「分」が1⁄100や1⁄10000の数を意味するといっているのではない)のであって、それを基準単位という便宜的に設定されたものに対する分量単位という風に言い換えてもいいのですか。度量衡法の条文の作成者は、歴史的に東洋では「分」が3 mm強、あるいは373 mg程度であったのをほぼ踏襲して、3.03・・mm、375 mgとなるように基本単位に対して定義しているのであって、「分」の原義である0.1という数や基準単位という概念まで論理的に考えていないと思います。
- 伝統的日本語において、「七分袖」、「腹八分目」、「七分咲き」、「九分九厘」、これらは確かに全体を1としている例です。しかし、そのような例「だけ」を挙げて、伝統的日本語があたかもそうである(すべて)と表しているがごとく述べるのは適切ではありません。伝統的日本語で全体を10とする例は無視されていますね。またSIの質量の基本単位はkgですが、これは1ではなく1000に当たりますね。別に基準(基本)は1でなくてよいのです。このように議論に都合の良い部分だけを抜き出して論ずるのは、錯誤相関を生み出す原因となります。例えば「クジラが海岸に打ち上げられれば大地震が起こる」みたいな。--As6022014(会話) 2023年9月25日 (月) 04:15 (UTC)
- 1)「基準単位」は便宜のために使ったと前便でも申し上げました。また「基準単位」でなくても、「基準の単位」でもいいでしょう、と申し上げました。「基準となる単位」でもいいでしょう。小泉が言う「上位の単位」でもいいでしょう。
- または「基準単位」が説明上の臨時の用語であることを注記するのがいちばんいいですかね。
- 2)>それは「分」に限ったことではないです。寸は尺の10分の1、 mm は cm の10分の1などともいえます。
- 寸やmmが1/10だからといって、何が問題なのか文意が不明です。
- 3)>伝統的日本語があたかもそうである(すべて)と表しているがごとく
- そのような表現をしていません。4つの例を挙げたことが、どうして「すべて」と受け取られるのか、それは曲解です。
- 4)>伝統的日本語で全体を10とする例は無視されていますね。
- どういう意味か文意を量りかねます。「七分袖」・・・は分 (数)のことの説明の補強であり、全体を10とする例(どういう例か思い当たりませんが)を持ち出す意味があるのでしょうか。
- 5)>SIの質量の基本単位はkgですが、これは1ではなく1000に当たりますね。別に基準(基本)は1でなくてよいのです。
- 論理が飛躍しているというか、全くの別問題です。SIの例は伝統的単位である「分 (数)」とは関係がありません。基準は1でなくても別によいのですが、分 (数)の場合は、それが1だというだけのことです。
- 6)>このように議論に都合の良い部分だけを抜き出して論ずるのは、錯誤相関を生み出す原因となります。
- 全く当たりません。どうして「議論に都合の良い部分だけを抜き出して論ずる」という御判断になるのか理解しかねます。
- 8)以下は推察ですが、分 (数)のことを記述していたときに考えていたことです。。
- 丈→尺→寸、貫→匁 というように段階的に単位名称があります。しかし、寸の下の単位名称、匁の下の単位名称は存在しません。だから、寸より下の単位として、分けるの意味の「分」を用い、同じく匁の下の単位としてやはり「分」を使うようになったと考えるのが自然です。
- 随分と昔ですが、大人が木材の長さを例えば「3寸4分」と呼んでいたのを思い出します。正に曲尺の3寸と4寸の目盛を読んで、その間を10に分けて、「4分」と呼んでいるのを実感していました。
- 以上のことは別に証拠や出典と言うものではありませんが尺貫法を使っていた時代の実感です。そのような実感が現在では失われたことが、当時と異なるロジックが建てられている原因なのでしょうね。
- ウィキの目的は、各項目について、読者に分かりやすい説明を行うことです(百科事典全般に言えますが)。論争をすることではありません。
- ここでの「分 (数)」の説明について、分かりやすい表現は何か、どう表現すればもっと分かりやすくなるかについてもっと生産的な議論をいたしませんか? そのほうが他の利用者・読者にも役に立つと思います。
- そしてあまりに出典に拘るのもどうでしょうか。ウィキでの修正や議論を振り返ると、記述に根本的な対立があり(政治的な記述が多い。)それに対する疑義がある場合に反対者が出典を求める例が多いように思います。この分 (数)においては、そのようなギリギリの論争をする意味はないように思います。
- --Awaniko(会話) 2023年9月27日 (水) 11:28 (UTC)
- (1)「基準単位」でも「基準の単位」でも「基準の単位」としても、説明の便宜のために導入されたものには違いありません。基本単位とは別に基準単位が存在するかのように読者は誤解すると思います。「説明上の臨時の用語」と断るのも百科事典的でないと思います。
- 「上位の単位」は「上の位の単位」であって、1桁上の単位とも解釈できるのではないかと。十進法なら「分」の「上位の単位」は必然的に10倍にになるわけで、それは「分」に限らず十進法なら「寸は尺の10分の1*、 mm は cm の10分の1」でも「上位の単位」に対する10分の1に必然的になるということが理解してもらえないでしょうかねぇ。(* は小泉(1974)p.183にある。)
- 小泉(1974)p.259は、「錢、分、厘という方式がいつ始まったかは中国の歴史家もわからないという。」と言っていて、ということは、「分」が何に対する0.1を基に単位系が定められたかも本当のところ謎ということになります。「分以下、厘・毛・・・」が正しく十進法になっているという事実しか現時点では確かなことが言えないのです。だから小泉(1989)も「上位の単位」というぼやかした表現を用いていると推察され、Awaniko(会話)さんもそのことに薄々気付いているのではないですか。そのような「上位の単位」に対して、「基準」というような厳密な言葉はそぐわないと私は思います。「基準単位」のような実在しないものの導入によって、記事全体の信頼性にも関わることになり、却って損していると思います。
- (2)「分」の原義が0.1を意味しているのは疑いのない事実です。また、「基本単位」という言い方は様々な研究者が実際に使っていて法令にもある。「分」を0.1とすれば、「基本単位」は1に当たる場合が多いのは事実だが、すべてがそうではない。「基本単位」が10に当たる場合もある。そこはきちんと記述すべきと考えます。私はそのような説明の方が読者に対して「「分」の原義が0.1である部分も含めて」理解し易いではないかと提議しています。
- 現段階では「分」を0.1とすれば、基本単位は1となるものや10となるものがある。なんとなく全体を1としたり10とする用法があった(だろう)としか言えないのです。それを1のほうだけが正しいとか、10のほうだけが正しいなどとは、どちらも断言できないのです。「貫」の基本単位は明治時代の遥か後世の話なので「分」の由来に考慮する必要はないでしょう。
- (3)Awaniko(会話)氏が述べられた「伝統的日本語において、「七分袖」、「腹八分目」、「七分咲き」、「九分九厘」というように、全体を1として、それぞれ 0.7袖、腹0.8目、0.7咲き、0.99 の意味として使っています。この点からも全体を1とする記述が伝統的な考え方と一致します」は、最後の部分があたかも断定的に聞こえ、全体を10とする場合を伏せていると受け取られても仕方がないと思います。全否定と部分否定があるので。
- (4)あと、江戸時代の秤量貨幣である銀の貨幣単位に関して、三上隆三(1996)p85に、「匁を基本単位」という記述を見出していますので報告しておきます。銀の貨幣単位はもともと質量の単位系を継承していますから、史料事実として匁に対して1⁄10を「分」と定めたとまでは言えませんが、結果的にはそのような用法となっている。匁の記事に書いたように、江戸時代の文書に現れる「匁」の用法は圧倒的にこの銀目によるものが多いので、今日「匁の1⁄10を分」と定めたように理解されるのも無理からぬことかとは思いました。付け加えるなら田谷博吉に言わせれば、原義である質量の「匁」から独立して貨幣単位としての「匁」が存在したとなります。この事実も加筆したいと考えています。
- (1)が1)2)に対する返答。
- (2)が8)「分かりやすい表現は何か、どう表現すればもっと分かりやすくなるかについてもっと生産的な議論」に対する返答。
- (3)が3)4)6)に対する返答。5)の「基準は1でなくても別によいのですが、分 (数)の場合は、それが1だというだけのことです。」は断定的に聞こえます。
- (4)は報告です。以上--As6022014(会話) 2023年9月28日 (木) 05:31 (UTC)
>(1)それは「分」に限らず十進法なら・・・
このノートは、分 (数)についての議論ですから、無意味かつ無関係な主張です。「寸は尺の10分の1」であることは「分が寸の10分の1」であることとは別の話です。
>小泉は「錢、分、厘という方式がいつ始まったかは中国の歴史家もわからないという。」と言っていて、ということは、「分」が何に対する0.1を基に単位系が定められたかも本当のところ謎ということになります。
これはあなたの独自の判断です。小泉は方式の開始の時期が不明としか言っていません。
>小泉(1989)も「上位の単位」というぼやかした表現を用いている
これもあなたの独自判断です。「上位の単位」の表現は別にぼやかした表現ではありません。分 (数)の上位の単位は、寸や匁や度であることは文脈上明らかです。
>(2)「基本単位」は1に当たる場合が多いのは事実だが、すべてがそうではない。「基本単位」が10に当たる場合もある。そこはきちんと記述すべきと考えます。
分 (数)についての記述において、なんのために、「基本単位」が10に当たる場合もあることを記述する必要があるのですか。全く必要ありません。読者が余計に混乱するだけです。
なお、「基本単位」の意義は、この分 (数)における基準となる単位(または小泉が言う「上位の単位」)とは全く異なる概念です。このことを理解していただけないのですか?
>「基本単位」という言い方は・・・法令にもある。
「基本単位」の語は計量法関係法令には使われていません。商標法施行規則(昭和三十五年通商産業省令第十三号)のみに「誘導単位」とともに出てくるだけです。
>(3)最後の部分があたかも断定的に聞こえ、全体を10とする場合を伏せてい
ると受け取られても・・・
断定的になど記述していません。他の文脈(または別の項)において全体を10とする場合があるなら、そのように記述すればよいことです。
あなたの御議論は御議論として、全体として、この項(分 (数)の項)の本文について、どのように修正・記述するとおっしゃるのか、一文一文、具体的に示していただけませんか。その具体的記述について生産的に議論をするようにいたしましょう。
なお、本文に追加されていた要出典のラベルは、このノートでの議論が終了するまでは削除いたします。一般に、論争が済むまでは、安定していた時点(ここでは、2023-06-12T15:07:18 )の記述に戻しておくのが慣例です。 --2023年10月1日 (日) 12:02 (UTC)--以上の署名のないコメントは、Awaniko(会話・投稿記録)さんが 2023年10月1日 (日) 12:02 (UTC) に投稿したものです(Nekorine(会話)による付記)。
- わかりました。「百科事典全般は、論争をすることではありません。」「(記事の向上のために)生産的に議論。」には賛成です。
- 「どのように修正・記述するのか、一文一文、具体的に」→そのようにしたいですが、非常に長くなりますし、これまでの経緯から、そうしても生産的な議論ができるとは思えません。
- そこで、凡そ以下の点で記事を編集(たたき台の提示)をしてみました。これで、Awaniko(会話)さんが説明で重点を置きたい部分が正確に反映されているかどうかはわかりません。適宜、生産的に編集・修正をしていただけないでしょうか。
- 「基準単位」は「上位の単位」に置き換えました。
- 「どの単位の1⁄10になるかは、その基準となる単位(「基準単位」)によって決まっており、以下のとおりである。」は、後半の結論的に述べられた部分が循環論法的になっています。前半に「どの単位の1⁄10になるか」と述べているので、その前提で後半の「基準単位によって決まる」という結論は当たり前だからです。「上位の単位」に置き換えても同じですが、これより良い方法も見当たりません。とりあえず、tableの形式にしてみました。
- 分量単位は、小泉(1989),p119が、尺貫法の説明で、度量衡法において、尺、貫、歩(坪)、升の単位に対する倍量・分量の単位の定義と表現しているため、「上位の単位」あるいはあなたが設定した「基準単位」の1⁄10を表す意味での分量単位では必ずしもないため、修正しました。
- 「基本単位」について説明「全く必要ありません。読者が余計に混乱」→賛同できません。その点を含めてあなたは断定的だと言っています。知識ある読者は「基本単位」の存在を知っているでしょう。「基本単位」が存在しているはずなのにと不審に思うかもしれません。では基本単位と「分」の関係はどうなっているのか、「基本単位」と「上位の単位」はなにが違うのか、これは本記事が本質的に問題とする桁の話にもかかわることですから、大変重要な点です。
- 「基本単位」と「上位の単位」は、全く異なる概念。→その通りです。そのように説明しているつもりです。
- SIのいう基本単位の概念と、小泉(1989)や三上(1996)が使っている基本単位の概念について注釈を加えました。本記事に関しては「単位の大きさ(桁)」が重要であって、組立単位は念頭には置いていません。
- 銀目および、時間の単位としての「分」(歴史のなかで使われた十二時辰に関する一刻の1⁄10であり、六十進法の「分」ではない)など、この場合は「基本単位」と「上位の単位」が(桁として)一致し、その1⁄10となっている例を追加しました。--As6022014(会話) 2023年10月2日 (月) 03:20 (UTC)
- 『ノート参照』とあったので、この編集について@Awanikoさんの説明があると思ったのですが、まだ説明はないですね。「尺・寸に対する分」への加筆では、『これを基に分、寸……』という記載へのつながりを出典ごと分断してまで、As6022014さんの加筆内容を否定する文章に変えてます。AwanikoさんはAs6022014さんとの議論自体が目的化してませんか。Awanikoさんはノートでこれほど丁寧な説明を受け、また一方で「生産的に」との指摘も受けてます。指摘の編集に説明がないのは紳士的な振舞いにはみえません。少し冷静になりませんか(WP:CALM)。--Nekorine(会話) 2023年10月5日 (木) 11:22 (UTC)
- (ウィキを毎日見る時間はありませんので、御返事は遅れます。)
- As6022014さんの議論の不明な点が多いので、その部分を明確に指摘しています。しかし、文意が分からない部分が多いので、困っております。
- また、私が指摘したことにお答えにならない場合があるので、議論すること自体はさておいて、本文に具体的な記述を致しましょうと私から提案しました。
- 不明な点とは一例ですが;
- >「分」の上位の単位は一桁上の単位であり、1 に相当し、必ずしも基本単位の桁と一致するとは限らない。
- 文意が全く分かりません。削除した次第です。「1 に相当し、必ずしも基本単位の桁と一致するとは限らない。」の意味はなんでしょうか?
- 私は、計量関係のウィキ項目を多数かつ多量に追加・修正してきたのですが、他の記述者の方々も少なくとも論理的に分かる記述をされてきたと思っています。
- --Awaniko(会話) 2023年10月5日 (木) 13:22 (UTC)
- 追加です。As6022014さんの他の計量に関する記述を少し拝見したのですが、例えば、貫・ノートでは、論理的に分かる文章を書かれておられます。しかしこの「分 (数)・ノート」に書かれておられることは(少なくとも私には)論理的に分からない記述が多すぎます。どうしてこのようなことになっているのでしょうか。
- >As6022014さんの加筆内容を否定する文章に変えてます。
- そのとおりでして、論理的に不明な点は大胆に削除・変更しています。お互いに生産的に本文を修正・加筆・削除しましょうということでAs6022014さんとは合意しています。--Awaniko(会話) 2023年10月5日 (木) 14:34 (UTC)
- As6022014さんの加筆内容の否定だけでなく、その過程での、意味のある文章の分断や出典の切り離し、一方的な断定も問題視して、冷静にと呼びかけました。他での対話をみても思うのですが、Awanikoさんは他者発言を過度に切り取って都合よく解釈し過ぎではないですか。それが故意でなく単なる不注意であっても、「ウィキを毎日見る時間がないこと」は理由にならないでしょう。「大胆」と「雑」は異なります。また、貴方のいう「断定」はただの「独善」にみえます(WP:NPOV)。他者から善意で説明や加筆を頂いている以上、十分に集中してそれを受け取った方が良いと思います。--Nekorine(会話) 2023年10月5日 (木) 14:59 (UTC)
- @Awanikoさん、下記の提案にあたり、このノートを再度読み返してみたのですが、As6022014さんの主張は(必ずしもすべて漏らさず完全に解説されているとは言えないものの)時間をかけて読み込めば十分理解できました(たとえば、「上位の単位」という言葉も特段難解と思いませんでした。たった2バイトの増やすだけで「基準単位」という造語の設定・説明を省けると思えば安いものとさえ思いました)。度量衡の記事を執筆できるAwanikoさんであれば、理解と対話は十分可能だと思います。議論の為の議論をせず、読者ファーストで、まず建設的な合意はしておきませんか。--Nekorine(会話) 2023年10月7日 (土) 15:06 (UTC)
- >たとえば、「上位の単位」という言葉も特段難解と思いませんでした。
- 「上位の単位」の語意には何の問題もありません。「上位の単位」の語は私がAs6022014さんに提示したものです(Awaniko(会話) 2023年9月21日 (木) 13:36 (UTC))。出典は小泉(1989) p.233「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」です。ノートでの議論をよくフォローなさって下さい。--Awaniko(会話) 2023年10月10日 (火) 06:38 (UTC)
- >たとえば、「上位の単位」という言葉も特段難解と思いませんでした。
- 「上位の単位」の語は私がAs6022014さんに提示したものです(Awaniko(会話) 2023年9月21日 (木) 13:36 (UTC))。出典は小泉(1989) p.233「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」です。ノートでの議論をよくフォローなさって下さい。--Awaniko(会話) 2023年10月10日 (火) 09:22 (UTC)
(ノートに追加したと思っていましたが、アップしていませんでした)
1)以下の記述が文意不明につき、削除しました。
>・・・これに対し基本単位[注 1]が 1 にあたる場合と、10 にあたる場合、その他の場合がある。尺や両など基本単位が 10 にあたる場合・・・
あまりに意味が分からないので、読者に分かりやすく噛み砕いて、例を用いるなどして説明願います。そしてこのことについての(あまり言いたくないのですが)出典を示してください。
2)「基本単位」の語に拘り、かつ現今の「SI基本単位」と異なる意味合いで用いるのは、様々に誤解される可能性があるので、お止めください。度量衡法でも、「度量ハ尺、衡ハ貫ヲ以テ基本トス」としているのみで、「基本単位」とはしていませんし、「・・・ヲ基本トス」の表現すら問題にされています。。それは以下の事情があったからです。なお、たしかに尺や貫を「基本単位」と記述している書籍は散見されますが、正確な用語としてではなく記述の便宜上のことです。
日本は1885年にメートル条約に加盟しています。度量衡法は1891年制定ですから、当然メートル法の単位を基本とするべきところ、守旧派(尺貫法派)との折衷として(いちいち文献を挙げません)、第1条にあるように、
- 第一條 度量ハ尺、衡ハ貫ヲ以テ基本トス
- 第二條 (大意)尺はメートル原器の10/33、貫はキログラム原器の15/4
としたのです。この事情について、
平凡社大百科事典 第6巻、p.1244、尺の項、「度量衡法(1891)において、日本国メートル原器を基準器として、実効上、10/33mと定められた。ここで実効上というのは、法文上は尺を長さの単位の基本としていることによる。」、執筆者は三宅史、平凡社、1985年
三宅史は、「貫」の項でも、全く同趣旨の記述をしています(「事実上3.75kgと定められた。ここで事実上というのは、実際には貫を日本国キログラム原器を介して国際キログラム原器に基づいて定義しながら、法文上は尺とともに貫を度量衡の基本とする形式をとったことによる。」平凡社大百科事典 第3巻、p.879)。
1891年時点から、法文上は「尺ト貫ヲ以テ基本トス」ですが、計量学的には「基本単位」は、メートルとキログラムであったということです。 この認識は三宅に限らず、計量学者に共有されています(いちいち文献を挙げません)。
3)まだ本文の修正箇所がありますが、随時に行います。
4)作成された表の読み取り方などを勘案しますと、やはり「基準単位」の語を定義した上で用いた方が読者に分かりやすいと思い直しました。小泉が記述した「上位の単位」では分かりにくいですし、拘ることもないでしょう。定義の仕方は基本単位と誤解されないように記述しましょう。 --Awaniko(会話) 2023年10月5日 (木) 13:08 (UTC)
追加です。 ノートを見直してみて、As6022014さんが、私Awanikoが「断定的に書いている」とおっしゃっている箇所がいくつもあることに気がつきました。私は議論は「断定」で構わないというか、お互いに断定しないと議論にならないと思います。「紳士的に・敬意を持って」記述すべきというルール・エチケットとは別の問題です(断定ですw)。Asさんも断定でおっしゃって下さい。(いうまでもなく、本文は、ぼかすことなく断定する記述が求められます。)--Awaniko(会話) 2023年10月5日 (木) 14:52 (UTC) それから、私の記述は時間の関係で何日も書けないことが多いです。なるべく1週間以内には御返事するように努力します。
- 私の説明がよく理解できなかったということなら、それは私にも責任があります。
- 「1 に相当し、必ずしも基本単位の桁と一致するとは限らない。」
- まず、「基本単位」と「上位の単位」が異なるものであることは、説明の必要はないと思います。温度、十二時辰、銀目の匁などでは、1に相当する「分の上位の単位」と、「基本単位」が一致しています。しかし、「基本単位」と「上位の単位」は概念が異なるわけです。だから、単位の大きさ(桁)の部分だけが1に相当し一致しているといっています。
- 一方で長さや、歴史的な質量などは、基本単位として定められた尺や両は10に相当しています。「分の上位の単位」と、「基本単位」で単位の大きさ(桁)が異なっています。つまり桁が一致する場合としない場合があるということです。
- さて、「基本単位」といえばAwaniko(会話)さんは、SI基本単位のような用法を念頭に置いておられます。私もそのこと自体は正しいと思っています。しかし、そのSI基本単位には以下のような概念があると、注釈で説明していましたが、この意味が分からなくて削除したのでしょうか。
- SIの基本単位は、「(1) 組立単位に相対する用語。」、「(2) 基本と定めた単位の大きさ。(例えばSIとCGS単位系では、 m と cm 、 kg と g のように基本単位の桁が異なる。)」、という概念を含んでいる。ここでいう基本単位は、主に(2)のような意味で用いられている。
- 察するに、Awaniko(会話)さんは、SI基本単位は(1)の概念だけを念頭に置いておられるのではないですか。そう考えればAwanikoさんのこれまでのコメントについて合点が得られるのです。私はむしろ(2)の方が重要と思っています。SIでは質量の基本単位はkgと書いてある。gでもmgでもなくkgと書いてある。もちろん貫やポンドでもない。つまり基本と定めた「単位の大きさ」は基本の基本で大変重要です。それはSIに関する9版を読んでも書いてありますが、SIは、従来CGS単位系やMKSA単位系、その他、様々な大きさの単位を基本単位とした単位系が混在していた。そこで単位の大きさが問題となり、SIではMKSA単位系から発展させて単位系が構築されたという旨の経緯が書かれています。
- 小泉袈裟勝や三上隆三らが使っている「基本単位」はむしろ(2)の意味での単位の大きさを問題にしています。
- >「基本単位」の語に拘り、かつ現今の「SI基本単位」と異なる意味合いで用いるのは、様々に誤解される可能性があるので、お止めください。
- →賛同できません。上に述べたようにSI基本単位でも「単位の大きさ」という大事な概念があります。小泉(三上も)は書籍を読む限り、基本単位を「記述の便宜上」使っているとは思えませんでした。「尺」はその文字自体が長さを意味し、高麗尺や享保尺などといった比較もなされている。けっして高麗寸や享保寸ではない。このような記述が書籍などでみられる以上、「基本単位」についての説明は避けて通れないはずです。
- 度量衡法の尺や貫は、「基本と定められた単位」としておくべきかもしれません。
- (こんな言い方は好きになれませんが、)1に相当する単位の意味で使われていた「基準単位」は、一般社会では例えば、ガスや水道の「基準単位料金」のようなものを連想させます。もちろん本記事で用いられていた「基準単位」とは全く概念が異なります。そうすると「様々に誤解される可能性があるので、(基準単位という語句を使うのは)お止めください。」という言い方もできます。
- >小泉が記述した「上位の単位」では分かりにくいですし、拘ることもないでしょう。
- →「上位の単位」は正確には「分の上位の単位」です。ただの「上位の単位」ならば「厘の上位の単位(分)」もありますし、「寸は尺の10分の1」を持ち出したのも「寸の上位の単位」は尺だからです。「分の上位の単位」と言わずに単に「上位の単位」では確かにわかりにくいし一義的には決まりません。それを「ぼやかした表現」と申しました。(小泉袈裟勝ほどの人がそのような表現を用いざるを得なかったのは、それなりの理由があると私は推察しました。そんなかっちりとした基準があって分、厘、毛と決められたという史料が確認できていないから)確かに、よりわかりやすい表現を考える必要はありそうな感じがします。
- また、返事は急ぎません。それはお互い様です。記事、十分に推敲したうえで編集していただければ幸いです。--As6022014(会話) 2023年10月6日 (金) 03:00 (UTC)付記--As6022014(会話) 2023年10月6日 (金) 03:18 (UTC)
- 分かりにくいかもしれないので、
- >・・・これに対し基本単位[注 1]が 1 にあたる場合と、10 にあたる場合、その他の場合がある。尺や両など基本単位が 10 にあたる場合・・・
- (1)分は0.1を意味する。(2)尺や両は分の100倍の大きさの単位である。これから、一義的に「分が0.1を意味するなら基本単位である尺や両は10にあたる」は自明のことです。(1)と(2)の出典を示せば、良いわけです。もし、「分は0.1を意味する。」に例外があったり(そんな例外はないと同意してもらえると思います)、「尺や(ここで使われている)両は分の100倍の大きさの単位」に例外があれば「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」に当たります。(付記)--As6022014(会話) 2023年10月6日 (金) 04:42 (UTC)
- 取り急ぎの記述です。ご確認を。
- >・・・これに対し基本単位[注 1]が 1 にあたる場合と、10 にあたる場合、その他の場合がある。尺や両など基本単位が 10 にあたる場合・・・
- 上記の記述の意味が不明と何度も申し上げています。例を示してください。そうであれば記述の意味が私にもそして読者にも分かるかも知れません。ただし、議論がここまで来るとなると、どうしても出典を求めます。出典を挙げないのであれば、削除しなければなりません。--Awaniko(会話) 2023年10月10日 (火) 08:33 (UTC)
横から失礼 提案 建設的な加筆が繰り返される分には問題なく見えますが、性急で不備のある加筆がなかば対話的意図から今後も行われるとWP:SPEEDに抵触しかねません。最低限、本節で主要テーマとなった次の事項については、本文を加筆する前にまず合意を得ておきませんか? ここまでの議論の私の理解の範囲で、合理的と判断できた内容を以下の合意案としました。
- 1. 用語の定義及び使用・不使用: 本文で用いる言葉(特に論点になった3つを以下に記載)について、使用するのであればはじめに出典とともに定義を明記のうえ、記事を通して一貫性のある記述をする。出典のない言葉は使わない。
- 1.1. 「基本単位」: それぞれの度量衡において、分 (数)を説明するうえで、基本単位がどのような位置付けにあるか明記する。複数説があるもの、不明だと言われるものは、出典とともにその事を明記する。ある説への疑義は、それがどの部分への疑義か明確に分かるよう出典とともに補記する。「基本単位」と書けない度量衡の場合には「より正確には、【出典〇〇】では『基本』と定められた単位として扱われている」といった補足を与える。
- 1.2. 「~~の上位の単位」: 同じく、それぞれの度量衡での分 (数)との位置付けを明記する。複数説があるもの、不明だと言われるものは、出典とともにその事を明記する。ある説への疑義は、それがどの部分への疑義か明確に分かるよう出典とともに補記する。
- (補足)「~~の上位の単位」という表現が受け容れがたければ、度量衡上の「上位」と「下位」の説明に替えるのも適切だと思います。各出典が少なくとも「上位」という言葉を使う説明の仕方をしているのは事実でしょう。
- 1.3. 「基準単位」: 出典がないこの言葉は用いない(⇒2.)。
- 2. 現代的な数学や科学との関係の記載: これらの内容を記載する節は限定し(おそらく、どちらも現在の版の#概要、#計量単位・歴史単位などが適?)、説明なく不必要にそれ以外の節には記載しない。やむなく必要な場合は、それらの節の案内か引用に留める。
不理解があれば御指摘ください。もちろん、より良い編集方針があれば、上記は改訂(あるいは全面破棄)頂いても構いません。少なくとも、今のような編集が続くのであれば、WP:SPEEDにある通り記事本文を「実験場」にするのは止めた方が良いと思いました。--Nekorine(会話) 2023年10月7日 (土) 15:06 (UTC)
議論がこんがらがるので、原点に帰ります。本文をお互いに修正して建設的にやりましょう、と私が提案し、始めたわけですが、そもそもの根本的なことに食い違いがあり、どうにもならないと観念しました。私のポイントはAs6022014 さんの提示する重要な概念に出典を求めるということです。
そもそも、ノートでの議論の始まりは、2023-09-20T07:25:23 As6022014 の以下の記述が問題だからです。
>以下は、基本単位が「十割」にあたる用例である。したがって「分」があたかも1⁄100の誤解を生む例である。一方で「寸」や「匁」を基本単位と考えるのも誤解である。 2023-09-20T07:25:23 As6022014
2023-09-20T07:25:23 での本文でAs6022014 さんが書かれた記述内容は以下でした。
>なお、長さの単位としての「分」は、寸の1⁄10 [7]、質量の単位としての「分」(読みは、「ふん」。後述。)は、匁の1⁄10である[8]であり、あたかも寸や匁が基準単位のように見えるが、寸や匁はそれぞれ補助単位である。長さの基本単位は尺[9]、重さ(質量)の基本単位は両[10]である。これらは基本単位が「十割」にあたるため、基本単位の0.1割が一分となる(後述)。
- 長さ - 基準単位は、寸 (この行は2023-09-20T07:25:23As6022014で削除)
- 長さ - 基準単位は、文
- 温度 - 基準単位は、度
- 割合 - 基準単位は、割(#百分の一を意味するとの誤解)
いかなる根拠で、上記のような記述になるのでしょうか。お書きになっている以下の一つ一つの記述についての出典を示してください。
- 以下は、基本単位が「十割」にあたる用例である。
- 「寸」や「匁」を基本単位と考えるのも誤解である。
- あたかも寸や匁が基準単位のように見えるが、寸や匁はそれぞれ補助単位である。
- 重さ(質量)の基本単位は両 →これは単なる勘違いか?
- これらは基本単位が「十割」にあたるため、基本単位の0.1割が一分となる
更にノートでお書きになった以下の記述の出典を求めます。なぜなら基本単位という語を(2)のように誤解されているからです。
>SIの基本単位は、「(1) 組立単位に相対する用語。」、「(2) 基本と定めた単位の大きさ。(例えばSIとCGS単位系では、 m と cm 、 kg と g のように基本単位の桁が異なる。)」、という概念を含んでいる。ここでいう基本単位は、主に(2)のような意味で用いられている。
(注)SIでは、 m,kg,s が基本単位であり、CGS単位系では、cm,g,s が基本単位であるというだけのことです。なお、「(1) 組立単位に相対する用語。」というのはトートロジです。基本単位を定義した後に用語説明として「組立単位の対義語である」とするのはかまわないでしょう。
通常は、ここまで出典を求めないのが普通でしょう。しかしAs6022014さんがお書きになった上記の6点は計量学・計量制度についての知識からは、かけ離れた独自研究と私は考えます。しっかりした出典を求める所以です。
(注)いうまでもなくAs6022014さんがどのように誤解されるか(または理解されるか)は、全くのご自由です。ただしその理解に基づく本文の記述に根拠(つまりしっかりした出典)を求めているだけです。
--Awaniko(会話) 2023年10月10日 (火) 10:03 (UTC)
- Nekorineさんが建設的な提案をされている中での返事も必要ですが、Awanikoさんから出典を要求された以上、何か本論から外れる議論になってしまいますが、返答しないわけには行きません。
- (1) >以下は、基本単位が「十割」にあたる用例である。
- 尺が基本的単位(小泉(1989), p.118)
- 尺が基本単位(小泉(1974), p.177)
- 両が基本的単位(小泉(1989), p.278)
- 銀目の匁が基本単位(三上(1996), p.85)
- 分が0.1なら、尺や両は10に当たり、銀目の匁が1に当たるのは自明です。同時に割合の全体と尺や両は同じ位置づけになります。これを否定(あるいは部分否定)するということは、分が0.1であるという前提を否定(あるいは部分否定)することになりませんか。
- 「寸」や「匁」を基本単位と考えるのも誤解である。
- →小泉(1989)が尺や両を基本的単位と言っているのに、これとは別に「寸」や「匁」が基本単位と言っているのですか。
- あたかも寸や匁が基準単位のように見えるが、寸や匁はそれぞれ補助単位である。
- →寸や匁が補助単位と書いている出典は確認していません。寸や匁が基準単位と書いている出典も確認していません。
- 重さ(質量)の基本単位は両 →これは単なる勘違いか?
- →(小泉(1989), p.278)が基本的単位と言っているのを基本単位というのは勘違いですか。
- これら(尺や両)は基本単位が「十割」にあたるため、基本単位の0.1割が一分となる
- →上に書いた通りです。
- (2) >なぜなら基本単位という語を(2)のように誤解されているからです。
- どの点が誤解なのか詳しく説明していただけますか。
- >SIでは、 m,kg,s が基本単位であり、CGS単位系では、cm,g,s が基本単位であるというだけのことです。
- 本当に「・・・あるというだけ」ですか。
- https://unit.aist.go.jp/nmij/public/report/si-brochure/
- このSIの「国際単位系(SI)第9版(2019)要約 日本語版」2.2, p96には「基礎定数の値は、数値と単位の積として表すことができる」と書いてある。その下に単位を付した数値(数値×単位)が定義されている。つまり基礎定数の数値の大きさを定義するということは同時に単位の大きさを定義することになる。セシウム原子の超微細構造遷移周波数、光速、プランク定数、電気素量、その他これらは不変(とされる)の物理量だが、それぞれ数値部分を定義することは単位の大きさが定義されることに他ならない。なお、例えば、従来は原器から定義されていた質量の基本単位は、新定義では組立単位であるエネルギーの単位を用いて定義されているので、基本単位と組立単位の区別は原理的には意味をなさなくなっている(2.3, p98にその旨記載)。
- Awanikoさんが理解されている、計量学・計量制度についての知識に基づくSI基本単位の概念というものを詳しく説明していただけませんか。付け加えますが、一利用者がその内容が理解できないからと言って、その記述を除去してよいという理由にはなりません。
- (3) さて、小泉(1989)の「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」を出典とすることに関して疑義を申し上げます。分の10倍にあたる上位の単位を設定しておいて、その上で分が上位の単位の1⁄10と述べるとすれば循環論法的になる点が気になります(つまり説明として成立していない可能性がある)。また、「上位の単位」こそ説明上の便宜として用いられているとも言えます。もう一点気になるのは、「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」「この分は質量単位に限らず、一般に十分の一を表わす」、この「一般に」も意味なく付けられているのではなく、「一般に」が無ければ断定して良いが、「一般に」がある場合は按に例外の存在を意味し断定はできないのではないか。
- この出典を以て、上位の単位を具体的に提示し、その1⁄10が分になっているという、小泉袈裟勝でさえ、そこまで詳しくは立ち入っていない説明をwikipediaでそこまで書いてよろしいのでしょうか。--As6022014(会話) 2023年10月11日 (水) 03:05 (UTC)
- 諸々の単位について基本単位とする出典も提示された以上(すでに一部示されていましたが)、本記事は現時点のAs6022014さんの編集方針でもう問題はないように思います。SI基本単位との関連が問題になるなら、本文のどこかに「基本単位はSI基本単位とは異なる」と明記すれば良いだけですし(上記提案)。あと残っている問題としてはAwanikoさんの「寸も基準単位」との主張ぐらいですが、それこそ「出典を求めます」でしょう。--Nekorine(会話) 2023年10月14日 (土) 02:56 (UTC)
- 残念ながら出典を示していただけないのですね。というか、私が示した出典の範囲を誤解された上で、御返事されているようです。明確にするために項目を分けます。
- ***「以下は、基本単位が「十割」にあたる用例である。」 ***
- 私Awanikoは、
- >「以下は、基本単位が「十割」にあたる用例である。」
- の出典を求めました。上記の「以下は」の意味はあなたが記述した文章(2023-09-20T07:25:23As6022014)の文脈上、次の意味のはずです。
- >「分(長さの単位)、分(質量の単位)、分(貨幣の単位)は基本単位が「十割」に当たる用例である。」
- 上記の記述(主張)の出典を改めて求めます。なお、私は「基本単位」そのものの出典を求めてはいません。
- *** 「「寸」や「匁」を基本単位と考えるのも誤解である。」 ***
- これの出典を示してください。
- ***「これらは基本単位が「十割」にあたるため、基本単位の0.1割が一分となる」 ***
- 上記の記述(主張)の出典を求めます。
- *** その他の指摘について ***
- →(小泉(1989), p.278)が基本的単位と言っているのを基本単位というのは勘違いですか。
- →→ 「両が質量の基本単位」との認識が勘違いか?、と意味で指摘したのですが、ここでの議論においては、とりあえずは傍論です。
- ***この「一般に」も意味なく付けられているのではなく、「一般に」が無ければ断定して良いが、「一般に」がある場合は按に例外の存在を意味し断定はできないのではないか。 ***
- 「一般に」の解釈が間違っています。「この分は質量単位に限らず、一般に十分の一を表わす」と書いてあるではありませんか。分は、長さの単位、質量の単位だけでなく、度の1/10、割の1/10というように、他の単位(割は計量単位ではありませんが)についても使われるという意味で、「一般に」という語を用いていると考えるのが普通でしょう。
- なお、石川英輔、「ニッポンのサイズ図鑑」、p.33、ISBN 978-4-473-04367、(株)淡交社では、「分の項」において次のように、基準という語を用いて説明しています。
- 寸の10分の1がキホン:分は文字どおり「分けること」を表し、とりわけ「基準となるものの10分の1」という意味を含みます。(中略)注意点は、どんなときも基準となるのは「寸」で、分は常に寸の10分の1になるということです。
- *** SIの「国際単位系(SI)第9版(2019)要約 日本語版」2.2, p96 ***
- は、引用が間違っていませんか? 要約版には書いてありません。本体pp.85-120 にもそんなことは書いてありませんが?
- 「つまり基礎定数の数値の大きさを定義するということは同時に単位の大きさを定義することになる。」、「それぞれ数値部分を定義することは単位の大きさが定義されることに他ならない。」
- 上記はあなたの独自研究です。でなければ出典を示してください。
- 国際単位系(SI)第9版(2019)日本語版本文p.96に書いてあることは、
- 「厳密な数値を定めることで、その単位が定義される」としか書いてありません。「単位の大きさ」ではありません。
- 「基本単位と組立単位の区別は原理的には意味をなさなくなっている」とあなたは書いていますが、p.98にはそのようには書いてありません。「・・・基本単位と組立単位の区別の必要が原則として不要となった。(中略)とは言え、基本単位と組立単位という概念は保持されている。」
- 自分勝手な解釈で間違ったことを書かないでください。私が返書で指摘しましたが、あなたは、「「基本単位」という言い方は様々な研究者が実際に使っていて法令にもある。」と虚偽を述べられていました(As6022014(会話) 2023年9月28日 (木) 05:31 (UTC))
- *** 計量学・計量制度についての知識からは、かけ離れた独自研究 ***
- 上記でホンのいくつか指摘したとおりです。しかしこれ以外に理解しがたいことを沢山おっしゃっています。解読不能な文章もあって「かけ離れた独自研究」と申し上げるほかありません。
- Nekorineさんも「たとえば、「上位の単位」という言葉も特段難解と思いませんでした。」とおっしゃています。Nekorineさんも、それ以外は理解しがたいのだなと私は解釈しました。(なお「上位の単位」は私Awanikoが小泉から引用した概念です)
- *** 「上位の単位」こそ説明上の便宜として用いられているとも言えます。 ***
- これも独自研究です。計量の専門家(計量の歴史についての第一人者)の小泉袈裟勝が明記していることです。勝手に解釈するべきではありません。
- 時間がありませんので、これくらいにします。
- 追記:お願いですから、文章を常人に分かるように書いてくれませんか。例を示すと少しは分かるのではないかと思ったので、以前にそう申し上げました。
- --Awaniko(会話) 2023年10月14日 (土) 13:56 (UTC)
- このレスポンスをみて確信したのですが、Awanikoさんは「基本単位」と「上位の単位(あるいは基準単位)」を混同していますね。
- @Awanikoさん、まずはもう一度、ここまでに頂いたレスポンスを一つずつ丁寧に咀嚼するべきでしょう。特に、As6022014さんは待つと言ってますから、「時間がない」ことは理由にしないでください。それから、私が理解したと言ったのは「『上位の単位』という言葉についてのAs6022014さんの解釈と説明」です。都合のよい曲解はやめてください。また、既に記事から除去された記載について出典を求めることもやめてください。記事にその記載がもうないのですから、そのために出典を探すのは非建設的過ぎます。
- もはや、ここに至って今Awanikoさんがすべきは「尺貫法における長さの単位について寸も【基本単位】である」という出典を示すこと(あるいは、本議論を理解する能力がないなら手を退くこと)しかないはずです。どの単位が基本単位であるか、As6022014さんは出典を示しました。あとは、Awanikoさんが同じように寸(等)についての出典を示せば(あるいは、出典を示せず、寸(等)が基本単位だとの記載が除去されれば)、本文に未解決の議論事項はなくなり、このような冗長な対話もせずに済みます。
- 冗長といえば、ニュートンの伝記やSIの定義文の対話では、Awanikoさんは他者コメントにかなり的外れな回答を何度も繰り返したと感じました。既にAwanikoさんの議論の脱線させる行為については二度警告しました。こちらのノートでも、このような不真面目あるいは不誠実な態度を今後も取るなら、Awanikoさんには「対話の意志がない」あるいは「対話に堪える満足な能力がない」と判断します。--Nekorine(会話) 2023年10月14日 (土) 16:59 (UTC)
- 補足と報告です。論点を明確にするため記事中の「寸」の位置に要出典テンプレートを貼り付けました。あわせて表中の「上位の単位」という記載を「基本単位」に戻しました(この部分の変更は「寸」の太字化のために同時に為されたものでしたので、「基本単位」に対して太字化していた元の表の情報の復元の観点から行いました)。--Nekorine(会話) 2023年10月15日 (日) 02:34 (UTC)
- すべてがこのパターンとは言いませんが、Awanikoさんの理解できないと言う内容は、以下の思考が原因ではないでしょうか。
- 分は上位の単位の1/10を示す単位だ。(事実)
- 長さにおいて、分の上位の単位は寸だ。(事実)
- 寸は分と合わせて用いることができる。このとき分は寸の1/10の量を示す。(事実)
- 最初に説明したように、分は上位の単位の1/10を示す単位だ。(事実の再確認)
- だから、長さにおいて寸は分の基本単位だ。(錯誤。「上位の単位」を「基本単位」と取り違えている。)
- この論法が誤りだと、明確に分かるよう、次のように書き替えます(下線部以外の語句は同一です)。論点の炙り出しにもなっています。
- ミリは上位の単位の1/1000を示す接頭語だ。(事実)
- 質量において、ミリグラムの上位の単位はグラムだ。(事実)
- グラムはミリと合わせて用いることができる。このときミリグラムはグラムの1/1000の量を示す。(事実)
- 最初に説明したように、ミリは上位の単位の1/1000を示す接頭語だ。(事実の再確認)
- だから、質量においてグラムはミリグラムの基本単位だ。(錯誤。「上位の単位」を「基本単位」と取り違えている。)
- これに加えてAwanikoさんの場合、「基準(の)単位」という言葉の意味を、不理解からか「上位の単位」と「基本単位」に場面によって変えています。以上、議論の整理の参考までに。--Nekorine(会話) 2023年10月15日 (日) 01:57 (UTC)
- Awanikoさんにもっとも聞きたかった「計量学・計量制度についての知識に基づくSI基本単位の概念」は、残念ながら示していただけませんでした。その回答が、仮に「SIでは、 m,kg,s が基本単位であり、CGS単位系では、cm,g,s が基本単位であるというだけのことです。」だとすれば、本文で使われていた、尺や両が基本単位の概念と、SI基本単位の概念が全く異なっており誤解のもとだから記事から除去したことに対する説明責任を果たされたことにはなりません。何かあるたびに過剰に反応するようでは、もはや、この方とのまともで建設的な対話は困難であると判断します。
- SIの「国際単位系(SI)第9版(2019)要約 日本語版」2.2, p96は、引用が間違っていました。要約版ではありません。--As6022014(会話) 2023年10月16日 (月) 02:44 (UTC)
- 提案 「基本単位」については、特定の記述の掲載を希望する方が出典(特に「寸」のもの)を長らく示していないので、もはや実質的に解決した話題だと思います(すなわち、「寸」を基本単位とする記述はゆくゆく除去)。これ以上この節が長くなると、議論の見通しも付きにくく、無関係な事柄と絡めた「過剰な反応」や「混ぜ返し」が起こり、さらに混乱する懸念があります。そこで、この節の表題主旨からはやや外れる【「尺・寸に対する分」の項目】および【「百分の一を意味するとの誤解」の項目】は、それぞれ別の節を作成(「話題追加」から新セクション化)して話を続けてはいかがでしょうか。--Nekorine(会話) 2023年10月16日 (月) 03:45 (UTC)
- >「尺貫法における長さの単位について寸も【基本単位】である」という出典を示すこと
- このご指摘には驚愕しましたが、何か理由があると思って、さかのぼって調べてみました。
- このご指摘の理由は、十進法による単位系の表において、私が「寸を基本単位として誤って太字にしたこと」だと気がつきました。この太字化は全く私の錯誤ですのでこの点は訂正いたします。なおかつ表中の備考の最初の「太字は基本単位。」を「太字は上位の単位」と、一緒に修正しておけば良かったと考えています。(「上位の単位」の議論は別として)。
- >>Awanikoさんは「基本単位」と「上位の単位(あるいは基準単位)」を混同していますね。
- この指摘は誤解です。もっとも上記の十進法による単位系の錯誤による訂正を私がしてしまったことが誤解を生む原因になったことは認めます。
- 私は、このノートの表題を基本単位と基準単位としました。そして「2023-09-20T07:25:23 と 2023-09-20T07:49:20 に「基本単位」と「基準単位」を取り違えた編集がなされました。」と問題提起をしました。そこでは「基本となる単位は尺・貫である」と私は書いていますので、寸・匁が基本単位と考えたことは全くありません。
- >5.だから、長さにおいて寸は分の基本単位だ。(錯誤。「上位の単位」を「基本単位」と取り違えている。)
- このように受け取られてしまったことは、繰り返しますが、私の錯誤による訂正が原因であることは認めます。
- >「「寸」や「匁」を基本単位と考えるのも誤解である。」 → これの出典を示してください。
- 上記のとおりに出典を求めているのであって、私が寸や匁を基本単位と考えている故に出典を求めているのではありません。寸・匁が基本単位ではありえないのに、わざわざ「「寸」や「匁」を基本単位と考えるのも誤解である。」という記述があるはずはない、という点から出典を求めたものです。
- >このような不真面目あるいは不誠実な態度を今後も取るなら、
- 不真面目な態度、不誠実な態度を取って記述したことはありません。「分かりやすい表現は何か、どう表現すればもっと分かりやすくなるかについてもっと生産的な議論をしましょう」と提案しています(Awaniko(会話) 2023年9月27日 (水) 11:28)。
- >「ウィキを毎日見る時間がないこと」は理由にならないでしょう。
- 返事がすぐにはできない、と言う意味です。記述をいい加減にすることの理由にはしていません。
- 全体に、ご指摘のことについて、一つ一つ丁寧に御返事をし、かつ反論もしているつもりです。その方が議論が深まると思います。 --Awaniko(会話) 2023年10月16日 (月) 14:53 (UTC)
- 追加です:
- >【「尺・寸に対する分」の項目】および【「百分の一を意味するとの誤解」の項目】は、それぞれ別の節を作成(「話題追加」から新セクション化)して話を続けてはいかがでしょうか。
- 賛成です。やっぱり本文の記述について具体的に議論しましょう。--Awaniko(会話) 2023年10月16日 (月) 14:56 (UTC)
- 本節のタイトルの話題について(以下の別節の部分を除いて)、現在の版に対してAwanikoさんにもはや異論がないことは分かりました。ご理解ありがとうございました。--Nekorine(会話) 2023年10月17日 (火) 00:05 (UTC)
- >現在の版に対してAwanikoさんにもはや異論がないことは分かりました。
- 私Awanikoに異論がないというのは、早計な判断です。私が出典を求めたことについて、As6022014さんは、答えていません。きちんと答えてください。--Awaniko(会話) 2023年10月20日 (金) 02:04 (UTC)
- >(Awaniko)やっぱり本文の記述について具体的に議論しましょう。
- ということと、私がAs6022014さんに出典を求めていることとは別のことです。--Awaniko(会話) 2023年10月20日 (金) 02:05 (UTC)
- 以前伝えた通りです。【既に記事から除去された記載】の出典を求めないでください。記事にはその記載がもうないのですから、そのために出典を探す事は無意味です。--Nekorine(会話) 2023年10月20日 (金) 02:15 (UTC)
- 一応、分かりました。本文の修正と議論に戻ります。「一応」と申し上げたのは、基本単位と基準単位(用語はともかく)との混同(取り違え)が、As6022014さんに相変わらず理解されていないようなので、それであれば、もう一度議論を再開せざるを得ないと考えるからです。
- --Awaniko(会話) 2023年10月20日 (金) 02:41 (UTC)
- Awanikoさんはこの節で一貫して出典を求めていました。その出典は示されました。出典のない記述は除去されました。これ以上、この節で議論はないはずです。--Nekorine(会話) 2023年10月20日 (金) 02:57 (UTC)
- 以前伝えた通りです。【既に記事から除去された記載】の出典を求めないでください。記事にはその記載がもうないのですから、そのために出典を探す事は無意味です。--Nekorine(会話) 2023年10月20日 (金) 02:15 (UTC)
- 提案 「基本単位」については、特定の記述の掲載を希望する方が出典(特に「寸」のもの)を長らく示していないので、もはや実質的に解決した話題だと思います(すなわち、「寸」を基本単位とする記述はゆくゆく除去)。これ以上この節が長くなると、議論の見通しも付きにくく、無関係な事柄と絡めた「過剰な反応」や「混ぜ返し」が起こり、さらに混乱する懸念があります。そこで、この節の表題主旨からはやや外れる【「尺・寸に対する分」の項目】および【「百分の一を意味するとの誤解」の項目】は、それぞれ別の節を作成(「話題追加」から新セクション化)して話を続けてはいかがでしょうか。--Nekorine(会話) 2023年10月16日 (月) 03:45 (UTC)
記事の「分」の説明について
[編集]Nekorineさんの提案により、節を新たに設けます。
- さて、また記事にはまだ、いくつかの問題点があります。主なものは、
- 「尺・寸に対する分」の項目
- 小泉(1989)は、「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」ですが、「一分は常に上位の単位である寸の1/10(すなわち0.1寸)を表すのであって、」は言い過ぎであると考えます。また、太字による強調を多用されていると記事も読みにくく、また読者に特定の価値観を強要しているようで独善的です。「常に」は削除した方がよいでしょう。
- 「百分の一を意味するとの誤解」の項目
- 最終結論が、「以上によって、分が割の1⁄10であり、厘が割の1⁄100であることが明確である。」とあたかも証明した形になっています。しかし、最初に、「「三割二分六厘」は、3.26割の意味である。」と宣言しているのだから、どのようにしても結論がそうなるのは当たりまえであり、「分が割の1⁄10であり、厘が割の1⁄100」であることの証明ではありません。二村(2002), p.289 に沿った記述で十分ですが、当面の縫合策として、最終部分を「このように、分が割の1⁄10であり、厘が割の1⁄100を意味している。」ぐらいにしておいた方がよいと思います。(上の節から移動)--As6022014(会話) 2023年10月16日 (月) 06:47 (UTC)
十進法による単位系の表中、「太字は基本単位」を「太字は基準となるもの」とすることを提案します。根拠は、石川英輔「ニッポンのサイズ図鑑」、p.33、ISBN 978-4-473-04367、(株)淡交社 です。出典に拘らなければ趣旨を汲んで「太字は基準となる単位」とする方が明確になります。--Awaniko(会話) 2023年10月20日 (金) 02:54 (UTC)
- 太字化の対象を「基本単位」から「基準となるもの」に変更するということは、太字とする単位を無条件に分の直上(具体的には、度、文、伏、時(刻)、匁、割、一つ、寸、銭(匁)、角)に変更するということで相違ないですか?
- 「基準となるもの」については表の上下位置の関係から既に明確に記述されています。わざわざ「基本単位」に関する情報を喪ってまで、表の内容を変える主旨は何でしょうか?--Nekorine(会話) 2023年10月20日 (金) 03:37 (UTC)
- >太字化の対象を「基本単位」から「基準となるもの」に変更するということは、太字とする単位を無条件に分の直上(具体的には、度、文、伏、時(刻)、匁、割、一つ、寸、銭(匁)、角)に変更するということで相違ないですか?
- このノートの「基準単位と基本単位」と関連しますが、「基本単位」という用語は、現代的な意味での「単位系」のために選定された少数の「基本単位」の意味[1]で用いるべきというのが前提です[2]。この意味以外の用法は誤解を招きます。
- 度、文、匁、割、寸、匁については、太字(基準となるもの又は基準となる単位)とすることが適当と考えます。その他の伏、時(刻)、一つ、銭、角についてはこれらの1/10を分と呼んでいたかどうかの根拠が必要と考えます。(時(刻)の分は、暦により1/10刻とも1/6刻ともされていました。)
- なお、計量単位であるものと計量単位でないもの(銀目、割合、免、銀圓)とは別にした方が分かりやすいと思います。--Awaniko(会話) 2023年10月24日 (火) 16:59 (UTC)
- 繰り返しますが、既に出典が示されている記載に出典を求める行為もコミュニティーを疲弊させる行為です。「基本単位」あるいは「基本の単位」、「基本となる単位」、「基本とす(単位)」への出典は既存の記事や貴方へのレスポンスで既に示されています。故意過失とわずこれ以上同様の行為を繰り返すなら、相応の措置を取ります。
- また、「基本単位」という表現を現代の国際単位系の「SI基本単位」の意味で用いるべきという意見は、貴方の主観に過ぎません。その意見の根拠とした引用は、現代科学の範疇での言及であって、言語表現一般や多様な歴史的・伝統的言語表現への言及ではありません。もし仮に誤解を招く懸念があっても、以前提案の通り「本記事で述べる基本単位はSI基本単位と無関係である」と明言するだけで容易に払拭できます。見当違いの引用を持ち出して、出典付きの記述をむりやり除去しようとすることはやめてください。これも既に警告の通りですが、「対話の脱線行為」や「不十分な理解による議論の混ぜ返し」も、度を超すなら相応の措置を取ります(正直、もう度は超していると思いますが)。--Nekorine(会話) 2023年10月27日 (金) 14:16 (UTC)
- >「基準となるもの」については表の上下位置の関係から既に明確に記述されています。わざわざ「基本単位」に関する情報を喪ってまで、表の内容を変える主旨は何でしょうか?
- 「表の上下位置の関係から既に明確に記述」とおっしゃっていますが、表中において「基準となるもの」又は「基準となる単位」との用語を用いて明確化すべきです。
- また「基準となる単位」と「基本単位」とは明確に分けて記述するべきです。貫と尺は「基本トス」(度量衡法)ですから「基本となる単位」ですが、その他の単位等が「基本となる単位」である根拠はあるのでしょうか。
- そもそも、この項は「分 (数)」なのですから、様々な計量単位の「基本となる単位」をこの項で示す意義は薄いと思います。
- --Awaniko(会話) 2023年10月24日 (火) 16:59 (UTC)--Awaniko(会話) 2023年10月24日 (火) 16:59 (UTC)
- 説明を計量単位であるものと計量単位でないものに分けることには反対しません。しかし、時間は現代では計量単位ではあっても、歴史的な、しかも不定時法まで含む「一時」をも計量単位に含めてよいものか違和感を覚えます。また、「分」を用いる単位は現在公式(取引・証明など)に認められているものはありません。その意味では「分」を用いる単位はすべて歴史単位(ここでは昭和時代あたりまで含めて歴史と言っています)と見做せます。
- 歴史単位色が濃い「分」の説明で用いられている「基本単位」が、現代的な意味での「単位系」のために選定された少数の「基本単位」の意味と混同したり誤解するとは考えにくい。そこまで言うなら「基準」についても現代的な意味での「基準」との混同や誤解も心配しなければなりません。
- 時(刻)の分は、暦により1/6刻を指すものがあるならば、【その他の「分」】の項目に記述すればよいでしょう。--As6022014(会話) 2023年10月25日 (水) 00:51 (UTC)
- 「何を基準に分・厘・毛・・」と下位の単位が付与されたのか、また、基準は1だったのかその他だったのか、それを裏付ける史料は確認できていません。確認されていたなら、小泉袈裟勝ほど詳細に調査された方が言及しない筈がありません。「(分に対する)上位の単位」の表現は、基準は実は「分 = 0.1」だったという見方の可能です。その上位の単位に対し分はその1⁄10と言ってもそれは循環論法です。そのようなものを殊更強調(明確化)して詳しく解説する意味はあるのでしょうか。
- 石川英輔「ニッポンのサイズ図鑑」は「寸の10分の1がキホン:分は文字どおり「分けること」を表し、とりわけ「基準となるものの10分の1」という意味を含みます。(中略)注意点は、どんなときも基準となるのは「寸」で、分は常に寸の10分の1になるということです。」と記述しているのですね。ここでは石川英輔が「寸 = 1」を基準に置いているわけです。しかし、史実としてそのような「基準」の存在が確認されていると述べているわけではありません。実は、十進法による単位系の表も「分 = 0.1」の基準で作られているのです。--As6022014(会話) 2023年10月23日 (月) 04:43 (UTC)
- >「(分に対する)上位の単位」の表現は、基準は実は「分 = 0.1」だったという見方
- その「見方」に出典はありますか?
- >(石川英輔は)史実としてそのような「基準」の存在が確認されていると述べているわけではありません。
- 「史実として「基準」の存在が確認されていると述べ」ないと、根拠にならないとおっしゃっているのですか? ウィキペディアにおける出典として、そのようなことまで書いてないと根拠にならないなどと、ガイドラインのどこにも書いてありませんし、そこまで求めたら様々な出典が無効になってしまうでしょう。
- >実は、十進法による単位系の表も「分 = 0.1」の基準で作られているのです。
- この文は、その前の主張とどう関係しているのでしょうか? 少なくとも「分が基準となるものの10分の1」を否定する理屈にはならないですね。 --Awaniko(会話) 2023年10月24日 (火) 17:03 (UTC)
- 史実として由来も明確でなく、小泉袈裟勝でさえ詳しくは触れていないことまで明確化して百科事典で述べるのは危険だと申しています。--As6022014(会話) 2023年10月25日 (水) 00:51 (UTC)
- >史実として由来も明確でなく、
- >小泉袈裟勝でさえ詳しくは触れていない
- >明確化して百科事典で述べるのは危険
- 上記のいずれもあなたの独自研究です。あなたの上記の3点の主張を裏付ける出典・根拠があるのですか?
- また、「小泉袈裟勝でさえ詳しくは触れていない」ことをどうして証明できるのですか?
- 何度も申していますが、石川英輔による記述で出典として十分です。 --Awaniko(会話) 2023年10月28日 (土) 12:56 (UTC)
- 史実として由来も明確でなく、小泉袈裟勝でさえ詳しくは触れていないことまで明確化して百科事典で述べるのは危険だと申しています。--As6022014(会話) 2023年10月25日 (水) 00:51 (UTC)
<インデント戻し>「小泉袈裟勝でさえ詳しくは触れていない」。本文で出典として挙げられている小泉袈裟勝著の書籍をすべて読み通して、そこで史実としての由来が述べられているかどうか確認すればよい。出典を示せ合戦になっていますが、ではその「古代から使われている長さや重さ(あえて質量とは言わない)の「分」の意味に因んだ由来を示している史料」は示せますか。私も大変興味深いので知りたいです。
現代の研究者が考証していることと、史料事実は区別すべきです。ですから、 「石川(2020)は、「一分は(常に)基準となる寸の1⁄10(すなわち0.1寸)を表すのであって、(0.1尺を意味することはない)。」と述べている[石川(2020)p.33]。」のように書くのはwikipediaとしてOKです。 このように誰がどのように言っているのか、責任の所在を明確にする。ただし、読者があたかも「「分」の由来が千年以上に亘って全て、史実として基準となるもの(分の10倍に固定された単位)の1⁄10であったことが判明している」かのように誤解するような書き方はしないでください。だから、古代からの「分」の内容を含む十進法による単位系の表に「太字は基準となるもの」とするのはおやめください。
古代、中世から使われている、長さや重さ(あえて質量とは言わない)の「分」、江戸時代初期ごろから記録が確認できる、免の「一つ」や、割合に対する分(『塵劫記』, 1627年)に記載[3]。幕末の天保歴で用いられた十二時辰の1⁄10(和時計の目盛「分」)[4]。 明治時代、正岡子規の『病牀六尺』(1902年)に現れる、体温を「三十六度五分」と表した「分」。これら時代背景も全く異なる千年以上にわたる歴史の中で登場してきた「分」を、全て「(分の10倍に固定された)基準となる単位の1⁄10」の枠組みで括れる保証がないのは明らかです。
明治時代から第二次世界大戦前までは、国定教科書で小数の呼称として、「分・厘・毛・・」が使われていた。その中で1935年の教科書には、3.4 km を「三粁四分」と記した立札の写真の掲載がある[5]。 つまり、病牀六尺に現れ、今日でも口語的表現として用いられる、セルシウス度を「三十六度五分」とする表現は、このような教育が行われていた明治から戦前の昭和という時代背景から生まれた可能性が高い。このような、「三粁四分」や「三十六度五分」なら、「分」は、基準(1を基準)となる「粁」(ここでは)や、「度」に対する1⁄10として用いられたと説明してもよいでしょう。
しかし、古代、中世から使われている長さや重さの単位にまで、近代に確立された単位系の概念を拡張すべきではない。また江戸時代から用いられた免は、「分 = 0.1」として、一つが 1、五つが 5 にあたるまでは納得できるものの、全体を表す石高は 10 にあたる(十進法による単位系の表から明らか)。少なくとも江戸時代初期や中世・古代から使われていた「分」については、その由来は史実として不明としか言いようがないから、これらを近代から使われた「三粁四分」や「三十六度五分」と同列に論じるべきではありません。
計量単位を定めた近代成立の度量衡法でさえ「尺や貫を、基本トス」とあっても、「寸や匁を、基準トス」とは定めていない。計量法施行法も「(尺貫法による)計量単位は、尺・貫とする。」とあっても、「計量単位は、寸・匁を基準とする。」とはない。これらに対する分の定義は、基準となる計量単位の1⁄10の様には書いていない。
以上述べた通り、十進法による単位系の表に「太字は基準となるもの」とするのは適切ではありません。銀目の匁、尺、両が基本単位であることについては文献で検証可能な事実なので、その事実を知る者が抱く可能性がある、分との関係に対する疑問に答える説明責任を想定しなければならない。それは、仮にAwaniko(会話)氏個人がその必要を感じないといった問題ではありません。--As6022014(会話) 2023年10月30日 (月) 03:14 (UTC)
- >「(分に対する)上位の単位」の表現は、基準は実は「分 = 0.1」だったという見方
- まず出典を示してください。As6022014さんは、ご自分で出典を示さないままスルーするのはお止めください。
- >本文で出典として挙げられている小泉袈裟勝著の書籍をすべて読み通して、そこで史実としての由来が述べられているかどうか確認すればよい。
- 本文で挙げられている書籍だけでは足りません。「小泉袈裟勝でさえ詳しくは触れていない」を証明するためには、小泉が書いたすべての書籍・論文を調べる必要があるはずです。それを実施しないままに主張するのは止めてください。
- 本文の記述ですが、まずは近世における分 (数)のことを説明し、別途「歴史」の項を設けて、古代からの使われ方を記述すれば良い。まずは現時点での定義なり使い方を説明し、後の項で由来・起源・歴史について叙述するのが普通です。 ヤード・ポンド法の記述が参考になります。
- この点で、分 (数)#計量単位・歴史単位などの項における表は、歴史的単位と近世での単位が混在していて混乱するのではないか。この表は無くして、近世での使い方について説明するだけにとどめた方がいいと考えます。
- >計量単位を定めた近代成立の度量衡法でさえ「尺や貫を、基本トス」とあっても、「寸や匁を、基準トス」とは定めていない。計量法施行法も「(尺貫法による)計量単位は、尺・貫とする。」とあっても、「計量単位は、寸・匁を基準とする。」とはない。
- 的外れの指摘です。度量衡法や計量法施行法に規定がないことと、石川英輔が記述していることとは関係がありません。例えば、現在の計量法に「SI基本単位」や「基本単位」という記述・規定はありませんが、そうだからといって「(SI)基本単位」という概念が世のなかに存在しない訳ではありません。
- --Awaniko(会話) 2023年11月3日 (金) 12:17 (UTC)
- >「(分に対する)上位の単位」の表現は、基準は実は「分 = 0.1」だったという見方
- 小泉(1989)の「分は一般に上位の単位の10分の1に当てられる。」これが出典です。真面目に言っています。
- ここで、「上位の単位」の「上位」とは何に対しての上位ですか。この場合、「分に対し上位」に他なりません。つまり、始めに「分」ありきで、その「上位の単位」と言っているのです。始めに「分」なくして、その「上位の単位」など有り得ません。また、始めに「(分の10倍である単位が)基準」ありきのようには言っていません。この出典からどのようにしたら、まず始めに「(寸や匁など)基準となる単位」ありきと解釈し得るのか、逆に理解できません。さらに、十進法では、「上位の単位」に対し1⁄10になるのは当たり前です。「分 = 0.1」なら、「上位の単位 = 1」となるのも当たり前です。
- 小泉袈裟勝の書籍に、「分は、上位の単位である寸の10分の1に当てられる。」「分は、上位の単位である匁の10分の1に当てられる。」とどこかで述べているのであれば、それは、具体的な記述に踏み込んだことになります。それを、(その記述があるならば)示すことが先ではありませんか。単に「分は、寸の1⁄10」「分は、匁の1⁄10」ではありませんよ。
- また、古代から使われた長さや重さに対する「分」、江戸時代の単位に見られる「分」、近代から用いられた「分」、それぞれについて、何を基準に「分」が定められたかとする「史料」の提示がまず必要です。その提示なくして史実としてそれぞれの「分」が「基準となる単位の1⁄10」と定められたように思わせるような記事の書き方は有り得ません。
- >この点で、分 (数)#計量単位・歴史単位などの項における表は、歴史的単位と近世での単位が混在していて混乱するのではないか。この表は無くして、近世での使い方について説明するだけにとどめた方がいいと考えます。
- 部分的に賛成します。ただし、「歴史的単位と近世での単位」ではなく、「歴史的単位と近代での単位」です。近世は江戸時代が大部分含まれるので。表を歴史単位と近代の単位に分けるべきと考えます。表を分ければ懸念されている混乱はなくなる筈です。また、「分 = 0.1」として、その他の単位がどの位置付けになるのか、数としての「分」と単位としての「分」の位置付けを明確化する上で大変重要ですから、歴史単位でも表が不要とは思いません。
- では、近代での単位とは何か。「三十六度五分」や「三粁四分」がその部類に入るとすれば異論はありません。度量衡法や計量法施行法による、長さや質量についても近代には違いありません。古代からの長さや重さとは一線を画すものです。しかし、度量衡法や計量法施行法の条文は、尺や貫を基本・計量単位とし、「分」は、その1⁄100や1⁄100000と定められていると書かなければなりません。つまり「基準とする単位の1⁄10」と定められたのではなく、古代から使われていた単位の大きさをほぼ踏襲していると書くべきです。度量衡法や計量法施行法による、長さや質量に対して、条文とは異なる、石川英輔(2020)による解釈、あるいは小泉(1989)(具体的に述べている記述が確認できるなら)の解釈は、責任の所在を明確にした上で記述すべきです。
- >現在の計量法に「SI基本単位」や「基本単位」という記述・規定はありませんが、そうだからといって「(SI)基本単位」という概念が世のなかに存在しない訳ではありません。
- それこそ、的外れではありませんか。計量法の条文になくとも、「国際単位系(SI)第9版(2019)日本語版」や、数多くの書籍などに「基本単位」の記述などいくらでもあります。だからと言って、石川英輔という一研究家による解釈である「基準(となる単位)」の記述が「国際単位系(SI)第9版(2019)日本語版」などと同列に論じ得る筈がありません。また、小泉は歴史単位に関して第一人者ですが、石川英輔は、歴史に関しては大江戸に特化した研究家であり、歴史単位に関しては小泉に並ぶような専門家ではありません。その意味で、「誰がどのように記述しているか」、責任の所在を明確にすべきと申しました。石川英輔は、国定教科書で小数の呼称として、「分・厘・毛・・」や「三粁四分」のような教育を受けた(最後の方の)世代です。石川の著書はその影響を大きく受けている。「基準となるものの10分の1」と言っていることからそう思いました。小泉もそのような教育を受けた世代ではあるが、『歴史の中の単位』を一通り読む限りは小泉は史料を詳細に調査しており、受けた教育を無批判に受け入れているわけではないと言えるだろう。--As6022014(会話) 2023年11月7日 (火) 02:46 (UTC)
出典
[編集]- ^ 佐藤文隆、北野正雄『新SI単位と電磁気学』岩波書店、2018年6月19日、167頁。ISBN 978-4-00-061261-6。
- ^ 計量学 早わかり p.62、Base unit(基本単位)、第3版、2008年7月
- ^ 小数各位の呼称名について (2), p27~
- ^ 表現としての時刻 ―― 江戸期まで, p97
- ^ 小数各位の呼称名について (2), p17 - 23
黄鍾管基準説とその批判
[編集]黄鍾管基準説とその批判についての記述は、この「分 (数)」ではなく、尺の項目に移すべきと考えます。 --Awaniko(会話) 2023年10月20日 (金) 02:44 (UTC)
- 尺の長さが当時の笛の秬黍に拠るという由来(黄鍾管基準説)自体は分 (数)にとって枝葉の説明ですが、一方で、漢書の記載への言及は尺が基本単位だとの説明(および、分や寸などへの説明の展開)の起点になる欠かせない部分です。
- 分 (数)の説明の流れを損なわないような転記ならば賛成します。これにあたって、分 (数)の具体的にどの部分を分割しますか? 尺の類似の記載箇所(#中国の尺や#折衷尺)の具体的にどこに統合しますか?--Nekorine(会話) 2023年10月20日 (金) 03:29 (UTC)
- 尺#中国の尺 の黄鍾管基準説の段落(分 (数)での記述が詳しいので、その記述も移動)の直後に「なお、漢書に記された尺の長さが当時の笛の秬黍に拠るという由来・・・」の段落を移動すればいいのではないでしょうか。 --Awaniko(会話) 2023年10月24日 (火) 17:17 (UTC)
- その内容の提案であれば、私に異論はありません。Wikipedia:ページの分割と統合#項目一部転記の手続きに従うかぎりは、提案内容での転記に反対しません。--Nekorine(会話) 2023年10月27日 (金) 13:34 (UTC)
- 『漢書』に関しては確かに史料批判が必要です。
- 宇佐美龍夫(2003)『最新版 日本被害地震総覧』p564には、「偽書は多い。(中略)ある目的に対し偽書であっても、そこに記してあるすべてのことが偽りとは限らない。」と書いています。
- これは地震史料に関する記述だが、本件にも言えることで、つまり、黄鐘や秬黍の記述に関しては嘘かも知れない(物理学的には的外れでもなさそうだが)。しかし「分、寸、尺、丈、引の十進法の単位」は事実です。例え偽書であっても「分を含む十進法の単位」の記述は、この『漢書』が書かれた時代にそのような単位体系が実在していたことを示しており(実在していなければ書ける筈がない)、それは本記事にとっても見過ごせない事実のはずです。小泉(1974),p.190-191 も、そのことを認識して、単位を体系的に記述した確認できる最古のものであるから、あえて触れているのではないか。
- だから、本記事には『漢書』に「分」を含む「分、寸、尺、丈、引の十進法の単位系」の記載があった点、ここは大変重要なので最低限残し、黄鐘や秬黍についての詳細や、狩谷棭斎が、『漢書』にある記述は疑問であるとする考証の詳細については、尺の記事に転記すればよいでしょう。--As6022014(会話) 2023年10月30日 (月) 03:14 (UTC)
- その内容の提案であれば、私に異論はありません。Wikipedia:ページの分割と統合#項目一部転記の手続きに従うかぎりは、提案内容での転記に反対しません。--Nekorine(会話) 2023年10月27日 (金) 13:34 (UTC)
- 尺#中国の尺 の黄鍾管基準説の段落(分 (数)での記述が詳しいので、その記述も移動)の直後に「なお、漢書に記された尺の長さが当時の笛の秬黍に拠るという由来・・・」の段落を移動すればいいのではないでしょうか。 --Awaniko(会話) 2023年10月24日 (火) 17:17 (UTC)
循環論法の疑い
[編集]質問1.【計量単位・歴史単位など】 「十進法による単位系の表」は、「分 = 0.1」の基準で作成されたものです。各単位を数字に対比させるための足掛かりは「分 = 0.1, 厘 = 0.01, 毛 = 0.001」しか無いからです。この場合、基本単位は足掛かりにはなりません。 その「分 = 0.1」の基準で作成された表の上にある、「このように伝統的に「分」は 0.1 を意味している。」は、説明として意味があるのでしょうか。
質問2.【百分の一を意味するとの誤解】 「上記の「三割二分六厘」は、3.26割の意味である。」とありますが、これは何から導き出されたものでしょうか。何かの出典を基にされていると思います。--As6022014(会話) 2023年10月24日 (火) 03:14 (UTC)
- 現在の版の#百分の一を意味するとの誤解の節の記述は、確かに循環論法ですね。「したがって」や「このように」といった、あたかも証明をしているかのような表現は、全面的に除去した方が良いと思います。記述例を示しますが、「割合においても、分は割の1/10を意味する。割合の全体は十割(10割)であるが、現代の数学において割合の全体は実数の1で示すため、一割(1割すなわち現代数学での1/10に相当)の1/10である分に1/100を示すとの誤解が生じた」との内容程度に抑えるべきだと思います。この表現なら、現在の版にある出典で十分カバーできていると思います。--Nekorine(会話) 2023年10月27日 (金) 14:33 (UTC)
- 出典として示されているのは、
- 二村(2002), p.289
- 「(分は)1/10,すなわち0.1をいう。ただし,何割何分というときの分は,1割(0.1)の1/10のことで,1/100すなわち0.01を表すことになる.」
- また、ここに示されていないが、厘については、
- 国史大辞典p661 厘
- 「比率の単位 一厘は百分の一すなわち0.01をいう。ただし何割何分何厘というときの一厘は、一割の百分の一すなわち千分の一、0.001をいう。(小泉袈裟勝)」
- これらから導かれるのは
- 出典として示されているのは、
- 三割二分六厘 = 3 割+2 分+6 厘
- = 3 割+2/10 割+6/100 割
- = 3 割+0.2 割+0.06 割
- = 3.26 割
以上によって、「三割二分六厘」は、3.26割を意味する。
- 本当はこのように言えるのであり、今の記事は循環論法です。Nekorineさんが提案された、記述に賛成です。
- 質問1の「このように伝統的に「分」は 0.1 を意味している。」は、「分」が数として0.1の意味であることを疑う余地はないのだから、あまりくどく何度も述べる必要はないので削除でいいと思います。--As6022014(会話) 2023年10月30日 (月) 03:14 (UTC)
投稿ブロック依頼提出の報告
[編集]タイトルの通りWikipedia:投稿ブロック依頼/Awanikoを提出しました。本ページでのことがらを理由にしているので、ここに報告します。--Nekorine(会話) 2023年11月4日 (土) 04:07 (UTC)
現時点の合意形成部分
[編集]現時点で、合意とみなせる点は、 1. 近代から現代に用いられている「分」と、江戸時代以前に用いられていた「分」の説明を分ける。 ただし、現在、計量法で現役の「分」は、60進法のSI併用単位である、時間の分と、平面角の分のみです。十進法では、あえて言うなら公式には、野球の打率ぐらいでしょう。その他は口語的表現で用いられているぐらいです。長さや質量の単位の分は、根拠法である計量法施行法も1958年末で廃止され、1966年以降は公式な使用も禁止され、現在ではもはや「歴史単位」(昭和時代までの)の範疇かも知れません。令和の世になって、三寸四分や二匁五分を使用している人はほとんどいないです。その点が、ヤード・ポンド法の記事とは事情が異なります。
2. 黄鍾管基準説とその批判の説明の大半を尺の記事に転記する。 長さの基本単位は「尺」であり[小泉(1974)]、漢帝国において、劉韻が議長となって集大成した制度では、分、寸、尺、丈、引と十進法の単位が定められている[12][13]。 部分だけを、歴史単位の節として本記事に残せばよいと思います。 なお、 長さの基本単位は「尺」であり[小泉(1974)]、 が、 度量衡法における長さの基本となる単位は「尺」であり[小泉(1974)]、 に書き換えられました。 小泉(1974), p.177には「「尺」は中国、朝鮮および日本の度量衡の基本単位である」とあり、今の記述は出典を正しく引用していません。修正が必要です。
3. 循環論法の疑い 「割合においても、分は割の1/10を意味する。割合の全体は十割(10割)であるが、現代の数学において割合の全体は実数の1で示すため、一割(1割すなわち現代数学での1/10に相当)の1/10である分に1/100を示すとの誤解が生じた」の記述とする。 「このように伝統的に「分」は 0.1 を意味している。」は、削除する。--As6022014(会話) 2023年11月20日 (月) 07:52 (UTC)